古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第671話

 今日は忙しい。午前中に、アウレール王に謁見し僕謹製の鎧兜を献上。午後には、ローラン公爵に同じく鎧兜を納品。

 明日か明後日の夜には、ニーレンス公爵と共にブルームス領でクロチア子爵に歓待を受けている、ミルフィナ殿に会いに行く予定だ。

 夜に出発し翌日の夜には王都に帰って来なければならない一泊二日の強行軍だ。しかも、メディア嬢まで同行すると言っている。他の連中には知られたくないので隠密行動になるだろう。

 クロチア子爵の領地であるブルームス領は自然豊かな土地であり、彼の館は湖畔に建つ歴史有る建物らしいので興味が有る。

 ニーレンス公爵の信頼が厚く賓客をもてなすのに良く利用しているらしい。僕も、クロチア子爵に会うのを楽しみにしている。

 領地経営が上手く王都には余り来ないので、僕も簡単な挨拶や礼儀的な親書の遣り取りしかしていない。どうも派閥争いは嫌いなタイプらしいが、権謀術数が苦手な訳じゃない。

 手を出すと火傷するタイプだが、積極的に他者を陥れて勢力を拡大しない。だから、ニーレンス公爵に信用されているのだろう。来賓客を任される位に……

 アウレール王への謁見は事前に申し込んで有る。国王は多忙だから簡単には会えない、執務室で待機し迎えを待っている。

 待ち時間には親書の返事書きをする。毎日届けられるから中々減らない、これ本来は政務じゃないから出仕して私用をしてる事になる。

 リゼルが手伝ってくれるので負担が半分減った、親しくない子爵以下は任せる事が出来るし代筆も同格以下なら問題は無い。

 今日から見習いとして、ミズーリ嬢も手伝いに参加してくれている。ザスキア公爵の監視下なのは、教育の一環で僕の仕事を手伝うだな。

 それに触発されたのか、イーリンとセシリアも手伝うと言い出し、ザスキア公爵が許可した何故だ?故に三人分の執務机が増えた。

 イーリンとセシリアは実家でも政務を手伝える才媛、オリビアは無理ですと謝られたが普通の侍女は政務は手伝わないから気にするなと言っておいた。

 ロッテとハンナは何か言いたそうだったが、ザスキア公爵が一睨みで黙らせた何故だ?いや、ハンナは中立のバセット公爵の縁者だから政務を手伝わせると色々と不都合なのは分かる。

 深い部分の情報迄が、バセット公爵に流れるのは良くない。流す情報を制御出来るのが、ハンナを手元に置くメリットだからだ。個人的には、ハンナを信用している。

 多分だが彼女は、バセット公爵に流す情報を選別し僕に不利益な内容は余り伝えて無いと思うし、僕とバセット公爵との関係を極力穏便にしようと努力している。

 本来なら諜報要員として送り込まれたのだから、手に入れた情報は全て流すべきだが派閥当主と仕えし主との間に挟まれた苦悩とか色々有りそうだ。

 ロッテが内緒で教えてくれた。先任侍女二人は仲が良い、その関係を危ぶんだザスキア公爵が二人共に睨んで黙らせたのだろう。年上と若手の専属侍女の関係は、主の僕でも良く分からない。

 僕はハンナを替えるつもりは無いが、バセット公爵は未婚の見目麗しい親族の侍女と替えようとして、レジスラル女官長にバッサリ止められたそうだ。

 仕事に慣れて有能で何も失敗もしていない専属侍女を替える理由を説明しろと言われても、ハニートラップ要員に替えたいとは言えないな。

 女官や侍女の人事権は、レジスラル女官長が持っていてゴリ押しなど不可能なんだ。僕の希望として、オリビアの件が通ったのは問題が無かったから僕の希望を尊重してくれただけ。

 背後関係の無い無所属で本人も素直で優しい彼女ならば、僕の専属侍女にしても問題は無い。だがハンナの交代は認められない、バセット公爵にも意見出来るのが王宮の女官と侍女を仕切る女傑なんだ。

「リーンハルト様、贈り物の仕訳リストです。王都の残留組からの数が増えていますね」

「残留組?今回出陣していない第一陣の居残り連中かい?」

「はい、特にバセット公爵の派閥構成貴族からの高額な祝の品が多いです。多分ですが派閥移籍よりも、当主や主要な人材が軒並み引き抜かれた不安の解消に尽力して欲しいのでしょう。女性か未成年しか残っていない家の方々も居ますから」

 イーリンの推測を考えてみる。確かに当主や後継者達が配下を率いてウルム王国に出陣した。残された家族は、女性や未成年者が多いので不安にもなるだろう。

 旧コトプス帝国のリーマ卿の陰謀で王都周辺に傭兵が集まっている事は知らないだろうが、不安を感じて心細いのは理解出来る。

 貴族街と新貴族街の警備担当は僕じゃない、王宮の警備兵を取り纏める部署と聖騎士団が任されている。ライル団長と、警備兵の知り合いはアドム殿とワーバット殿か……

「貴族街と新貴族街の担当部署に巡回警備の強化の依頼を出す。後は各派閥の長にも同じく、自分の派閥構成貴族の男手が少ない家の警備増強の要望書を渡すかな。その前に、アウレール王へ話を通す必要が有る。後で説明して許可を得るか……」

 今回はバニシード公爵を含めた公爵五家に要望書を出す。政敵だからと出さないのは公正性に欠けるし、当主不在でも代理の者が対応するだろう。

 要望を出して対応せずに被害が出ても、それは僕の責任じゃない。冷たい様だが、危険性を要望と言う形で伝えたのに対策をしないのは自己責任だよ。

 アウレール王に話を通しておけば尚良い。警備担当に依頼を出すにしても、国王承認なら話は早いしスムーズに進むだろう。献上する鎧兜の対価で良いかな。

「リーンハルト様、迎えの近衛騎士団員の方が来られました」

「ん?そうか。では留守を頼むね。あと、イーリン有り難う。僕じゃ分からなかったし、後々問題になりそうな事だから助かったよ」

 タイミング的には丁度良かった。流石はイーリンだな、集めた情報からの推察には唸るモノが有る。僕なら派閥移籍に口添えして欲しいって、賄賂だと思うだけだった。

 王都の守りを任されているんだ。派閥が違えど守らねばならないが、非協力的なら協力は難しい。だが平等に通達はするし、協力的ならば尽力は惜しまない。僕に出来る事をするだけだ。

◇◇◇◇◇◇

「良かったじゃない、イーリン。リーンハルト様に直々にお礼を言われるなんて」

 は?セシリアの言葉に我に帰る。まさか御礼を言われるとは思わなかったので少し意識が飛んでいたわ。配下からの進言を無下に扱わず真摯に対応出来る度量は凄い。

 言いなりとか任せ切りとかじゃなく、自分で対応を考えられて実行も出来る。強さだけを求められていると思っている、他の宮廷魔術師達とは別物よね見習いなさい。

 未成年なのに政務でも国王を補佐する事が出来るし、宮廷魔術師としての強さは大陸一と言っても間違いじゃない。他国に一人で喧嘩を売り勝てる少年、でも増長も慢心もしない。

「リーンハルト様の仕事振りを初めて見ましたが、凄いの一言ですね。問題を言われて直ぐに対策を考えて、それも国王に進言して公爵五家を動かせる?既に国王の片腕として政務を補佐している噂が、真実だったなんて……」

 新しく手伝いに来た、ミズーリが目をキラキラさせながら感心しているわね。確かに国王に進言し公爵五家を動かせる事は凄いでしょう。

 アウレール王も進言を受け入れると思う、つまり勅命を貰えるから問題無く対応出来る。勅命に反発は無理、貴族としての終わりを意味するわ。

 現状の対応部署だけでは人手不足なのを理解して、各派閥でも人手を出せと言うのは簡単ですが……普通は無理、反発するか条件を出して言いなりにはならない。

 本来の貴族間の調整とは利害関係の摺り合わせ。それを国王に進言し勅命と言う形に持っていく政治的判断と行動力が恐ろしい。

 各派閥で対応すべき問題だから本来ならば、リーンハルト様が動く必要性は無いのよ。でも王都の守りを受けたからには、全力を尽くす。

 ニーレンス公爵にローラン公爵、ザスキア公爵様は無条件で提案を受け入れるでしょう。そうすれば自分の派閥で処理すべき問題に、リーンハルト様が尽力してくれるから。

 バセット公爵とバニシード公爵は微妙だけど、勅命ならば文句も言えず受け入れるしかない。この提案に、リーンハルト様の利益は無いから余計に困る。

「そうね。私欲の無い提案だから、アウレール王は認めるでしょう。ニーレンス公爵とローラン公爵、ザスキア公爵様も提案を飲むわ。逆に自分達も考えていたから安心して欲しい位の事は言うでしょう。

バセット公爵は要求するなら対価を寄越せと言いたいでしょうが、勅命ならば黙るしかない。少ない残留組に無理をさせなければならない、反発を抑えてもね。バニシード公爵は分からないわ、飲み込むか反発するか……でも反発し問題が起こっても自業自得、自ら責任を負わねばならないわ」

「公爵三家は、リーンハルト様を囲ったわ。協力は惜しまずより良い関係を築く事に腐心する、敵対する意味が無いから。自分達の害にはならない、なり得ない。

リーンハルト様は自分の位置を臣下であり宮廷魔術師と明確に定めているから、自分達の政敵にはなり得ない。味方である以上、その恩恵も計り知れない。持ちつ持たれつの関係……」

 でも、ザスキア御姉様は彼と親密な関係に……肉体関係を持ちたいと虎視眈々と狙っている。そして大切な仲間から信頼する家族と同じに関係を進められたと喜んでいたわ。

 私だって旦那様にするならば、条件的に最優のリーンハルト様と結婚したい。セシリアもオリビアも、リゼルだって考えは同じ。でも多難よね、彼は私達を有能な配下として見ている。

 恋愛対象として見ていない。確かに他の淑女達よりもリードはしているけれど、最近近衛騎士団の親族の令嬢達の動きが怪しいのよ。ジゼルさんに接触し、何かコソコソ動いている。

「リーンハルト様は出世欲や物欲、色欲が薄いですよね。目的達成の為には、簡単に手柄を他人に譲りますし……バーリンゲン王国の地方の武官達から内緒で聞きましたが、彼等の今が有るのは何かしらの手柄を譲り受けたからとか」

「あと女性関係もよ。逆に淡白過ぎて女性に興味が無いと思える位だけど、特定の女性には執着するのよね。色欲が薄いじゃなくて多情じゃない、純情一途かしら」

 従来貴族とは言え男爵令嬢である、ジゼルさんとの結婚に固執し国王の承認を得るとか可笑しい。普通なら側室に迎えて大切にすれば良いだけなのに、本妻にと固執する。

 貴族的常識から考えれば異常、恋愛観の違いで済ます訳にはいかないと思うのよ。当事者としては嬉しいでしょう、国内最優の相手から非常識レベルで求められているのだから……羨ましい妬ましい悔しいわ。

「でも純情一途って言われましたけど、私の場合は舞踏会でパゥルム女王派のガス抜きの為にダンスホールの中央に突き飛ばされて恥を掻かされる所を颯爽と助けて貰ったのです。

他の男達は起こしてもくれず笑っていた時に、手を差し伸べてくれて二人だけでダンスを踊ってくれたのですわ。宮廷楽団に指示を出し、他の方々が一緒にダンスを踊ろうと近付いて来ても一睨みで近付かせない。王家主催の舞踏会で二人切りで踊れた幸せ……

見切りを付けて私から捨てた国の舞踏会でしたが、唯一の幸せな思い出。嗚呼、今思い出しても……」

 はいはい、その自慢話は何度も聞きました。羨ましいし妬ましい、普通ならラブロマンスの始まり。現実では有り得ない、物語の様な出来事。

 ザスキア御姉様ですら、そんな物語みたいな体験は無いとボヤいていたわ。巷で流行っている現実味の無い恋愛小説の内容を実体験出来た、ミズーリが本当に羨ましい妬ましい。

 この話を始めると、彼女は妄想の中の住人となり中々現実世界に戻ってこないのよ。真っ赤になって身体をクネクネさせて同性でも悪いけど気持ち悪いのよね。

「だけれども……」

「今日は現実世界への帰還が早かったわね。何がだけれども、なの?」

「いえ、純情一途と言われたけれど、私は最初に口説かれたと思ったのよ。ダンスの途中で力強く抱き締められて、お互いの顔が10㎝も離れてない時に見詰められながら真剣な顔で、私が欲しいって言われたの」

 なにそれ?聞いてないわよ!それ絶対に口説いているわ、私もされたい。私達に言い寄ってくるのが、フレイナル様だけって何その悪夢?

 どうせオチは分かるけれど、どうせ誤解なんだろうけれど、リーンハルト様は迂闊な所が有るから。でも誤解でも言われてみたいわ。

「まぁ言わなかったけれど、ザスキア公爵の配下としてって頭に付く筈だったのよ。リーンハルト様は、ザスキア公爵に相当怒られていたわ」

 そうね、予想通りだったわよ。有り難う、そして御馳走様。

 




明後日12月1日(土)より12月31日(月)まで一年の感謝を込めて毎日連載を始めます。今年も残り一ヶ月、頑張っていきますので宜しくお願いします。

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