古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第682話

 魔牛族のミルフィナ殿の謝罪を受け入れ、今後の関係も何とか問題の無いレベルで纏められたと思う。彼女も姉と慕う、レティシアに不利な事はしないだろう。

 何となく最後に同性愛的な百合の花が咲きそうな雰囲気だったが、精神的な繋がりや絆を重んじる、エルフ族だから大丈夫だろう。

 非生産的な同性との恋愛は、エルフ族には受け入れられない筈だ。人間は男同士で『妖かしの恋』とか変な連中も居るらしい、嘆かわしい。

 あの後に少しだけ、レティシアと話す事が出来た。彼女は三百五十歳で、エルフ族の中でも上位の立場を持つエルフ族の重鎮らしい。

 エルフ族の王とも薄いが血の繋がりが有るらしいが、少数の同族間で婚姻を繰り返すから皆さん親戚と言うか遠縁なんじゃないかな?

 ゼロリックスの森やケルトウッドの森に少数で集落を作り暮らしている。寿命が五百年以上らしいし、長寿族に良く見られる問題。緩やかな絶滅に向かっている。

 ここ五十年位、新しい子供が生まれていないとか人間の集落だったら絶滅寸前だよ。人間の平民の平均寿命は六十年、環境の良い暮らしをしている貴族でも七十年だ。

 強大な力を持ち長寿のエルフ族の弱点は、繁殖力の弱さなのかもしれない。外敵に滅ぼされず、自らの行いで滅ぶのかな……

◇◇◇◇◇◇

 予定より早く終わったので、昼食を御馳走になりブルームス領を出発した。これなら日付が変わる頃には王都に帰れるので、自分の屋敷で少し休んでから出仕する事になるだろう。

 クロチア子爵に無理を言って、マウテラ湖で捕れた鱒とヘヒトを大量に譲って貰った。イルメラ達の土産としてだが、傷みの早い川魚も空間創造に収納すれば問題無い。

 普段は余り食べない食材だから喜んでくれれば良いのだが、ジゼル嬢達には今日の出来事は教えておくべきだな。魔牛族とか見目麗しい種族の女性と密会とか、疑われるのは嫌だ。

「何を黄昏ているのでしょうか?未だカーテンは閉めなくても大丈夫ですが、ずっとマウテラ湖を眺めていましたが、他の事を考えていましたわね?」

「え?ああ、すみません。何か話し掛けられてましたか?」

 どうやら向かい側に座る、メディア嬢が話し掛けてくれたが聞いていなかった。因みにだが、ニーレンス公爵は背もたれに深く身体を預けて熟睡している。

 昼食時にワインを飲み過ぎたみたいで馬車に乗り込む時から眠そうだったし、実際に走り出して三十分位で寝てしまった。今は小さく鼾(いびき)をかいていて、気持ちよさそうだ。

 昨夜は寝室タイプの大型馬車で僕は快適に眠れたが、ニーレンス公爵は寝付けなかったのかな?小休止までは寝かせていても大丈夫だろう。

「黄昏ていましたので、何か考え事でもしていたのでしょうか?と聞いたのですわ」

「ああ、それはですね。今回の件の経緯は、ジゼル嬢には話しておかないと駄目だなって思っていたのです。軍規に反する事以外の隠し事は極力しない、結構難しいのです」

 む?顔をしかめたな。ジゼル嬢の話題を出すのは駄目だったか?仲直りした筈だし、今は悪友枠で上手く行っていると思ったが違うのか?

 何だろう?額に手を当てて首を振っているのは、多分だが呆れている仕草だと思う。私と二人切り(父親は熟睡中)なのに、他の女の話をするな!とか?

 遂には深く深く溜め息を吐いた、やはり淑女の扱い方としては失敗だったのか?いや、悪い対応だとは思えないが何が失敗したんだ?

「リーンハルト様?」

 向けられた視線は蔑む感じがする。なまじ容姿が整っているから、妙な迫力が有って怖い。

「はい、何でしょうか?」

 父親を起こさない配慮だろう、小声で名前を呼ばれたが棘が有る。私、怒ってますか呆れていますっぽい。蔑みに呆れってなんだ?浮気を責められるのが、一番近いみたいだぞ。

「貴方は侯爵待遇の伯爵であり、宮廷魔術師第二席として国王の補佐をするエムデン王国でも上位の重鎮で独身貴族なのです。結婚をする前から婚約者の尻に敷かれてどうするのです?もっと毅然とした態度で、家庭の事も取り仕切って貰わねば困ります。貴方は……」

 いや、困りますって言われてもですね。リゼルもそうだが、最近淑女に叱られてばかりだ。それにプライベートな部分にまで突っ込んで来られても、逆に困るんですが……

 職務としては問題無く働いて結果も出しているし、貴族としての体面も保っている筈です。外面に関しては、自分でも及第点です。家庭内の事は、家族だけで解決させて下さい。

 私のナイト様なのですから、家庭でもビシッと妻達を仕切りなさいって小声で力説されても困惑しかない。僕は魔法関連以外は並以下なんです、無理なんです。

「えっと、魔法関連については誰にも負ける気は有りません。軍事関連については、上位に位置していると思っています。ですが僕は……」

 魔法関連以外は並以下の男であり、浮気と誤解されそうな事は全て報告しているのです。求婚の時に伝えて有りますが、僕は魔法馬鹿で魔法関連では自重も出来無い困った男で苦労を掛けると最初に言っています。

 立場上、いずれは何人かは伯爵クラスの淑女を側室として迎えなければ駄目なのだが、誠意は見せたい。だから教えられる事は教えるのです!そう纏めた。

 その話を聞いた、メディア嬢の顔が酷かった。大凡、淑女がして良い顔じゃなかったぞ。顔面崩壊して少し怖いと思ったのは内緒だ、この記憶は誰にも言わずに墓場まで持って行こう。

「エムデン王国の守護者、味方には慈悲深く敵には容赦の無い荒ぶる戦神と言われた、リーンハルト様の実情がアレ過ぎます。浮気を疑われるのを恐れる情け無い男になってますわ。

誠意と言えば、まぁ間違いとは言えません。でも……いえ、もう良いです。貴方の心を射止めた、ジゼルとアーシャさんが本当に羨ましいですわ」

「男なんて妻の尻に敷かれている位が丁度良いんです。僕は一般的な事には疎いですし、拙い部分を補ってくれる彼女達に感謝しています」

 貴族男性は亭主関白と言うか、家庭内でも主導権を握りたがるけどさ。そんな事は本妻に任せた方が絶対に上手く行くし、慣れない事は任せるのも信頼だよ。

 全く信用出来ない相手には任せないで自分でやるけど、任せる事は任せたい。それが一方的に与えるだけじゃない、対等の付き合いだと思っている。

 また旦那を上手く操るのも本妻の腕の見せ所だと思う。デオドラ男爵の本妻殿は上手く脳筋で戦闘狂の人外を操っている。外からは貞淑で従順を装いながら……それが家庭円満の秘訣かな。

「ふむ、リーンハルト殿は若くして夫婦の心理を理解しているとは流石だな。確かに仮面夫婦や亭主関白な連中も居るが、家を潤滑に守るには夫婦円満が良いのだよ。

メディアよ、お前の旦那になる者を上手く操る事が嫁ぎ先の家を繁栄させる秘訣だ。夫婦間で、どちらが上になるか?とか騒ぐ男は並以下なのだよ」

 途中で起きたのか寝た振りだったのかは分からないが、ニーレンス公爵が良い事言ったぞみたいにドヤ顔で夫婦の関係を愛娘に諭している。

 だが肝心の、メディア嬢は納得していない。疑心暗鬼と言うか何と言うか、彼女には彼女なりの夫婦の在り方が有るのだろう。

 話の流れからは、メディア嬢は旦那を立てて旦那にリードして欲しいみたいなのだが……謀略系令嬢だからな、ジゼル嬢みたく腹黒くは無いが微妙だ。

 帰りの馬車の中は、夫婦の在り方をテーマにした父娘の討論を飛び火しない様に聞いて、たまに相槌を打つ事で終わってしまった。

 臣下の最上位の公爵家当主も家庭内では、上手く本妻に操られているらしい。確かに夫婦円満の秘訣だと思うし、僕もニーレンス公爵に倣う事にした。

 メディア嬢は不満そうだが、ニーレンス公爵は本妻と多数の側室を持っているし、僕は側室と婚約者が居る。独り者で婚約者も居ない、メディア嬢には男女間や夫婦間の事は未だ分からないのだろう……

◇◇◇◇◇◇

 何となくだが、ニーレンス公爵とメディア嬢父娘との仲が進展した様な感じがする。長時間三人で行動し、良く話し合った所為か?仕事から私事まで、色々と語ったし語られた。

 まぁ今後も協力体制を敷く相手だし、お互いの事を深く知るには良い機会だった。魔牛族のミルフィナ殿の件も片付いたし、これで本当にバーリンゲン王国絡みは終了だ。

 あの国が隣国だったのは、本当にエムデン王国にとってマイナスでしかない。もしも開戦し勝ってしまったら、あの連中を自国に組み込む事になったかも知れないと思うと恐怖しかない。

 今なら分かる、属国化で正解。程々の支援で支配下に置いて搾取するだけで良い、深入りは危険で無謀だ。集団見合いは、今でも僕は反対だな。

 アウレール王も認めたし、ザスキア公爵も乗り気だけどリスクが大き過ぎる。担当者の胃が心配だが、グーデリアル殿下とロンメール殿下が正式に担当となった。

 文武に優れアウレール王の後継者であるグーデリアル殿下と、表面上は芸術家肌で人当たりが良く裏の顔は謀略系の腹黒なロンメール殿下。

 この二人なら、あのパゥルム女王とミッテルト王女達と面倒臭い貴族連中を何とか出来るのだろうか?徐々に時間を掛けて粛清と乗っ取りを掛けるらしいが、十年単位の時間が必要だと思う。

 もしかしたら後継者達に対する試練なんじゃないかと邪推してしまう程に、バーリンゲン王国の連中は最悪で難関だ。僕はもう関わりたくないけど、胸騒ぎとか第六感とか虫の知らせ的に無理っぽいんだよな……

 日付が変わるギリギリで王都に到着、六時間近く寝る事が出来たので体調は悪くない。寝不足で出仕せずに済んだが、目の前に座る女傑には昨夜の事はバレてるみたいだ。

 事前に打合せもしたし、アドバイスも貰った。だが実行する日は伝えていない、今日にでも事後報告をする予定だった。新しい種類の笑顔を向ける、ザスキア公爵の感情はなんだ?

 私の知らない内に解決するな!とか?確かに派閥の連中の対応で三日程、王宮に出仕してなかったから直接相談とか報告とかを怠ったよ。だから能面に貼り付けたみたいな笑顔は怖い、なまじ美人だから余計に怖い。

「魔牛族の件は解決したみたいね?一泊二日の強行軍、メディアさんまで同行したのはどうなのかしら?」

「まぁその、成り行き?特に問題行動は無く、魔牛族との関係も疎遠で不干渉で纏まりました。変に拗れずに良かったと思います」

 自分の知らない内に解決が嫌かと思ったが、メディア嬢が同行した事が気に入らないのか?ザスキア公爵とメディア嬢って仲が悪い?

 いや、そんな話は聞いてないし知らない。メディア嬢は無能じゃないし、ザスキア公爵と敵対する事は考え辛い。彼女は自分の置かれた状況は理解している。

 自分を安売りしないし弱点も誇張しない。実際の所、メディア嬢は僕に恋慕はしていない。ザスキア公爵が不機嫌になる理由も無い。

「そうですわね。魔牛族の件は上手く解決出来たのでしょう、強行軍の情報も他には知られてないわ」

「実質的に王都を空けたのは一日だけで、前後の夜に移動しましたから。ブルームス領に行っていたとは、誰も思わないでしょう」

 む、表情は変わらずか……上級貴族が昼夜を問わず移動とか普通に有り得ない。ニーレンス公爵とメディア嬢には相当な苦労を掛けたと思う。

 戦争とか命を懸けた場合と違うし、我等高貴なる貴族は余裕の無い慌ただしい行動は控えろって事だ。優雅に無駄に時間を掛けろってね。

 ニーレンス公爵が色々と偽装もしたから、余計に疑われる事が少ない。魔牛族の件は終わりにしたい、もう関わらないから大丈夫だと思いたい。

「私、少し拗ねてますわ!ローラン公爵とニーレンス公爵と懇意にしたならば、次は私の番ですわ!」

「えっと、そうですね?それで何をすれば?」

 頬を膨らませて直接的に拗ねたと言われてしまった。確かに収入的には短期で有意義だったと思う、特注の鎧兜を錬金するだけで金貨十万枚以上だ。普通なら金銭感覚が麻痺するぞ。

 公爵三家とは円滑に付き合っていきたい。バセット公爵は中立、バニシード公爵は敵対。今回の戦争で、バセット公爵もバニシード公爵も財貨に相当な負担を強いる。

 両公爵は、アウレール王に協力体制を敷いてウルム王国軍と闘えと言われているのに無視して主導権争いをしている。馬鹿だと言えないのは、色々な柵(しがらみ)が複雑だからだな。

 まぁ正直彼等の主導権争いはどうでも良い、今は拗ねてしまった年上の淑女の機嫌をどう直すかだ。セラス王女みたいに、巨大ザスキア公爵像でも錬金するか?

「ちゃんと私も構ってくれなければ拗ねますから!分かりましたわね?」

 えっと、拗ねますじゃなくて既に拗ねてますよね?年上なのに同世代と錯覚する程、可愛く拗ねられています。女性って怖い、仕草一つでこうも変わるのか……

「はい、分かりました」

 ならば良いのです!と言われて微笑んでくれたし機嫌も回復したみたいだ。取り敢えず許された、で良いんだよな?貸し一つと思った方が良いかな、何か考えておくか。

 タイミングを見計らい、イーリンが紅茶とケーキを用意してくれたがクスクス笑うのは止めて欲しい。側近見習いのミズーリは、目を白黒させている。

 多分だが、僕とザスキア公爵の会話の遣り取りに驚いているのだろう。現役公爵と宮廷魔術師第二席の気安さは、普通では考えられないだろう。僕等が組めば簒奪も可能だしね。

「ふふふ、先程最新の情報が入ってきたのよ。バーナム伯爵とデオドラ男爵が率いる遊撃部隊が、プロコテス砦を落としたわ」

「プロコテス砦をですか?確か小高い丘の上に石積みと丸太を組合せて建てた堅牢な砦で、周囲には二重の空堀が有り多くの矢倉が建っている。ウルム王国にとっては国境防衛線の要ですよね」

 第一陣が足止めを食らっている砦でも有る。バセット公爵とバニシード公爵が、躍起になって攻略していた筈だ。それを少数精鋭の遊撃部隊だけで落とした。

 つまり攻略して使用可能じゃなく、破壊して使用不可能にしたんだな。ウルム王国としては頼れる最前線の堅牢な拠点が無くなった訳だ。

 これで第一陣は前進出来る、遊撃部隊に煽られて犠牲を承知で進軍するしかない。グンター侯爵とカルステン侯爵は裏切り者、リゼルがギフトで心を読んで突き止めた。

「そうよ。攻略じゃない、完膚無きまでに破壊したの。『爆心』と言う技で、二人がプロコテス砦の直上に飛び上がり落下しながら剣を叩き付けて破壊したとか……」

 爆心?ミュレージュ殿下も使った技だな。飛び上がり落下しながら剣を大地に叩き付けて、周囲に衝撃波を撒き散らす。

 プロコテス砦は狭く無い、つまり二人で800m四方の砦を破壊したんだ。大量のマジックアイテムで底上げしたから、通常の二倍以上の破壊力が生まれたのかな?

 これはウルム王国軍に対して相当な圧力になるぞ。少数精鋭、つまり神出鬼没な非常識部隊が自国内を彷徨いている。だが討伐したくても、あの野獣に勝てる者など居ない。

「配下の者達を使って情報を広めているわ。第一陣の不甲斐なさ、遊撃部隊の活躍。特に人外の最強武人の活躍は、誇張せずに事実を広めているの。人が砦を粉砕する、数百人の敵兵を巻き込んで。新しい伝説の始まりね」

 リーンハルト様の活躍が悪目立ちしない為にも、人外レベルの活躍をする者達が、エムデン王国には多数居る事を示す為よ!って言われた。

 理解出来ない強さを持つ者が一人だけだと、人は恐れて集団で連んで排除しようとする。だがその恐怖の対象が複数居る場合、その恐怖と悪意は分散する。

 そんな化け物扱いの連中が同じ派閥に集まっていては、排除しようにも無理。反撃されたら、自分達が危険に晒される。だから静観する、己の非力を恨みながら……

 バーナム伯爵とデオドラ男爵には派手に破壊し悪目立ちする様に、ザスキア公爵が指示したらしい。僕の為に、僕に味方からの悪意が集まらない為に。

 転生前に蔑ろにしていた味方への対処を転生後は頼れる家族が手助けをしてくれている。こんなに嬉しい事はない、今生は幸せに生きる事が出来るだろう。

 ザスキア公爵、有り難う。本当に有り難う御座います。得難い家族を得られた、これで皆と幸せに暮らせる。邪魔する連中は排除する、誰にも止めさせないぞ!

 


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