古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第653話

 舞踏会の後は特に問題も無く、僕等は無事にバーリンゲン王国の王都からエムデン王国に向けて出発する事が出来た。ミズーリ嬢の家族も準備万端、翌日出発でも同行している。

 ラビエル伯爵は既にバーリンゲン王国を見限っており、エムデン王国に亡命も考えの一つに有ったらしく、ミズーリ嬢が説得する事も無く了承してくれた。

 愛娘が自分は参加を許可されなかった舞踏会で、ガス抜きの為に生け贄にされたとなれば怒りの度合いは分かる。長年尽くしたのに、最低の事をされたんだ。

 バーリンゲン王国の爵位は返上、伯爵家にしては僅かな家財道具と共に来てくれた事に感謝した。爵位返上とは貴族として凄い決断が必要だから、その思いには報いなければならない。

 本来の屋敷は資金繰りに困り手放したそうで、今の屋敷は借家だったので売却の手間も無い。だが伯爵家が借家とは、相当資金繰りには苦労したのだろう。もしかして賄賂が無いと生活が成り立たない?

 幸いだが僕の領地は多い、ローゼンクロスにアクロカント、スピノにティアと優良な領地を4つも持っている。つまり各代官からの報告も多いので、暫くは領地から上がってくる報告書の整理を頼むか……

「リーンハルト様の情報は、詳細を含めて皆が知っております。勿論ですが、調べれば分かる範囲です。それを元に摺り寄ってきた筈なのですが、お粗末過ぎる連中でしたわ」

 大型の馬車には、僕とザスキア公爵、ミズーリ嬢と父親であるラビエル殿。それと攫われた令嬢三人に護衛のクリスだ。ラビエル殿は伯爵位を返上したので殿呼びだ。

 八人乗っているが狭さは感じない、だが男性が二人だけだと気後れする。ラビエル殿も同じく華やかな環境に気後れしてるみたいでずっと窓の外を見ている、公爵本人も同乗してるし仕方無いか。

 ミズーリ嬢は行方不明の友人達と再び出会えた事と、家族と一緒にエムデン王国でやり直せる事にテンションが上がっている。本来ならば深窓の令嬢なのだが、生活苦で自らも働いていたから普通とは少し毛色が違うみたいだな。

「汚職に賄賂、横領が日常茶飯事じゃ国政など回らない。国家事業だって横領されたら、当初の計画通りにはいかない。だからコスト削減の為に、手抜きや改竄を行う。王都に繋がる街道の整備状態だけで、この国の財政難は分かる」

 強化改良サスペンションのお陰で車内の振動は少ないが、他の馬車はガタガタして大変だろう。王都近郊を離れた途端に程度が悪くなる。

 主要街道ですらエムデン王国なら地方都市のレベル以下だし、少ない予算を横領すればまともな整備など出来無いよな……

 前にザスキア公爵が晩餐会より舞踏会にした方が連中の本音が分かると言ったが、集団お見合いで入れ替えた方が良い事は理解した。この国の連中の中で入れ替えても、効果は薄いだろうな。

「これからは汚職や横領には厳しい監査が入るし、贈収賄を行えば首が飛ぶ事になるわ。人材が不足しても、エムデン王国から派遣するから中央は良くなるわ」

「反面無能者や悪事を働いた者の中で死罪以外は辺境へと送られる。更に中央と地方の格差は生まれるけれど、主要な城塞都市を任された連中は有能だ。役に立たない連中を送り込んでも、どんどん淘汰されていくよ……」

 ラビエル殿やミズーリ嬢達には言えないが、今回は辺境の少数部族ともコネクションを作った。彼等を動かせば、更に無能者は……自業自得と諦めて下さいね。

 タマル殿達も今回の反乱の原因は王家に有ると思っているから、無能者を押し付けても反発するだろう。つまり飼い殺しか危険地帯に放り込む。

 甘い汁しか吸っていなかった連中には過酷な環境だが、反発したくても手段が無い。資産も殆ど没収する、強権発動の後ろ盾と根拠はエムデン王国の武力。抵抗など出来やしまい。

「汚れ穢れた連中ですが、しぶとさは本物です。予想外の反発をして来ると思いますが……」

「正規兵三千人と元殿下三人の末路を考えたら反逆しても無駄な事は明白。ならば他の手段をと普通は考えますが、彼等は愚かにも常に最悪の選択をするのです」

「つまり武装蜂起、クーデターですか?パゥルム女王も大変ですが、幾ら王宮勤めの貴族が寄り集まっても戦力など高が知れている。千人前後では直ぐに鎮圧されます」

 エムデン王国の第四軍か、グーデリアル殿下の直属軍なら簡単に鎮圧出来る。早めに膿を絞り出した方が良いかも知れない。無能な味方ほど扱いに困る連中は居ない。

 なる程、ザスキア公爵が集団お見合いを認めた背景は膿共の一掃も考えての事だな。グーデリアル殿下の手腕に期待が掛かる、王位継承権第一位は大変なんだな。

 過去に幾つかの国を攻め落とし属国化させたが、此処まで酷い国は無かった。こんなのが隣国だったとは、今思えばゾッとする。早目に属国にして監視下に置いて正解、酷い連中は粛清だな。

「ゴミは纏まってくれた方が浄化しやすいのよ。この国の連中は精神的に未熟、癇癪持ちの幼子みたいな者達よ。もっとも幼子みたいに可愛くは無いから、大人として対処します」

 何気なく言った言葉に、ラビエル殿やミズーリ嬢達が固まる。お茶を飲みましょう位の軽い感じで言ったが、内容は非常に重い。

 やはりザスキア公爵は集団お見合いでの官吏の大量入れ替え案を推すみたいだな。アウレール王の承諾が必要だが、彼女は説得出来る自信が有るのだろう。

「僕等は対ウルム王国戦に備えて自国の防衛に専念します。もし不穏分子が、ウルム王国や旧コトプス帝国の残党共の甘言に乗る様な事になれば……厳しい対処になりますね」

 それこそ一族郎党皆殺し位の事はする。見せしめとして、馬鹿な連中に更に馬鹿な事をさせない為にも、次が現れない為にも、情け容赦無く実行する。

 パゥルム女王が止めようが、お構い無しで実行する。それでも、この国の連中は自分達は特別だと心を改めないだろう。そんな予感、いや確信が有るんだ……

 僕等二人の会話を聞いた、ミズーリ嬢が引き抜かれて本当に良かったと安堵の息を吐いていた。その後に、養子になる三人娘達が羨ましいと賑やかな話題を振り重たい雰囲気を変えてくれた。

 彼女は空気を読める中々に有能な淑女だが、何れはイーリンみたいな腹黒侍女になるのかと思うと複雑な気持ちになる。僕は基本的に味方の淑女に弱い、敵対するなら容赦はしないのだが……

「バーリンゲン王国絡みの仕事も終わりだし、最終的に結果を見れば良かったのかな。縁は切れないが薄くなったし、ストレスの元から漸く離れられたんだ……」

◇◇◇◇◇◇

 娘婿である、リーンハルトから報告書が届いたので、バーナム伯爵とライル団長を交えて回し読みにする。俺達は奴が異端児にならない様に、ド派手に戦わなければならない。

 だが、この報告書の内容を上回る結果を出せとなると難しい。中途半端な砦や街を攻略した程度じゃ無理だ、冷静沈着な奴にしては珍しく俺達みたいな対応をしている。

 やはり根っこは我等と同じだな。敵から突き付けられた挑戦状を受けての真っ向勝負、しかも結果は圧勝だ。それと固い守りを誇る城塞都市への侵入が毎回容易過ぎる、方法はぼかしているが簡単に侵入し過ぎだ。

「シャリテ湿原の戦いだが、本当に軍隊に一人で挑みやがった。しかも得意のゴーレムを使わずに正々堂々と真っ向勝負で圧勝している。ゴーレムマスターがゴーレムを使わずに勝つ、この意味は重いぞ」

 全く自分だけ楽しい楽しい戦いをしている事が羨まけしからん!思わずワインを一気飲みしてしまう。手酌で二杯目も飲む、戦いで俺が嫉妬するとはな。

「リトルキングダム(視界の中の王国)が危険視されるのを防ぐ為にだが、一人で元とは言え王族の直轄軍を蹂躙する。しかも配下の妖狼族や元暗殺者のクリスも異常な戦闘力だ。コイツ等も危険視されるだろうな」

 バーナム伯爵も負けじとワインを一気飲みしている。もうマナーなど、どうでも良い。大酒飲みと自負しているが、一度も勝てないんだ。

「他にも子飼いのメルカッツ殿が率いる私兵団、魔術師ギルド本部には土属性魔術師三十人を囲い込み自ら指導している。錬金によるマジックアイテムの生産部隊だが、何れは魔導師団として貴重な戦力となる」

 ライル団長も手酌で飲み始めた。メイド達が苦笑いを浮かべながら新しいワインボトルを持ってきたので、奪う様にしてグラスに注ぐ。そう、俺達は飲み比べで全戦全敗の負け犬だ。

 しかし自身が現代最強の侵攻特化魔術師でありながら、有能な戦闘部隊を育成している。俺達三人がガチで殺しに掛かっても負けないのに、配下迄も精鋭部隊って何だ?

 笑い話にしかならないが事実なんだよな。俺達が全盛期の頃だって、こんな無茶苦茶な事はしなかった。奴は王命ならば自重はしない、全力で達成の為に努力する。

 その結果、味方側からも恐れられ始めている。小者も集まれば面倒だが、下級官吏達は上手く対処し抱き込んだ。未だ未成年ながら、王宮内での政争や行動に慣れすら感じる安定感。

 前線指揮官としても、総司令官としても仕事をソツなくこなす。奴の配下達に聞いても絶賛しか無い、誰にも不満や不安を抱かせない理想的な指揮官。

 だが奴は、自分はゴーレムだけを率いて戦う孤独な軍団長だと言った。そうだ、軍団長の仕事を誰にも教わらずに自然に出来る変わり者だった。

「簒奪も可能な異常な戦力だが、リーンハルトはアウレール王に絶対の忠誠を誓っている。裏切りや謀反など有り得ない、それを常に行動と結果で示している。リーンハルトが裏切り者だと騒いでも誰も信じないな」

「示してはいるのだが、少々やり過ぎたな。凡百な小者は自分達が不利益を被る心配が有ると結束する。俺達だって十年近く押さえ込まれていたんだ」

「最近だな。ザスキア公爵が協力してくれるから、俺達も漸く自由に動ける。活躍の場が貰える様になったんだ。この機会に発言権を高めて、二度と首輪を嵌めさせられない様にする」

 エムデン王国の武の重鎮と言われても飼い殺されていた十年。政治力が弱く頭を押さえ付けられていたが、奴が派閥に参加した事で劇的に立場が変わった。

 王宮内の序列は公爵の下、本人は伯爵だが公の場では侯爵待遇の宮廷魔術師第二席。アウレール王が公言する一番の忠臣、既に国王に助言する立場だと言われている。

 国家の中枢で国政を担う立場なんだ、リーンハルトはアウレール王に直に献策出来る。これは凄い事なのだが、普通に問題無く行っているんだ。まぁ隣国に喧嘩売って来いって言われて、単独で属国化してくる訳の分からない奴なのだが……

 後宮ではリズリット王妃派だが、レジスラル女官長とも懇意にしている。更にロンメール殿下にミュレージュ殿下、セラス王女とも懇意にしている。

 人脈が凄い、だからバニシード公爵と敵対しても平気なんだ。俺達だって公爵に喧嘩なんて売れないんだぞ!それを没落に追い込む程の手腕。

「リーンハルトの奴は本当に古代魔術師、三百年も前に滅んだルトライン帝国の宮廷魔術師筆頭、ゴーレムマスターであるツアイツ卿の生まれ変わりなのかも知れないな」

「侵攻特化魔術師、配下の魔導師団とゴーレムのみで周辺国家を滅ぼした伝説の魔術師。確かに類似点は多いが、奴はツアイツ卿は憧れであり真似をしていると言ってたぞ」

「出来過ぎる奴の能力、マナーや楽器の演奏に政務も含めてだが、元が王族なら納得はするが……」

「「「流石にそんな与太話は信じられないな。アレは異常だが才能と努力の賜物だ、自己研鑽が趣味の生真面目で一途な男だよな!」」」

 変な事を考えたモノだが、奴の努力を考えれば単純に生まれ変わりとか失礼な考えだった。あれだけ努力してる姿を見ながら、元々優秀だからは無いな。

 そんな阿呆な考えを振り払う為に、ワインを一気飲みする。俺達はワインボトルを大体十本飲むと限界なのだが、奴は平気だ。

 連日近衛騎士団の連中と飲み歩いていたみたいだが、全員が酔い潰されたと、エルムント団長やゲルバルド副団長が嬉しそうに笑っていたな。

 魔法を扱う魔術師ながら剣を扱う両騎士団に認められた希有な男。常に最前線で戦う我等と同じ、国家を守る事に誇りを持つ男。

 そんな男に前大戦の守護者達には自分じゃ未だ敵わないと言われたら……男が男に惚れ込むのも仕方無い。だが若手共が反発する、年下に負けっぱなしじゃ腐るのも分かるが……

 甘えでしかない軟弱な考えだが、困った事に両騎士団に一定数は居る。性根を叩き直さないと俺達が引退した時に困る、後継者問題は難しい。誤れば大国でも国が傾く問題なんだぞ。

「まぁアレだ、俺達の目標はプロコテス砦にする。華々しい戦果を上げるぞ」

「ああ、この『戦士の腕輪』で基礎能力は八割増し、不破壊属性のロングソードに、跳躍力を倍化させる魔力が付加されたブーツ。この三点が有れば……」

 プロコテス砦は小高い丘の上に石積みと丸太を組合せて建てた砦だ。周囲には二重の空堀が有り、多くの矢倉が建っている堅牢な砦だ。

 ウルム王国の国境防衛線の要であり、第一陣が最初にブチ当たる壁であり実際に足止めをされている。このプロコテス砦を落とさないと先に進めない。

 下手をすれば挟撃される、平時は三百人しか詰めてないが最大二千人が詰めても問題無い最前線の要塞なのだ。ウルム王国も莫大な費用を投じて改装を繰り返している。

 このプロコテス砦攻略が序盤の鍵だが、第一陣のバセット公爵・バニシード公爵・グンター侯爵・カルステン侯爵混成軍約五千人は連携も取らず苦戦しているみたいだが……

 鬱憤の溜まり捲った俺達が、華々しく再起を飾るに相応しい祭りを見せてやる。先鋒の誉れに預かりながら不甲斐ない戦いをするから、俺達に手柄を掠め取られるんだぜ。精々悔しがりな!

 


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