古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第647話

 コーマを捕縛し僕謹製の錬金牢屋馬車に配下と三台に分けて押し込んだ。コーマ、男性配下、愛妾に分けて各々の手は拘束している。

 戦時下の敵の大将だから緩い軟禁状態だが、錬金製の馬車故に出入口が無いので逃げられない。トイレは完備しているし、食事を差し入れる小窓も有る。

 完全に拘束するなら、鉄製の球体に首だけ出して錬金する方法も有るが、それをやると重くて移動が出来無いから今回は見送った。

 

 しかし、最後の最後で締まらない終わり方になってしまった。捕縛し引き渡されても、パゥルム女王は困るだろうな。

 長兄は夜襲で、末弟は正々堂々の野戦で、真ん中は命惜しさに投降か……彼の名誉の為に捕縛にしておく位の優しさは見せるか。

 どちらにしても処刑されるだろう。幽閉とか有り得ない、現状で敵対した相手への温情は有り得ない。不平不満を抑える為にも厳罰が望ましい。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 気持ちを切り替えて、カシンチ族連合の代表達を迎え入れる事にした。彼等には、コーマの事はバレていないし教えるつもりもない。

 ザスキア公爵の配下に武器を預け簡単な身体検査を終えて部屋に入って来たメンバーは、兄のスアクに弟のコリコ。それと老人が二人か……

 多分だが老人二人は部族では長老と呼ばれている指導者達だと思う。この筋書きは、あの老人二人が描いたのだろう。

 

 身分的な問題で、僕等は座ったままで彼等は立ったままだ。バーリンゲン王国では、少数部族の族長は子爵待遇。だが彼等は族長ではなさそうだ。

 身分的には平民、僕等との身分差を考えれば軽々しく話せない。先ずは自己紹介、そして相手からの挨拶。その後に少し他の話題を振って漸く本題に入れる。

 

「本日は、この様な場を設けて頂き有り難う御座います。英雄と呼ばれる、リーンハルト卿とエムデン王国の重鎮である、ザスキア公爵にもお目通りが叶うなど感動しております。私はカシンチ族の長老、シュマンジュです」

 

「私はゾイルワーム族の長老、ベンバーと申します。私達は是非とも、エムデン王国に協力したいと願っております」

 

 僕とザスキア公爵の両方を持ち上げ、これでもかと美辞麗句を並べ立てた。良くもまぁ考え付いたモノだ、此方の言語も淀みないし大した教養だな。

 その後に、コリコとスアクを助けた事と援助物資を渡した事の御礼。彼等が連合を組んだ経緯と抱えている戦力を教えて貰った。

 連合を呼び掛けたのは、カシンチ族じゃなくてゾイルワーム族のベンバー殿だった。数が集まるにつれて盟主を誰にするかの話し合いの中、僕に接点が有ったカシンチ族を担ぎ上げた訳だ。

 

 連合に参加したり脱退したりして最終的な参加部族は十五部族と報告より減っている。だが協調性の無い部族を弾いたらしいので、結束的な意味では良かった。

 カシンチ族とゾイルワーム族は農耕を主とした部族であり、安定した食料生産により大人数を養えるが、反面土地に縛られ常に他の部族からの略奪に曝されていた。

 僕が倒した、スピーギ族みたいな狩猟民族や遊牧民族は特定の土地を持たず安定した食料供給が出来無いから不足分を略奪で補っている。

 

 カシンチ族連合とは、農耕民族の集合体なんだ。なる程、彼等の求めるモノが何となく分かってきた。彼等はバーリンゲン王国公認の自治権が欲しいのか。

 チラリと横目で、ザスキア公爵を見ると笑顔で話を聞いている。彼女的には外交の話術としては合格なのかも知れないが、僕は煽てられて落ち着かない。

 前振りが終わり落ち着いた所で、紅茶でもてなす。実は少数部族達は酒でもてなすらしいが、馬の乳の酒とか淑女の飲み物じゃないので、ザスキア公爵に配慮して紅茶にした。

 

 多分だが流石に飲み慣れてないのか仕草がぎこちない。だが酒を振る舞うのは駄目だぞ。僕を酒豪と煽てたが、所詮は魔法で体内のアルコール成分を取り払っているだけだ。

 飲み慣れない馬乳酒とか出されても飲めないだろうし、出された酒を飲まない事は不敬に当たるらしいから無理。だから慣れない紅茶で我慢して下さい。

 コリコとスアクは紅茶を飲んだ事は無いのだろう。マナーが分からない為か、下手に恥をかかない為に飲まないみたいだな。小声で長老達に指示を仰いでいたし……

 

 挨拶以外は何も喋らないのは、本当に顔繋ぎの為だけの参加か。部族の中でも長老達の権限は相当大きそうだ、年配者は知識も経験も豊富だからな。

 

「さて、事前に親書で書かれていた、バーリンゲン王国との交渉の橋渡し役だが問題は無い。便宜を図る事も可能だが、交渉内容にもよりますよ」

 

 流石に内容を確認せずに、無条件で便宜を図る事は出来無い。今迄のゴタゴタの責任や補償の問題には口を挟みたくないのが本音だ。

 まぁ彼等が僕に無理難題を押し付ける事は無いとは思う。パゥルム女王達と事前に打合せした提示内容を思い浮かべる。

 有る程度の自治権の行使を認める内容、期限付きの不可侵条約、生産物の国家買取、犯罪者に対する取り決め、彼等は年一回に税を納めている。その緩和……

 

 余り魅力的な内容では無かった。どちらかと言えば、バーリンゲン王国側にメリットが多いと思う。自治権など事実上は支配しているので、その御墨付き程度の話だ。

 期限付き不可侵条約は、簒奪のゴタゴタの最中で時間が欲しいのはバーリンゲン王国側だし、生産物の買取は民間に任せずにすれば国家が利益を得る為だろう。

 納税関連は年に一回、年齢と人数に合わせた税金を納めてはいるが、そもそも遊牧民族の正確な人数など調べ様がない。農耕民族の彼等は、有る程度正確な人数は調べられている。

 

 犯罪者に対する取り決めは、バーリンゲン王国の支配地で捕まった連中の一方的な処罰の緩和で双方がそれなりに得が有るが、捕虜の待遇改善については駄目だった。

 双方に恨み辛みが有るから、捕虜となった場合の待遇は最悪。それを止めようと指示すれば、恨みの鉾先が自分に変わるから嫌なのだろう。

 ザスキア公爵が無言なのも、僕の経験の為に口出しを控えているのだろう。余程の失敗をしない限り、お任せな感じがする。

 

 目が合った時に、ん?とか首を傾げられたのは、私は見てるから上手く話を纏めなさいって事だよな。

 長老二人も妙に落ち着いているし、僕よりも場数を踏んでいるのは間違いない。族長の代わりに来る位だから当然だ、気を引き締めないと駄目だ。

 

「はい、基本的には立場の明確化なのです。例えば細かい話ですが……」

 

 長老の話を纏めると、彼等の扱い方・接し方を明確にしたい。あやふやな立場を固めたいって事で良いのだろうか?例えに出したので一番力説したのは、価格の不平等についてだが……

 彼等が街で売り買いした場合、安く買われ高く売られる。基本的には物々交換で、現金の収入を得るには街に農作物等を売りに来るしかない。

 だが買取値段が安いし一定じゃない。取り扱う商人によっても違うが、同じなのは品物が安く買い叩かれる事だ。逆に買い物をする時も、不当に値を釣り上げられる。

 

 基本的に敵対している関係なのだが、物資が不足しがちな辺境において売り買いの値段で足元を見られるのは非常に困る。パゥルム女王が国家買取を条件にしたのが分かった。

 

「ふむ。適正価格での取引は、民間に浸透させるのは大変ですね。なので、バーリンゲン王国を相手に取引を行い価格を適正に近付ける事は可能ですよ」

 

「それは有り難いです。我等が品物を持ち込んでも普通の半分以下、買い物も五割は上乗せされます。我等で生産出来無い生活必需品は買うしか無く、現金収入の手段も限られているのです」

 

「本当に足元を見ますからな。確かに敵対関係では有りますが、長き怨恨には双方に原因が有り一方的に責められる謂われは無いのですよ」

 

 その分、御得意様として配慮が必要になりますけどね。商売相手とは争い辛くなるのは当然で、妥協を強いられますとは言わない。

 彼等も分かっている。感じとしては、バーリンゲン王国に組み込まれたい。援助や保護を受けたいみたいに感じる。

 辺境で土地を守り暮らしていくには、国家レベルの相手の保護が必要。だから連合を組んだと思うが、もう一手先に踏み込みたいとか?

 

「物資の売買の適正化、バーリンゲン王国の息の掛かった商人に限定されますが便宜を図る事は可能でしょう」

 

「有り難う御座います。我等も所帯が大きくなり、寄せ集まっても先行きが不安なのです。辺境の貴族達との交渉は不可能な程、関係は拗れています」

 

「中央に話を通すにも伝手すら無い。我等が中央と縁を結ぶ事を辺境の貴族達は良く思わないでしょう」

 

 む、思わせ振りな言葉を吐いて黙り込んだ。つまり中央と辺境の貴族達との仲違いの原因になるが、一応の大義名分は有るって事だよな。

 中央と地方の関係の円滑化は避けたい状況であり、彼等は辺境に居て中央から配慮される。僕等にも利が有るって事を悟れってか?序でに直ぐに潰されない配慮もしろか?

 お互いに薄い利益が有る訳だ。もう会う事など無い僕等を使い、一番改善したい事を優先した訳だな。パゥルム女王は僕の頼みは断らない、かなり優遇された価格設定になる。

 

 それと辺境の少数部族の中でも待遇に差が出る、それは敵対部族も増えるが取り込み易くもなる。数の暴力は凶悪だ、五百人前後の部族など……

 面白い種が蒔けた、簡単に縁を切らずに定期的な援助を考えても良い位だ。パゥルム女王には悪いが、楽はさせないよ。

 

「僕等の懸念事項にも配慮するって事かな?まぁお互いに利益が有るのは分かりました。細く長い付き合いになりそうですね……ブレスの街とイエルマの街を守り、彼等にも恩を売りなさい」

 

「分かりました。跳ねっ返りの連中ですが、リーンハルト卿の事を恐れて自分の縄張りに逃げ込みましたので……」

 

「大した労力も掛けずに、バーリンゲン王国の派遣部隊が来る迄は二つの街を守れると思います。我等にお任せ下さい」

 

 そう言って深々と頭を下げた。釣られて、コリコとスアクの兄弟も深々と頭を下げたが、余り話の内容は理解していないみたいだな。

 カシンチ族連合だが、広い土地を持ち余った食料を売れる程に自給自足し、生活必需品や言わなかったが武器や防具も適正価格で手に入れられる様になる。

 中央と繋がりを持った辺境の少数部族連合、僕にも恩が有るから簡単にはパゥルム女王に靡かないと思いたい。中央と地方の仲違いの駒として有効だ。

 

 

 

◇◇◇◇◇◇

 

 

 

 有意義な話し合いだった。カシンチ族と言うか少数部族の長老二人の提案は、僕等の利益にもなる。連合さえ維持すれば、一大勢力が誕生する。

 最後のコーマの対応でモヤモヤした攻略遠征も、終わってみれば面白い繋がりを得る事が出来た。辺境に住む者達の強かさ、中央の法衣貴族よりも楽しかったな。

 なにより要求が控え目なのが良かった。双方に利が有り、下手に媚びずに擦り寄りも無い適度な距離感。緊張し通しで話に参加出来なかった、コリコとスアクには悪かったが結果的は良かっただろう。

 

「リーンハルト様、最近は黒い笑みが多くなりましたわ。私以外の人達に見せるのは問題が多いから気を付けて下さいな」

 

「作られた英雄の役割は果たします。清廉潔白で慈悲深く優しい、でも敵には苛烈なエムデン王国の民衆が求める英雄像は壊しません」

 

 お互いに苦笑いを浮かべる。僕の良いイメージは、ザスキア公爵の配下が流す情報操作の恩恵。僕の本性は同族を五千人以上も殺した血塗られた魔術師。

 転生前と同じ行動なのに結果は真逆、情報操作や心証操作が大事なのは良く分かった。過去の自分が愚か過ぎたんだ、周囲から向けられる感情を甘く見ていた。

 ザスキア公爵と出逢えて本当に良かった。また過去の繰り返しをして望まぬ結果になる所だった。彼女には感謝してもしきれない、そう思い深々と頭を下げる。

 

「ザスキア公爵、有り難う御座います。僕は貴女が居なければ、英雄などではなく只の大量殺戮者として評価され恐れられていた筈です」

 

「他人行儀な事は止めて下さいな。私達は家族なのだから、下手な遠慮は嫌よ。でも私が手を加えなくても、リーンハルト様は英雄と言われていた筈よ。私は少しだけ周りを誘導しただけ……うふ、うふふ。もう少し、もう少しだわ」

 

 えっと、後半の小声の部分は何がもう少しなのでしょうか?見惚れる笑顔なのに、背中に氷柱を突っ込まれたみたいにゾクゾクするのは何故なんでしょうか?

 魔力無しで敵陣のド真ん中に放り込まれたみたいな危機感、僕は何に対して危険を感じているんだ。此処には危険など何も無い筈なのに何故?

 ザスキア公爵にか?まさか彼女が僕に危害を加えると感じるとか笑えない、そんな事は無い。気付かない内に疲れが溜まっているか、イルメラ成分が不足しているのだろう。早く帰りたい、もう禁断症状が出始めているんだな……

 

 


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