古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第661話

 二ヶ月振りに我が屋敷に帰って来たが、ジゼル嬢達とザスキア公爵が独自のルートで情報交換をしている事を知ったが、どんな遣り取りをしてるかは秘密らしい。

 当日の昼間の情報も把握しているが、何処まで教えるかはザスキア公爵の思いのままだろう。彼女は自分で情報を選択して教えている筈だ。

 限られた情報で相手の思考と行動を誘導する。彼女の怖さは思考や選択を自分の思い描いた方向に、相手が自分で選ぶ様に選択させる事だ。

 自分が悩み選んだ事が相手の思惑の通りとか悪夢でしかない。何とも怖い御姉様だが、味方だとこんなに心強い相手は居ないだろう。

 ジゼル嬢も疑いながらも、ザスキア公爵の情報を信じている。彼女は僕に不利な事は広めないと思うが、ジゼル嬢達の表情から察するに微妙なんだよ。

 浮気などしていないのに身辺調査をされてドキドキしている旦那の気分だが、悪い事はしていないので堂々としていれば良いな。うん、オタオタするな!余計に怪しまれるぞ。

 疚(やま)しい事は一切無い、堂々としていれば良い……筈なのだが、状況証拠は少し旗色が悪い。其処は気を付けないと駄目だな、先ずは誤解が無い様に説明する事だ。

◇◇◇◇◇◇

 夕食前に紅茶が飲みたいと頼んで、皆で応接室に向かう。メンバーは、アーシャにジゼル嬢。イルメラにウィンディア、リゼルにクリス。それとニールで他は遠慮された。

 サラとヒルデガードが、紅茶と焼き菓子を配り退室していった。ヒルデガードは残りたそうだったが、サラがお邪魔だからと引っ張って行った。

 彼女は含みの有る笑顔を僕に向けた後に頭を下げたが、健全にお茶を飲むだけだから!他意は全く無いから、そんなに気を利かせなくて良いから!

「改めてただいま。無事に帰って皆に会えた事を嬉しく思う。暫くは王都に滞在出来る、ウルム王国との戦況が悪化しない限りは大事ないだろう」

 皆の顔を見回した後に言う。漸く帰ってこれた実感がジワジワと湧く。流石にこの状況で、ウルム王国との戦況が悪化などしないからな。

 僕が王都を離れる可能性は、地方で問題が起きない限りは無い。または自分の領地で問題が発生して、領主自らが出張る必要が有る時だ。

 まぁ四つの領地の代官達には、ジゼル嬢が厳重警戒を呼び掛けている。しかも元は全て王家の直轄領だから、警備体制も万全だ。

 僕憎しで狙う可能性は捨て切れないが、失敗に終わる可能性も高い。謀略に長けた、リーマ卿ならリスクの高い選択はしないと思う。

 彼等は最後のチャンスなのは理解している筈だから、少しでも成功率を上げる選択をする。僕に意趣返しして負けましたじゃ、話にならない。

 常に最悪の選択をする、バーリンゲン王国の貴族連中なら可能性は高いが十年以上も潜伏している連中だ。油断しないで警戒はするが、馬鹿な事はしないよ?

「王国の守護者、王都の民の安心は旦那様の存在に掛かっています」

「国民感情と立場的に、ウルム王国への対応は因縁の強い過去の大戦の経験者達に割り振られました。アウレール王御本人も出陣されると聞いていますし、旦那様は王都に腰を据えて下さいませ」

 そう。復讐じゃないが、仲間や家族を殺された連中も多い。十年や二十年では消えない恨み、けじめを付ける為にも参戦を強く希望する連中に任せる必要が有る。

 彼等は復讐鬼ではないが、気持ちに踏ん切りを付ける為にも必要だ。邪魔をすれば反発もするが、任せれば普段以上の力を発揮する。

 ジゼル嬢も彼等に任せるべきだと言った。武人達に過去の蟠(わだかま)りを清算させる必要が有り、邪魔をすれば関係が悪化する。お互いの為にも任せるべきだと……

「ゆっくり出来ると言うのは戦時下では語弊が有るけれど、リーンハルト君と一緒に居られるのは嬉しいもん」

 ウィンディア、君は何時も油断すると君付けだな。今は周囲に家族しか居ないけれど、馬鹿な事を言い出す奴等も居るから注意してくれ!

 だが、ウィンディアの君付けと語尾の『もん』は良いモノだ。うん、心がホッコリする。癒し系だな、それは素晴らしい事だ。

「少しは休まれるべきです。忙し過ぎてお身体の体調を崩されては……イルメラは心配です」

 イルメラの不安そうな顔を見ると、胸が締め付けられそうになる。彼女を悲しませる事はしたくないけれど、王命なので出来るだけ安全に配慮する事で許して欲しい。

 ジゼル嬢、アーシャ、ウィンディア、イルメラの順番で色々な意見を言ってくれたが、最後のイルメラの不安そうな顔が心に刺さる。

 大事な人を不安にさせる、やるせなさや不甲斐なさ、こればっかりは当人じゃなければ分からない。相手に負担を掛けたく無い、男の見栄……いや意地だ。

 他人を頼らない独り善がりな感情でも、何かしらの理由を付けても納得しない。こう言う感情を妥協ですませると、後で必ず後悔する。

「心配しなくても流石にウルム王国での戦いに、僕の出番は回っては来ない。来たら問題なレベルだよ、だから大丈夫。ゆっくり休めるとか戦時下では確かに語弊が有るけど、基本的には日常に戻れた。オペラは観に行けないし派手な買い物も出来無いけれど、私的なお茶会や音楽会、モリエスティ侯爵夫人のサロンや魔法迷宮バンクにも行けるよ」

 そろそろ魔法迷宮バンクの最下層の攻略も再開したい。資金と経験値稼ぎ、レベルアップは必須だ。僕は未だ弱い、もっと強くならねば駄目なんだ。

 戦争で敵兵を倒して確かにレベルアップはしたが未だ足りない。もっともっと強くならなければ、彼女達を守れない。

 レベルアップには大量の経験値が必要で、王都から離れられない状況では魔法迷宮バンクの最下層に挑むしかない。それが最も効率良く、経験値とドロップアイテムが貯まる。

「魔法迷宮バンクの攻略は、少し違うと思います」

 え?アーシャから否定された?彼女は、魔法迷宮バンクも危険だと思っているのか?流石に魔法迷宮バンクの攻略を控えるのは辛いぞ。魔法迷宮とは、趣味と実益を兼ねた訓練施設なんだ。

「モリエスティ侯爵夫人からの招待状は既に来ていますわ。直ぐにでも訪ねて欲しいと、凄く楽しみにしている気持ちは伝わりました」

 む、モリエスティ侯爵夫人め。愚痴が言いたくて我慢出来無いんだな。帰国翌日にお誘いとか、サロンの主として少し常識に欠けてるぞ。

 何日か落ち着く時間的猶予は欲しい、今週は出仕と親書の返事書きで終わる。急ぎは、ミルフィナ殿対策の相談で、ニーレンス公爵に会うだけだ。

 メディア嬢の私的なお茶会を建て前に、ファティ殿にも調整を頼まないと駄目なんだ。思わず腹をさすってしまう、全く胃が痛くなる珍事だぞ。

「どうなさいました?辛い顔をなされて、お腹を押さえるなんて……」

「ああ、お腹が空いたのを思い出したんだ。昼食もそこそこに手紙を書いたり、色々有ってね。でも此処からは癒やしの時間だよ」

 早く匂いを嗅ぎたい、彼女達の匂いを嗅がせてくれ!もう在庫切れで大変なんだ、一刻も早く匂いを嗅がせてくれ!

 リゼル、その呆れた表情は止めてくれ。ギフトで心を読んだのは良いが、守秘義務が有るんだから予想出来る仕草は厳禁だぞ!

 溜め息を吐くな、首を左右に小さく振るな。ジゼル嬢もギフトを使いリゼルの考えを読んだな、同じ仕草をしやがった。だが据え膳と言うか、彼女達を前にして、待ては辛いんだぞ!

「それは夜のお楽しみです。夕食には、ユエさんも招いていますので、未だ変な事をしてはいけません。メッ、ですよ、メッ!」

 じ、ジゼルさん?人差し指を立てて、メッとかあざといです。そんな仕草を何時覚えたの?性格的に似合わないけど、ギャップで可愛いぞ。

「はぁ……本当に普段は有能なのに、皆様の前では壊れ気味なのですね。こんなにも余所と家での態度が違うなんて、詐欺ですわ」

 壊れ気味?余所と家での態度の違いなど、建て前とか二面性の多い貴族なら普通だぞ。首を振り下を向き呟いた、リゼルの台詞はスルー。

 隣で聞こえたのだろう、ニールが驚いている。彼女は僕に強い憧れが有るらしく、本性はコレで驚いたのだろう。だが暫くして、うんうん頷くのは何か思い当たりが有ったのか?

「ユエ殿を招いたの?彼女は妖狼族の里造りで、忙しくなかったっけ?」

 僕の領地を巡り、女神ルナを祀るに最適な場所選びから始めるから、ウルフェル殿と一緒に王都から離れていると思っていたけど……

 帰って来てたのか。つまり候補を決めたから僕の承認が必要って事だな。流石に勝手には決められないが、僕は第一候補をそのまま了承する。

 これで妖狼族は独自の里を持ち生活を営んでいく。僕は適時必要な人材を派遣して貰う事になるが、里の維持も考えると出稼ぎも含めて何人引き抜けるかな?

 その辺の実務話は、ウルフェル殿と相談だな。彼等の考えも有るだろうし、外貨を稼ぐ手段も必要だ。私兵として雇われるか、他に仕事を探すかは強制したくない。

 しかし、ユエ殿に会うのも久し振りだな。皆の前で全裸で抱き付いたりしない様に、注意しないと幼女愛好家の汚名を被る事に……ん?扉がノックされたが、何か有ったのかな?

「歓談中、失礼致します。リーンハルト様、妖狼族のユエ様がいらっしゃいました」

「リーンハルト様、お久し振りです。きゅーん!」

 挨拶もそこそこに、神獣化して飛びかかって来たので何とか受け止める。グリグリと頭を胸にこすりつけて来るので、くすぐったい。

 だが扉から僕迄の間に、彼女の脱ぎ散らかした服が点在している。結構な大問題だが、アーシャとイルメラはアラアラと優しく笑い、ジゼル嬢はコメカミを揉んでいる。

 ウィンディアは苦笑い、ニールは驚いて固まっている。クリスは無表情だが、リゼルは険しい顔をしているな。彼女はギフトを使い、ユエ殿の心を読んだのだろうか?

 ユエ殿も僕程じゃないが結構な秘密を抱えている。神獣で美幼女で、満月の夜には妙齢な美女に変身する僕等よりも年上なんだよな。波乱万丈な夕食会になりそうだよ……

◇◇◇◇◇◇

 お茶会は久し振りなのに色々な課題が浮き彫りになった。ジゼル嬢の意外な一面や、アーシャの心配性の加速。二人に遠慮してか、イルメラやウィンディアは言葉が少な目だった。

 リゼルはグイグイ攻めて来たが、ニールとクリスは殆ど喋らずに頷くだけ。クリスは特に喋らなかったが、何故かドヤ顔を浮かべていた。確かに今回の王命で、彼女の成果は大きかったな。

 ユエ殿は頻繁に屋敷に訪れていたらしく、アーシャは完全に陥落している。妹か娘みたいな対応なのは、母性の現れか?ヒルデガードの心配性が加速しそうだが、ジゼル嬢はそれほど問題にしていない。

 久し振りの我が屋敷の夕食は楽しかった。貴族的マナーを重視する為に会話が弾むとかはないが、特に会話しなくても安らげるんだ。側に居るだけで安心する、それだけで幸せだ。

 問題はその後に起こった。当然だが予想はしていたが、予想以上で正直驚いている。僕は話し合いに参加していないが、決定事項として通達された。

「何故、ベッドがキングサイズに変更されているのかな?」

 寝室が改装されていた。それなりに広い部屋の中央に、新しいキングサイズのベッドが鎮座している。幅は4mは有るけど、二人でも広過ぎて落ち着かない。

「全員で添い寝するには、前のベッドは狭過ぎるので特注で新調しました。快適な睡眠を御約束出来ます」

 快適な睡眠を御約束って、どんなセールストークだよ?しかも特注って、僕が複数人……二人以上と寝てるって事を肯定した事になる。

 それって多対一を相手に複数プレイをしているって事だと思われたぞ。そんな噂が広まれば、今は公式な側室と婚約者は一人ずつなのに実際は大人数でお盛んですって誤解されるんだぞ。

 壁際に枕を抱えて一列に並んでいる、大切な女性達を見て溜め息を吐く。何故こうなったの?自重しなかったの?しかも、ニールは分かるがユエ殿まで居るし。

「六人と同衾って変じゃない?」

「場所は厳正なる話し合いで決めました。揉めに揉めましたが、最終的には全員が合意しました。なので何も問題は有りません」

「いや、問題しか……いえ、何でも有りません」

 一斉に悲しそうな顔をされては黙るしかない。まぁ添い寝だから健全だよ、複数プレイじゃないからセーフ、ぎりぎりセーフ!

「左手は本妻予定の私と、唯一の側室のアーシャ姉様。右腕は、イルメラさんとウィンディア。左足はニール、右足はユエさんです」

「両手で四人は無理じゃないかな?」

「いえ、大丈夫です。こうして、左右から抱き付いて腕は……」

 やんわりとベッドに押し倒された。腕じゃなく左右から胴体に、ジゼル嬢とイルメラが抱き付き広げた腕に、アーシャとウィンディアが抱き付く。

 両足には、ニールと神獣化しないユエ殿が抱き付くが、頭が腰の位置に来るから危険だし、胴体に抱き付くジゼル嬢達の間に潜り込むから密着度が……

 だが六人分の体臭を嗅いだら頭がクラクラして来た。四人での添い寝は魔香の効果が発揮されたが、七人で添い寝した場合はどうなるのだろう?

「今は、ゆっくりとお休み下さい。お疲れ様でした、リーンハルト様」

「ん?ああ、お休み。ゆっくり寝れるかは分からないが、幸せに包まれて寝れそうだよ。お休み……」

 圧倒的な人員による豪華な添い寝。二ヶ月間待ち望んだ匂いに囲まれて、今夜はゆっくりと英気を養う事が出来るだろう。

 嗚呼、幸せだ。男の本懐ここに極まれり、何者にもこの幸せは奪わせない。奪う奴等は全力で潰す、もう遠慮も自重もしないからな!

 


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