古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第645話

 ブレスの街を解放した翌日、近くに隠れていた義理の娘予定の貴族令嬢三人の他に、三十一人の奴隷狩りに攫われた女性達を迎え入れた。

 人捜しの専門である盗賊ギルド支部は崩壊している為に、ブレスの街の有力者達に彼女達の実家の情報を集めさせて分かり次第見舞金と共に送り届けた。

 悲しい事に家族が全員亡くなっていたり、旅の途中で攫われた者の家族は探し出せず、四人が残されてしまった。本人達の希望により、ブレスの街の豪商の見習い使用人として雇われた。

 僕が世話をしても良かったのだが、流石に他国の上級貴族の使用人は気苦労が多くて遠慮するそうだ。バーリンゲン王国に愛着が有るのも一因らしい。

 愛国心……統治者にじゃなく国そのもの、街や住んでいる住民等の土地に絡んだ物に愛着が有る。その様に説明してくれたし、豪商も僕の紹介なので無下には扱わないだろう。

 残りはシャンヤンの街に籠もる、コーマだけなのだが、中々増援が来ないので足止め状態だ。流石にストライスに協力し街を襲った少数部族も存在するので、無防備には出来無い。

 バーリンゲン王国側のバックアップの不備は何とかならないかな?一ヶ月の攻略期間予定が二倍になりそうだ。そろそろ、デオドラ男爵達の遊撃部隊が王都を発つ。

 その半月後には、ライル団長率いる第二陣として聖騎士団を中心とした本隊が出陣する。更にその後に、ニーレンス公爵達が率いる諸侯軍。その前後のタイミングで、アウレール王が前線で指揮を執る為にハイゼルン砦に向かう。

 少なくとも、ニーレンス公爵達が出陣する前にはエムデン王国の王都に戻りたい。警備の者達が手薄になる、旧コトプス帝国の奴等が仕掛けるタイミングなら……

 アウレール王の防御が手薄となる、このタイミングだろう。国王の危機は、先発部隊の士気にも関わる。もしアウレール王に危害が加えられたり、王都に被害が出たならば最悪は全軍が引き上げだ。

 自国の王や王都に被害が出るならば、軍を引き返してでも対処しなければならない。その対策として、僕が王都に待機する筈が足止め状態だよ。

 助かるのは、保護した令嬢達だが本当に政務が出来る。今もブレスの街の臨時代官としての政務を手伝って貰っているが問題無い。辺境故の人材不足の為に親の手伝いとして、令嬢ながら仕事を割り振られていたのだろう。

 余裕が無い厳しい生活環境は、人を成長させるか……

◇◇◇◇◇◇

 ザスキア公爵達がブレスの街に来た時に彼女達の扱いで少し揉めたが、最終的にザスキア公爵が責任を持って彼女達を教育する事で何故か纏まった。僕に意見は聞かれずに、令嬢達との話し合い結果だけ教えて貰った。

 エムデン王国の貴族令嬢としての教育、マナーや生活習慣、エムデン王国貴族の派閥等の細かい教育は僕には無理だ。他家に嫁がせるならば、最低限の事は教育しなければならない。

 基礎は出来ているので大した時間は掛からずに教育出来るそうで一安心だし、ザスキア公爵も養女にして他家との繋がりを強くする事は賛成らしい。婚姻による親族強化が僕に不足していた事だから……

 僕が側室や妾にしたら、彼女達の親類縁者が僕の親戚だと騒ぎ出して大変な事になるそうだが、養子縁組は実家との縁切りであり内緒で連れて帰れば問題は少ない。

 僕の遠縁筋の令嬢達ですと言えば、表向きは追求する者も居ないそうだ。彼女達の親戚連中が来ても突き放して大丈夫らしい。この辺の線引きは難しいが、彼女達自身が親戚連中との縁切りを望んでいる。

 元々は裏切られて売られた訳だし、今更頼って来ても断固拒否だろう。自分は助けて貰えず売られたのに、今更擦り寄って来るとか何を言ってるんだ!って事で納得したが、ザスキア公爵の笑顔は何かしら僕に内緒で手を打つみたいだな。

 まぁ貴族令嬢の教育だと、義母であるエルナ嬢かデオドラ男爵の夫人達を頼るしかなく、伯爵令嬢級の淑女教育だと彼女達では厳しいだろう。その辺は、ザスキア公爵任せで良いな。

 モリエスティ侯爵夫人にも頼めば更に良い、社交界の事も詳しく教えてくれるだろう。ギフトによる洗脳は駄目だと念押しは必要だと思うけど……

 僕個人には利益の少ない討伐遠征、属国の平定だと思ったが色々と学ばされたしプラスな面も出ている。後の問題は時間だけ、早く増援が来ないとシャンヤンの街に行けないんだ。

 代官が不在なので臨時に代行しているが、早く交代要員が来ないと困る。因みに雲隠れしていた冒険者ギルド支部と魔術師ギルド支部の連中は、無事に戻って来て街の治安維持に協力している。

 盗賊ギルド支部の下位職員や構成員達も戻って来て、僕に保護を求めて来たので、シャンヤンの街の情報収集に向かわせると同時に、ザボンの末路を広める様に指示した。

 圧倒的不利な状況の、コーマを支持する連中の切り崩しの為にだ。もう支配地はシャンヤンの街だけだし、配下の連中も逃げ出す連中が多発しているだろう。

 逃げ出す中に紛れ込まれて隠遁されると、反乱の火種となり非常に困る。なので、盗賊ギルド支部の連中に見張らせている。意地を見せるか、命を大事にするかは分からない。

 三人目は逃げ出して行方不明、だが配下の兵士達は殲滅しましたでも及第点ではあるが、反乱の火種として担ぎ上げられるのは困る。

 確実に倒す。最悪は捕縛して、パゥルム女王に身柄を引き渡す。だが助命嘆願する裏切り前提の連中が必ず現れるだろう。そんな連中に御輿となる元継承権の高い王族とかは不要。

 パゥルム女王では、そんな困った貴族連中を押さえ込むのは難しい。政治基盤が盤石にならない様に、僕等が動いているから余計にだ。

 属国の扱いは本当に難しい、国内が平定され余裕が出ると独立と言う欲が出る。宗主国の干渉を嫌い始め独立性を求めて来る。

 そして国内の意志が一つに纏まれば独立戦争を仕掛けて来る。だからそんな余裕が無い様に、中央集権を妨害して地方との対立を煽っている。

 国内の平定はする。不安要素の元殿下達も全て倒す。殿下達に付き従った正規兵も殲滅する。だが辺境の貴族連中の力は削ぎ落とさない。

 全ての力を失わず、それなりの兵力は残したからな。中央の言いなりにはならず、それなりの発言権も有る不安定な状態。

 それが国内統一を妨害し、パゥルム女王の権力を絶対的にしない方法なんだ。悪いが絞り取れる分は絞り取るから、頑張って下さい。

◇◇◇◇◇◇

 代理領主の真似事をしているが、実際は治安維持の指示だけで街の運営には口出しをしていない。故に結構時間を持て余している、シャンヤンの街に行けずに拘束されてるだけだし……

 豪華な執務室にザスキア公爵と護衛のクリスの三人で居るが、仕事をしているのは僕だけだ。仕事と言っても、冒険者ギルド支部に街の周辺の巡回の継続依頼と報告書を読むだけ。他は従来の代官補佐の連中に一任して報告だけ貰う、書類上の不正は無さそうだ……

 気になる点として、最近だが少数部族の連中と思われる連中が五人前後で街の様子を観察していると報告が来ている。此方の巡回している冒険者達が近付くと直ぐに逃げ出すらしい、敵対している訳じゃないのか?

 または被害に有った街だけに、防御力が下がっているから襲えるかの情報を収集する為に偵察に来たのか?今のタイミングでは、少数部族の連中は敵視しかされない。

 下手に接触して来れば、自警団の連中が暴発するだろう。少数部族との争いは、辺境の民にとっては日常茶飯事。最終的には、僕が出張って敵として少数部族の連中を倒す流れになるだろう。

 僕は臨時で代理の領主であり、ブレスの街を脅かす連中には対処する必要が有る。無償でだ!後続の応援が早く来ないから、僕が代わりに苦労するんだぞ。バーリンゲン王国に文句を言っても良いレベルで非協力的だよ!

「リーンハルト様。カシンチ族の使者が親書を持って参りました。その……使者殿は街の外で待たせております」

 警備を任せている連中の取り纏め役である、セキレイと言う叩き上げの戦士が慣れない敬語を使い報告に来た。本来は臨時で代理ではあるが、領主に直接報告に来る立場じゃなかったのだろう。凄く緊張しているのが分かる。

 待たせているの前に間が有ったのは、一悶着しても街の中には入れなかったな。まぁ短絡的に襲い掛からなかっただけでも良しとしよう。彼の親戚や仲間は前の襲撃の時に亡くなっている、普通なら問答無用で切り捨てだな。

 チラリとザスキア公爵を見れば満面の笑みだが、この状況を読んでいたか利用出来ると即座に判断したのか?だが使者には会わねば始まらない、親書を読んで返事を返す迄は使者は帰らないだろう。

「カシンチ族か。前に助けた、コリコとスアクの兄弟だな。この状況で接触して来るとは、間が悪いと言うか何と言うか……」

 ブレスの街を襲った少数部族の連中とは連合を組んでいなければ良いが、襲った奴等が混じっているなら討伐対象だが、セキレイ殿の態度からして仲間ならば取次はしない。

 確かに討伐前は、パゥルム女王と協議して引き込み工作の準備もしていたが、今となっては彼等の協力は不要。残り一人だし、僕さえ自由に動ければ終わる。

 セキレイ殿から親書を受け取り確認する。それなりの品質の紙を使用しているし、蝋封も施してある。家紋じゃなくて部族の紋様かな?剣に絡んだ蔦のデザインだ。

「ふむ、当初に予想した通りの協力の申し出です。ストライスの要請は受けなかった事も書いているのは、先の襲撃とは無関係と言う事だな。千人を超える部族の勇者達が協力してくれるそうですが……」

「詰めの段階での協力の申し込み、単純に勝ち馬の尻に乗りたいのかしら?でも千人とは大きく出たわね。それだけの戦力を纏める連合の盟主さんの要求は何かしら?」

 要求?更に親書を読み進める。確かに攻略に必要な千人からの戦力を預けるとなれば、相応の要求はしてくるだろう。僕としては加勢は不要で、期限有りの不可侵条約を結ばせたい。

 だが連合を組んだのならば、目に見える成果が欲しい筈だ。でも加勢の対価として与えるにしても、加勢自体を必要としていないし僕とクリスだけで十分。

 仮に成果を分け与えるとしても優先するのは、ザスキア公爵の配下か妖狼族にだ。役に立つか分からない、現地勢力は必要としない。だが突き放すのも問題だな。

「対価として要求する事は……バーリンゲン王国との交渉の橋渡し役をお願いしたいのと、交渉の際に多少の便宜も図って欲しい。その代わり此方の指示には全て従う、食料等の物資は全て自前で用意するそうです」

「攻略に参加させろとか、金銭や自治権の要求とかじゃなくて交渉の橋渡しね?維持費の掛からない千人の兵力を自由に使って良いとは、カシンチ族の兄弟は中々に策士だわ」

 ザスキア公爵が感心した様に頷いているが、あの兄弟って策士だったかな?まぁ連合を組んで盟主になる位だし、誰か優秀な策士が仲間に居ると考えた方が良いか。

 短絡的な要求じゃなく、バーリンゲン王国と交渉のテーブルにつく為の橋渡し役を望む。だが多少の便宜は図って欲しいとは、先が見えている者が居る。

 有る程度纏まった戦力を持ち、バーリンゲン王国との交渉権まで持つとなれば、辺境の少数部族の中で図抜けた権力を持つ事になる。連合の盟主として、確固たる地位を築く為か……

「千人の兵力は助かりますが、ブレスの街の守備兵力としては使えないですよね?領民の感情を考えれば、略奪した部族とは違うと言っても納得しない。受け入れは無理だと思いませんか?」

 彼等を守備兵として街に常駐させる事は、領民達の感情的に不可能だと思う。襲われた事もそうだが、最初から反発し合っていた関係だ。無理強いすれば、碌な事にはならない。間違い無く反発するだろうな……

「別にブレスの街に張り付いて警備しなくても良いのよ。攻めてくるのは周辺の少数部族の連中だけだし、彼等を牽制してくれれば良いの。

その辺は私達よりも彼等の方が詳しいでしょう。危険なのは、ストライスに手を貸した連中が報復に来る位じゃないかしら?」

 相変わらず小首を傾げる仕草の、ザスキア公爵は実年齢より相当若く見える。若い頃から『治癒の指輪』を付けている効果と、美容に対して努力しているからだろう。

 彼女の予想は正しい、殲滅した少数部族の連中は奴等の戦力の半数以下だが未だ相当数の戦力は残している。面子や感情の問題で報復行動は考えられるが、僕が居る限りは無理だ。

 それは奴等だって理解している。襲えば間違い無く返り討ち、そんな危険を犯す馬鹿なら楽だけど……流石に楽観的過ぎる。だが僕が居なくなれば何らかの行動を起こしそうだ。

 ん?僕が居る限り……僕が居なくなっても、カシンチ族が周辺の少数部族連中の動向を抑える。ブレスの街には干渉せずに奴等を押さえ込めれば、僕はコーマ討伐に向かえる?

 単独行動、隠密行動になるが、それは前回と同様だから問題は多少有るけど不可能じゃない。コーマを倒した後に、僕が不在と分かるが直ぐに戻れば大丈夫かな?

 イエルマの街の防御力が気になるが、その辺はバーリンゲン王国に増援を急かして何とかするしかないか。コーマに時間を与えると、最悪潜伏して見付けられないとかも有り得る。

 僕等には時間制限と言う枷が有る。これ以上、此処に足止めを食らうのは避けたい。カシンチ族の協力の申し出を受ければ、僕の単独行動が可能になる。

「カシンチ族を利用して敵対している少数部族達を牽制。此処の守りは私と妖狼族で問題は無いから、早くイエルマの街に籠もる、コーマさんを討伐して来なさいな」

「僕も最善ではないけれど、次点だと思います。確かに籠城に徹すれば、早々攻め落とされる事はない。カシンチ族達が牽制してくれれば更に確実か……ですが、ザスキア公爵の守りが手薄になります。アインにツヴァイ、ドライは残して行きます」

「そうね。私達には時間が無いから、最悪はコーマさんを倒したらエムデン王国に引き上げるわよ。本国の護りを疎かにするなんて本末転倒な事は出来無い、急ぎましょう」

 ザスキア公爵も時間制限を気にしている。最悪はバーリンゲン王国に丸投げして、エムデン王国に戻る事も可能性の一つとして考えねばならない。

 逆賊の元殿下達を倒し、裏切った正規兵達を摺り潰せば反乱は成り立たない。元殿下達さえ倒せば、最悪街が少数部族に奪われても問題は無い。

 それは反乱軍でもなく只の辺境の勢力図の書き換えだけ、僕等の責任の範囲外と割り切れる。まぁそれは最後の最後に選ぶ手段であり、他の方法も模索するけれど……

 兎に角、方針は決まった。先ずは親書の返事を書いて直接話せる場所をセッティングする事から始めよう。カシンチ族か、中々やる連中かも知れないな。

 

 


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