古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第656話

 魔牛族のミルフィナ殿の急な面会計画を聞いた。理由は『制約の指輪』を見せた時の対応の不味さをレティシアに咎められ、非礼を詫びろと言われたから。

 多分だが本人は全く詫びる気持ちは無く、百パーセント善意のレティシアの気分を害した事を気に病んでいる。姉と慕う彼女から叱られたから仕方無くだな。あの場で和解したから無用な気遣いなのだが……

 しかし時期が悪い。魔牛族のミルフィナ殿は一応バーリンゲン王国の子爵で他種族、その彼女が僕に個人的な理由で会いに来る。邪推され痛くも無い腹を探られる、しかもゼロリックスの森のエルフ族絡みだ。

 ニーレンス公爵に話を通すしかない。まさかエルフの森の聖樹には、短時間で長距離移動を可能にする力が有るとは驚いた。

 要は超常的な力を用いた転移だ。魔法なのか精霊の力なのか聖樹が異常なのか全く分からないし、好奇心に負けて調べるのは危険だ。

 エルフ族の禁術に干渉するなど自殺行為と同義、だが国境を簡単に越えて移動出来る可能性は、ニーレンス公爵に教えておかないと駄目だ。

 それは僕の保身の意味でも、ニーレンス公爵への誠意の意味でも必要な事なのだが……ファティ殿にレティシアとミルフィナ殿への伝言役も頼みたい。

 出来れば和解は済んでるから来ないでくれ、帰って下さいって意訳をオブラードに包んで伝えたい。迷惑なんだよ、この微妙な時期に自分の都合だけで来るなよな!

 我が儘が過ぎると謝罪を受け入れないぞ!と伝えたい。レティシアの善意と面子を考えて、ニーレンス公爵に場所を提供して貰い同席の上で会うのが最善だ。彼が盟約を結ぶエルフ族に、個人的な伝手が有るとか厄介事でしかない。

 うん、それが一番だな。そして、ミルフィナ殿は直ぐに帰って貰う。双方角が立たず、僕がニーレンス公爵に借りを作るだけ。要らない謝罪を受けて借りが出来る、何だかやるせない気持ちで一杯だよ……

◇◇◇◇◇◇

 途中で色々と問題が発生したが、漸く王都が見える所まで帰ってこれた。ミルフィナ殿の件は、ザスキア公爵には正直に話したが親書で帰れよは駄目らしい。

 エルフ族絡みの件は相当気遣う必要が有り、聖樹まで使わせて来た相手を門前払いは悪手であり手伝ったエルフ族に対して配慮が欠ける。

 分かってはいたが、彼等に人間界の時世や理由は無関係らしい。考えてみれば愛娘の護衛として契約している、ファティ殿の僕と戦いたいと言う願いをニーレンス公爵がアレだけの規模で叶えたんだ。

 エムデン王国公爵五家筆頭、ニーレンス公爵の目的は僕の能力の見極めも有る。だが基本的には、ニーレンス公爵でも、ファティ殿の頼みを無碍には出来なかったんだな。

 レティシアやファティ殿が僕に対して一定以上の配慮をしてくれるが、普通はもっと冷めた対応なのだろう。だからエルフ族への伝手の手掛かりを知る為に、レティシアの僕への配慮の秘密を知りたがるんだ。

 ニーレンス公爵へは既に親書を認(したた)めて送ってある。ジゼル嬢にも長い説明(言い訳じゃない弁解)と共に送った、話を通す前に、ミルフィナ殿が訪ねて既に屋敷に居るとか最悪だから。

 極めてナーバスな問題なので対応を見違えれば築き上げた信頼関係を失う。それは一番避けねばならない事だし、もし彼女達が悲しむならば……魔牛族と全面的に敵対するのも辞さないぞ!

「嗚呼、漸く王都に戻って来れた……短い様で長かった、早く……早く匂いを……」

 感慨深い、白亜の王宮が日の光を浴びて輝いている。ウィンディアは夕日を浴びて真っ赤に輝いている王宮を炎上してるみたいだと言ったな。

 縁起が悪いが、女性の感性とは男性とは全くの別物らしい。まぁ突っ込んで考えたら駄目って事だよな。早くウィンディアの『もん!』が聞きたい。

 イルメラの見ているだけで安心する優しい笑顔が見たいし、ジゼル嬢の仕方無いですね苦笑や、アーシャの何も疑わない信頼の籠もった笑顔も見たい。もう彼女達の匂い成分は枯渇寸前だ、そろそろ本当にヤバい。

「約二ヶ月振りですもの、予定よりも随分と掛かってしまったわ。あの屑達が遅いから駄目なのよ、思い知らせなきゃ気持ちが収まらないわ。あとバーナム伯爵達、遊撃部隊は出陣したみたいね」

 バーナム伯爵達が序で扱いですか?そうですか?それとバーリンゲン王国の奴等のお仕置きもするんですね。

「事前に連絡は行ってるから、今回は派手な凱旋パレードは無しで助かりました。毎回は恥ずかしいし、派手な行動は今は色々と問題も有りますから」

「普通なら生涯に数回有るか無いかの凱旋を要らないって凄い事よ。まぁ短期間で二回も経験したから、辞退出来るのよね?」

 他人からの嫉妬や僻みもそうだが、出迎えの民衆の警備や誘導とか出撃準備で忙しい時に、騎士団に余計な仕事をさせる訳にもいかない。

 今回は騎馬に乗らず馬車で王都の門を潜る、行きと同じく黒塗り家紋無しの大型馬車だから貴族とは分かっても僕とは特定出来無い。

 何となく予想は出来ても間違えて他の貴族が乗っていたら咎められる。最悪は不敬罪で処罰だから無言で見送ってくれるだけ、悪いとは思うが戦時下だし自粛だな。

 カーテンの隙間から外を見ると戦争中とは思えない活気が有る。子供達は笑顔で元気に走り回って遊び、母親達は店先で商品を片手に談笑する。

 店頭には豊富な品々が並び、商人達の客を呼び込む元気な掛け声も聞こえる。エムデン王国の治世は上手く回っているのは、アウレール王の手腕が優れているからだ。

 商業区を抜けて新貴族街に入れば、此方は流石に人通りは少ない。バニシード公爵達の第一陣の関係者は既に出陣している。主不在の館は、ひっそりと静まり返っている。

 戦時下に派手な事は、例え上級貴族でも自粛するからな。下級や中級の貴族達も軒並み自粛だろう。馬鹿やって派手に振る舞うのは、貴族的常識を疑われる。

「流石に此方は人が少なく閑散としていますね。第一陣の下級貴族は、軒並み強制参加らしいですし……」

「バニシード公爵もバセット公爵も後が無いから、最大限の戦力を引き抜いて投入したわ。下級貴族は当主や後継者が、忠誠心を示す為と一旗揚げる為に一族を率いて参戦しているのよ」

 戦争……戦う事は貴族の義務だが、活躍すれば出世する最高の場でも有る。まぁ負ければ死んで全てを失うけど……近年の良い例が僕であり、アウレール王は正当な評価をすると思われているから余計に意欲的だな。

 防衛戦は領地が増えないが、侵攻戦は領地拡大のチャンス。すなわち活躍すれば領地持ちになれる可能性が有り、実際に僕は四つも優良な領地を貰った。

 僕に続けと意気込む連中が多いらしい。良い事だが独断専行や手柄の奪い合いには注意が必要で、指揮官連中の悩みの種になるだろう。派閥当主に逆らっても、成果を出せば良い。そして睨まれた当主から離れる為に、派閥の移動か……

 そう言えば僕への報酬が多いと騒いだ敵対派閥の連中が居たらしい。ザスキア公爵が調べてくれたのだが、驚くべき事にアウレール王が公式に対応してくれていた。

 曰わく難攻不落だったハイゼルン砦の攻略や小国とは言えバーリンゲン王国を属国化に追い込むには、普通ならば十人以上が報奨対象であり、それを一人で成し得たならば全員分の報酬を渡すのが王として正しい評価だ。

 同じ事を貴様達が単独で成し得たならば、同じ評価を下す。それが出来て更に報酬を辞退するのなら考えてやる。そう言ってくれたそうだ。頭が下がる対応であり、絶対の忠誠を誓った事を嬉しく思う。

「何かしら?ニコニコと嬉しそうね。イルメラさんに久し振りに会えるのが、そんなに嬉しいのかしら?」

「い、いえ。その様な事は無くてですね。アウレール王の僕に対する気遣いを嬉しく思うのと、王命を達成出来た安心感が混ざった感じです」

 不味い、口元が緩んでいたみたいだ。ザスキア公爵は、ジゼル嬢やアーシャでなく、イルメラの名前を言った。優劣を付けるつもりは無いが、僕が一番大切に思っているのが彼女なんだよな。

 この後は直ぐに身嗜みを整えて王宮に報告に行くのだが、流石にザスキア公爵の屋敷で風呂とかに入れないから一旦自分の屋敷に帰って急いで準備しよう。

 ラビエル殿やミズーリ嬢、三人の令嬢達も一旦は僕の屋敷に待機。妖狼族達は街の宿屋に泊まって貰い、報酬を渡してから里に帰すとして……色々と忙しいな。

「このまま寄り道せずに王宮に行くわよ。アウレール王からも言われてますからね」

「また悪夢の入浴刑?」

 え?考え事を見透かされたみたいだが、邪気の無い笑顔をみれば事実なのだろう。またアレか、王族も使用する名誉ある上級浴場を解放してくれたって事だよな。

 またあの拷問みたいな身体洗い・入浴・無駄毛剃り・マッサージ・香油塗りの刑に処されるんだな。毎回同じ侍女達だが、僕も恥じらいが有るんだよ。お尻の毛まで手入れとか、アウレール王に見られない場所までする必要って有るの?無いよね?

 転生前の王族の時は気にもしなかったのに、今は裸体を見られる事に抵抗が有る。慣れたので前よりは酷くはないが、やはり気恥ずかしい。幼少期から下級貴族として育った環境の違いにより、感じ方が変わったのか?

「情けない顔をしない!本当に恥ずかしがり屋さんね。余り遠慮が過ぎると、私が背中を流してあげるわよ」

「いやいやいや、それは勘弁して下さい。駄目ですって、絶対に駄目ですから!」

 小悪魔的な笑みを浮かべてトンでもない話を振られたが、絶対に駄目だ!幾ら家族と同じとは言え一緒に風呂に入れるのは本妻や側室や妾だけだし、まさか彼女を浴室担当のメイド扱いなど出来無い。

 手の掛かる弟的な扱いにしても、年齢的にアウト!一桁ならば混浴も僅かながらに可能性が有るけど、僕は来年成人とは言え一人前の爵位と役職持ちだぞ。

 あらあら困った子ね!扱いだが、もう少し異性として危機感を持って下さい。冗談にしても一瞬心臓が止まる程、驚きましたからね!

◇◇◇◇◇◇

 久し振りの王宮、久し振りの馬車停め、見えている何もかもが懐かしく思えて感慨深い。先に馬車を降りて、ザスキア公爵に手を差し出す。

 乗せられた手を軽く握り締め降りる補助をして前を向けば、華やかな一団が出迎えてくれた。目を離した僅かな時間で整列したの?

「「「「お帰りなさいませ。ザスキア公爵、リーンハルト様。王宮の侍女一同、リーンハルト様の御活躍に驚き喜んでいます」」」」

 長い台詞をハモったぞ。毎回思うが練習したの?満面の笑みを浮かべた美女と美少女の集団お出迎えって、考えれば凄い事だよな。圧倒的贅沢、望んでも中々出来無いだろう。

「ああ、有り難う。王命を達成し無事に戻れた事を嬉しく思う。皆も変わりは無さそうだね」

 専属侍女四人にユーフィン殿、セラス王女付きのウーノ殿、少し離れてリゼル。それに毎回結構な頻度で壺を持つラナリアータ、君は何かの用事の途中に抜け出して来てないよね?

 今回は合計で五十人以上と、出迎えとしては過去最高人数だな。華やかな出迎え陣の周囲には、王宮の警備兵も遠巻きに整列している。

 彼等も歓迎してくれているのだろう。言葉を掛けられない彼等に対して、軽く手を上げて感謝の意を伝える。熱い視線を男達から感じるのは、凄く微妙だが嬉しくもある。

 そして見慣れた侍女四人組が僕を四方から取り囲む。分かってはいたさ、僕を短時間で隅々まで綺麗に洗い仕上げて国王の前に差し出さねばならない事はね。

 僕の身体の事を隅々まで知っているのは彼女達だけだろう。本人すら知らない痣や黒子の位置も、彼女達は熟知し把握している。仕事と割り切っているのだろうが、色々な所のムダ毛まで剃られては……

「抵抗はしない。お手柔らかに頼むよ」

 両手を上げて降参する。四方を取り囲まれては抵抗など出来無い。軍隊相手ならば二千人でも三千人でも相手に出来るのだが、今は無力な男でしかない。

「良い心掛けです。勿論ですが、誠心誠意清めさせて頂きます」

 まぁ取り囲まれて降参し連行されるのは、一種の様式美みたいなモノだ。敵に対しては冷酷非情だが、味方に対しては甘いんだぞと……

 そんな態度も僕を味方から怖がらせないアピールでもあり、傍若無人でもない証明でも有る。未だに下級官吏からは距離を感じるが、女官と侍女と警備兵を味方に引き込めば何とかなる。

 そんな打算的な事も考えた対応なのだが、連行される僕を羨ましそうに見る女性陣と哀れむ様に見る男性陣の温度差が酷い。目的は達成しているが、気持ちは微妙だな……

 ザスキア公爵も年下の生意気な少年が好きって誤情報を流しているので真似てみたけど、何かモヤモヤする。

 




盆休み連続投稿は今日で終了。次回は8/23で毎週木曜日投稿です。
酷暑厳しいですが、体調管理に気を付けましょう。自分は夏バテ気味で、毎日素麺ばかりです。

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