古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第654話

 漸く我が祖国に帰って来た。予定の倍近く、二ヶ月も掛かってしまった。バーリンゲン王国の協力体制の不備と責任を押し付ける事はしない、要は見通しが甘かった。

 あの国が簡単に僕の要求通りに手配出来ると考えた事が間違いだったんだ。余裕を持ったり保険を掛けるのを怠った、自分自身にも落ち度が有る。

 少し慢心したか調子に乗っていたか、自分でも気付かない位に僅かだったとは思う。思うが、それが危険なんだ。自分の力に酔ったか溺れたか……戒めが必要だな。

 三度目の凱旋、ハイゼルン砦の攻略、バーリンゲン王国の属国化。そして今回はバーリンゲン王国の平定、毎回凱旋って余計な反発も買うからヤバい。

 だが遠慮するのも気弱だと政敵から突け込まれる。匙加減が難しいが、今回はザスキア公爵が調整してくれた。戦時中だし、程々の出迎えになる筈だ。

 しかし途中の街や村も活気に溢れていた。過去の大戦の恨みも有るけど今回は不意打ちじゃなく、理由は僕が作ったが正当性を持って宣戦布告した。

 エムデン王国の国教であり九割以上が信徒でもある、モア教の為の戦い。つまり錦の御旗を掲げた聖戦、一片の曇りも無い私利私欲じゃない戦いなんだ。

 未だ領民からは徴兵していないが、既に相当数の志願兵が訓練に従事しており、大量の物資も供出してくれている。その兵力と物資は、国内の治安維持に利用する。

 ウルム王国と旧コトプス帝国の差し金で、相当数の傭兵団が国内に隠れている。勿論だが奴等の動向は監視しているので、動き出せば潰す。流石に潜伏してるだけで殲滅は出来無い。

 強権発動にはリスクが有り、証拠も無く傭兵とは言え国民を襲えば、国家体制に不満を持たれたりする。数は少ないが、現体制に不満を持つ連中も居る。

 前王時代に重用され今は閑職に押し込まれた連中だ。他国からも無法者国家として攻撃される理由にもなる。開戦の理由は勝てるかと、正当性の有無だ。

 勝てば何とでもなるは甘い、旧コトプス帝国の敗因の一つは一方的な侵略戦争だから周辺国家からの支持を得られなかった事。弱みを見せれば逆に侵攻されるから、一定の兵力を対策に割かれた事。

 今回は監視してはいる、どれか一つが行動を起こせば連鎖的に騒ぎ出すだろうから対応が後手に回るので、相応の被害は生じる。勿論だが最小限に抑えるつもりだ。

 モア教との関係も有るが、下手に領民達を危険に曝す事はしたくない。だが最初は受け身に回るしかないのが悔しい……何とかならないかな?

◇◇◇◇◇◇

 国境線のソレスト荒野に到着、視線の先にはエムデン王国側の国境防衛線が見える。バーリンゲン王国側の国境警備兵は撤退させ、最低限の兵数に抑えている。

 エムデン王国側は減らしていないのは、信用出来無い連中に対して無警戒は有り得ないから。宗主国の権限で一方的に減らしただけだが、文句は言わせない。

 バーリンゲン王国側の警備兵も不満はなさそうだ。末端の兵士にとってはピリピリする国境警備は負担が大きいが、属国化したならば建前上は警戒は不要。

 質の悪いヤル気の無い連中が残っていて、質の良い連中は辺境側の防衛に意図的に引き抜いた。これも有事の際に我々側が対処し易い為にだ。

 まぁ属国である限りエムデン王国側からの出入りは自由で、バーリンゲン王国側からの出入りには制限が掛かる。無闇に来られては困る、難民問題だな。

 ロンメール殿下の交渉の賜物だが、此処から兵力を引き抜いても増援が来なかったんだよな。兵士の配置は機密事項だが、また途中で誰かがやらかしたと思う。

 ソレスト荒野のバーリンゲン王国側の罠は全て撤去させ、その内容も確認している。手抜きが日常的だから、何度もやり直させたそうだ。

 撤去費はバーリンゲン王国持ちだが、此処でも横領が発覚し何人かの官吏の首が物理的に飛んだ。エムデン王国は不正や横領を許さない、正当で厳罰な処分だ。

 安全が確認されたルートを通りエムデン王国の領内に入ると、漸く帰ってこれた実感が湧く。出迎えの、スプリト伯爵とネロ嬢にも自然と笑みを向ける。

 一族総出の大歓迎だが、妙に着飾った年頃の淑女達が、ネロ嬢を中心に集まっている。スプリト伯爵の顔が引き吊ったのは、ザスキア公爵の表情の変化を見たからだ。

 分かっているなら止めれば良いのに、派閥当主の歓迎だからと押し切られたのだろうか?淑女も集まると妙なプレッシャーを与えるから馬鹿には出来無い。

 特に中央以外の淑女達は押しが強く積極的なんだ。上手くすれば中央に引き抜かれるチャンス、辺境でくすぶるのは誰だって嫌だからな。

 そして彼女達は僕を見た後、ザスキア公爵の表情の変化を察して、彼女の親衛隊に熱い視線を向けた。彼等も公爵家直属のエリート、見初められれば一気に王都に栄転だが……

 僕とは違うが彼等も、ザスキア公爵に熱烈な忠誠を捧げる連中だから無理じゃないかな?少なくとも家の都合以外の女性は受け入れないと思うんだ。

 そんな親族や配下の淑女達の行動を危険視したのか、スプリト伯爵が態とらしく大きく咳払いをして場の雰囲気を切り替えた。彼も気苦労が絶えないが、最大の問題児(ネロ嬢)は沈黙している。

「ザスキア公爵、リーンハルト卿。王命の達成、見事です。報告書は読みましたが、俄(にわか)には信じられない成果。流石と言わせて貰いましょう」

「国境の対面の連中も大人しくなりました。此方でも二重に確認は致しましたので、御安心下さい」

「あら、有り難う。スプリト伯爵にも苦労を掛けたけど、それに見合う褒美は用意しているわ」

「お出迎え、有り難う御座います。王命を達成出来て嬉しく思います」

 ザスキア公爵の褒美の言葉に、ネロ嬢がキラキラした視線を向けたけど……今回の成果は、スプリト伯爵だけが対象。その褒美をスプリト伯爵が配下に分け与える感じだな。

 だから、ネロ嬢は直接褒美は貰えない。何かしら単独での成果が有れば別だが、スプリト伯爵の指示に従い成果を出したから無理だ。

 ザスキア公爵も、スプリト伯爵を飛び越えて、ネロ嬢に褒美は渡さない。だが彼女の望む褒美は、人外レベルの戦闘狂を紹介して欲しいだから無理なんだ。

 仮想敵国の最前線を任されていた有能な一族だが、今後は配置転換も有るかも知れないな。中央への栄転も十分考えられるが、ザスキア公爵の考えにもよるか……

 今夜は歓迎の晩餐会が催される。戦時中だが派閥当主の凱旋だ、配下の妖狼族達にも分け隔てなく対応してくれるので助かる。

 因みにだが、ネロ嬢は強くても妖狼族の男性は対象外だった。貴族子女として嫁ぐならば貴族、変わり者だが貴族的常識は有る訳だな。流石に性癖による自由恋愛は……

◇◇◇◇◇◇

 夕食は予定通り晩餐会形式で行われた、主賓はザスキア公爵。大食堂に小さめなテーブルが用意され、上座に彼女が座る。晩餐会用のテーブルは一人当たりの幅が70㎝と狭い、隣と近いんだ。

 その次に僕とホスト役のスプリト伯爵とネロ嬢、前回と同じく接待役か花を持たせる為に、スプリト伯爵の親族である、タイロン嬢とサナッシュ嬢の合計六人が参加者。

 ラビエル殿やミズーリ嬢達、元バーリンゲン王国勢は不参加、当然だが妖狼族達も不参加。妖狼族達は別にもてなしを受けているが、後で顔は出そう。

 ネロ嬢は普通だが、タイロン嬢とサナッシュ嬢は既に緊張してガチガチだ。前回も辛い時間だった筈だ、迂闊に僕に会話を振ると派閥当主に睨まれるとか最悪だろう。

「改めて王命の達成、おめでとうございます」

「有り難う。殆ど全て、リーンハルト様が終わらせてくれたので楽でしたわ」

「王命を達成出来て嬉しく思いますが、ザスキア公爵が後ろに控えてくれるだけで安心感が段違いでした」

「お互いがお互いを補える、良い組合せでしたな。思わず嫉妬してしまいますぞ」

 当たり障りの無い会話をするが、スプリト伯爵はザスキア公爵の派閥構成員なので楽だ。腹の探り合いをしなくて良い、純粋な歓待を楽しめる。

 タイロン嬢やサナッシュ嬢は喋らず笑顔で乗り切るつもりかな?勿論だが、身内を招く晩餐会でも決まり事は多い。話題を振るのは主賓かホスト役で、彼女達は応えるだけだ。

 ネロ嬢もホスト役だから話題は振れるが、振る話題がアレだから口止めされているみたいだ。此方も笑顔で応えるだけで、特に話す事も無さそうだな。

「既に出陣した第一陣ですが、成果は殆ど無いようです。数回の小競り合い程度で勝つか引き分け、イマイチな内容です」

 前菜を食べ終わり皿を下げるタイミングで、スプリト伯爵が話題を振ってきた。ウルム王国への侵攻の情報は貰っているが、外国と国内とでは精度も内容も違う。

 戦略・戦術面の会話に無関心に笑みを浮かべるだけだった、ネロ嬢が反応した。自分の得意分野の話だからな、色々と考えも有るだろう。

 逆に、タイロン嬢やサナッシュ嬢は更に我関せずな曖昧な笑顔を浮かべている。普通に淑女には無関係な話だし、出しゃばる意味も無いのだろう。

「公爵二家に侯爵二家の連合軍ですが、連携はしていないと聞いています」

 バニシード公爵とバセット公爵は敵対関係だから協力は微妙、どちらも名誉の回復と汚名返上の為に主導権を取るかで争っている。だが永遠に決着などつかないだろう。

 グンター侯爵とカルステン侯爵は裏切り者疑惑が有るから協力など無理だ。作戦など教えられないし、公爵と言えども完全な命令は出来無い。

 アウレール王が総司令官を決めていれば可能だったが言われてなければ横並び、勿論だが敢えて総司令官を決めなかったと思う。

 アウレール王も意地が悪いと言うか、裏切り者じゃないなら連携しろって踏み絵を用意したが誰も踏まないとは……余程の成果をあげなければ難しいぞ。

「反発しあっているし、侯爵二家は裏切り疑惑も有ります。その嫌疑を晴らす事をしないとは、色々と疑われますね。国家の為に私怨を捨てて一時的にも政争を止めて連携出来るか、協調性を試されていると思うのですが……」

 戦争とは国全体が、貴族や平民も関係無く一丸となって当たらなければならないんだ。其処に個人の主義主張を持ち込むならば、相応の結果を求められる。

「バニシード公爵もバセット公爵も上に立たねば我慢出来無いから最初からは無理なのよ。どちらかの兵力が著しく減れば、吸収と言う形で協力するとは思うわ」

 ザスキア公爵は吐き捨てる様に言ったが、僕は当主自ら参戦する彼等の立場上では仕方無いと思う。どちらも譲れない、特にバニシード公爵は後が無い。

 既に勢力は公爵五家の最下位、侯爵七家の中間まで落ち込んでいる。巻き返すには大戦果をあげるしか無いが、現実的には不可能だ。彼は詰んだ、もう終わりだ。

 気持ちは分かるが同情はしない。我を通すなら結果を出すしかなく、それは戦争に勝つしかない。膨大な犠牲を払っても、なりふり構わずに私財を投げ打っても勝つしかない。

「第一陣についてはお手並み拝見、過程は意味が無く結果だけが必要です。頑張ったけど負けたでは意味が無い、王命とは命を懸けても成し得る事です」

「そうね。全ての王命を完遂する、リーンハルト様ならではの言葉よね。確かに勝つと言う結果だけが必要で、善戦しましたじゃ駄目よね」

 それに彼等には時間が無い。僕がマジックウェポンとマジックアイテムで強化し捲った野獣達が遊撃部隊として控えている。自重もしない檻から放たれた人外の狂戦士達は、僕でも止められない。

 あの三人は別格だ……バーナム伯爵とデオドラ男爵二人でも、正規兵二千人程度じゃ止められない。しかもアウレール王から正式に遊撃部隊として任命されているから、第一陣には組み込めない。

 ジウ大将軍クラスでも無理だろう。強化前で互角ならば、強化後では少し歯応えが有る程度だろう。ウルム王国は詰んだ、後は被害を最小限に抑える事と……王都を守り抜く事だ。

「バーナム伯爵とデオドラ男爵が遊撃部隊として参戦した時点で、ウルム王国は防衛戦と撤退戦しか手段は無いでしょう。あの連中に勝てる武人は限られる、果たしてウルム王国に居るかどうか……」

「まぁ!それは素晴らしいですわ。是非とも私にも素晴らしい殿方を紹介して欲しいのです!」

 あ?興味は有りそうだが静かにしていた、ネロ嬢が激しく自己主張を始めた。人外の狂戦士が大好きな変態に、武力で大陸に勝てる者無しと言ってしまったんだ。

 目がギラギラしているし鼻の穴も広がりスピスピと鼻息も荒い。口の端からは涎も垂れているし、性的に興奮しちゃってるよ。妙齢の美女の痴態にドン引きだ、どうしたら良い?

 ザスキア公爵は呆れ顔だが特に注意はしないが、スプリト伯爵は額に手を置いて上を見上げた。なんたる異常行動、身分上位者の前で性的に興奮とか不祥事レベルだぞ。

「ネロ、落ち着け!今は晩餐会の途中だぞ。控えるんだ」

「あら?申し訳御座いません。つい大人気も無く興奮してしまいましたわ」

 扇で口元を隠してアハハッて笑っているけれど誤魔化されないぞ!バーナム伯爵やデオドラ男爵には紹介しない、会わせると危険な気がするんだ。

 彼等の女性の好みは知らないが、ザスキア公爵の派閥構成貴族の淑女で若くて美人で好意を持たれているとなれば、何かの拍子に側室とかなりそうだよ。

 ザスキア公爵も、バーナム伯爵の派閥との関係を考えれば、伯爵令嬢を男爵本人に嫁がせれば力関係は上になる。爵位を重要視すれば有り得なくは……

 いや、紹介はしない。スプリト伯爵の死んだ魚みたいな目を見たら、何も言えません!新しい親族が同世代の人外戦闘狂とか、有り余るメリットに目を瞑っても拒否るよな。

 


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