古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第659話

 エムデン王国に凱旋帰国した。派手な出迎えを自粛する為に、コソコソと身元を隠して王都に帰って来た。戦時中だし、前回の様な派手な出迎えは控えたい。

 そのまま王宮に直行、女官や侍女達の華やかな出迎えに嬉しく思うも、何時もの四人組に囲まれ風呂に叩き込まれて磨き上げられた。

 お約束の荒行に心身共に疲れ果てた状態で謁見室に押し込まれ、アウレール王にバーリンゲン王国の平定状況を報告した。

 結果は王命の成功、お褒めの言葉を頂いた。報酬はウルム王国を任せた後の論功行賞の時に合わせて渡すので楽しみにしてろと言われたが……

 幾ら何度も王命を達成しているとは言え、貰い過ぎている。余り僕を優遇し過ぎると他から反発される、それは盤石な政権体制に亀裂が生じる。

 下級官吏の懐柔とか色々と対策は講じているが、嫉妬からくる恨み辛みや反発を抑える事は難しい。ガス抜きの為に態と失敗など論外だし悩ましい。

 かの国難に手を抜いてどうする?だが状況は不利じゃなく対応は可能、ウルム王国に勝てば余裕も生まれる。今は先送りにするしか無いか……

 暫く戦場に身を置いていた所為か、風で窓がガタ付く小さな音が気になり眠れない。平和になっても緊張感が収まらない精神的なストレス。

 寝るのを諦めて寝酒を飲んで眠気を誘おうとしていたが、まさか王宮でも中心近くの僕の執務室に侵入者だと?って良く調べれば、この反応は……

「クリス。異性の寝室に無断で気配を消して侵入するのは駄目だぞ」

「バレてしまいました。気配遮断には自信が有ったのですが、何故に何時も分かってしまうのですか?不思議です」

「クリスとの鍛錬の成果だよ。複数の探査魔法による警戒網の構築、暗殺対策の結果だな」

 部屋の隅の暗がりから、スウッて音も無く姿を表されるのは恐怖でしかない。しかもメイド服とか違和感が有り過ぎる、何故にメイド服?

 僕がメイド服を好きだからか?リゼル以外は知らない筈だが、彼女が裏切ったのか?いや、イーリンやセシリアも僕がメイド服に拘りを持つのを知っている。

 彼女達の悪戯か?だが深夜にメイド服を着せて寝室に押し込む意味って何だよ?クリスは仲間だが、側室候補じゃないぞ。立場的にも今は貴族令嬢じゃなく平民だし……

「護衛です。今回の討伐遠征は大変満足出来ました。この次は、王都を襲う傭兵団の殲滅。戦いは楽しいのですが、一方的で歯応えが足りないのが不満です」

「歯応えって……戦争とは味方の損害を限り無く減らす事と必ず勝てる有利な状況に持っていくのが、指揮官としての仕事なんだけどさ」

 何故、背後に控える?違うだろ、話が有るなら目の前に座ってくれ。これじゃ独り言を言う危ない人だよ。

 歯応えが無いと言われても、クリスの武力は強化無しの義父連中に迫る。正規軍では不足だろう、それこそ将軍クラスじゃないと無理だ。

 模擬戦の相手も粗方戦争に行くし、クリスの相手が出来るのは今のエムデン王国には僕位しか居ない。だから模擬戦をしたいって、お誘いに来たのか?深夜にか?

「背後に立たずに向かい側に座ってくれ。落ち着かないんだよ」

「分かりました。それと私にも同じモノを下さい」

 同じ?お酒だけど大丈夫かな?確か彼女は、貴族令嬢として最後の晩餐の時に結構ワインを飲んでいた記憶が有るな。

 お酒が好きなのか?まぁ炭酸水割りだからアルコール度数は低いし悪酔いはしないだろうし、大丈夫だよな。

 空間創造からグラスを取り出し、一対三の割合で林檎酒を炭酸水で割る。シュワシュワと炭酸の弾ける音は楽しくなるな。

「乾杯!王命を達成出来た事に」

「乾杯。二人で沢山の敵兵を倒す事が出来た事に」

 胸の高さにグラスを持ち上げ乾杯する。思えば今回の討伐遠征は、クリスと二人で戦う事が多かったからな。彼女なりに、僕と祝いたかったのかな?

 薄暗い部屋、明かりは流れる雲の隙間から差し込む月明かりだけ。お互い特に話す事もなく、林檎酒の炭酸水割りだけを飲み続ける。

 嫌な沈黙ではない。お互いに口数は少ない方だし静かな方を好む、戦う事以外に感情を無くした彼女だが……何となくだが、少し嬉しそうか?

「主様、私は異常です。皆の近くに居ると、悪い事が起きます」

 ん?グラスの縁を指でなぞりながら、変な事を言い出したぞ。クリスは異常、僕はもっと異常。だが大切な人達の近くに居たい、何かが起きても力ずくで対処する。

 クリスは、イルメラ達の近くに異常と自覚の有る自分が居ると迷惑を掛けると心配しているのか?戦うだけの彼女が、周りを気遣う事を初めて感じて戸惑ってる?

 僕も少し前に悩んだ事をクリスも悩み始めたのか。昔は僕が転生した古代魔術師だとバレたら、迷惑を掛けない様に身を隠そうとか本気で考えたんだ。

「人は異常者を拒むのは確かだ。クリスは異常だが、僕はもっと異常だよ。多くの連中が僕達を拒み排除しようとしているが、此方も力ずくで排除する。クリスも僕と同じく異常だが、側に居て欲しい。僕等は仲間だから、離れる事は許さない」

「異常、私は異常。でも主様は、もっと異常。一人じゃない、離れなくて良い。離れる事は許されない。敵は力ずくで排除……主様、有り難う御座います」

「ああ、問題は無い。上手くやる、今度はね……」

 二度目の人生の幸せ未来計画は、色々と微調整は必要だが概ね順調だ。クリスも一緒に幸せにする、誰にも邪魔はさせない。邪魔をするなら力ずくで排除する、自重はしないよ。

 彼女も戦い関連以外の感情が目覚めて……いや、取り戻している。悪い傾向じゃないが、気を付けないと駄目だ。慣れない感情に翻弄され、最悪の選択をしない様に注意しなければならない。

 クリスに芽生えた感情、仲間を大切にしたい、迷惑をかけたくない、不幸に巻き込みたくない。それは人として尊い事だが、自己犠牲は認めない。僕等はもっと貪欲に幸せを掴む為に足掻こう。

「誰かを守りたい、初めての感情です。こんな異常な私に、主様やイルメラさん達は普通に接してくれます。前は腫れ物を扱う様な対応、暗殺者に対して嫌われる当たり前の対応に辛さなど感じなかったのに……」

「暗殺者としては不要だが、人としては必要不可欠な感情だよ。殺戮人形には不要だが、クリスは殺戮人形じゃない。僕の大切な家臣だから、必要な感情だね」

 クリスが心情を吐露し始めた。殺戮人形、感情を排した暗殺者だった自分に、聖母イルメラの愛が何かを変えたか芽生えさせたか……

 流石はイルメラさんだ。半端無い、クリスを懐柔させるなんて凄いな。まぁ僕も転生の秘密を抱える辛さを泣きついて癒やして貰ったけどね。

 早く会いたい、会って抱き付いて、そのミルクの様な甘い体臭を胸一杯に吸い込みたい。イルメラ成分を補給したい、もう我慢が出来無い。

「ですが弱くなります。感情の揺らめきは、極限の戦いの時に隙が生じます。私の実家は、戦いに負ける確率を減らす為に私の……」

「魔術師も同じ、常に冷静たれ!だけど、何かを守りたいって感情は人を強くも弱くもする。離れれば不安になるが、反面守りたいと思えば普段以上の力を発揮する。僕はその方が好きだよ」

「主様は、今の私が好き?」

 え?首を傾げる仕草に不安そうな表情。誤解を招きそうな言い方だが、今それは勘違いだと突き放せば、彼女に芽生えた感情は消えてなくなる。

 好きは好きでも愛情でも愛欲でもない友愛、その辺の感情の機微は未だ彼女には難しいし理解は出来無いかな?恋愛感情など、真っ先に消されただろうし……

 暗殺者としてはマイナスだが、僕は彼女の無くした感情を取り戻したい。だから今は突き放さないが、誤解されそうだな。

「ああ、今のクリスは好きだよ」

 おお!若干だが嬉しそうな感じがしたぞ。

「主様は私が好き。仕えし主様が、今の不安定な私を好き。私は、私も主様が好き。これが相思相愛、でも閨には招かれない。何故?」

 グラスを両手で持って首を傾げる仕草とか、あざとい。あざといですよ、クリスさん。何処で、そんな仕草を学んだの?

「それは友愛だから。愛欲じゃないから、閨には引っ張りこまないからね」

「愛欲じゃない?私には性的魅力が無いから、主様は欲情しない。それは少し、何か心の奥が締め付けられる。悲しい?私は今、悲しいの?………………おやすみなさい、失礼します」

 え?ちょ、ちょっと待てよな!初めて見た、クリスの悲しそうな顔を初めて見たぞ。彼女は急激に色々な感情を芽生えさせている。

 これは間違えると大変な事になる。僕の勘が、そう言っている。放置は危険、やばい方向に全力疾走中だ。

 暗がりに霞む様に消えた彼女の、何とも言えない悲しそうな顔が記憶に焼き付いている。今夜の出来事は……

「明日にでも、イルメラに相談して頼ろう。クリスを連れて屋敷に帰る、帰って彼女達に甘えて何とかして貰おう」

 此処で下手に隠して自分だけで対処するは失敗を生むだけ、僕の勘がそう言っている。間違い無い、下手に隠すのは悪手だよ……

 翌朝、居なくなった筈の彼女は部屋の隅で毛布に包まって眠っていた。前回同様、ポイズンナイフを握り締めて嬉しそうに寝ていた。

 リゼル達が僕を起こしに来る前に気付いて良かった。流石に護衛だから同室で別々に寝ていたって言い訳は通用しないだろうから……

◇◇◇◇◇◇

 昨夜は、クリスに芽生えた感情について本人から色々と聞けた。最後が少し、その危険な兆候だったが修正は可能の筈だ。

 結局ボトル一本丸々の林檎酒を飲んでしまった。あれから戻って来て部屋の隅で寝ていた事に気付かないなんて、反省が必要だよ。

 今朝の世話役は、オリビアとリゼルで着替えから洗顔、朝食まで用意してくれた。メニューは珍しくチーズとクランベリーを入れたパンケーキ、それに蜂蜜を混ぜたミルクだ。

 その後は腱鞘炎を心配する位に親書の返事を書いた、恋文や舞踏会等のお誘いの手紙は明日に回す。流石に明日直ぐに開催って招待状は来ない、最低でも一週間程度の猶予は有る。

 ザスキア公爵も仕事が山積みらしく、珍しく三時のお茶を一緒に飲んだら直ぐに屋敷の方に帰って行った。彼女は、リーマ卿の謀略対策で忙しいので邪魔は出来無い。

 持ち帰る残りの手紙を選別、伯爵以下は明日以降だな。モリエスティ侯爵夫人のストレスが溜まったので愚痴を聞きに来いってお誘いには苦笑いだよ。幸い時間は有る、王都から動けないから丁度良い。

 メディア嬢もお茶会のお誘いは例のミルフィナ殿の件で、ファティ殿の面会のカモフラージュだけど……魔牛族とエルフ族の親密度によっては、どう転ぶか分からない。

 全く厄介だ。親密度が高ければ、ミルフィナ殿に配慮しなければ駄目かも知れないし、親密度が低ければ面倒事を持ち込んだと、エルフ族との仲が悪くなるかも知れない。

 どちらにしても仲介役として、ニーレンス公爵を頼り愛娘の、メディア嬢が動いた。この借りは早めに返す事にする、魔法障壁の護符を幾つか渡すかな……

「リーンハルト様。お待たせ致しました」

「ん、リゼルか。クリスも一緒に帰るから頼む」

 二人並んで御辞儀をされたが、流石に二人共メイド服じゃなく仕立ては良いがシンプルなデザインの同じドレスを着ている。

 ハンナとロッテの微妙な表情は、リゼルは立場が上であり、クリスは僕の家臣だが二人共に情報が少ないから警戒しているんだ。

 オリビアを除く僕の専属侍女達は、僕に関連する情報の収集も仕事に含まれている。この二人は謎が多いのだが、クリスは元後宮で働いていた同僚なのに気付いてないのか?

 クリスが王宮内で行動出来るのは、レジスラル女官長が元孫娘の為に色々と配慮してくれたからだ。僕とリゼルの専属護衛扱い、能力は申し分無いので問題は無い。

「両手に花ですわね?」

「リゼルは、アウレール王から家臣の不足を指摘され預かっている。クリスは、レジスラル女官長が手配してくれた護衛。確かに見目麗しい淑女で両手に花だが、もう少し配慮してくれると助かる」

 ハンナの態度には焦りが感じられる。バセット公爵の縁者であり、初期に僕の情報収集の為に送り込まれた彼女の立場は微妙だ。

 ロッテにイーリン、セシリアにオリビアとの実家とは友好的だが、彼女の実家や派閥とは中立。それに旦那の親族が三十人の兵士を従え第一陣に参加したそうだ。

 官吏や文官系の派閥構成貴族達にまで参戦要求をした、バセット公爵の本気度は分かる。だが派閥構成貴族の反発も招いた、その懐柔に僕から買ったマジックウェポンをバラまいた。

「まぁ良いか……明日も出仕するから頼む。今日はこれで帰るよ」

 無言で頭を下げる、ハンナとロッテに見送られて執務室を出る。イーリンとセシリアは、ザスキア公爵の手伝いに引き抜かれた。諜報を司る有能な腹黒令嬢だから、必要だよな。

 オリビアは公休だが明日は出て来る。無所属派閥は特に参戦要求が来て居ないが、第三陣に義勇軍として参加するらしい。それも貴族の義務であり、何もしないは有り得ない。

 僕の所には参加希望者は来ない。既にバーリンゲン王国を屈伏させて残りは王都の守護だから、戦争に参加する義務を果たせないから。

「リーンハルト様。ハンナさんですが、バセット公爵より機密文書を盗む様に指示されています。彼女は拒んでいますが、旦那からも強要されて悩んでいます」

「機密文書?執務室に機密文書なんて置いて無いし、そんな不用心な事はしない。全て空間創造の中か魔法で施錠した書庫の中だ、見られて困るモノは無い」

 機密については、ザスキア公爵から細かく指摘されている。僕の執務机を漁っても、何も出て来ないぞ。残っているモノなど、文房具かレターセット位かな?

 執務机の上に毎日届けられる親書を盗む?それだって他の侍女の目も有るし、目録だって有るから無くなれば問題だ。それに見られて困る内容でもない。

 まさか自分の派閥構成貴族達の派閥移動を匂わせる親書を探す?無駄だな、僕はバセット公爵の派閥構成貴族の移籍は受け入れない。

「特に見られても盗まれても問題になりそうな物は不用心に置いてないが、調べてくれて助かる。リゼルは手放せなくなりそうで怖いな」

 バーリンゲン王国が蝙蝠外交とか周辺国家のバランサー気取りで、自分本位で身勝手な事が出来たのは彼女が居たからだな。相手の思考が丸分かりでは交渉にすらならない。

 彼女には専属の護衛ゴーレムを配するか、防御系マジックアイテムを渡すか、アウレール王に相談してみよう。幸いだが、功績は有るから報酬の変わりに配慮を頼めば無下にはしないだろう。

 僕との縁を求めて独身男性貴族の接触も多いらしいし、何かしらの牽制対策も必要だ。いっその事、僕以外の誰かと偽装婚約とか?

「お断りします。最初は嬉しい流れなのに、後半は最悪です。何ですか?自分以外の誰かと偽装婚約とか?そこは、リーンハルト様が婚約してくれる流れが正解です」

「私は婚約者じゃなくて妾で大丈夫です。相思相愛ですし、イルメラさんにも報告します。彼女の依頼に応えられて嬉しいです」

「おい、ちょっと待て!その報告は無しだ。時間的猶予が欲しい」

 僕の思考にダメ出しされたり、妾容認の言質取りました報告も駄目だ!イルメラは、僕がバーリンゲン王国に行ってる時に、ハニートラップ対策と欲望の解消の為に、クリスに妾的な関係を容認する程に懐が深い。

 クリスが報告すれば、例え事実が微妙に違っていても笑顔で認める。戦地の御世話は性欲の発散を含めて、クリスに任せます位言うのが聖母イルメラさんなんだ!

 折角二ヶ月振りに自分の屋敷に帰れるのに、久し振りに彼女達に会えるのに、こんな難題を抱えなければ駄目なんて変だぞ!誰か僕を助けて下さい。

 


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