古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第673話

 リーンハルトに、セラスの御機嫌伺いに向かわせた。我が娘ながら、王族の心得が不足している。だが一番愛情も感じている、アレは少し不憫な娘だからな。

 魔力を持たない俺と、リズリットの間に生まれた故に実子じゃないのではないかと疑われた。幼少期のセラスには辛かったろう、しかも魔術師にはなれない中途半端な魔力総量。

 丁度コトプス帝国との戦争中だし、俺も国王じゃなかった。王位継承権第一位の次期国王争いの不祥事ネタとして、セラスは周囲からも疎まれた。当時は亡国の危機だったし、王族でも疑われ辛く当たられた。

 今と違い国難の真っ最中だから、俺もリズリットもセラスの事を見てやれず自殺未遂にまで追い込んでしまったんだ。あの短剣で手首を切って意識の無い血塗れの我が子を見た親の気持ちは、今でも思い出したくもない。

 暗殺か事故かで兄が突然死に王位を継ぎ国王となり、全ての実権を握って漸く我が子の事を良く見られる様になった。セラスは成人する迄、人形の様に無表情だった。

 自殺未遂の王族、厳しい箝口令を敷いて徹底的に情報を隠した。漏洩した奴は慈悲無く遠慮無く処罰し、過去を知る者も殆ど居なくなった。今でもセラスの事を話題にするのはタブー扱いだ。

 セラスの感情が戻った切欠は、宝物庫でマジックアイテムを見た時だ。魔力を殆ど持たない魔術師になれない我が子が、マジックアイテムに強い興味を引かれるのは何となく分かった。

 だから好きにさせたし、ゴーレムマスターとの接触も許可した。奴の錬金するマジックアイテムに、セラスは夢中だ。マジックアイテムに夢中だと思ったが、実際は少し違うみたいだ。

 そして最近、誰かがセラスにウルム王国との戦争の補助として隣国との政略結婚の駒になる予定だと囁きやがった。俺はセラスを政略結婚の駒になどしない、その為にリーンハルトの義理の娘の三人の嫁ぎ先を決めると言ったんだ。

 だがその囁きをセラスは信じてしまった。それと王立錬金術研究所を立ち上げた自分より、ニーレンスやローラン、ザスキアが凄いマジックアイテムやマジックアーマーを錬金して貰った事にショックを受けて拗ねた。

 まぁなんだ、拗ねたセラスは可愛い。俺が嫁になど出さないと言っても信じない、あの娘の中では今でも俺の言葉は信用無いのかも知れない。まだ恨んでいるのか?母親は許したのにか?

 だから、リーンハルトに任せたんだ。悪いが俺より奴の方が、セラスには信用されている。悲しい現実だが、受け入れている。リズリットには懐いたのに、俺とは距離を置いている。何故だ?

「アウレール王、約束ではリーンハルトに女絡みの悪さはしないのではなかったのでは?」

「サリアリスよ、怒るな。俺はゴーレムマスターに、セラスと結婚しろとは言わないし強制もしない。だがセラスは奴の事は受け入れているし、機嫌を回復するには必要な贄(にえ)……いや男だな」

 危ない危ない、思わず贄とか言う所だった。リーンハルトは大切な忠臣、だが王族の一翼に加えても良いと今は思っている。奴は今後も必要となる、臣下の要(かなめ)だ。

 勿論だが約束は守る、俺はセラスとの仲は強制しないし他国からの政略結婚は全て潰す。まぁセラスは恋愛感情を母親の腹の中に忘れて来た様な子供だから、大丈夫だろう。

 リーンハルトに我が儘を言って、何かしらのマジックアイテムを錬金して貰えれば満足し気分も回復するだろう。それで満足だ、セラスは誰にもやらん。俺の手元に置いておく。

「あの子は年頃の娘ではありますが、恋愛感情は持ち合わせて無い筈ですが……嘘の政略結婚を教えられた事で、何らかの心境の変化が有った気がします。母親の勘ですが、前とは何かが違うのです」

 む?リズリットは心配性だな。セラスが、リーンハルトと結婚したいなど言う訳が無い。今回もマジックアイテムを欲しがっただけで、問題は無いだろう。

 メディアに貸し出した、エルフと黒豹ゴーレムは凄いが、護衛対象が高位の土属性魔術師と制限が有るから無理だ。だが、ゼクスシリーズは与えても良いか?

 俺は立場的に奴のゴーレムの護衛は断った、他に二つもマジックアイテムを貰っているんだ。国王だとしても、遠慮はするし受け入れれば我も我もと奴に集る馬鹿も湧く。

「まぁなんだ。セラスには奴の護衛ゴーレムを与えるのも構わん、許可する。好きにさせてやれ……」

「その様な甘い対応とは珍しい。セラス王女は、アウレール王にとっての特別じゃの」

 サリアリスめ、からかうな。お前のゴーレムマスターを甘やかす事に比べたら、大分マシだと思うぞ……リズリット、その呆れ顔は何だ?俺だって父親だぞ、我が子を可愛がって悪いのか?

 ミュレージュも、奴の影響で責任感が芽生えて俺に甘えて来ない。グーデリアルやロンメールは早々に独り立ちしやがった。俺だって我が子に甘えて欲しいし遊びたい。悪いが他の子等には、そこ迄の愛情を感じない。

 ヘルカンプ?知らない息子だな。レスティナ?母親が色々と騒動を起こしてくれて大変だったな。セラスが末の娘みたいな感じで他は……国王としての視線、使える駒としか感じないんだよ。

◇◇◇◇◇◇

 侍女のウーノに先導されて王族の生活区の中にある、セラス王女の私室に向かっている。普段ならば場所はテラス席だったり来客用の貴賓室だったりするが、今回は私室に拗ねて籠もっている。

 道すがら事情を聞いたが拗ねた理由は僕だけでなく、政略結婚の駒にされそうだと誰かに囁かれたらしい。つまり謀略だが、その誰かは既に処理されている。

 リゼルのギフトにより情報は丸裸にされて、仲間諸共拘束から尋問コースです。何故、そんな裏事情を知りえたかと言うと……王族の生活区に入る事の問題を危惧し、レジスラル女官長にも案内を頼んだから。

 王宮の女傑三人衆、宮廷魔術師筆頭サリアリス様。王宮と後宮を仕切るレジスラル女官長、公爵五家唯一の女性当主ザスキア公爵。この三人は、リゼルのギフトを知っている。

 レジスラル女官長は、セラス王女の秘密を教えてくれた。自殺未遂を図った事を徹底的に隠蔽した、だから彼女の話題は今でもタブー扱いなんだ。これで、セラス王女の情報が無い事を理解した。

 そんな彼女の事をレジスラル女官長は物凄く心配している。彼女にとっても、セラス王女は幼い頃から教育してきたので特別に愛情を感じているらしい。

 ヘルカンプ殿下?知りません、その尊き血筋を子供達に継ぐだけに存在すると冷めた目で見ている。王族至上主義な彼女でも、ヘルカンプ殿下の御乱行は腹に据えかねたらしい。

 まぁヘルカンプ殿下は王族の闇に深く関わっている、彼は簒奪を考えている連中が御輿として担ぐには丁度良いからと贄(にえ)代わりに存在している。

 幼女愛好家の変態、傲慢で我が儘で思慮が浅い御輿として担ぎ上げて、操るのには扱い易い存在。故に廃嫡はさせない、自由に遊ばせている撒き餌だ。

 レジスラル女官長とウーノが同行してくれているので、王宮の中心部分を歩いていても不審者扱いはされていない。それどころか後宮警護隊の武装女官達も、笑顔で迎えてくれる。

 これには、レジスラル女官長も苦笑いだ。彼女達には僕がドレスアーマーを錬金する事になっているので、僕は不審者リストからは外されている。

 しかも来週から、チェナーゼ殿からドレスアーマーの規格統一会議の日程の打診も受けている。もう不審者扱いどころか、大歓迎ムードだよ。わざわざ任務外の仲間を呼んで見に来る位にね。

「此処が、セラス王女の私室となります。リーンハルト様は暫くお待ち下さい。……セラス王女、リーンハルト様が訪ねて参りました」

 ウーノが無駄に大きく細かい装飾が施された扉を四回ノックして中に伺いを立てる。本来ならば室内にも女官が控えて対応するのだが、追い出されて居ないみたいだ。

 何度か声を掛けると、漸く扉が少しだけ開いた。隙間から、セラス王女が此方を覗き目が合うと扉を勢い良く閉められた。

 未婚の王族の私室の中を少しだけ見てしまったが、台風の後みたいにグチャグチャだった。つまり彼女が部屋の中で暴れたのかな?意外とヒステリックなのだろうか?

「うっ、ウーノ!ウーノだけ部屋に入りなさい。リーンハルト卿は外で待機、何処にも行っては駄目ですからね!そこに居なさい」

「セラス王女、私も入室して宜しいでしょうか?ウーノだけでは大変でしょう」

「わ、分かりました。許可します」

 え?レジスラル女官長とウーノが居なくなったら、僕は不審者になってしまいます!セラス王女から、この場を動くなとも言われたので動けないんだぞ。

「ちょ、レジスラル女官長?」

「淑女の身嗜みには時間と人手が必要なのです。リーンハルト卿は、此処で待機していて下さい。フラフラと動き回っては駄目です」

 え?いや、フラフラって何処に行けば良いんですか?帰る道順は分かりますが、セラス王女に動くなと言われてしまったし……今の僕は王女の私室の前に居る不審者だよ。

 二人共さっさと室内に入り何かバタバタと支度をしているみたいだが、これも王女の私室の中に聞き耳を立てる変態じゃん!アウトでギルティじゃん!

 誰かに見られたら不味い、言い訳出来そうにない。レジスラル女官長も淑女の身嗜みには時間が掛かると言ったから、直ぐには出て来ない。どうすれば?

「あら?リーンハルト卿ではないですか。此処は、セラス王女の私室の前です。何か御用が有りますでしょうか?」

「ひ、ひゃい?」

 不味い、動揺して受け答えが変に声がどもってしまった。落ち着いて説明すれば大丈夫なのに、思いっ切り不審者の動揺だよ。落ち着いて対処して、このピンチを乗り切る。

 振り向いて見れば、此方を不安そうに見詰める女官が立っている。僕は知らないが、向こうは僕を知っている。でも直接話した事は無いな。

 特に不審者を見る冷たく厳しい目ではなく、良く見れば不安じゃなく不思議そうな感じがする。僕が王族の生活区に居る事が分からない的な?未だ誤解を解くのには間に合うか?

「その、アウレール王から引き籠もり中の、セラス王女に会ってくれと言われて来たんだ。案内を頼んだ、レジスラル女官長とウーノが先に部屋に入ってしまい外で待たされている状況です」

「最後の方が敬語になってますわ。大丈夫です、リーンハルト卿が此方にいらしている事は通達されています。セラス王女の身支度に、ウーノだけでは間に合わず、レジスラル女官長も一緒に中に居るのですわね。二人がリーンハルト卿を置いて居なくなる事が分からなかったので、声をお掛けした次第です」

 良かった、理知的な人で本当に良かった。敵対派閥の関係者だったら大変だ、悲鳴でも上げられたら王族の生活区に現れた不審者として捕まる所だった。

 失礼にならない程度に観察すれば未だ若い、此処に居るならば女官だと思うが十代後半位だろう。相当なエリートだが見覚えが、会った事は無いが何となく見覚えが……気のせいか?

「その、こんな所に一人で居ろって言われても慌てるだけで、何ともならないから動揺してしまった。恥ずかしい所を見せて申し訳ない」

「ふふふ、リーンハルト卿の話は良く妹から聞いています」

 妹?ユーフィン殿か?オリビアは一人娘だったから姉は居ない。イーリンとセシリアの姉妹の事は聞いてないし、ハンナとロッテじゃ年齢が合わない。

 後は……もしかしてメディア嬢?いや、彼女の姉達は王宮勤めはしていない。ウーノ?先程の会話からは妹とは思えないし、なら誰だ?

 僕には親しい女性は少ないが、向こうが一方的に知っている場合は多い。だが話を良く聞くとなれば、それなりに親しい関係だと思うけど特定が出来無い。

「分かり難いでしょうか?姉妹良く似ていると言われますが、歳は五つ離れていますわ」

「えっと、妹と似ている?ん、んんん?もしかして妹さんって、ラナリアータか?」

 言われてみれば態度や雰囲気は真逆だが、容姿は確かに似ている。目元や鼻筋とかそっくりだが、慌てん坊でおっちょこちょいの妹に落ち着きの有るしっかり者の姉か。

 言われなければ気付かなかっただろう。顔は似ているのに、雰囲気がまるで違うんだよ。優しく微笑まれたけど、ラナリアータなら失敗しての苦笑いだよな。

 どうやら正解らしく、ニッコリと微笑んだ。その表情は確かに、ラナリアータにそっくりだ。そうか姉妹か、彼女なら僕の話題も出すだろう。

「はい、ラナリアータは私の妹です。何時もリーンハルト卿の事を嬉しそうに話すのです。今日は何をしていた、何を話し掛けてくれた。それをもう嬉しそうに……挨拶が遅れましたが、私はラナリアータの姉のカルミィ・フォン・マッケルハーニと申します」

「改めて、リーンハルト・フォン・バーレイです。宮廷魔術師第二席の任に就いており、アウレール王よりセラス王女に面会する様に指示されています」

 正式に挨拶をされたので、此方も貴族的礼節に則り挨拶をする。マッケルハーニ家と言えば、モリエスティ侯爵の親族で派閥構成貴族。

 確か子爵だった筈で、当主のスリーブルス殿とは面識が有った。我が子二人を後宮の女官や侍女見習いに押し込むとは遣り手だな。

 でも性格は真逆でも、姉妹の仲は良好なのだろう。嬉しそうに妹の事を話すが、ラナリアータは僕の話題を姉に言い捲っているのか?

「その、少し疑問なのですが……リーンハルト卿が妹に良くしてくれるのは、何故でしょうか?特に側室や妾にしたいとか、我がマッケルハーニ子爵家と関わりたいとかでは無いと思います」

 そうか。確かに僕は、ラナリアータには少し優遇していると思われるかな。良く話し掛けるし、ジャムを貰えば御礼に紅茶の茶葉も渡したりもした。

 特に何かを要求したりもしないのに、妙に優しい対応をしてくれる事が不思議だった。それは良く話を聞かされれば、同然思う疑問だよな。

 やはりカルミィ殿は妹である、ラナリアータの事を大切に思っているんだ。でも特に何もされないから、直接聞きに行く事はためらっていた。今は良いチャンスだったのか……

「そうですね。僕はラナリアータには、アイデアを貰った事と助けられた事が有るんですよ。偶然でしたし彼女も知らない筈ですし、教える事は無いですけどね」

「ラナリアータが?あの子が二度も、リーンハルト卿を助けたと?それは今年一番の驚きですわ!迷惑を掛けたなら分かるのですが、まさかあの子が?」

「まぁ本人には秘密でお願いします。周囲が五月蝿いですから、彼女に迷惑が掛かります。ですが何か彼女に困った事が有れば、カルミィ殿が僕に相談をしに来て下さい。力になりましょう」

「とんでもないです!駄妹の事で、リーンハルト卿にお願いなど出来ません!」

 あれ?ワタワタと慌てる仕草は、姉妹ともそっくり同じだな。流石は血を分けた姉妹、性格は真逆でも繋がりは有るのか。

「リーンハルト卿、何か?」

「いえ、やはり姉妹なんだなと。良く似ています、ラナリアータも壺を振り回し慌てる所がそっくり同じですよ」

 真っ赤になって睨まれた。だが僕は悪く無い、血の繋がりの有る姉妹の似ている所を知っただけだ。あの慌てん坊に、しっかり者の姉が同じ王宮内に居るなら安心だ。

 彼女は何時か何か大きな失敗をしそうで心配していたのだが、心強い味方が居るなら安心した。後は何か手に負えない事が有れば、カルミィ殿が教えてくれる。

 これで彼女が何か失敗して、知らない内に処分されましたは防げるだろう。モリエスティ侯爵の派閥構成貴族なら、敵対はしていない。マッケルハーニ子爵か、今度親書を送って縁を深めてみるかな。

 


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