古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第663話

 王宮に出仕した際、専属の御者から聞いた情報は調べず放置するには重たい情報だった。ツインドラゴンの宝玉の所為で僕との関係が微妙な、アーバレスト伯爵の次女のハリシュ嬢に関わる問題。

 裏切り者疑惑の有る、カルステン侯爵の縁者で社交界でも多数の淑女との浮き名を持つ、トロイヤ殿が熱烈なアプローチを仕掛けている。

 ハリシュ嬢には誘いに乗る気持ちは薄そうだが、熱烈なアプローチを仕掛けているらしい。只の女好きでも、この時期にだと色々と勘ぐってしまう。

 幸いだが派閥トップの、ニーレンス公爵とは今日会える算段になっているので知らせよう。御者達の情報は正確だが、流石に社交界での事だし他にも目撃者は居る。

 アーバレスト伯爵も、大事な娘が漁色家の餌食になる事は避けたいだろう。それなりの対策は講じている筈だ。伯爵令嬢と侯爵家の縁者、釣り合いは取れるが強要は無理。

 可能性としては、トロイヤ殿がカルステン侯爵を見限り、アーバレスト伯爵と言うかニーレンス公爵派閥に鞍替えしたいのか……カルステン侯爵派閥の未来は厳しいし、摺り寄りの手段での婚姻は効果的だからな。

 トロイヤ殿はエムデン王国に残っている。カルステン侯爵と共に出陣していないとなると、裏切る気は無いのかも知れない。だから生き残りに必死なのだろうか……

◇◇◇◇◇◇

「おはようございますわ、リーンハルト様」

「おはようございます、リーンハルト卿」

 馬車停めから自分の執務室に向かう途中、女官や侍女、近衛騎士団員に警備兵から挨拶をされる。殆どが廊下の脇に寄って頭を下げるのだが、声を掛けてくれる連中も多い。

 特に女官や近衛騎士団員達は爵位持ちも居て、僕と会話しても問題の無い身分なので不思議ではないし普通に嬉しい。軽く返事をしたり手を上げたりして対応する。

 久し振りの王宮、久し振りに会う人達、そして未だ下級官吏達は僕を見掛けると、直ぐに頭を下げて逃げる様に離れていく。彼等の反発は少なくなったが、避けられているのは変わらないか……

「「「「「「おはようございます、リーンハルト様」」」」」」

「おはようございます、リーンハルト様。本日も手伝いに参りましたわ」

 専属侍女五人の揃った挨拶の後、彼女達より立場が上の、リゼルが挨拶をしてくれたが……何故、先に僕の執務室に居る?しかも専用の執務机が配置されてる?前は仮の机みたいだったのに今回は本格的だな。

 僕の向かい側の少し離れた所に、一回り小さい執務机が用意されていて普通に座っている。専属侍女達は壁際に並んで下がらないみたいだ。一応僕は責任者であり、執務机を運び込むなら許可を求められる立場じゃないかな?

 正直な所、リゼルは有能だ。バーリンゲン王国では、パゥルム女王の補佐としてギフトを使い色々な仕事をこなしていた。国が変われど政務は同じ様なモノだし、そんなに困らない訳だけど……

「アウレール王から、リーンハルト様の側近として働けと言われましたので、同じ執務室を使わせて頂きます。ですが隣に私専用の控え室も設えて頂きましたわ」

「アウレール王、僕に対して過保護じゃないかな?側近を用意して執務室まで改装するって、普通の対応じゃないよね」

 ギフトで心を読んで疑問の回答をしてくれたが、国王が臣下の側近を用意し執務室まで一晩で改装する指示を出すってさ。絶対に過保護だぞ。

 普通は僕に指示を出して、僕が対応するモノだと思うんだ。または中級官吏辺りに指示を出し、彼等が僕に希望を聞いて対応するとか。

 アウレール王自らが、リゼルに指示して対応してくれるって凄い厚遇だ。しかも昨日の今日で改装終わってるって、どんだけ突貫工事したの?工事する前に教えてよ!

「今回の功績を他人に置き換えれてみれば分かり易いですわ」

「他人に置き換える?」

 リゼルの説明によれば、小国とは言え一国を相手に属国化に追い込み、反乱分子の殿下三人と三千人以上の正規兵を少数で打ち倒す。

 普通なら五千人規模の軍隊に千人規模の予備兵と補給部隊、将軍級が二人、半年以上の作戦日数が必要で兵士の損失も二割は見込む程の戦果を少数で二ヶ月で終わらせる。

 軍事費も試算すると本来なら金貨二百万枚以上は必要なのに、僕は実費で金貨一万枚も使っていない。ザスキア公爵の負担も同程度、期間三分の一で費用は百分の一。

 このクラスの功績ならば報奨対象者は指揮官に参謀、戦闘担当に補給担当、諜報や雑務の担当を含めれば三十人以上。だけど今回は、僕とザスキア公爵の二人だけ。

 リアルな数字を試算し反対派の連中に見せて反対意見を潰した時の、アウレール王とサリアリス様のドヤ顔は見物だったそうだ。

「大臣や法衣貴族の一部は反対する為に、両騎士団の団長の危機感を煽ろうとして失敗しました。エルムント団長もライル団長も、最前線で共に戦いたい戦友の戦果を認められぬ武人は居ない、無用な言い掛かりは止めろと本気で威嚇して騒然となりましたわ」

 クスクスと思い出し笑いをしているが、御前会議で彼等が本気で殺気を放てば大混乱だったんじゃないか?不敬とかのレベル超えてないか?

 大臣や法衣貴族の連中は魑魅魍魎の溢れる王宮での謀略戦は長けていても、直接的な肉体と精神の強さは底辺だぞ。

 そんな連中に人外レベルの二人が殺気を放てば、良くて失神で悪ければ失禁。いや、アウレール王の前でそんな事をすれば護衛の近衛騎士団員達が……

「一緒に睨み付けて殺気を放ってましたわ。心の中で、我等が戦友を貴様等如きが貶めるなブチ殺すぞ!と……本当にリーンハルト様は、両騎士団の年配の方々に好かれていますわね」

「そう?思ってた疑問に答えてくれて有り難う」

 椅子の背もたれに身体を預けて仰け反る。模擬戦を行い一緒に飲んで騒いで、男気溢れる彼等は僕の事を戦友と認めてくれた。

 それは本当に嬉しい。嬉しいのだが、新たな反発勢力が浮き彫りになったのか……大臣に法衣貴族、下級官吏の次は上位職の連中か。

 右手で目の間をゆっくりと強く揉む。両騎士団に警備兵達との関係は良好、宮廷魔術師関連は特に火属性の宮廷魔術師団員との関係改善が必要。

「エルムント団長とゲルバルド副団長が、リーンハルト様と親戚関係になれば模擬戦し放題だと気付いて、親族から美少女を集めています。強制はしないが、顔合わせ位なら良いのではないかと。あと模擬戦の時は木の陰から見学するそうですが、複数人が参加するみたいですわ」

 え?アーシャの馴れ初めの焼き直し?危険な模擬戦会場の周囲の木々に、令嬢達が隠れて見学?それは危険だから駄目だよ。

 アーシャの時は模擬戦も初期の頃だから僕もデオドラ男爵も相手の強さを手探り状態で調べていた時期だった。観客の危険度は低かったし、デオドラ男爵家の連中は模擬戦に慣れていた。

 今は人外の戦鬼達との遠慮無しの模擬戦は、観客も危険な大規模攻撃の連発だ。まかり間違って被弾したら即死だぞ!止めさせないと駄目だ。

「武官の方々は、リーンハルト様の事を本当に認めております。彼等は現代の英雄である貴方に、本来のエムデン王国の守護者達だと言われた事が本当に嬉しく誇りに思っています。

エムデン王国を害する者達との戦いに最前線で参加すると言い、実際に単騎で敵軍団を屠る男に認められる。口で語るより行動で示す、リーンハルト様の事を我が子の如く……本当に我が子にしたいので、親戚関係から美少女を探して結婚させたいのです」

「何その悪循環!」

 権力欲とか金銭欲とか邪な理由じゃないだけ困る。政略結婚は否定したが、気に入られたから親子関係になりたいとか言われたら少し嬉しいが困る。

 親類縁者関係から探された淑女だって困るだろう。当主の気に入った相手に嫁げとか、政略結婚そのものだ。彼女達は僕の立場ならば、家の為に嫁ぐのは仕方無いと諦める。

 僕だって貴族の婚姻は家の為だと遅ればせながら理解はしたし、三人娘を養女にして政略結婚の駒に使おうとしている。だがそれは、彼女達も納得しているから……

「リーンハルト様。武門の娘達は何時か自分達が結婚する相手は、同じく武に長けた者だと理解しています。ですが未だ若い娘達が厳つい男を伴侶にする事を本当に望んだり受け入れたりしてると思いますか?」

「え?それは……」

 アーシャにプロポーズした時の遣り取りを思い出す。武門デオドラ男爵家の娘の結婚相手は、本来はデオドラ男爵に認められる武人だった筈だ。

 確かに武人だと、ボッカ殿やバスケス殿やアメン殿みたいな連中も多い。ミュレージュ様やスカルフィー兄弟は特殊な部類か?

 アーシャも若くて優しくて強い男が良いと力説していた、あと淫獣はお断りだと……あれは魂の叫びだった、僕も驚いたし彼女を邪(よこしま)な目で見た淫獣を殺したくなった。

 普段は控え目な彼女が自己主張したのは初めてだった。武人達が全てそうだとは言わないが、深窓の令嬢にはキツい相手には変わらないのか?

「御理解しましたか?当主に探し出された淑女達が、リーンハルト様の事を調べて事実を知ったらどうするか?リーンハルト様は、ジゼル様を労るべきです」

「何故さ?」

 浮気じゃないけど浮気みたいだから?でもそれなら、ジゼル嬢だけじゃなくて、アーシャやイルメラ達だって同じだろ?

 婚約者や恋人に多数のお見合い相手が湧いて出たとか、本人の責任じゃないけど嫌な気持ちにはなるだろう。

 本当に分からないのだが、黙って壁際に並んで話を聞いている専属侍女達も頷いているのは……やはりジゼル嬢に特別な苦労を強いているからなのか?

「ふぅ、本当に貴方は男女間の事には疎いと言うか自己評価が低いと言うか……良いですか?良く聞きなさい」

 バシンと両手で机を叩いた彼女には、何も言えない雰囲気が滲み出ている。

「はい、リゼルさん」

 リゼルさんの話を纏めると、近衛騎士団になれる連中はエリート中のエリート。その親類縁者も上級貴族で、国家に忠誠を誓うまともな連中が多い。

 そんな優良貴族の一族には必ず一人や二人は見目麗しく有能な才媛が居る。彼女達は当主の命令には逆らえないが大人しく言いなりに政略結婚を受け入れるタマじゃない。

 必ず自分で相手を調べる。武門の娘が僕の行動や成果、言動を知ればどうなるか?是が非でも一族の為に嫁ぐべき最優の結婚相手だと理解する。だが僕は政略結婚を否定し、アウレール王も認めた堅物。

 見た目だけじゃない才媛達は考える。お仕着せのお見合いだと不可能、当主案の模擬戦を木の陰から見る事も二番煎じじゃ効果は薄い。

 そして気付く、僕の弱点はジゼル嬢とアーシャ。イルメラ達の存在は、ザスキア公爵クラスの諜報能力が無ければ分からない。

 疑問に思っても冒険者時代に苦楽を共にした者達で、良くて妾だから脅威でも問題でも無い。だから彼女達は、ジゼル嬢を説得する為にあらゆる手段を講じて接近している。

「分かりますか?彼女達は自分をリーンハルト様の側室に迎えるメリットをジゼル嬢に訴えます。本妻である、ジゼル嬢を立てて自分達の気持ちを正直に伝えるのです。私も調べましたが、彼女達は純粋に貴方に憧れ嫁ぎたいと本心から思っています。

邪(よこしま)な気持ちは一切無く、ジゼル嬢を立てて今後の関係も含めてメリットを説明し説得する。男爵令嬢に対して、伯爵や子爵の令嬢達がですよ。彼女達のひたむきな愛情に、ジゼル嬢は苦労しています」

「えっと、理解しました。確かに労る必要が有りました、今夜直ぐに実行致します」

 人物評価と言う心を読めるギフトを持つ二人が苦慮するって事は、その令嬢達は邪(よこしま)な思いは無く純粋に何故か僕を好きらしい。

 実物を知らず偶像の僕に恋い焦がれている感じだろうか?当主の連中も評価を盛りに盛って伝えたのだろう。それなら理解出来る、僕がモテモテとか有り得ない。

 僕が貴族社会にデビューしてから、国内に居た方が少ないからな。実物を知らない彼女達だが、僕を直接見て話せば幻滅して気持ちも変わるだろう。

 女性の扱いは上手い方じゃないし、魔法馬鹿だし普通じゃないのは直ぐに分かる。まぁ寂しくはあるが現実は非情、それを受け入れる度量位は持っているさ。

「貴方って人は……試しに私達の中で未婚の者に求婚してみなさい。絶対に断りません、即日嫁ぎます。貴方はそう言う評価を受けている人です」

 ハンナとロッテがリゼルを睨み付け、イーリンとセシリアとオリビアがブンブン頷いた。問題行動ばかりする僕だけど、もしかして結婚相手としては良い方なのだろうか?

「さぁさぁ早くなさい。お試しですし、貴方の自己評価を正しく直すのに必要なのです。試しに私からで構いませんから、早くお願いします」

「えっと、お試しって言うけどさ。求婚しても結果は無効だよね?仮にも未婚の令嬢に、お試しで求婚してお咎め無しとか大丈夫なのか?」

 リゼルさん?何故、横を向いて舌打ちする?イーリンもセシリアも企みがバレたみたいな顔ですが?オリビアは真っ赤になってワタワタしてるだけだな。

 ロッテとハンナはザマァみたいな顔をしているけど、もしかしなくても僕はからかわれたのか?リゼルを睨み付けてると、満面の笑みを浮かべやがった。

「もしかして騙した?」

「いえ、求婚されたら本当に嫁ぐつもりでしたわ。非常に残念です。つまり貴方は異性からそう言う評価を受けていますので、自信を持って下さい。私達なら大丈夫です、大丈夫なのです」

 大丈夫?いやいやいや、全然大丈夫じゃないぞ。その……彼女達が、僕と結婚しても良いと思っているのは分かったけどさ。

 でもそれは各派閥のトップの意向とか、実家の思惑とか色々ない交ぜになってるからだと思ってしまうし……

 駄目だ。僕には女心は理解出来無いが、ジゼル嬢に苦労をさせてる事は理解した。直ぐにでも、ご機嫌伺いをしよう。後の事は保留、少し考えを纏めないと今の僕には何とも出来無いや。

 


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