古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第九部
第657話


 約二ヶ月振りにエムデン王国の王都に帰ってきた。任務中の報告の遣り取りはザスキア公爵に任せていた、彼女には帰国後に直ぐ王宮に来る様に指示が出されていたらしい。

 過去最大の侍女や女官達に出迎えて貰った後、何時もの四人の侍女達に取り囲まれて連行。きっちり一時間で身体の隅々まで磨き上げられて、謁見室に放り込まれた。

 今回は謁見の間じゃないのは、文武百官を集める事をしないからだ。既にザスキア公爵は身嗜みを整えて座っている。短時間で髪型も変えてドレスも着替えているのは流石だな。

 僕は侍女達が用意したお仕着せの礼服を着ている。他の出席者は、アウレール王にリズリット王妃、サリアリス様にレジスラル女官長。壁際には、リゼルが控えている。

 視線を送れば目礼してくれた、自惚れじゃなければ嬉しそうにしている。相変わらず僕に対しては躊躇なく『人物鑑定』のギフトで心を読んでいるのか、嬉しそうにしている時点で睨まれたよ。

 これで全員が揃ったのだろう。つまり僕が一番最後、何時も慌ただしく風呂に入らされて一番最後って他の出席者を待たせているって事なんだよな……一礼してから割り当てられた席に座る。もしかして僕は汚いとか汚れているとか思われてる?いや、まさかな。

「リーンハルト、良くやってくれた。毎回思うが、お前って戦争関連には異常な慣れが有り正直助かっている。パゥルム女王との交渉のカードも幾つか出来たので、今後の交渉も楽になるだろう」

 全員分の紅茶が配られ、アウレール王が口を付けた後にお褒めの言葉を頂いた。侵攻特化魔術師、戦争関連については絶大な信頼をされているみたいだ。

 サリアリス様は満足そうに頷き、レジスラル女官長は口元を緩める程度の微笑み。リズリット王妃は少し困った顔をして、それを見たザスキア公爵の口が三日月の形をした。

 リズリット王妃は女傑三人に限り無く味方に近い敵認定されたみたいだ。僕に首輪を嵌めようとして、コッペリス女男爵をお里下がりの時に僕に世話をさせようとしたからだ。

 サリアリス様は単純に僕を嵌めようとした事に怒り、レジスラル女官長はパミュラス様を唆し後宮の秩序を乱した女を優遇した事に怒り、ザスキア公爵は敵対している相手をけしかけられた事にキレている。

「有り難う御座います。予定よりも帰国が遅くなり、申し訳なく思っています」

「予定が遅れたのは、バーリンゲン王国のバックアップ体制が劣悪だったからよ。実際の攻略は数日しか掛かってないし、攻略した城塞都市の治安維持に尽力した為よ」

 ザスキア公爵から援護が入ったが、バーリンゲン王国のバックアップ体制の見通しが甘かった事は、僕の落ち度だろう。

 あのどうしようもない連中が、僕等の立案した計画通りに事を進められると思った事が間違いだ。余裕をみたけど間違いだった。パゥルム女王達は頑張ったが、配下の連中は汚職と賄賂塗れの無能が多い。

 しかも根拠の無いプライドが高い。今回の最大の敵は無能な味方、足を引っ張り利益を掠め取ろうとする連中の多かった事は嫌になる。

「あの連中の能力を高く見過ぎた事が失敗でした。まさか最大の障害が無能な味方、厳密には味方では有りませんでしたが……」

「そうだな。俺も増援を集めるだけで、あれだけ苦労するとは思わなかったぞ。その点は交渉材料に使える、無駄ではなかったから気にするな」

 アウレール王が僕の失点を無効にしてくれたが、甘える訳にもいかない。最短一ヶ月で帰ると公言し、実際は二倍近く掛かったんだ。

 ライル団長率いる第二陣の出撃前には間に合ったが、日数的にはギリギリだった。王都の守りを任されながら、余裕が無い行動をしている。

 ライル団長率いる第二陣も早くて今週末、遅くても来週中には出陣するから本当にギリギリだった。コーマ攻略に手間取れば、完全に間に合わなかった。

 気持ちを切り替える為に紅茶に砂糖を大盛り三杯入れてかき混ぜる。む、皆さんの視線が僕の手元に集まったが、最高級な紅茶は最初にストレートで味わえとかですか?

「申し訳無いです。師の影響で甘党になりつつありまして……子供っぽいとは自覚しています」

 普通は最初は何も入れずに味わうものだが、頭が回らずナチュラルに糖分補給の為に砂糖を大盛三杯も入れてしまった……反省だ。

 皆さんの表情も仕方無いですね?的に微妙だったが、アウレール王が笑ってくれたので不問だろう。今後は気を付けます、申し訳有りませんでした。

「まぁ年相応なのか?だが大酒飲みで甘党か、身体には気をつけろよ。俺の一番の忠臣が、若くして健康障害で引退とか勘弁してくれ。エルムントやライルが、飲み比べで全戦全敗だと偉く落ち込んでいたな。お前、両騎士団の精鋭達を全員飲み潰したんだろ?」

「えっと、アレです。ドワーフ族の秘酒である火竜酒を飲ませて貰ってから、体質が変わったみたいです」

 いやいやいや、一番の忠臣とか言葉を盛り過ぎですって!リズリット王妃の警戒が一段階上がりましたよ。レジスラル女官長の驚いた顔なんて滅多に見られませんよ!

 チラリとリゼルに視線を送れば、笑顔で頷いた。つまりアウレール王は偽り無く、僕を一番の忠臣と思ってくれている。嬉しくもあり、重圧に押し潰されそうでも有る。

 甘い甘い紅茶を一口飲めば気分が切り替わる。やはり頭を使う話し合いに糖分は必須なんだよ。だが最高級な茶葉の風味と味わいの何割かは無くなった訳だ、マナーとは難しい。

「しかし流石は儂が認めた男じゃな。最初は臆病にも城塞都市の最奥に籠もった、クリッペンを鮮やかに侵入して倒した。次は、ザボンの策を弄した正々堂々と言う名の待ち伏せに、単騎で二千人以上の敵に挑み殲滅させた。最後は……前の二人の最後に配下から裏切られ見捨てられた、コーマ自らが投降。処刑をパゥルム女王に任せたのも、ヘイトを分散させる良い手段じゃったぞ」

「そうだ、お前は守備兵達の立場の確保の為に手柄を譲った。自分への評価よりも奪還した街の治安と維持管理を優先し、手柄を分け与えた強さと慈悲深さに惚れ込んだ武人達が地方で親リーンハルト派閥を結成したらしいな。

中央と地方の意識の違い、中央集権の警戒と妨害。占領政策としては十分に及第点だぞ。そして籠城戦は無駄、平地での待ち伏せも無意味。お前の存在は周辺諸国への良いプレッシャーになってる」

 盛り過ぎです!評価盛り過ぎですって!そんなに持ち上げられても無理です、それ以上は無理。もう無理です!余りの評価に喉はカラカラで手の平には汗が……

 リズリット王妃以外の皆さんの、その生暖かい目で見るのは止めて下さい。リゼル、下を向いても肩が上下に揺れてるから笑っているのは分かってるぞ!

 褒め殺し。僕は今、仕えし国王から褒め殺しをされている。もう限界だ、これ以上は持ち上げないで、お願いですから評価を盛らないで下さい。

 ヤバい。眩暈がしてきたし、胃も何だかジクジクと痛いような……

「お前への報酬だが、ウルム王国を倒した後に合同で行う。嫌でも受け取らせるから楽しみにしていろよな」

「いえ、既に貰ってますし今回の件は残務整理みたいなモノで……」

 もう既に前回の報酬でいっぱいいっぱいなのです。もう無理、これ以上貰っても対処出来無いから無理ですって!辞退させて下さい。

 出来れば引き抜いた、ラビエル殿に男爵位を与えて貰い配下にする事の許可だけで十分です。あとはもう遠慮します、評価が過大です!

「お前な。元殿下三人を倒し複数の城塞都市を攻略し維持管理も問題無く行う。寝返った正規兵を磨り潰した事を残務整理とか言うな。あとアレだ、保護した三人の令嬢の嫁ぎ先は俺が決める。その代わりに寝返らせた、ラビエル元伯爵は子爵位を与え正式にお前の配下とするし小さいが領地も与えるぞ」

 え?ドヤ顔で助けた三人娘の嫁ぎ先や、ラビエル殿に子爵位と領地を与えて正式な配下にするって?望み通りだけど、誰が正確な情報を流したんだ?

 僕の派閥の政略結婚の相手先は、アウレール王が決めるのか?彼女達も国王推薦の相手など畏れ多くて断れないぞ。えっと一度に衝撃が大き過ぎて、頭が回らない。

 と、糖分を補給する為に残った紅茶を一気に飲み干す。少しだけ気持ちが落ち着いたけど、ラビエル殿も領地持ちの子爵位?有能な一族だから、領地経営も上手いだろうな。

 慣れたら僕の他の領地の管理も任せられ……まさか、アウレール王の思惑って僕の不足している配下の育成の手助け?正確に不足部分のフォローをしてくれてる?

「何だ?不思議そうな顔だな。現状お前と親族関係になれるならばと、ウルム王国や周辺諸国から早期に有力な貴族を引き抜ける。それを利用しないでどうするよ?」

「えっと、その彼女達の相手の選別についてはお任せしますので、良き相手を探して下さい。僕から言えるのはそれだけです」

 バーリンゲン王国と違い、ウルム王国には引き抜きをしたい有能な相手が居るんだな。ウルム王国を負かせた後の、占領政策の布石か……

 ならば悪い相手では無いだろう。候補者が殺到して四苦八苦して選ぶよりは、国王が決めた相手の方が角が立たない。うん、流石はアウレール王だな。

 ウルム王国を攻略した後は、御自身で直轄地を設けて管理すると言っていたからな。無傷で寝返らせられるなら断然良い判断だ、先を見越して布石を幾つも打つとは……

「お前、そんなにキラキラした目で俺を見るな!気持ち悪いぞ」

「いえ、流石は僕が絶対の忠誠を誓う国王です。既に負かせた後の占領政策の布石を幾つも打つとは、素晴らしい慧眼です」

「ん?ああ、まぁその……何だ。お前が分かり易い御世辞を言うとは驚いたぞ。俺もお前程じゃないが、占領政策の仕込み位はする。変に持ち上げるのは気持ち悪いから止めろよな」

 心外だ……尊敬を込めた目で見て事実を言ったただけなのに、気持ち悪いと言われてしまった。反省が必要なのかな?

「そんな落ち込んだ顔をするな。普段は行動でしか示さないお前が、口に出して俺を誉めるのが気恥ずかしかっただけだ。まぁ嬉しくは思っているから気にするなよな」

「アウレール王が照れるとか驚きじゃぞ。長生きはするものじゃな」

「サリアリスまで、俺をからかうな。まぁ悪い気はしない。お前は御世辞やおべんちゃらは使わないから、本心なのは分かるぞ」

 和やかな雰囲気だけど、このメンバーで雑談みたいな会話だけで良いのか?もっと国政に関わる話とか、今後の戦略とか重たい話にはならないみたいだ。

 紅茶が入れ替えられ、焼き菓子とカットフルーツが運ばれて来た。本格的なお茶会になるのだろうか?国王と呑気に紅茶を飲んで雑談?

 まぁ気楽な話の中から難しい話題を放り込む事も有るし、気を抜くのも問題だよな。失敗しない為にも注意は必要で、雑談みたいな会話の内容にも注意は必要だ。

「報告書に有った集団見合いだが、ザスキアはどう思う?」

 来た!アウレール王が、さり気ない感じで話題を振った。ザスキア公爵は少しだけ考える仕草をした、片方の眉を僅かに上げて困った仕草だな。

 これは考えてはいるが悩んでいるアピールだろう。答えるが正解かは自分では判断が付かない、言い切らない曖昧さをアピールした。

 実際は乗り気だった筈なのだが、オルフェイス王女の発案だからな。あの病み始めた年下の少女だが、姉二人以外は切り捨てている。

「澱んだ血を一掃する為には有効だとは思います。バーリンゲン王国の中年層以上の者達は、エムデン王国に対して迷惑を掛けても当たり前な風潮が有ります。

実際に自分が体験して理解しましたが、彼等は害悪でしか有りませんわ。粛清しても後継者も同じ、無意味です。我が国の三男以降の下級貴族を送り込む事により、澱みを正常に近くする事は可能ですが……」

「メリットは属国の正常化でデメリットは、ゴーレムマスターは分かるか?」

 此処で質問を振られたが、回答は事前に用意してある。想定内だが、多分回答としてはギリギリ及第点以下。もう少し何か考えたかったが、僕にはコレが限界だよ。

「婿として送り込む人員は、そのまま人質になります。自分の家を他国で興す場合、嫁や親族に懐柔か情に絆されて便宜を図る事も考えられます」

 政略結婚に愛情が生まれるかは少数だと思う。だが愛した場合は、それなりの便宜を図ると思う。だが親族がアレな連中で自分勝手な要求ばかり突き付けるならば……

 懐柔などはされず敵意を持たれ反発する。問題は欲望が多い奴の場合は、賄賂絡みで懐柔される可能性が高い。汚職や賄賂は得意だからな……

「常識的だし、それも有るだろう。だが俺は、あの国の正常化の効果は薄いと思っている。王宮の官吏の入れ替えを行っても地方貴族共が糞だ。改易しなければ効果は薄いが、糞とは言え領地を任せている連中だ。替えるにしてもマトモな人材が居ない、つまり替えても変わらないな」

 吐き捨てる様に言ったが、確かにバーリンゲン王国にエムデン王国が求める水準の能力と性格を持つ貴族は少ない。ラビエル殿は珍しい存在だった、引き抜けて良かった。

 だが残りは何かしらの問題を抱えている。タマル殿や地方都市の守備隊長クラスはマトモだが、その上の貴族連中が最悪。支配者階級の入れ替えなど不可能、排除しても替えなど居ない。

 そしてその尽力しても見返りなど殆ど無く、エムデン王国の人材を投入し続ける泥沼の状態になる。故にメリットたる属国の正常化は効果は薄い、負かせて組み込めば大変だったが属国化させても大変か……

「バーリンゲン王国に送り込む人材は、金銭欲の低い連中じゃなければ買収されそうです。ですが有能な人材を送り込むには少々勿体ないですね」

「そうだな。平均的な能力に保守的な考えを持つ者達を選別する予定だが、彼等が仕事を問題無くこなせば、王都近郊の貴族連中を改易させて交代。時間を掛けて取り込むしかない、グーデリアルとロンメールが上手くやるだろう」

「小粒な連中じゃからな。大きな領地は統治出来無いので、小さな領地を細切れにして分け与える事になる。それなら隅々まで見れるだろう」

 サリアリス様の補足に苦笑いだが仕方無いだろう。グーデリアル様とロンメール様の苦労は大変だが、直接的に統治するよりは万倍マシだ。パゥルム女王達も同じく苦労するが、予想よりも良心的な方法だ。

 そして街一つとか村を複数とかの細切れ領地ならば、確かに平均的な能力を持つ連中でも統治は可能だな。最初から領地経営を学ぶにしても苦労は少なく不正も見つけ易い。

 戦力が削がれた状態で地方都市の貴族連中とは不仲、王都近郊の貴族連中は抵抗も難しく自らの領地を奪われる。アウレール王は、最悪エムデン王国側と王国近郊の領地を抑えれば良しとするのかな?

 こうして王命である、バーリンゲン王国の平定は報告と今後の方針を話し合い完了した。ハイゼルン砦攻略にデスバレーでのドラゴン討伐、旧クリストハルト領の灌漑事業にバーリンゲン王国の属国化と後始末。

 四つ目の王命も完遂し漸く少し落ち着いた。後は、王都を守り通すだけだ。来週にも、ライル団長率いる第二陣が出撃する。つまり王都の守りが手薄になり、敵が動きやすい状況になる。

 旧コトプス帝国の謀臣リーマ卿が動き出すなら絶好のタイミングだろう。奴等の狙いは後方攪乱、侵攻軍の動揺を誘い出来れば戦力を引き抜かせたい。だが準備は万端だ、思い通りにはいかせないぞ!

 


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