古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第681話

 いよいよ、レティシアとミルフィナ殿と会う事になった。クロチア子爵が先導で案内してくれたが、屋敷の外に出た。離れと言っても外廊下か何かで繋がっていると思ったが、完全に離れているみたいだ。

 屋敷の離れは湖に20mも突き出した水上の家になっていた。防諜対策としては効果的だ、人は水上にも水中にも居られない。室内もログハウス風で天井が無く梁が剥き出しだ。

 部屋に仕切りも無いので、隣の部屋に潜むのも不可能。屋根裏も床下も無理、水上には障害物が無いから遠くまで見通せる。密談には最適だな、密偵が近付く隙が殆ど無い。

 惜しむらくは周辺を監視し易いと言う事は、向こうからも誰が入ったか丸分かりな事かな。だが領主の館だから、周辺を立入禁止にして閉鎖する事も可能だな。

 レティシアとミルフィナ殿は先に待機して貰っている。待たせる事になったが、僕等は後から来たのだから問題は無いと思うし既に何日か待たせている。

 エルフ族の扱い方は、ゼロリックスの森のエルフ達と盟約を結んでいる、ニーレンス公爵の方が詳しいだろう。色々と細かい決まりとかも有りそうだな。

 桟橋を歩く、澄んだ湖は綺麗だが透明感から水温が低いのも分かる。銀色に輝く魚達が凄い速さで泳いでいる、キラキラ光る流星みたいだ。

 メディア嬢は何故かは分からないけど嬉しそうだな。後ろにエルフを従え左右には、パンターとレオパルトが固めている。尻尾をフリフリ、此方も楽しそうだ。

 エルフとパンター達は急速に連携プレーを高めているらしく、ニーレンス公爵の護衛達と毎日模擬戦形式の訓練をしているらしい。

 護衛の連中も負けず嫌いらしく、最近の戦歴は条件付きで勝率約九割らしい。最初はエルフ達に完敗だったのを考えれば、条件付きとは言え一割でも勝てるとは凄い進歩だぞ。

 まぁその条件も不意打ち込みで、メディア嬢の半径3m以内に入れば勝ちとか彼等からすれば納得はしないのだろうが……エルフには『魔法障壁の腕輪』を六個装備してるから、接近されても守れる。

 エルフは僕の他の娘達と同じく、簡単な身の回りの世話も出来るらしい。アイン達もそうだが、何故誰からも教えられてないメイドの仕事を覚えられるのだろうか?

 転生前の娘達には無かった機能だが、ツインドラゴンの宝玉の影響か違う要因が有るのか?錬金術とは奥が深いモノだな、想定外の進化をしているのだから。

「久しいな、リーンハルト。また強くなっているみたいだし、再戦まで五年も掛からないんじゃないか?」

 おぃおぃ、挨拶も無しに会って直ぐに何を言い出すのかな?ミルフィナ殿の驚いた顔と一瞬だけ見せた敵意は、僕に対するレティシアの気安さが気に入らないみたいだぞ。

 ニーレンス公爵もメディア嬢も驚いている。ファティ殿との模擬戦でも、負けた僕の手当てをしてくれた態度に驚いていたしな。未だ数回しか会ってないのに、気難しいエルフが何故態度を軟化させたのか不思議か?

 感情表現が希薄で人間を見下す連中が多いから、余計に彼女の気安さと親身さが不思議か謎なのだろう。普通なら有り得ない事だから仕方無いよね。転生前から知り合いです!と言っても信じないだろうし……

「無茶を言わないで下さい。幾ら何でも未だ早いし、計画的に五年間で強くなる予定ですからね。再戦は早めないですよ!」

「む、だが途中経過報告とかだな。たまには私に会いに来ても良かろう?今のリーンハルトなら、我が王も認める強さを持っている。バイカルリーズの馬鹿と戦っても負けまい。奴が、リーンハルトを小馬鹿にするのは耐え難いのだ。奴と戦いギャフンと言わせよう」

 立ち話だし、本題から逸れてるし、何故かバイカルリーズ殿とか懐かしい名前が出てくるし……確か、デオドラ男爵からの指名依頼で『エルフの里』に行った時に対応してくれたエルフだ。

 もう一人の、ディース殿が彼の非礼を仲裁してくれてマジックアイテムまでくれたんだ。ファティ殿は僕が二百歳迄のエルフになら負けないと言ってくれた。

 つまり、バイカルリーズ殿は二百歳前後なのだろう。当時の僕はレベル30前後だったし、その時の強さを基準にしていれば彼からすれば確かに未熟者だな。普通は半年やそこらで急激に強くなる事は無いし……

「立ち話も何ですから中に入って宜しいでしょうか?僕等も時間が無くて、夕方には王都に帰らなくてはならないのです」

「む、そうか?久し振りに会ったのに、つれない男だな。ああ、ニーレンス公爵にメディアも居たのか。非礼を詫びよう」

 そう言って優雅に一礼したが、元が極上の美人だから様になっている。クロチア子爵も一瞬見惚れて、首を左右に振って気持ちを切り替えたみたいだ。

 魔牛族もそうだが、他種族の美人率は人間よりも異常に高くないか?レティシアは二人と面識が有るから、公爵本人を待たせても問題にはならないみたいで安心した。

 ニーレンス公爵もメディア嬢も苦笑いだが、敵意は無いし良かった。ただ、レティシアの後ろに隠れる様に控えている、ミルフィナ殿の表情が微妙だな。

 色々な感情が入り乱れている、つまり僕に対して抱いた感情はマイナス寄りだな。姉と敬愛する、レティシアの気安い態度が納得出来ない。膝の上で握り込んだ拳で分かる。

 謝罪に来たけれど、余計に態度を悪化させたかな?レティシアも、もう少し態度を考えて欲しかった。僕達は間違い無く凄く仲良しなんですね認定されたぞ!

◇◇◇◇◇◇

 応接セットの配置は向かい側に、レティシアとミルフィナ殿。僕が真ん中で左右をニーレンス公爵とメディア嬢が固めている。メディア嬢の後ろにはエルフ、部屋の隅にパンター達が寝転ぶ。

 クロチア子爵は少し離れた所に椅子を用意し座っているのは、会話には参加しないって意思表示だな。自分は場所を提供しただけで、話し合いには干渉しません。

 流石は密談場所を提供するだけの事は有る。会話には参加しないが、話し合いの内容は知っておきますって事だよ。完全に不干渉なら部屋から出る筈だし。

 礼儀的に新しい紅茶と焼き菓子を用意してくれたが、配膳したメイドは退室した。部屋には執事やメイドは控えていない。メイドは諜報員の場合も有るからな。

 内容的に謝罪するのだから、極力他人には知られたくも聞かせたくもない。ミルフィナ殿への配慮だと思うが、謝罪する本人は複雑な心境だろう。

 一通りの紹介を済ませ、少し近況?報告と時事ネタを交えた会話をする。流石にバーリンゲン王国で子爵位を持っているだけあり、作法は見事だ。

「さて、本題に入るか。ミルフィナ、分かっているな?」

「はい、レティシア御姉様」

 レティシア、その上から目線の高圧的な言葉は微妙に相手の感情を逆立てているぞ。もう少し、マイルドに急かせよ。

「リーンハルト殿。人間を下に見る物言いをして、申し訳有りませんでしたわ」

 無表情でスッゴく短い台詞で謝罪し軽く頭を下げてくれた。人間の貴族社会では赤点だが、他種族だし他国の貴族だからギリギリ許容範囲か?

 侯爵扱いの伯爵に対して子爵が取って良い態度じゃない。ニーレンス公爵は眉をひそめ、メディア嬢は軽く睨んでいる。エルフ、敵対者じゃないから構えるなよ。

 二人共、僕への評価が高いから間違い無く無礼者か礼儀知らず位は思っている。エルフは主人の感情に反応したし、レティシアも二人の表情を見て何かを感じたみたいだ。

 彼女もメディア嬢の護衛として短いながらも人間の貴族社会に触れていたから、ミルフィナ殿の態度が人間の貴族としての態度では良くない事だと分かったな。

 強大な魔力を持ち畏怖されているエルフ族ならば問題視されない態度でも、他種族で少数部族の強力とは言え勝てない相手でもない魔牛族は微妙だ。しかも同じ貴族の一員だぞ。

 レティシアが居てくれて良かった。彼女に配慮する形にすれば、ミルフィナ殿の非礼もギリギリ無視して手打ちに出来る。エルフ族とは、それだけ配慮する必要が有る。

「レティシア殿に免じて、謝罪を受け入れましょう。この件については、これで終わりにします」

 ニーレンス公爵やメディア嬢、レティシアが何か言い出す前に終了したと宣言する。元々は、その場で終わりにしたんだ。

 蒸し返すのも面倒臭いし、双方に利が無い。レティシアの僕に対する好意か思い遣りが、今回の謝罪事件の始まり。

 でもこれで手打ちで終了、もう魔牛族とも絡む事は無い。少し不満そうな、レティシアに視線を合わせて何も言うなと伝える。

 彼女も察してくれたのか、苦笑した後に軽く頷いてくれた。その態度を不満そうに見ている、ミルフィナ殿。君は謝罪する気は無かったみたいな態度を取るな!

 双方不満が膨れ上がるが、もう絡む事も無い相手だし突っかかって敵対するには面倒臭い相手だ。もう終わり、早く自分の居場所に帰って下さい。

「有り難う御座いますわ。リーンハルト殿とレティシア御姉様は、随分と仲が宜しいのですわね?」

「ん?何だ、焼き餅か?私とリーンハルトは仲間だからな。妹分のミルフィナとは争って欲しくないから、仲裁したんだぞ」

 おぃ!小声でも『仲間?人間と?』とか言うな!今回の謝罪の原因と同じ事を繰り返すつもりか?全く理知的な種族かと思えば、敬愛する相手の事に対してはガバガバで暴走気味だぞ。

 この場に居るのは、何故か僕に好意的で権力も影響力も有る連中なんだ。また僕や人間を見下す事を言うと、今度は話し合いで穏便に済ます事が出来なくなる。

 あのバーリンゲン王国程度と争うのを避けて、爵位を賜り共存していたんだ。面倒事を回避する為で実力は有ると言っても、僕の周囲は納得しないし実際に争えば大怪我じゃ済まないぞ。

 その私拗ねてます的に、レティシアを見ているけどさ。確かに妹分としては可愛い態度だが、一族の指導者の一員としては駄目だよ。

 バーリンゲン王国の男性貴族に、散々好色な目で見られ人間に対して思う所が有るのは理解している。だが公の場では無理でも演技して欲しい、取り繕えって!

 バーリンゲン王国の連中め!お前等の所為で話がこじれるんだぞ、本当に碌でもない連中だ。何処までも足を引っ張るし、中々縁が切れない。

「僕等は争わないし敵対もしない。レティシア殿の配慮は嬉しく思うし、面子も潰したくない。そうですよね、ミルフィナ殿?」

 気に入らないから謝罪はしても根に持つとかは止めて欲しい。レティシアには悪いが、彼女の為に今後も敵対しない事を約束させたい。

 好き嫌いの感情は、甘く見ていると普通なら絶対しない選択を平気でする事が多々有る。利害を無視した感情論が怖い、予測出来ないから余計に怖い。

 ミルフィナ殿は魔牛族の指導者階級だから、彼等がエムデン王国に害を成すならば厳しい対処をしなくてはならないんだ。

「……そうですわね、私達は敵対などしません。レティシア御姉様の温情に感謝致しますわ」

 即答はしないし含みを持った言い方だな。レティシアの為に我慢します?本当に好き嫌いの感情が絡むと面倒臭い、僕の妥協を理解してくれ!

 ミルフィナ殿とは上手く付き合う事は無理っぽい。感情的になった女性を宥める術を僕は……時間を掛けて放置しかしらない。時が感情を癒やしてくれるって奴だな。

 つまり距離を置いて静観する。お互いに不干渉くらいが丁度良いかも知れない。ぶん投げて放置じゃないよ、お互い冷静になる時間を取ったんだ。

「では、これで今回の件は(今日の事も含めて)手打ちにしましょう。レティシア殿も宜しいでしょうか?」

「む?リーンハルトが納得するなら構わないが、ミルフィナの態度は少し悪くなかったか?」

「姉と慕う貴女と僕の仲を嫉妬した。可愛い妹分ではないですか、見ていて微笑ましいですよ?」

「え?まぁ、これは違うのです。本当に申し訳有りませんでしたわ」

 これ位の嫌味は良いよね?ミルフィナ殿も客観的に自分の態度を指摘されて我に返ったのだろう。真っ赤になって何度も頭を下げてくれた。

 漸く自分が置かれた環境と、取ってしまった態度を理解して恥ずかしくなったんだ。今回は心からの謝罪だな、評価を一段階ほど上方修正する。

 最初は縁切りで距離を置いて相手にしないつもりだったが、今は縁は残しても良いと思い直した。可愛い淑女の嫉妬だ、大人気ない態度は紳士じゃない。

 真っ赤になり涙ぐんで僕を見ている姿に、レティシアは勿論だが、ニーレンス公爵やメディア嬢も微笑ましく見ている。良かったね、最後の最後で評価が変わったよ。

「これで本当に和解ですね?」

 手打ちじゃなくて和解。冷静に考えれば、エルフ族と人間の僕達に友愛以外の感情が芽生える訳が無いのは理解したよね?

「はい、そうですね。でも、レティシア御姉様は渡しませんわ!」

「ふふふ、ミルフィナ殿は面白い事を言いますね?そんな事には、ならないでしょう」

 その邪気の無い天真爛漫な笑顔の奥にくすぶる、仄暗い嫉妬の炎は……見なかった事にしますね。ミルフィナ殿がレティシアに向ける感情って、もしかしたら同性愛か?

 


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