品質の良い内装の貴賓室に泊まっている。エムデン王国は質実剛健の気質が有るので、無駄に派手じゃない内装になっている。分かる者には金を掛けた事が分かる。
国賓は千差万別だから他にも無駄に煌びやかな貴賓室も存在する。招かれた者の好みを把握して、その好みに合った貴賓室を割り振る。
僕は豪華絢爛とか苦手だから、この部屋を用意してくれたのだろう。部屋付きメイド達は退室して貰ったので一人で、10m四方も有る寝室の中央に鎮座した巨大ベッドに寝ている。
応接室に寝室二つ、パウダールームにトイレは二つ。部屋付きメイド達の控え室まで用意されている、自慢にはならないがベッドだけは僕の屋敷の方がデカい。
天蓋付きのベッドは広い部屋だと落ち着かないから、薄いレースで閉じていると安心する。寝ている時は不用心だが、僕は悪いとは思うが護衛のゴーレムナイト四体を配置している。
王宮内の奥深く警備が厳重な貴賓室に賊が侵入など有り得ないとは思うが、最近自分の警備にも力を入れている。戦時下だし、警戒し過ぎる位が丁度良い。僕を殺したい奴は、残念ながら相当数居る。
肉体的、精神的に疲労は有るが枕が変わると寝れないみたいに眠気が全く来ない。戦場では普通に寝れるのに、日常だと寝れないってヤバい。これじゃ戦場の方が活き活きしてるみたいだ。
前回は酒の力に頼ったが、今回は自力で何とかしたい。確か羊を数えると眠くなるって聞いた、イメージとしては柵を順番に飛び越える羊……
羊が一匹・羊が二匹・羊が三匹・羊が四匹・羊が五匹……羊が百匹・羊が百一匹……駄目だ、全然眠くないガセ情報だ!諦めで起き上がり窓際に配置された椅子に座る。カーテンを開ければ……
「生憎の曇り空、月どころか星一つ見えない。雨雲じゃないが、動きも無い。明日も曇りだろうか?」
諦めて酒の力を借りる事にする。前回は林檎の果実酒の炭酸割りだったから、今回はカイゼリンさんお勧めのエール酒を空間創造から取り出す。
エムデン王国は基本的にワインが主流だが、他にもエール酒やブランデー、ウィスキーに各種果実を漬け込んだ果実酒と豊富だ。
貴族たる者、連綿と受け継いだワインを愛し飲む事を推奨される。平民階級はウィスキーとエール酒が主流らしいが、昔、シュタインハウスでイルメラが頼んでいた位で余り馴染みが無い。
「温いし独特の苦味も有るし、アルコールの度数も低い。ジョッキで飲むから量は多い、だから酔うのかな?」
ジョッキ一杯でワインボトル一本分に近い、これを一気にガバガバ飲むのが作法と聞いたが、酔う前にお腹がパンパンになると思う。
兄弟戦士は、取り敢えずエール!と言って単価の安いエール酒を何杯か飲んでから、他の酒に変えるらしい。庶民の懐事情だろう。
ジョッキ半分ほど一気に飲む、炭酸の喉越しが爽やかだ。エール酒はチビチビ飲まずに一気に飲む酒だな、苦味も気にならない。背もたれに身体を預けて深く息を吐く……
「失礼致します。リーンハルト様、お摘まみをご用意致しました」
「え?ああ、有り難う?」
部屋付きメイドが二人、四皿の料理を運んでくれた。数種類のピクルス、生ハムとチーズ、小エビの姿揚げ、カットフルーツ。どれも美味しそうだ。
いやいやいや、料理の感想じゃない!僕は感知魔法で周囲を警戒していて、メイド達は控え室に居るのを確認していた。
それを簡単な料理だが、揚げ立ての小エビや冷たいカットフルーツとか用意する時間は無かった筈だ。マジックアイテムの収納袋か、空間創造のギフトか?
質問をしようとしたが、テーブルの上に蝋燭を灯してムーディーな演出をしている姿を見て諦めた。これが国賓用の貴賓室付きのメイド達なんだ。
エール酒には揚げ立ての小エビが合いますとか、料理のレクチャーまでしてくれて深々と頭を下げて退室して行ったよ。間違い無く報告される、僕は寝酒が必要な酒好きだと。
生ハムとチーズ、数種類のピクルスはワインか果実酒が合う。カットフルーツは最後の口直し、そんなチョイスだとも説明してくれた。しかも僕の好みに微妙に合っているし。
「王宮の上級侍女は侮れない。僕の警戒網に引っ掛からずに、僕を観察し差し入れを届けるとかさ。クリス並みだぞ」
揚げ立ての小エビを手掴みで口に放り込み、咀嚼しエール酒で流し込む。確かに美味い、二杯目のエール酒を空間創造から取り出す。
カットレモンが添えて有ったので、小エビに掛ける。仄かで爽やかな酸味が揚げモノの味を引き立てるな。こう言うシンプルな料理は、素材と料理の腕次第だと思う。
つまりこの料理は、王宮の料理人達が調理したんだ。それを侍女達が選別し、僕に出してくれた。好待遇に気後れする、本当に良くして貰っているな。
後日、部屋付きメイドの選抜が王宮警備隊並みの人数と激しさを伴う戦いだったと、参加し脱落したウーノから教えて貰った。
何をやっているんだ?レジスラル女官長が本気で再教育だと騒いでいたのは、腹心のベルメル殿まで参加していたかららしい。
この件について、レジスラル女官長からは苦情を貰っていない。内々で処理したからだろう……
◇◇◇◇◇◇
朝食は部屋で一人で食べると思っていたのだが、セラス王女に当日の朝に招待されると言うマナーギリギリ違反的なお誘いをうけた。
王女が気楽に当日に一緒に食事をしましょう!とかは駄目なのだが、敢えてスルーして了承する。お出迎えが武装女官六人に上級女官二人とか、どんな扱いなのか悩んでいたが……
此処は王宮の最奥の区画、王族の生活区にも近い。偶然にも高貴なる方々と出会ってしまう危険性が高い、彼女達はレジスラル女官長が差し向けた僕の護衛だった。
豪華な通路を煌びやかな護衛と案内人に囲まれて進む、この辺は用が無い限りは近付かない方が良い。偶然の出会いが用意されているから、それはもう偶然じゃないよ。
見知った女官や侍女達から朝の挨拶を受けながら歩く、どうやら朝食会場は昨夜の舞台となった池の畔らしい。テーブルに向かい合わせで椅子が二つ。
つまり差し向かいで二人で朝食ですか?セラス王女は僕が誰かに(魔法関連で)構うのが不満で、優先権か所有権を周囲に示すのか?結果が微妙に失敗なんだが……
「此方の席となります。お掛けになり暫くお待ち下さい」
先に座って待てと?だが案内人に言われたからには守るしかない。まぁ来たら立ち上がり挨拶をすれば良いか。落ち着く為に深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
気持ちに余裕が出来たので周囲をさり気なく見回す。今回の護衛は先程の武装女官六人だけだが、控えの侍女が十人も並んでいる。流石は王女、待遇が凄い僕の所為じゃない。
少し離れた場所には何組かが、テラスで朝食を食べるのだろう。侍女達が慌ただしくテーブルを運んだり忙しく用意をしているが、生憎の曇り空の下で朝食を食べるか?
セラス王女は昨夜の感想とかを言いたいのだと思うが、他の方々は違う思惑が透けて見えて萎える。目でも合ったら、此方に乱入しそうで怖い。故にキョロキョロしない。
「お待たせしましたわ。リーンハルト卿」
「お招き頂き、有り難う御座います」
朝から気合いを入れてドレスアップしているが、僕に見せる為とかじゃなく王族が臣下に会う時の基本的な正装だ。だらしない格好を見せない、故にドレスは立派だが装飾品は最低限。
本格的にドレスアップする場合、装飾品が物凄い事になる。やはり服より貴金属の方が高価だから仕方無いのかな。立ち上がり一礼し、セラス王女の後に座る。
直ぐに料理が運ばれるが、基本的に同じメニューであり淑女用なので量は少なく見た目が良い。紅茶に果汁水、フレンチトーストにカットフルーツのヨーグルト和えだけだが僕には十分な量かな。
食事中は無言、料理の入れ替えも無いので会話のタイミングが掴めない。黙々と食べるしかないが、セラス王女がチラチラと周囲を気にしている。自慢気なのは噂の魔術師を独占してるから?
僕も横目で確認すると、全く同じ料理を食べる高貴なる淑女の方々がいらっしゃいますね。コレはアレか、セラス王女の対抗馬達かな?
未だ幼い少女が最近一番寵愛を受けている、アンジェリカ様の娘のヴェーラ様だと思う。四歳だから本人の意志より同席している母親の指示だろう。
彼女の祖父はバセット公爵だから、余計に僕との縁を深めろとか言われているのだろうな。もう一組は古参で第二勢力を従えるマリオン様と、その娘二人。
アクロディア様とクリシュナ様、双子の十二歳。マリオン様は、隣国であるバルト王国から嫁いで来た方で、政治には口出ししない思慮深い方の筈だが……
向こうも此方を意識しているのは丸分かりなのだが、気付いても気遣っても面倒臭いのでスルー推奨。僕は知りません、見えませんし気付きませんでした!三大派閥睨み合いとか、理解したくありません!
「少し休憩を挟んで、宝物庫の案内を致しますわ」
「有り難う御座います。エムデン王国所蔵のマジックアイテムを見れるのは、今から楽しみです」
食事が終わり新しい紅茶が用意されたので漸く会話が出来る。受け答えはサービスで笑顔を添えるが、セラス王女は特に反応が無い。
彼女は僕の魔法と錬金技術が大好きだから、僕本体には興味が薄いのだろう。それが気楽で嬉しい、これ位の距離感が良いんだ。
ニコニコする僕が珍しいのか、配膳をしていた侍女に二度見された。僕だって愛想良くする事も有るのだが、珍しいって無愛想だと思われている?
しかし、第二勢力のマリオン様に最近一番寵愛を受けているアンジェリカ様本人達が、我が子と共に外で朝食を食べるとか意味深だ。
もしかしなくても、後宮の人員整理後の派閥変動に絡んだ動きが有る。それに僕も巻き込まれると思った方が良い。見栄か面子か分からないが、女性の争いは根が深く陰険らしい。
食後の宝物庫のマジックアイテム見学ツアーは楽しかった。今回は複製したい珍しい物は無かったが、三百年の移り変わりの経過をマジックアイテムを通じて朧気ながら分かった気がした……
◇◇◇◇◇◇
今夜はミルフィナ殿に会う為に、ニーレンス公爵の手を借りて夜間移動する手筈になっている。既にイルメラ達には説明済みで、アリバイ用に空の馬車が王宮から屋敷に向かう。
僕はニーレンス公爵家の馬車に隠れて乗り込み、そのまま彼女が滞在するブルームス領のクロチア子爵の屋敷に向かうので今夜は強行軍だ。
到着は急いでも翌朝、その日の夜に出発し明後日の朝には王都に帰還。そのまま出仕する事で、一日だけ不在で済ませる為にだ。恥ずかしながら僕は『王国の守護者』だから、今は長期に王都を離れる事は駄目なんだ。
王都の守護を任された僕が何日も王都を離れる事は出来無いのと、この時期に他種族である魔牛族の、ミルフィナ殿と面会とか政治的に危険だから。アリバイ用の行動だな。
しかも彼女は、バーリンゲン王国から子爵位を貰っている貴族階級だ。この微妙な時期に属国化した国の他種族の見目麗しい女性に会うとか、本来ならアウトだろう。
ニーレンス公爵が盟約を結ぶ、ゼロリックスの森のエルフ達に配慮しなければならないから無理をしている。普通なら書面の遣り取りで終了案件だぞ。
「リーンハルト殿は、セラス王女に相当気に入られたみたいだな。あの問題の多い王女が、色々と手を回している。王族の方々の間だけだが、派閥争いに無頓着だったのに大した変わりようだぞ」
「リーンハルト様は女性受けが宜しいみたいですわね?星降る夜に、星屑のドレスを纏い水上で二人だけのワルツを踊る。高貴なる淑女達が、はしたなく騒いでいますわ。果たして、セラス王女は淑女達の嫉妬を一身に受けて対処出来るかしら?」
大型馬車の向かい側に座る、ニーレンス公爵とメディア嬢から不思議な言葉を頂いた。昨夜の件は、直ぐに広範囲に広まってしまったみたいだ。
そして二人の、セラス王女に対する評価が最初は低かった事が分かる。過去の事を教えて貰った今は、僕は違う評価だけどね。
迂闊で脇が甘く王族の方々の中でも浮いている、セラス王女の評価は実際に高くはない。王立錬金術研究所の成果が、発案者より所長の僕に集まったからか?
「浮き世離れした方ですから、俗世の事には疎いのでしょう。僕は恩義を感じています、錬金関連では得難い協力者ですから」
苦笑しながら話す。ニーレンス公爵とメディア嬢の評価には賛成だが、僕は協力者としての価値を重くみている。そう伝える為にだ。
セラス王女の要求と僕の目的は同じ方向を向いている。協力者としては最上級、王族としての伝手とコネと権力。どれも僕には必要で嬉しい。
そして彼女は僕に恋愛感情が無いのも素晴らしい、まさに求めていた王族。リズリット王妃は信用出来無いし、ロンメール殿下は芸術に絡むと暴走するのが今回分かった。
ミュレージュ様もそうだが、僕が良くして貰っている王族の方々は曲者(くせもの)揃いだ。自分の欲求に正直だから憎めないけど苦労は多い。
「達観しているのだな。毎回の無茶振りに対応出来るからか?今回の、ロンメール殿下の暴走は凄かったらしいな」
「本人は、リーンハルト様は芸術に理解が深く自分と感性が似ている良い理解者だと言っているそうですわ。次は自分とキュラリス様のワルツを同じシチュエーションで頼む、いえ決定事項らしいです」
は?暫くは訓練するって、レジスラル女官長にお願いしたけど抑えられないんじゃないかな?まぁ自分が踊らず制御に専念するなら大丈夫だと思う。
やはり芸術家の方々って自分と感性が近いとか共感されたりすると、凄く喜ぶ人種だよね。ロンメール殿下には世話になりっぱなしだから、何とかしよう。
ですが臣下とは言え、事前に相談して下さい。僕が芸術関連は何でも無茶振りして大丈夫とかは勘弁して下さい、無理です今回もギリギリでした!
「僕は芸術関連は普通か、それ以下なのです。ですが毎回、ロンメール殿下が僕の知っている曲を選んでくれているので何とかなっています」
「リーンハルト殿の演奏の腕は、宮廷楽団並みだと言われているのにか?ダンスは並み以上、ベルメル殿も絶賛していたぞ。リーンハルト殿は多芸と言うか万能型と言うか……」
「知っています?リーンハルト様は淑女が選ぶ今年の結婚したい殿方ナンバーワンなのですよ。最優良物件、二位に二桁の差を付けての堂々たる一位です。因みにですが、フレイナル様は百位にすら入っていませんわ」
なにそれ怖い。そんな評価が広まってるの?それと未だ根に持ってる、フレイナル殿の事を許してないぞ。その暗い笑みで、番外だって吐き捨てた!
早めに御機嫌を回復させろ、つまり早く改めて謝れ。そう伝えよう、フレイナル殿はエムデン王国の淑女の頂点に近い女性から隔意を持たれています。
フレイナル殿の結婚相手は見付からない、大いなる力が働く限り貴族階級の女性が君に靡く事は無い。今分かった、彼に結婚相手が見付からないのは、そういう理由だったのか。
「有り難う御座います。地位に権力、収入に財力、親戚付き合いの総合評価で若手の中で一番なのですね。アーシャとジゼル嬢の評価も上がるので、恥ずかしいですが受け入れましょう」
モテモテとか勘違いはしない。結婚適齢期の男性貴族の中では、僕は爵位も役職も高い。権力も財力も有る方だし、面倒臭い親族も少ない。
実家に利する為に選ぶ選定基準ならば上位なのは分かる、しかも現状は側室一人に婚約者だけ。寵愛を争う人数も少ない、優良物件だろう。
「珍しいですわ。リーンハルト様が惚気るとか、もっと恋愛には控え目だと思っていました」
「因みに、その評価の集計方法って何なんでしょうか?」
その質問に、メディア嬢は少し考える素振りをしてから教えてくれた。モリエスティ侯爵夫人のサロンに呼ばれる淑女達が、厳正なる話し合いを経て順位を決めるらしい。
あのサロンに呼ばれる淑女は、エムデン王国でも上位で有能な才媛達だけだ。その淑女達の厳しい査定により、毎年独身男性貴族の順位が決まる。
僕は今週中に一度サロンに顔を出して、モリエスティ侯爵夫人の愚痴を一方的に聞かないと駄目なんだ。その時に会わせたい淑女達が居ると言っていたが、まさか……