古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第650話

 逆賊三兄弟の内、クリッペンとザボンを倒し、コーマを捕まえて引き渡した。これでバーリンゲン王国からの依頼は完了、エムデン王国に帰れる。

 パゥルム女王から正式な依頼完了の書類を貰い、合わせて感謝状も貰った。依頼書・完了届・感謝状はセット物だ。最後の感謝状は達成度合いによっては貰えない。

 僕も完了届をエムデン王国に提出して任務完了なので、口頭で終わりとか杜撰な事はしない。パゥルム女王は感謝状の他にも贈り物として、王家秘蔵のティーセットをくれた。

 価値はそれ程高くはないが、バーリンゲン王国の紋章付きと別の意味で重い品物を貰った訳だ。直ぐに固定化の魔法を重ね掛けして、空間創造の中に厳重に収納した。

 無くした、壊れた、盗まれた等は管理責任を問われる。他国とは言え王家の縁(ゆかり)の品物だけに慎重な対応が必要なんだ。屋敷には飾らず死蔵品となるけどね……

 パゥルム女王も僕との縁が深いのよと、周囲にアピールする小道具として贈ったのだろう。確かに他国から見ても中々下賜されない物だから、名誉な事だと言うだろう。

 価値は公平に見ても金貨三百枚位かな?バーリンゲン王国の紋章付きで更に金貨五百枚。合計で金貨八百枚位かな?同じ物でもエムデン王国の紋章付きなら三倍以上の価値になる。

 一応家宝が増えたと喜べば良いのかな。パゥルム女王にしては、常識の範囲内の贈り物だ。高額過ぎる贈り物は無用な警戒を煽る。だが他の目録には、身の回りの世話をする為の女性も居たが固辞した。

 ハニートラップ笑えない、全く笑えない。この国の褒美って美女が多いけれど、悪しき習慣だと思う。そんな色仕掛けに引っ掛かる訳が無い。僕は色魔じゃない、逆に迷惑です!

◇◇◇◇◇◇

 遅めの朝食、ゆったりとした昼食、三時には紅茶を楽しみ疲れを癒やす事が出来た。パゥルム女王もガチガチの懇親予定は組まずに、配慮してくれたのだろう。

 だが夜は盛大な舞踏会を開催させて下さいと懇願してきたが、ザスキア公爵は了承した。僕は参加していないが、細かい打合せは済みらしい。

 舞踏会に参加するのは、僕とザスキア公爵だけ。貴族ではあるが、爵位を持つ者は今回は二人しか居ないから。故にファーストダンスの方舞は、僕とザスキア公爵。パゥルム女王とバーリンゲン王国の上級貴族。

 そして舞踏会開催の準備の為、会場に繋がる部屋で待機している時に、パゥルム女王の相手の男性貴族から凄い値踏みの視線で見られている。

 バーリンゲン王国公爵二家の片割れ、レオニード公爵家は取り潰しになったので唯一の公爵家。ティベッド公爵家の長男である、クバムベルム殿。二十代後半の色男ではある、派手で見栄えは良いが尊大で傲慢そうだ。

 ティベッド公爵家は最初から、パゥルム女王の後見人だったので、簒奪計画の協力者だった。早くから前王政権を見限り、パゥルム女王の簒奪に賭けたのは評価するが……

 エムデン王国の力を恐れて、ウルム王国と旧コトプス帝国を裏切った割には、僕に対して上から目線と言うか何と言うか。年上だし爵位は無いが次期公爵だからか、偉そうだ。

 上級貴族に有りがちな巨大な自尊心、周囲が遜(へりくだ)るから余計に自分は特別だと思い込み他を見下す悪い癖を持つ。そして本人は大した能力は無い。

 まぁそれは良いんだ。有能な家臣団を抱えていれば、当主は宮廷内の序列順位争いと言う名の政争に負けなければ良い。それも家臣団の協力は必須だが……

「やはり方舞のペアは、私とリーンハルト卿とは変わった方が良くないだろうか?パゥルム女王の相手が、幾ら結婚相手の第一候補確定の私とは言え、リーンハルト卿に花を持たせるべきだと思うぞ」

「ほぅ?クバムベルム殿が、パゥルム女王のお相手の第一候補なのですか?ならば尚更、貴殿がパゥルム女王をエスコートする必要が有りますね。他の淑女のお相手は遠慮するべきでしょう」

 またコレだ。自分は次期国王アピールと、エムデン王国の重鎮たる、ザスキア公爵とダンスを踊り縁を深めたい。そんな浅い考えで、自分の方が格上だとアピールしつつ僕に絡んで来る。

 パゥルム女王の結婚相手、役職上は次期国王だが、女王政権故に結婚しても権力は無いし相手の選考にも許可にも、エムデン王国は干渉する。独立心満々とか、性格や能力に不安な相手は選ばない。

 クバムベルム殿は権力志向が強いから選考外なのだが、自分が筆頭候補だと確定でない情報を公の場で公言している。パゥルム女王は国内最大の協力者の縁者だから睨み付けるだけだが、ザスキア公爵は存在すら無視している!

「クバムベルム、公式発表もなく滅多な事は言わないで下さい。私の結婚相手は未定、その選考には幾つもの条件が有るのですよ」

 だが僕等の態度に危機感を覚えたのか、漸く注意したが口調は強くない。この手の相手に控え目だと全く効果は無いんだよな。無駄に自信満々だし、根拠の無い話を平気でするし……

「はははっ!バーリンゲン王国で唯一の公爵家の跡取りの、私以外に適任者が居るとでも?パゥルム女王も面白い事を言いますね」

 気障ったらしく前髪を払う仕草をする奴が居るとは!聞いてはいたが見たのは二回目だよ、本当に格好つけてやったよ。上級貴族の良く有る話で美男美女を娶るから美形率が高いんだ。

 クバムベルム殿も血筋も良いが両親の容姿も継いでいる。実戦こそしていないが、身体も鍛えているのか程良い筋肉が付いている。

 デオドラ男爵達、戦闘狂と比べると多少鍛えた素人だな。いい加減、ザスキア公爵を好色の目で見られるのが嫌になってきたな。このムカムカは……

「悪いが、ザスキア公爵のパートナーは譲れない。それと淑女を好色な目で見るのも感心しないな、文句が有るなら受けて立とう。手加減出来るか分からないが、高嶺の花を摘もうとするなら覚悟は済んでるな?」

 この手の連中には直球で話すしかない。反発もするが、有耶無耶にすると自分に都合良く変換するんだよな。ああ、考え方が乱暴になってる。イルメラ成分が不足してるからだ、安定剤不足だから仕方無い。

「ひゃ?ななな、私を脅すのか?私は公爵家の後継者なのですよ。伯爵の分際で、この私に……」

「リーンハルト卿、今回は私に免じて見逃して下さい。クバムベルムには、私から良く言い聞かせておきます」

 そう言って言葉を遮り頭を下げられては何も言えないが、殺気を込めて睨み付けるのはセーフだろう。言葉にはしていないが、目は口程に意味を伝えるからな。

 多分だが家族と言ってくれた、ザスキア公爵に言い寄られる事が嫌だったんだ。どう贔屓目に見ても評価を盛っても、コイツは彼女に釣り合わない。

 ああ、コレが嫉妬か!アーシャやジゼル嬢に言い寄る連中にも感じたが、此処まで強い嫉妬は感じなかった。これが嫉妬の力、王宮を更地にしたい気持ちの凶暴な高ぶり……

「クバムベルム殿。私に言い寄るとは、身の程を弁えなさいな。私が貴方に身体の一部でも触らせる訳が無いでしょう、嫌ですわお断りします。さて、リーンハルト様。舞踏会の始まりですわ」

「ええ、折角逆賊共を倒して平定に尽力したのに。湧き上がる嫉妬の思いが、この王宮を更地にする勢いでした。これも力を得る一つの方法なのですね。人の感情とは摩訶不思議で面白い」

 魔術師は冷静たれ!と平常心を心掛けていたが、それは感情の起伏は少ないだけだったのではないだろうか?人としての感情、僕は欠落していたのか?

 火属性魔術師が直情径行に有り感情を爆発させる事により、魔力が高まり制御が疎かになる事は、良し悪しだと思っていた。

 だけど感情を表す事も必要なのかも知れない。転生し第二の人生を歩んでいるが、肉体年齢に精神年齢が引っ張られているのかな?

「ザスキア公爵。お手を……」

「ええ、リーンハルト様。私をエスコートして下さいな」

 ザスキア公爵の手を取ると、控えていた侍女が舞踏会会場への扉を開く。眩しい、宮廷楽団が演奏を始めた。扉を潜れば煌びやかな会場に集まる、着飾った紳士淑女が見える。

 真っ赤な絨毯の上を進み舞踏会会場の真ん中へと移動する。後ろを見れば、パゥルム女王とクバムベルム殿も続いている。僕等が先に進む事が不満みたいだな……

 お互いに向き合い、一礼して彼女の手を取り踊り始める。残念な事に、僕はザスキア公爵よりも背が少しだけ低い。そんなデメリットを感じさせない巧みなステップ、彼女のリードに引き摺られる。

 ザスキア公爵は大輪の華だ。パゥルム女王には悪いが全てにおいて二枚も三枚も上。衣装も装飾品も容姿も仕草も……パートナーは見た目は負けているかも知れない。

 だが実績は負けていないぞ、卑屈になるな!無官無職の高等遊民には負けていない。巧みなステップだが、僕に配慮する余裕すら有る。そして笑顔の大盤振る舞い、完全に舞踏会に参加した貴族連中を魅了した。

 これが準王家の血筋を引き男尊女卑が蔓延る貴族社会で臣下の頂点に立つ女傑。その惜しみない笑顔を一身に受ける僕に容赦ない嫉妬が集まるのだが……

「ははは、完全に貴女が舞踏会の主役ですね。こんなにも嫉妬の視線が嬉しく感じるとは……ザスキア公爵を一人占めしているからですね」

「あらあら、リーンハルト様は独占欲が強いのね」

 嗚呼、これは少しヤバいのかもしれない。最大の協力者は最高の淑女だった訳か……距離感を間違えると不味い、彼女は僕を家族と同じと言った。つまり手の掛かる弟だ、落ち着け。

 ザスキア公爵の細い腰に手を回しクルリと回転させる。手を回した瞬間の男共の悔しさと羨望の顔ときたら癖になる、これは麻薬だよ。嗚呼、そろそろ曲が終わる……

 最後にザスキア公爵を回転させた後、最初の立ち位置に戻り向かい合わせになり一礼する。完全に食われた、パゥルム女王は苦笑し、クバムベルム殿は嫉妬心が溢れて真っ赤だな。

「ザスキア公爵、此方へ」

「あらあら、過保護ね。全く困った独占欲よ」

 差し出した手を笑顔を添えて握ってくれた。ザスキア公爵は会場の全ての紳士を虜にして、全ての淑女からの羨望と嫉妬を受けた。

 上座に用意された僕等用の席に座らせ、自分は前に立ち他からの視線を遮る。近くに控えていた侍女を呼び寄せて飲み物を用意させる、少し休ませるべきだ。

 ファーストダンスを終えると次はバーリンゲン王国側の今回活躍した連中によるダンスが始まるのだが、活躍?誰も活躍などしていないぞ。なのに何組も居るが、何をしてくれたんだ?

◇◇◇◇◇◇

 ザスキア公爵が面白そうに恋の駆け引きをしている、バーリンゲン王国の紳士淑女達を見ている。ポルカが終わりワルツが始まる前に、気になった異性からの誘いを待つ淑女達。

 紳士達は狙った淑女をワルツに誘おうとするが、同じ紳士連中からの牽制を回避しながら話し掛けようと躍起になる。今回呼ばれた連中は、パゥルム女王派なのだろう。

 だが気になるのは一人の淑女だけが浮いていると言うか、相手にされてない場違い感が有ると言うか……この違和感は何だろう?

「リーンハルト様も気付いたみたいね。あの場違い感の有る令嬢は、集団お見合いの候補の家の娘達の中でも最上位の貴族の娘よ」

「つまり粛清と言うか、強制引退をさせて彼女達がエムデン王国の貴族達から婿を取るのですね。彼女は晒し者、詰まらない真似をする」

 他国の貴族を婿に取り、現家長は強制引退して家を乗っ取られる予定の淑女達の最上位か。今夜集まっている連中は、パゥルム女王派として繁栄していく連中だ。

 そんな中に裏切り者の娘として、強制的に結婚させられ家を乗っ取られる者など、針のむしろより酷い扱いだ。見せしめかガス抜きか?

 華やかな舞踏会で無視させられるとは嫌なモノだぞ。ミッテルト王女の考えか、集団お見合いの責任者である、オルフェイス王女の考えか?

「本当にね。でも現政権の維持の為には、味方には優越感を与え敵方には絶望を与える。彼女は伯爵家の長女であり、才女として持て囃されていたわ。その彼女の没落、効果は高いけれど良い手段ではないのよ」

「嘗て高嶺の花だった才女が没落する。それを間近で見て悦に浸るとは悪趣味ですが、確かに変な価値観を持つバーリンゲン王国の貴族ならば楽しいでしょう。でも僕は嫌です、下手な正義感じゃなくて……」

 貴族とは共に高め合う者達ではないのか?多くの特権には義務が有り、下らない虐めで自分が上の存在だと勘違いさせる方法は嫌だ。

 敗者に石を投げ付ける様な態度は、とてもじゃないが貴種たる我等貴族の態度じゃない。あの令嬢は、こんな仕打ちを受けても真っ直ぐ前を向いている。

 なるほど、才女とは心意気も普通じゃないんだな。僕には集団で虐められている哀れな女性じゃなく、周囲の連中に呆れている気高い淑女に見える。

「彼女の事、気に入りましたか?」

「ええ、気高い良い娘。調べさせた、バーリンゲン王国の貴族の中でも一番の逸材よ。私の求める条件の中で、ですけれど……」

 つまり、イーリン達と同じ腹黒淑女になれる逸材か。集団お見合いに参加するならば、ザスキア公爵の息の掛かった紳士がお相手になるのかな。

 これが舞踏会に参加してまで知りたかった事なのか?バーリンゲン王国の負の部分の再確認程度で、無理に参加する必要は無いのでは?

 宮廷楽団の演奏が早まる。早くお相手にダンスを申し込んで輪の中に入れって意味だが、ザスキア公爵が欲しがる令嬢の周囲が慌ただしくないか?

「え?弾き飛ばされたのか?」

「あらあら、醜い女の争いかしら?嫌だわ、全くなってないわね」

 まるで突き飛ばされたみたいに人の輪からポッカリ空いた空間に押し出されて膝を突いている。凄く恥ずかしい事だから、早く誰かが助け起こさないと駄目だ。

 自分で立ち上がり去る事は自らの非を認める事と同義だが、そもそも助ける者など居ない。晒し者の意味が良く分かった、これが彼等のヤリ方か。

 ザスキア公爵を見れば、凄惨な笑みで頷いた。自分が目を付けた淑女が、最低のレッテルを貼られる事に我慢がならないのだろう。

「お手を……」

「え?あの、貴方は……その……リーンハルト様?」

 素早く彼女に近付き手を差し出し、躊躇いがちに彷徨わせた手を強引に掴み立ち上がらせる。ドワーフ族のヴァン殿から貰った『剛力の腕輪』の効果で淑女一人など軽々と持ち上げられる。

 宮廷楽団の指揮者に手を振って合図し、ワルツの曲を奏でさせる。そのまま強引に腰に手を回し会場の中央まで移動すると、彼女も状況を把握したみたいだ。

 把握はしたが男性に慣れていないのか、ダンスステップがぎこちない。身体を固くしているから仕方無い、何とか僕がリードして終わらせるしかないか……

「その、同情なら要りませんわ」

「いや、同情じゃない。(ザスキア公爵は)有能な君が欲しいんだ。下らない悪意で晒し者にする気は無い」

 ちゃんと目を見て話す。真剣さを伝える為にと、他の連中には知られたくないから。没落させようとしている相手を引き抜きしようとしてるのだから。

「え?私が……欲しい?え?そんな事って……」

 あ、コラ。真っ赤になって棒立ちにならないで!

今、僕達はダンスの途中だから、止まらないで!もう少しで終わるから、頑張って下さいって!

 


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