古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第669話

 セイン達宮廷魔術師団員土属性魔術師十二人のゴーレムに、ロングボゥを装備し運用する様に指導した。模擬戦で負けて意気消沈していたが、カーム殿が上手く気持ちを盛り返してくれて助かった。

 当初の予定の通り一人がレベル20相当のゴーレムを十体操る事が出来た。制御ラインも一体に三本、これは細かい操作も可能になるが格段に制御は難しい。

 彼等の制御力の向上には目を見張るモノが有った、流石はエリートである宮廷魔術師団員だけの事は有る。これからも魔法関連は上達する事は間違い無いだろう。

 だが彼等の操るゴーレムが装備するショートソードの扱いが素人以下の技量だった。これは雑兵なら問題無く勝てるが、騎士や正規兵の連中には通用しない。

 ダメージ無視の鉄製の壁役でしかなく、一定以上の技量の持ち主なら簡単に避けて術者である彼等に接近してしまう。常時展開型魔法障壁が使えないと簡単に殺される。

 宮廷魔術師団員でも、雑兵二十人に囲まれたら負ける。だからロングボゥを使える様に仕込む。ゴーレムならば人間以上の力で弦を引けるから、威力も高く飛距離も長い。

 そして集団で射れば、命中率は高くなくても数でカバー出来る。30m先にゴーレムを配置すれば、有効射程距離は100mは固い。ならば術者から130mは離れる、接近される迄に時間が稼げるから安全率は高まる。

 最初にロングボゥ、50mまで接近されたら投げ槍、30mまで接近されたらショートソードで戦い時間を稼ぐ。術者は魔法で迎撃するか逃げるか……まぁ後は騎士や一般兵に任せて逃げるのも有りだ。

 ロングボゥと投げ槍で相当数の死傷者は期待出来る、二段構えの攻撃を避けて来る強者には集中攻撃をするか、諦めて逃げるか。下手な功績稼ぎより逃げて欲しい。

 ニーレンス公爵とローラン公爵は諸侯軍を纏めて第三陣として出陣するから、未だ一ヶ月程度の時間は有る。未だロングボゥと投げ槍の制御を習熟する時間は有る。

 義父達遊撃部隊は既に出陣したが、時間的に第一陣と接触するだろう。第一陣を煽る事、裏切りの様子を見せたら殲滅する事。義父達の派手な活躍の報告も、そう遠くない時期に来るかな……

◇◇◇◇◇◇

 配下の宮廷魔術師団員達の指導を終えて自分の執務室に戻る。途中でドジっ子メイドの、ラナリアータに会ったが相変わらず壺を持っていた。

 一緒に居た同僚が僕に気付いてラナリアータに教えて、彼女が驚いて壺を振り回す。本当にドジなのだが、何故見習いでも王宮の侍女になれたんだ?

 王宮に仕える侍女は貴族子女の憧れの役職であり、身元が確かで有能な淑女しかなれないエリートなのだが……ドジだが、普段は有能なのか?

「ラナリアータ、壺を持ってる時は落ち着いて行動しような」

「ははは、はい!リーンハルト様。だ、大丈夫です、落ち着きました」

 両手を広げて上下する。子供や動物に対する仕草だが、彼女にも効果が有ったみたいで落ち着いた。同僚達も胸に手を当てて安心しているのは、彼女のドジは有名だからだ。

 昔、一時期だけ彼女の教育係だった、オリビアに少し話を聞いた。セシリアに頼んで調べる事も出来るが、僕が特定の侍女を調べたとなると色々問題が発生する。

 側室候補かと勘違いされたら、ラナリアータに多大な迷惑が掛かる。オリビアに雑談程度に聞いてみたが、敵対勢力ではなく無所属派閥に属し特定のお相手は居ない。

「その、ナツハゼと林檎を漬けた果実酒が出来ましたので……執務室にお持ちしても宜しいでしょうか?」

 小柄な彼女は、背が低い僕にも見上げる様に話してくれる。ナツハゼ酒に林檎酒か……ナツハゼ酒は侍女達のお茶会で話には聞いたけど、実は飲んでないんだよな。

 酸味の強い果実酒だとは聞いているが、家庭で漬ける系の酒は贈答用として不適切だから貰った酒類の中には無かったんだ。果実酒は炭酸で割ると飲み易いので、アーシャ達にも好評だ。

 だが王宮内の果樹園で収穫した、ナツハゼの実や林檎を漬け込んだ果実酒は厳密に言えばエムデン王国の物。僕が貰っても良いのかな?プラムのジャムは貰ってしまったが、良かったのか?

「それは嬉しいけど、王宮で育てた果物の加工品とは言え貰っても大丈夫なのかな?」

 確か前に貰ったプラムのジャムは収穫時に傷とかが有り加工用に選別されたモノだった。同じとは思うけど、勝手に貰うのは大丈夫なのかな?

 ラナリアータ達に迷惑を掛ける事になるなら要らない。こんな事で我が儘を通しても無意味だし、我慢すれば良いだけだ。まぁ飲んではみたいけど……

「えっと、大丈夫です。リーンハルト様には配分される権利が有りまして、必要ならば他にも色々お届け出来ます」

 権利?王宮内の序列の関係?多分だけど王族・公爵・侯爵の順番で、僕は侯爵待遇だから50番以内には入ってるんだっけ?

 申請すれば貰えるって事で良いのか?ラナリアータじゃない同僚の侍女が教えてくれたが、凄いキラキラした目で僕を見てくるな。

 彼女はラナリアータと同じ衣装だから侍女見習い、そして前回の時とは違う娘さんだ。ラナリアータが肘で突っついた後で、ボソボソ内緒話をしている。

 『えっ?申請って本当に?』とか『まさか知らなかったの?』とか聞こえたが聞き間違いの気のせいだろう。栄光有るエムデン王国の王宮に仕える侍女見習いが王宮内のルールを知らない筈が無い。

「えっと、君は?」

「はっ、はい。ツェリアと申します。ラナリアータと同じ侍女見習いの十四歳です!」

 元気一杯に勢い良く頭を下げてくれたが、彼女達が目指す侍女って淑やかなのが基本で普通だぞ。主人を立てて控え目に、それが使用人の心得。元気一杯は……この二人、大丈夫か?

 多分に問題を含んでいる珍しい侍女見習い達だと思う。悪い娘達じゃないのは分かるが、求められる性格・能力・仕草等から、その……かけ離れているよな。

 十四歳、同い年か。侍女見習いには十三歳前後で親元を離れ、王宮の一角で集団生活を行い侍女として色々と学んでいくらしい。未だ見習い期間が一年ちょっとだと、彼女達も普通?教育はこれから?

「他にと言っても何が有るのか分からないし、特に欲しいモノも無いからね。その果実酒を頼めるかな?」

「「はい、リーンハルト様!直ぐにお持ちします」」

 いや、ラナリアータ!毎回思うが、壺は振り回すな。それと誰かに届ける最中だったんじゃないか?同僚と話しながら小走りも駄目だぞ。

 王宮内の廊下は基本的に走らない、騒がないだぞ。本当に大丈夫か?段々と心配になってきたが、オリビアにそれとなく聞いてみるか……

 同い年、本来なら僕も年齢的には宮廷魔術師団に入団する年齢だな。試練を達成し飛び級みたいに、宮廷魔術師になったけどさ。未だ成人前で今の地位と環境、異例って言うか異常か。

「自分で選んだ道だから、後悔も反省もしないさ」

 さて、執務室に戻って親書の返事を書くか。帰りは、ライラック商会に寄って近状報告とお返しの品の件で打合せ。魔術師ギルド本部に寄って、マジックリングの進捗の確認。

 表彰の準備も必要だった。冒険者ギルド本部にも顔を出して、魔法迷宮バンクの攻略も再開したい。凄腕諜報員『無意識』の依頼の件も確認しないと……

 確認と言えば、盗賊ギルド本部経由でバーリンゲン王国の盗賊ギルド本部に依頼したんだった。その結果の報告の駄目出し?にも顔を出して……

ヤバい、予定が詰まってる。

 モリエスティ侯爵夫人の愚痴を聞きにサロンにも顔を出さないと拗ねられるし、懇意にしている貴族達との御茶会も延ばせない。イルメラ達との触れ合いの時間が取れないじゃないか!

「駄目だ、計画的に仕事をしないと破綻する。早速だが引き抜いた、ラビエル殿にも仕事を割り振るか」

 後はリゼルとアシュタルとナナル、ジゼル嬢にも手伝って貰えば何とかなるだろうか?

◇◇◇◇◇◇

 プロコテス砦手前3㎞の小高い丘の上に到着した。ザスキア公爵の諜報員と、俺達が放った斥候の情報通りに第一陣の連中が足止めを食らっていやがる。

 確かにプロコテス砦は難攻不落に近い防御力を誇る、ウルム王国の国境防御の要。小高い丘の上に石積みと丸太を組合せた、高さ5m程の城壁。

 周囲には幅5m深さ3m程の二重の空堀が有り、騎馬でも飛び越えるのは難しい。歩兵も仮設の橋を架けるにしても、多くの矢倉が建っているので弓矢の集中攻撃を食らう。

 跳ね橋は東西に二ヶ所、正門の両開きの扉は鉄板で補強されている。堅牢な砦に対しては兵糧攻めや火攻めが基本だが、砦内には何本も井戸が有り食料も大量に持ち込んでいるだろう。

 更に厄介なのは、プロコテス砦の周辺には小規模な砦が四つ有り連携している。プロコテス砦を攻めると、周辺の砦からも兵が出て来て背後を脅かす。

 先に周辺の砦を攻略したいが、三百人程度が籠もっているので攻略には少なくとも千人前後の兵力が必要。敵を囲って閉じ込めるだけにしても半数は必要、二千人近い兵力を割かねば黙らせられない。

「敵は最初から籠城方針だな。亀の様に縮まっていやがる、面倒だ」

「守りを固め反撃で敵兵力を減らす。従来の戦いなら問題は無いが、我等やリーンハルトを相手にするには間違いだ」

 バーナム伯爵と並んでプロコテス砦と、その1㎞手前に陣を張る第一陣を見る。既に何度か小競り合いをして、相応の被害を受けているらしいが未だ混乱は無さそうだ。

 だが見事に陣幕が四ヶ所に別れている。バニシード公爵にバセット公爵、グンター侯爵にカルステン侯爵。前者は仲が壊滅的に悪く、後者は裏切り疑惑が有る。

 連携は最初から不可能と思っていたが、実際に自分の目で見れば分かる。コイツ等は王命に対して、自分達の利益や目的を優先している。裏切り者共は別として、公爵二人は連携する必要が有るだろうに……

「こうも分かり易く別れるか?右側に公爵軍、左側に侯爵軍。だがお互い微妙に離れている」

「公爵軍のド真ん中に二つデカい天幕が張って有るが、両公爵の主導権争いの真っ最中か?敵を前にして馬鹿をする」

 お互い引けないのは理解出来るが、状況を考えれば妥協して協力すべきだぞ。政争の真っ最中でも、今は歩み寄りが必要だが無理っぽいな。

 どっちかが被害を受けて戦力を減らさないと駄目かも知れん。意地と面子、バセット公爵はアウレール王に裏切り疑惑を晴らさねばならない。

 バニシード公爵は、ハイゼルン砦攻略の失敗を挽回する為にも手柄が欲しい。没落一直線だからな、手柄は独り占めしたいのだろう。

「愚かな……だが展開している兵力を見れば、第一陣の行動も推測出来る」

「グンター侯爵とカルステン侯爵の軍だが、前情報に有った編成と兵士数と殆ど変わらない。つまり被害が少ないのは消極的、やはり裏切り疑惑は本当か?」

 侯爵二人は各々騎兵部隊百騎と歩兵八百人、それと荷駄部隊が二百人とそれなりに纏まった戦力を用意した筈だが、荷駄部隊は後方に下げたのだろう。

 騎兵は定数、歩兵は二割程少ないのは補給基地の警備に割いた、つまり兵力は殆ど減ってない。俺達の後方に陣を構える補給部隊には、それなりの負傷兵が居たが公爵軍の連中か……

 両公爵軍の方はお互い最大戦力を動員したのが分かる。汚名返上に名誉回復、裏切り疑惑の払拭と全力にならざるを得ない状況だしな。

 お互い騎兵部隊が二百騎、歩兵は千五百人と聞いていたが千人程度だな。補給基地の警備に割いたにしては少ない、もしかして負傷して戻したか?

 予備兵力の歩兵五百人は更に後方に控えているのか、未だ出陣していないのか確認出来無い。四軍合わせれば騎兵六百騎、歩兵三千六百人も居るのに、非効率な運用をしている。

 勿体ない。例え千人以上が籠もるプロコテス砦でも三倍以上の歩兵が居れば攻略は難しくなく、周囲の砦からの増援も、各騎兵隊が抑えれば何とかなる。

「裏切り疑惑の侯爵軍は使えないな。つまり実質的には半数、騎兵が四百騎に歩兵が二千人。砦攻略に騎兵は使えないから、連携の悪い歩兵二千人で攻略?無理だな」

「バニシード公爵とバセット公爵は、同じ陣に居ながら敵として裏切る可能性の有る侯爵軍の警戒も必要。これじゃプロコテス砦の攻略など、確かに不可能だな」

 侯爵二人も裏切るにしては消極的だな。兵力の出し渋りに連携への消極的な行動程度とは、決定的な場面で裏切るのか?

 だが督戦部隊としての側面も持つ我等遊撃部隊が来たからには、消極的な行動や連携無視は処罰の対象。我等は、アウレール王から正式に任命されている。

 俺達の前で消極的やふざけた行動を取ったりするのは、アウレール王に逆らうのと同じ。積極的にプロコテス砦を攻略するか?

「まぁ遊撃部隊とは言え、誉れ高き先陣部隊には挨拶に行かねばな。リーンハルトの言う様式美、いや筋を通せか」

「プロコテス砦は俺達が跡形も無く粉砕する。だがその前に、奴等を煽り一回位は攻撃させるか?どうせ攻略は無理だが、奴等には無理だったと負けた事実を作っておくのも有りだろう?」

 挨拶は政治的配慮、先陣を立てるのは必要。攻略を煽るのは、後から来て直ぐに俺達が攻略するとか出しゃばるなって言われる事への牽制。

 先陣に先を譲る、裏切り疑惑の侯爵軍には犠牲覚悟で激しい攻略をさせて兵力を減らさせたい。まぁ砦攻略は弓攻撃に曝されるが、被害は一割にも満たない筈だ。

 普通は被害が三割を超えたら撤退を考える必要が有る大敗だ。それでも彼等は、王命であるウルム王国の内部まで食らい込んで行かねばならない。

「ザスキアめ、俺達に細かい指示をだしやがる」

「俺達だって馬鹿じゃない。挨拶位はするし、先に戦えと先方に譲る位の嫌みは言えるぞ」

 これも、リーンハルトの異常さを誤魔化す為の措置なのだが、我等も念願の戦う事が出来るのだから気にしない。

 ウルム王国には過去の大戦の借りが有る、溜まりに溜まった恨み辛みを叩き付けないと気が済まないんだ!

 亡くなった友の為、殺された自国民の為、憎き旧コトプス帝国の残党共々、この俺の手でけりを付けるぞ!

 


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