古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第670話

 プロコテス砦攻略の為に手前に陣を張る第一陣の天幕に、バーナム伯爵と共に向かう。一応の礼儀として伝令兵を送ったが、両公爵のどちらの天幕で会うか揉めた。

 伝令兵は揉めに揉めて待たされたと報告が来たが、こんな状況でも主導権争いとは呆れて良いのか、元気だなと感心するべきか……まぁ呆れるのが、正解だな。

 ザスキアの女狐なら上品な嫌みをリーンハルトなら苦笑した後に礼儀を守ってバセット公爵側に立つのだろう。だがバセット公爵も我が派閥との関係は中立、特に味方すべき相手でもない。

「戦争なのに主導権争いの方が大事とはな」

「派閥の当主なれば分かる気はするが、今やる事じゃ無いだろうに」

 バーナム伯爵には理解出来るのか、俺には理解出来無いな。勝つ要素を捨てるか減らしてまで主導権争い?本末転倒だろ、馬鹿なのか?馬鹿だな。

 公爵家当主が二人も揃って、王命を受けているのに我を通すのか。リーンハルトが聞けば発狂するだろう、お前等は王命を何と心得るってな!

 まぁ奴は王命達成の為には、手柄だって他人に譲る欲望の薄い男だから参考にはならないか。普通は自分の利益優先、公爵殿達が悪い訳でもないな。

「で?なんだ、この雰囲気は?」

「腫れ物?いや微妙に敵意を感じる。味方だが自分達を煽る為に来ているのが分かるのだろう。今の小競り合いの末の膠着状態は、望んだ事じゃないだろうからな」

 見回せば敵意が有るのは二割位、立派な鎧兜を着ている連中に多い。つまりは少し考えれば今の自分達の置かれた状況が分かる貴族連中だ。

 残りは単純に増員が来て楽が出来る、命の危険が減ったと喜ぶ貴族の配下の連中だな。無理矢理動員されたが、活躍しても手柄は上の連中に掠め取られるからヤル気が少ない。

 敵意の有る連中は今の自分達の危険な状態、先鋒を任されたのに戦果は微妙で足止めを食らっている状態を自分達で何とかしたい。だが無理だと諦め始めている、この陣地の雰囲気は最悪数歩手前だ。

「良く来てくれたな、バーナム伯爵にデオドラ男爵よ」

「プロコテス砦は我等で攻略する、手出しは無用だぞ」

 おぃおぃ、天幕に入るなり、バセット公爵からは上から目線で挨拶され、バニシード公爵からは手出し無用と命令された。平時なら身分差を考えても仕方無いが、今はお互い軍務に就いているんだぞ。

 軍属に従事する貴族ならば戦場でも手順が有るだろうに、すっ飛ばしやがった。良く見れば二人共に鎧兜を着込んで仁王立ちしているが、戦士としての技量は無いな。みてくれは良いが実用的じゃない、式典用の軽量鎧兜だぞ。

 横目で見た、バーナム伯爵は額に青筋を浮き上がらせている。格下に見られて相当頭に来ている、我等は国王承認の遊撃部隊であり督戦部隊でも有るのに、配下みたいな扱いだ。

「ふん。雁首揃えて最初の砦も攻略出来無いのにか?我等は、アウレール王から特命を受けた遊撃部隊だぞ。第一陣の命令は受けない」

「プロコテス砦程度で足止めされているとは、公爵が二家も居て未だ攻略出来無いとは正直呆れている。後は我等に任せて、大人しくしていて貰えますかな?」

 少し挑発してみた。これで慌てて敵陣に攻め込めば儲けモノ、安い挑発に乗る相手なら対応も容易い、俺達の戦力を整えられる時間的余裕が生まれるが無理か?

 顔を真っ赤にして額に青筋を浮かべている。相当怒っているが、俺達に命令する権利は無いんだぞ。一応顔を立てて挨拶に来たのに、配下扱いで手を出すなは無いだろう。

 良く見れば周囲に側近や護衛の兵士を大量に配置している。バニシード公爵は一応武門の筈だが、戦場で命の危険に曝されている事に相当なプレッシャーを感じている。

 つまり死ぬのが怖いのか……

「何だと!伯爵如きが、我等に文句を言うだと?手討ちにしても構わんのだぞ!」

「攻略は順調だ。貴様等風情が、どうこう言う必要など無い。言う事を聞いていれば良いんだ、増長するな」

 ああ、昔戦場に良く居たタイプだな。死ぬのが怖くて虚勢を張る哀れな連中、典型的な軍事には素人だが爵位の関係で前線に出るしかなかった哀れな素人だ。これが後方支援ならマシなのだろうが……

 軽く殺気を放てば黙り込む。護衛の連中は中々の強さだが、だからこそ俺達の強さを肌で感じて尻込みしている。エムデン王国の武の重鎮たる我等に挑める連中は少ない。

 主は守らねば駄目だが、絶対に勝てない連中に挑めるか?無理だな、だが無抵抗だと立場が無くなる。故に内心葛藤しているが、緊張と恐怖で動けない。

 俺達が殺気を放っても構わず動けるのは、リーンハルト位だ。アイツの異常さが分かる、あの年で戦慣(いくさな)れしているんだ。

 俺達が三人掛かりでも倒せないんだぞ!何が守るだけなら何とかなりますだ。確かに固い守りだが、アイツは最前線に身を置く事を前提で鍛えていやがる。

 だから武人達も魔術師だからと軽く見ない。剣か魔法かの違いは有るが、戦場に身を置く連中には奴の戦いに挑む気概が分かるんだ。同類、そう奴は俺達と同類だ。

「我等を止めたければ、アウレール王からの命令書を持って来て貰おう」

「我等は明朝プロコテス砦を攻める。その前に攻略出来るのならば構わないが、無理なら我等に任せて貰おう」

「ぐっ、貴様等……」

「ふん、好きにするが良い。だが負けそうになっても手は貸さないぞ、自分達で何とかするんだな」

 嗚呼、案外気持ちの良いものだな。公爵に面と向かって挑発など、去年の俺達では不可能だった。黙って言う事を聞くしかなかったのだが、今は違う。

 同じ公爵家のザスキア公爵の派閥に共闘と言う形で組み込まれた事、我が派閥のNO.4である、リーンハルトの宮廷内での序列や役職の影響力。

 アウレール王の忠臣と認められ公爵三家と協力関係を結ぶ、リーンハルトの政治的影響力は桁違いだ。落ち目で政敵の、バニシード公爵や中立で裏切り疑惑のある、バセット公爵も黙り込むしかない。

 まぁ俺達の力じゃないから、これ以上は何もしないし言わない。だが先鋒の第一陣に筋は通した、後は遊撃部隊として行動するだけだ。ド派手に暴れる許可は貰った、だから本気でプロコテス砦を潰す。

「我等は勝つ故に、安心されよ」

「従来の戦いとは違う、新しい戦いをお見せしよう」

 ふははっ!面倒事は全て終えたから、これで暴れられる。長年の鬱憤を晴らす、盛大な花火を見せてやろうド派手な花火をな。

 バーナム伯爵が全力で肩を叩いて来たので、同じく肩を叩き返す。甲高い金属音が鳴り響くが、今はその音さえも心地良い。

 十年以上、戦場から遠ざけられていたが漸く表舞台に戻って来れた。しかも相手は宿敵である旧コトプス帝国の残党共と、影で手を組んでいたウルム王国だ。

 これで漸く亡き友の無念を晴らす事が出来る。次に地獄で会う時には、良い土産話が出来るだろう。楽しみだぜ……

◇◇◇◇◇◇

 朝靄が立ち込める中、バーナム伯爵と二人でプロコテス砦に歩いて近付く。小高い丘を登れば、向こうも我等に気付いたみたいで慌ただしくなってきた。

 距離は未だ200m以上有り、弓矢の攻撃範囲外だ。徒歩で近付く怪しい男二人、身なりは騎士だから伝令兵と思ったか?いや伝令兵は普通は騎馬だ、歩いて来るのは稀だろう。

 近くで見れば確かに攻め辛いだろうな。二重の空堀に石と丸太を組合せた城壁、大量の矢倉に狙われたら防ぐだけで精一杯か。近付くだけで被害を受ける、魔術師を頼りにしても100m迄は近付かないと有効打になり得ない。

「ゆっくり歩いているから、向こうは準備万端だぞ」

「だからだ。不意打ちや奇襲の類だと、文句を言う馬鹿も居る。準備万端待ち構える敵を正面から粉砕する、楽しいとは思わぬか?」

「ああ、確かにな。リーンハルトも元殿下の率いる連中に戦いを挑んだ時、同じ気持ちだったのだろう。確かに気分が高揚してきたな!」

 ニィと嫌らしい笑みを浮かべたので、こちらも凶悪な笑みを浮かべる。早朝から男二人が笑い合う、変な事をしているが楽しくて仕方無い。

 打合せの通り我等は徒歩で50m迄近付き、口上を述べた上でプロコテス砦を物理的に粉砕する。後ろに控える配下は討ち漏らしの対処だけで、攻略はバーナム伯爵と二人で行う。

 バニシード公爵やバセット公爵も手柄を掠め取るつもりか、手伝わないと言いながら完全装備で待機していやがる。どうせ城門が壊れたら有無を言わさず突撃するつもりだろう。

 昨日会えなかった、グンター侯爵とカルステン侯爵も同じく兵を整えていやがる。文句を言えば加勢の準備だとか言うだろう。敵将の首さえ取れば何とでも言い繕えるからな。

 それだけ必死なのは分かるが、戦場の理(ことわり)位は守れよ。手柄の横取りなど最も忌むべき行動だが、それだけ追い込まれているのか?

「100mを切った、そろそろ弓矢が飛んで来るぞ。矢倉の連中が準備を始めて……」

「おぃおぃ、確認もせずに攻撃かよ。全く伝令兵だったら、どうするんだ?」

 朝日を浴びて鏃(やじり)が煌めいている。空を覆う数多の煌めく殺傷力の有る攻撃。幻想的だと思う余裕が我等には有るのだ。

 リーンハルトから貰った基本能力を底上げする腕輪を意識する。身体の奥から湧き上がる力に身を任せ、近付いてくる死の矢に向けてロングソードを振り抜く。

 ブンッと言う音の後に正面の空気が乱れ、飛んで来た矢を吹き飛ばす。乱気流が発生したのか、バラバラに飛び散ったな。

『ばっ馬鹿な!風圧だけで矢が吹き飛ばされただと?』

『見間違えだ!次、次の攻撃を仕掛けろ』

『二度目の奇跡は無い、次は攻撃が当たる筈だ!早く、早く射れ!あの化け物を殺せ』

 ふむ、慌ててはいるが第二陣の攻撃が正確に俺達に降り注ぐ。避けるだけでは面白味が無いし、今度は攻撃を避けずに受けてみるか。

「硬身変化(こうしんへんげ)!耐えてみせる」

「ふむ、面白い嗜好だな。ならば俺も、硬身変化!」

『馬鹿な?避けないで受けるのか?』

『少なくとも二百本以上の集中攻撃だぞ』

『やはり最初に矢を吹き飛ばしたのは偶然だったんだ。ははは、化け物の最後だな』

 視界一面に広がる煌めく死を誘う矢を見る。綺麗だな、それが何十本と飛んで来る。普通なら、この光景を見た後は死ぬしかない。

 だが弓矢程度の攻撃では、我が身どころか特注のマジックアーマーに傷一つ付ける事は出来無い。カンカンと五月蝿い音の後は、俺達の足元に何十と言う矢が積まれている。

 流石はリーンハルト謹製の鎧兜だけあり傷一つ無い。硬身変化を使ったが、剥き出しの生身の部分は無いし鎧兜を貫通もしない。つまり無意味だった訳だ。

「おい、硬身変化を使う意味は有ったのか?」

「言うな、俺も恥ずかしいんだ。その正直済まんかった」

 全く無意味な事を恥ずかし気もなくやってしまった。奴等は攻撃が効かなかったのは、硬身変化の仕業と思っているが実際はマジックアーマーの性能だ。

 敵も味方も唖然としているが、弓矢如きで傷付く惰弱な奴だと思われたのに腹が立つ。リーンハルトの魔法障壁の方が固いんだ、俺の全力パンチが効かないとか笑えない。

 しかし温い、久々の実戦が奴との模擬戦より温いって何だ?極限まで鍛えた我が肉体をマジックアイテムで倍化しているからか?まぁダラダラと遊んでも意味が無いし、そろそろ決めるか……

「バーナム伯爵、俺は右側半分貰うぞ」

「なら俺は左側半分か。あの辺りを狙えば丁度良いか」

 抜き身のロングソードで差した先には、丁度良い位置に有る矢倉が見える。実際は、その先が狙い場所だな。

 俺も手に持つ抜き身のロングソードを見る。固くて丈夫なだけ、それと自動修復機能が有る。切れ味はイマイチだと言っていたが、戦場では手入れが必要な切れ味が良い剣など使えない。

 奴は言わなかったが、戦場に行く戦士に必要な性能を知っていて渡した。沢山敵を屠るには丈夫で手入れ要らずで、刃零れしても勝手に修復する武器など垂涎の的だぞ。

 更に足元を慣らし跳躍力を倍化するブーツを足に馴染ませる。壊れない剣、身体能力倍化の腕輪、跳躍力倍化のブーツ。この三つが合わさるとだな……

「では、行くぞ!」

「おぅ!タイミングは俺が合わせるから、関係無くやってくれ!」

 左右に分かれて走り出す。敵が慌てて矢を射ってくるが当たらない、身体能力が倍化した所為で見てから避けられる。

 小刻みに左右に動き、時には幅跳びの要領で飛び上がり避ける。徐々にスピードを上げて行く、もう矢が追い付かず後ろに向かって飛んでいくので避ける必要も無いな。

「空堀だ、飛ぶぞ!」

「ふん、余裕だな」

 二重の空堀をひとっ飛びで越える。そのまま城壁に足を掛け、垂直に駆け上がる。足を掛けた石が砕け散るが構わない、そのまま最上段に駆け上がり矢倉の屋根を足場に更に飛び上がる。

 プロコテス砦の内側が眼下に見える。奴等、騎兵部隊まで隠していたのか。敵兵が一斉に見上げているが、恐怖に引き吊った顔だ。まさか自慢の空堀を飛び越え、城壁を駆け上がるとは思わなかったか?

 戦場では理解出来無い理不尽な事が稀に起こる。一つ勉強になっただろ?まぁ役にも立たないし誰かに教える事も出来無いが、負けたのは自分の所為じゃないとは言えるぜ。

「「爆心!弾け散れ」」

 自然落下しながら奥義『爆心』を大地に叩き付ける。この自爆技は威力は申し分ないが、防御力を高めないと自分にも使う剣にもダメージが及ぶ。

 だが問題は、リーンハルト謹製の武器と防具で解決した。溜めに溜めた力を大地に叩き付けると、爆心地を中心に円が広がる様に衝撃波が起こり全てを吹き飛ばす。

 プロコテス砦は二つの隕石が落ちたみたいな穴を残し、全てが周囲に飛び散り地図から消えた。その衝撃波は空堀を埋めて周辺1㎞に瓦礫や死体を撒き散らした。

『こんな馬鹿な事が起きるのか、砦が……プロコテス砦が一瞬で無くなるなんて……』

『戦鬼、アウレール王は戦鬼の封印を解いてしまった。もうあの悪鬼は止まらない、我等の勝ちだが……当主様の名誉回復は無理だ』

『戦争で一旗上げるつもりが、世界の広さを知らされた。エムデン王国の武の重鎮、いやオーガ共め』

 一瞬にしてプロコテス砦と、そこに籠もる敵兵千人を文字通り木っ端微塵に周囲にブチ撒けた俺達は、予定通り味方から畏怖された。

 つけられた渾名は『戦鬼』と『悪鬼』これで、リーンハルトが悪目立ちする事も俺達が舐められる事も無くなった。だが未だ足りない、未だ戦い足りない。

「ふははははっ!戦鬼か、良い名だな」

「なんだ、俺が悪鬼か?まぁ良い、敵兵を屠る恐怖の象徴なら良い渾名だな」

 これで、ザスキアの女狐に堂々と報告出来る。約束は守った、故に俺達の願いも叶えて貰うからな。楽しみだ、この調子で暴れるだけ暴れてやるぜ!

 


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