古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第658話

 バーリンゲン王国平定の成果と内容を謁見室にて、アウレール王に直接報告した。その時に、オルフェイス王女からの提案、集団見合いの事も報告したがエムデン王国的には微妙だ。

 我が国の下級貴族の三男以降の普通の能力を持ち野心の無い者達を選別し送り込む事になる。彼等が下級官吏として評価されたら、王都近郊に小さな領地を与える。

 王宮に勤める下級官吏の入れ替えにより多少の正常化は期待出来るが効果は薄い、無能な領地持ち貴族の排除の為に奴等の領地を改易し、細かく分けて与える。

 時間は掛かるが、王都近郊に領地を持つ貴族は此方の息の掛かった者達で固める事が出来る。地方と中央に挟まれた領地に改易させられた連中は、双方から敵対され攻撃される。

 勿論そう簡単にはいかないだろうが、ロンメール様が担当となれば何とかするだろう。あの方は謀略派だから、その手の根回しも上手そうだ。

◇◇◇◇◇◇

 恒例の晩餐会を終えて漸く解放された。解放はされたが、自分の執務室に届けられた親書の山を見て、今度は返事書きに拘束された事を理解した。

 今夜位はと思うが、放置は出来無い。溜め息を吐き出しながら執務机に座る、向かい側が見えない位に山積みだ。三つの山が聳え立っている、これが新しい敵(手紙)なんだな。

 専属侍女達が仕分けをして祝い品の目録迄は作ってくれたが、二ヶ月も放置すれば……右側の山が親書、中央の山が恋文と飲み会等のお誘い、左側の山が未決済の書類。

 先ずは未決済の書類に手を伸ばす。親書や恋文、お茶会や飲み会のお誘いの返信は正確には業務じゃない私的な事だよな。親書や手紙の遣り取りも根回しだから、一応ギリギリ仕事の範疇か?

「僕が決裁するのは……宮廷魔術師団関連だけ、王宮の防衛計画は回覧で確認。だが関係者が全て確認し印を押し最後に決裁者が印を押さないと決裁にならない。逆に宮廷魔術師団関連は、先に関係者が確認し印を押しているから後は僕が決裁印を押すだけだ」

 金属製の決裁印を引き出しから取り出す。僕はそれ程押さないが、官吏連中は毎日何十枚何百枚と押すから木製や石製だと直ぐに磨り減るらしい。

 だが細かい彫り込みは彫金(ちょうきん)師でも難しく錬金に頼るらしいが、偽造防止の為に結構細かい模様になっている。僕は家紋の鷹をモチーフにしている、羽根の彫り込みも精密だから偽造は無理かな。

 十二枚の書類に決裁印を押す。次は回覧だから中身を確かめて質問事項には付箋を貼り、明日にでも担当者を呼んで説明を聞く。つまり明日の夕方迄は帰れずに、執務室に軟禁状態だな。

 書類を読み分からない所に付箋を貼り質問内容を書くが、基本的には良く纏まっているから質問も大した事は無い。だがスルーで印は押せない、最低限のチェックは必要だ。

 それなりに厚い書類を読んで質問事項を纏める。時代や場所は変わっても仕事の段取りや進め方は同じ、だから何となく意味は分かる。

 この何となく分かるが周囲の誤解に拍車が掛かる。困った事だけど無能の振りをして仕事が出来無いとアピールをした方が害悪だ。わざと仕事をしないでどうする?

「リゼル、執務室とは言え男性しか居ない部屋にノック無しで入ってくるな。しかも躊躇なくギフトで心を読んだな」

「あら?二ヶ月振りに会えた喜びに水を差すのでしょうか?リーンハルト様はいけずで御座いますわね」

 いけずって何だよ?何故に侍女なのにカテーシーで挨拶をする?似合ってはいるが、役職上の挨拶としては変だぞ。そして楽しそうだな。

 しかしクリス並みに気配を消すって、もう普通の侍女の範疇を超えているぞ。武術の嗜みは無い筈なのに、達人級の気配遮断技術だな。

 差し入れに紅茶でなく冷たい果汁水を持って来てくれた。晩餐会でワインを飲んだから酔い醒ましには丁度良い、冷たく程良い柑橘系の甘味が身体に染み渡る。

 うん、疲れが引いていく感じがするな……

「どんな事でも普通以上に問題無く仕事を行える、普通にこなす事が普通じゃない異常性。良い意味で万能型と思われていますわ。王宮内で特に警戒する方は、今は居ませんわ」

 君も褒め殺しか?僕は魔法以外は並み程度の男だって理解している、故に煽(おだ)ては効かない。

「今はね。つまり今は王宮に居ない、バニシード公爵にバセット公爵、グンター侯爵にカルステン侯爵は良い感情を抱いていない訳だな?」

 リゼルは僕の為に王宮内でギフトを使い捲った訳だな。そして分かり難い言い回しだが、出陣した連中の中に僕を嫌い何かを企む奴等が居るのだろう。

 特に公爵二人は裏切り者疑惑は薄いが、侯爵二人は濃厚だ。僕の思考を読み続けているのだろう、良いタイミングでニヤリと笑ったのは正解なんだな。

 詳しく聞く為に、応接セットに移動する。向かい合わせに座ると妙に嬉しそうなのは、調査の対価が欲しいのかな?そうだな、指輪以外の装飾品を何か見繕って……

「違います。リーンハルト様は少し女心を学ぶべきですわ!好きな異性の為に行動する乙女に対して、褒美が欲しいと思ってるとか俗物過ぎる評価に泣きそうになりましたわ」

 いやいやいや!本当に涙ぐんでいるけど、泣かせる程の暴言だった?違うよね、仕事に対する報酬の話だよ。ただ働きとかさせない、上位者の必須事項だよ。

「それは申し訳無いが、上に立つ者としては成果に対する評価は必須……」

「お黙りなさい」

 えっと、リゼルがザスキア公爵みたいな感じに成長した。乙女心と乙女の行動原理について、懇切丁寧な説明を受けて辛い。

 ほろ酔い状態で仕事して説教されて、もう何が何だか分からない精神状態だ。思考も鈍くなっていて眠いのだが、未だ本題に入ってない。

 リゼルも説教が一段落してスッキリしたのかな?落ち着いて淑女らしくない行動をした事に思い当たって恥ずかしく……

「お黙りなさい」

「いや、思考に黙れは無いだろう。それで、報告を聞かせてくれ。王都近郊でバカ騒ぎを企てる奴等が居るんだろ?」

 ニィって唇の形を変えた。今度はニヤリじゃなくニィか……背筋が寒くなる、なまじ容姿が良いから余計に怖いんだよ。

「ええ、居ますわ。私に掛かれば隠し事など出来ませんので、全てを丸裸にして差し上げますわ。出来るのは、リーンハルト様だけです」

 ドヤ顔で丸裸とか言わないで欲しい。僕だって気を抜けばヤバい秘密がダダ漏れだが、そこは魔術師として日々鍛えた精神力がモノを言うんだよ!

「ドヤ顔で思考されても困りますわ。リーンハルト様のヤバい秘密とか、私凄く気になります!」

「禄な秘密じゃないよ。それに男の秘密なんて大した内容じゃないから、暴く労力の無駄さ。さぁ調べた内容を教えてくれ」

「全く、リーンハルト様のデリカシーの無さは酷過ぎます。普通は優しく微笑みかけて御苦労様と労(ねぎら)いの言葉の後に……」

 前半の愚痴はスルー推奨で、後半の内容が酷過ぎだ。バニシード公爵とバセット公爵は、互いに二心無しと証明する為に躍起になっている。

 派閥内の最大戦力を投入しているので領地の防衛力が下がっている。その領地に雇った傭兵を引き入れるのが、グンター侯爵。彼の思考を読んだ時に、ドス黒い怨念が渦巻いていたそうだ。

 グンター侯爵は、バニシード公爵に強い怨みを抱いている。政争絡みと女性絡み、金と女の怨みは単純だが根強い。リーマ卿の甘言に乗ったが、裏切ってウルム王国に乗り換える気は無い。

 精々が領地を荒らし勢力を減退させる事だけで、最終的には奪われた女性を奪い返すつもりらしい。端から見れば馬鹿馬鹿しい動機だが、本人は至って真面目に計画している。

 リーマ卿からも旧コトプス帝国領の一部奪還が目的で終わらせるからと言われて安心している。馬鹿な、戦争だぞ!そんな小競り合いで終わらせる気なんて双方無いのに楽観的過ぎる。

 奪還予定の領地も、バニシード公爵の派閥貴族の領地だが、大して重要な場所じゃない。単にウルム王国と隣接してるだけで騙されていると思うが、怨みを晴らす事に目を奪われて正常な判断が出来無いのか?

 カルステン侯爵はもっと酷くて、完全に裏切り者だ。彼は悪質なハニートラップに嵌まり愛妾に唆されて裏切った。クリストハルト侯爵と同じく財政難を抱え、どうにもならない状況らしい。

 その悪化した財政の原因を愛妾が都合の良い嘘で固めて、エムデン王国悪しの方向に持っていったらしい。一発逆転と言うか、新天地で更なる栄誉と権力と贅沢を求めたのか。

 愚か過ぎる男の仕事は、第一陣の足を引っ張る事。最終的には裏切るが、軍事物資を強奪し我が物にして逃げる予定かよ。そんなに簡単に出来る訳がない。

 そしてギフトを使い集めた情報は包み隠さずに全て、アウレール王に報告されている。グンター侯爵とカルステン侯爵は、泳がされているだけで対策はされている。

 グンター侯爵の手勢が、バニシード公爵の領地で暴れる対策は内々で直轄軍の第二軍が動いている。領主である、バニシード公爵にも秘密でだ。

 カルステン侯爵の方は、ライル団長が秘密裏に対処を任されている。つまり第二陣の中でも最精鋭の少数部隊が、裏切り者の部隊に襲い掛かる。ライル団長本人が、裏切り者を断罪する為に先行しそうだ。

 買収された傭兵団の規模は三十人前後で、隠密行動には少し多いから完全に隠れるのには無理が有る。そして正規の騎士団員ならば五人か六人の小隊で対処出来る。

「そして僕は王都の守護で離れられないが、裏切り者の末路を事前に教えるから何が有っても動揺するなって事だな。流石は名君たる、アウレール王だ。抜かり無し万全の体制、何とも恐ろしい御方だな」

 グンター侯爵もカルステン侯爵も、東方の諺(ことわざ)で言う所のまな板の上の鯉だっけ?調理直前の食材って意味だな。だが鯉って泥臭くて美味しくないが、断罪する相手も不味いって事か。

 裏切り者共の事など事前に分かり切っている。行動を起こせば即断罪、お前達に明日は無い!観念するんだな的な根回しの良さ。リゼルも、アウレール王の素晴らしさに感動して……

 む、溜め息を吐かれたのだが何が不満なんだよ?その上目使いな所は、凄くあざとい。あざとくて可愛いいのだが、妙に馬鹿にされている気持ちになるのは何故だ?

「いえ、リーンハルト様の盲信が危険ですわ。危険域ですわ。確かに名君では有りますが、私を引き抜き活用する段取りは貴方がつけたのですよ。今回の成果の七割は、リーンハルト様。二割は実行係の私で、指示を出しただけの国王は一割です」

 いやいやいや、一割とか凄い決め付けだって!配下を上手く使う事が、上位者の仕事なんだぞ。数多いる家臣団を有効に使いこなす、アウレール王の偉大さを知るんだ!

 はいはい、分かりました。おやすみなさいませ!って義理感が半端ない雰囲気を醸し出し、リゼルは引き上げて行った。明日は私も御屋敷にお邪魔しますので、馬車に便乗させて欲しいと頼まれた。

 普通に屋敷に届けられた親書や祝の品物の処理も有るから断れなかったよ。ラビエル殿やミズーリ嬢に三人の令嬢、ミクレッタとパーラメル、それにトレイシーの事は、ザスキア公爵に丸投げになった。

 僕は本当に、ザスキア公爵に依存している。気を付けないと、頼るだけの関係になってしまうから反省だ……

◇◇◇◇◇◇

 久し振りに王宮の執務室に設えた寝室で休んでいる。日付を跨いだ辺りから、風が強くなっている。窓ガラスがガタガタと小さな音を立てている。

 念入りに固定化の魔法を重ね掛けしたが、建て付けが少し悪くなっているのかな?小さな音だが、気になりだすと眠れない。戦場暮らしが続いたから、少しの音でも緊張する。

 これが戦場帰りの兵士が患う精神的な病気か?いや、その内に慣れるだろう。久し振りの王宮で、神経が高ぶっているだけだな。うん、寝酒を飲むか……

「飲む機会が無かった、侍女達の御茶会の後で貰った変り種の果実酒を炭酸水で割って飲むかな。確かブランデーに漬けた林檎の果実酒が有ったな」

 寝れないなら無駄にゴロゴロ寝返りを打つより、すっぱりと切り替えて寝酒を飲もう。敵地じゃないから良いよね?

 窓際に椅子を移動し外の様子を眺めながら、林檎酒の炭酸水割りを飲む。林檎独特の酸味が有るが、さっぱりとして飲みやすい。

 見上げた夜空は凄い勢いで雲が流れている。たまに雲の間から覗く月明かりが大地を照らすと、夜間巡回中の二人一組の警備兵が見える。

 有り得ないとは思うが、戦争中に敵国の王や重鎮の暗殺は低い確率じゃない。指導者層を暗殺すれば、後任が決まる迄は仕事が止まるし人事も派閥争いが絡むから中々決まらない。

 リーマ卿は謀略が得意だから、他にも何かしら仕掛けて来る可能性は捨て切れない。警戒に越した事はないが、二つの防御系マジックアイテムが効果を発揮する。

 リズリット王妃も欲しがったが、錬金に必要な素材集めが困難だからと渡していない。今後も渡す事は無い、彼女は警戒が必要な相手となった。

「む?誰だ!」

 魔力探査に反応?ゴーレムの警戒網にも反応せずに、王宮の奥の僕の執務室に侵入者だと?音も無く忍び寄る曲者、反応は部屋の隅からだ。

 アウレール王や他の王族の方々の暗殺は警戒していたが、まさか僕が狙われているとは驚いた。警戒が厳重な王宮の此処まで侵入するとは相当な手練れだ

 確かに僕は敵からすれば恨みが山積みで、しかも邪魔者な僕は是が非でも殺したいだろう。だが僕を狙って生きて帰れると思うなよな!

 


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