古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第683話

 人外の義父達の信じられない報告を聞いた、王都中がその話で盛り上がっている。難攻不落とは言わないが、ウルム王国の国境線の要のプロコテス砦をたった二人で完膚無きまでに破壊したそうだ。

 『爆心』という、ミュレージュ殿下も使った技なのだが威力が桁違いだ。周囲800mを二人同時に攻撃して破壊する。二つの大きなクレーターが、その破壊力を物語っている。古代魔術師の大規模破壊魔法に匹敵するぞ。

 僕も色々とやらかして恐怖の対象になり始めていたらしいが、彼等の成果が上書きされて僕のマイナス評価など吹き飛んだらしい。勿論だが、ザスキア公爵の噂という誘導の結果だ。

 強い力は味方からも敬遠される。戦争中なら持て囃されるが、平和になれば評価は反転する。そんな危険人物を野放しにするな、首輪を付けて繋いでおけと……

 バーナム伯爵やデオドラ男爵が十年以上も飼い殺されていたのは、彼等の人外の活躍が戦後になって疎まれたと思うと全く厄介な話だ。

 国を守る為に全力を尽くし、平和になれば危険人物と疎まれる。だが上手く情報を操作すれば回避も可能、だがそれは困難を極める。

 同族三千人以上を殺戮した僕が英雄と言われているのも、他国の王族や軍隊を壊滅させても恐怖の対象にならず好意的に接してくれるのも、ザスキア公爵のお陰だろう。

 得難い協力者、今は家族と同じと思っている。だがジゼル嬢達は物凄く警戒し敵視はしないが、歩み寄りも難しそうなんだ。何とか仲を取り持ちたいのだが……

◇◇◇◇◇◇

 戦時下でも日常的な暮らしを送れている、それは素晴らしい事であり感謝すべき事だ。僕とザスキア公爵がバーリンゲン王国に行っている間に、ジゼル嬢達の友好関係にも変化が有った。

 具体的には、モリエスティ侯爵夫人のサロンに何回か呼ばれ友好を深めたらしい。万能型のジゼル嬢に、貴族令嬢の見本みたいなアーシャ。

 戦時下で抑圧されていたハーフエルフの御姉様にとって、ジゼル嬢達との会話は退屈を嫌う彼女の良い気分転換になったのだろう。だが彼女は『神の御言葉』という洗脳系ギフトの持ち主。

 『人物鑑定』という読心術系のギフトを持つ、ジゼル嬢が警戒しないのが不思議だった。彼女ならば素知らぬ顔で思考を読んだ筈だし、もし危険なギフトと分かれば対応しただろう。まぁモリエスティ侯爵夫人も保身に関しては、ジゼル嬢以上に過敏になっている。その疑問の答えをモリエスティ侯爵夫人が教えてくれた。

 単純に先にギフトを使いジゼル嬢のギフトを封じた、才媛と噂の高い彼女を警戒して先手を打ったんだ。勿論だが、彼女はジゼル嬢のギフトを知らない。だが十分に効果が有った、汎用性ではモリエスティ侯爵夫人に勝てるギフト持ちは居ない。

 そんな彼女は抑圧された普段の生活の不満を遠慮無く僕に伝えている。一方的であり回答は求められていない。ストレス発散に付き合うだけなんだ……

「ねぇ、聞いてる?擦り寄って来る連中が多いの!払っても払っても寄って来るの、もう鬱陶しいのよ!」

 広いサロンに二人切り、執事やメイド達も下げているのは会話の内容を聞かれたくないから。洗脳された芸術家の卵達も居ない。勿論だが、彼女のギフトで口止めは完璧だ。

 だが直接聞かれたくは無い、普通なら密会とかで双方致命的なダメージを負うのだが……この御姉様は問題無いとばかりに一方的に話し掛けてくる。何か有っても、洗脳した連中が偽証してくれるから安心だってね!

 そして彼女のサロンに呼ばれる者達は、エムデン王国でも現状活躍している連中であり有能な者達なんだよ。サロンに呼ばれるだけで、貴族社会ではステイタスらしいし……

「モリエスティ侯爵夫妻は僕と家族ぐるみの交流をしていると思われていますから、擦り寄って来るのは仕方無いのでは?」

「そう、それよ!何で私が、貴方の側室の斡旋係なのよって!ふざけないで欲しいわ、私の求める貴族間の繋がりじゃないの」

 応接セットに向かい合わせじゃなく並んで座る。何か言う度に、僕の肩をバシバシ叩く。結構痛いんだけど、分かってます?

 一方的に騒ぐから喉が乾く、でも用意されているのは紅茶じゃなくてワイン。そう、アルコールなんだよ絡み酒かよ!

 しかも既にそれなりの量を飲んでる、顔は赤いし吐く息は酒臭い。アルコール依存症じゃないよね?大丈夫だよね?

「でも前にサロンに呼ぶのは、お見合いの為とか言いませんでしたか?」

「貴方が嫌だって言ったんでしょうがっ!」

 痛い、思いっ切り叩かれたぞ!それにワインがテーブルに零れてます。前にサロンに呼ぶのは僕の側室にと望む令嬢(の実家の思惑)の為だって言われて、嫌だって断ったんだった。

 それを律儀に守ってくれたのか。リゼルの報告では近衛騎士団の年配者達が僕を義理の息子にしたくて、一族の有能で見目麗しい令嬢を探していると言っていた。

 つまり僕への伝手として、モリエスティ侯爵夫人が選ばれた訳か。この幼少期に迫害された過去を持つ御姉様は、他人との交流に独特の価値観を持っている。

 僕が同じ境遇なら、人嫌いになり接触を極力避けて田舎に引き籠もると思う。

「聞いてます?有能な彼女達に団体で連携されて迫られる、この私の苦労を聞いてますかっ?」

 遂には両手で服を掴まれ前後に揺すられた。本当に僕に対しては遠慮が無いが、配慮はしてくれているのだろう。その点は感謝している。

 ガクガクと揺さぶられても何とか耐える。女性の細腕だからダメージは少ないが、近くで見る血走った目が怖い。そんなに辛いの?

 如何に有能な才女集団といっても、侯爵夫人に無理強いなんて出来ないんじゃないかな?モリエスティ侯爵夫人には、ギフトって切り札も有るんだし。

 でも最低限でも危険は無いと言っても、ジゼル嬢にギフトを使った事には文句を言った。彼女の旦那みたいに、変に壊れた人形みたいのは嫌なんだ!

「はい、聞いています。大変ご迷惑をお掛けしておりますです、はい」

「分かれば宜しい。でも才女集団に狙われるなんて、流石は淑女が選ぶ今年の最優良結婚相手ナンバーワンね。全員娶れば、内政で相当楽ができるわよ。彼女達は王宮の上級官吏より優秀だわ」

 え?何それ、普通に家臣団に加えたいんだけど!婚姻じゃなくて雇用じゃ駄目かな?

「皆さん本当に良い娘さん達なのよ。話してて楽しいし会話も弾むし、文化人としても優秀よ。普通なら本妻として家を取り仕切り繁栄に貢献出来るのに、全員が側室で構わないとか勿体無くて仕方無いのっ!

貴方の本妻予定の、ジゼルさんに配慮して私達は側室で構わないって。伯爵や子爵令嬢が、男爵令嬢に遠慮してるのよ。ジゼルさんも好ましく思うけれど、彼女達の一途さには……少しは他の淑女達にも目を配りなさい、尻に敷かれた殿方には魅力が無いわよ」

 急に掴んでいた手を放して下を向いてしまったが、その優秀な令嬢達に同情とか共感とかしないで下さい。僕だって罪悪感が半端ないんだ!

 近衛騎士団の年配者達が、僕と義理の親子になりたいって理由だけで無理をさせているんだぞ。本来なら有り得ないだろ?

 確かに僕と親族関係になれば、実家的には凄く優遇されるだろう。金銭的にも、僕は稼いでいるし権力的にも高い地位にいるし、国王にも助言が出来るし。

 リゼルは彼女達が打算だけで動いてないと言ったが、中々信じられない。素の僕は只の魔法馬鹿でしかない、愛想が尽きるのも早いと思うぞ。実際に会うとイメージが違うって、悲しいパターンだよ。

「申し訳有りませんが、やはり断る方向でお願いします。無理です、多数の側室とか維持出来ません。双方不幸な結果になりますから!」

「その為の本妻である、ジゼルさんの手腕次第よ。そして彼女には、多数の側室達を纏める力が有ると私は思うのよ。そしてそれは上級貴族の本妻として、必要不可欠な事なの」

「ジゼル嬢の負担が半端ないですよ。胃潰瘍で血を吐くか、精神的に躁鬱(そううつ)で病むか……分かっていて苦労させる気は無いんです」

「大丈夫、あの子達なら本妻を立てて何とでもするわ。ジゼルさんも私が知る中でも十指に入る逸材だけど、今回は三指に入る傑物が居るのよ」

 クイって一気にワインを飲み干してるけど、ジゼル嬢よりも凄い淑女なんて想像がつかない。もしかしなくても結構な年上さん?逸材と傑物の差ってなに?

 同世代で彼女より優秀とか信じられないし、そんな淑女が居たら社交界で噂になる。僕は知らないけど、何処かの上級貴族の秘蔵っ子か?

 モリエスティ侯爵夫人は知っていて実際に会ってるみたいな言い方だ。でも伯爵以下の関係者なら、今の僕なら断れる。侯爵以上の令嬢だと厳しいか?

「侯爵七家筆頭、アヒム侯爵の末の娘で未だ未成年だけど既にその才能の片鱗を見せているわ。しかも絶世の美少女で、彼女を取り合って決闘沙汰が何件も発生してるのよ」

「嗚呼、駄目な部類の淑女ですね。キャンセルかチェンジで、お願いします」

 アヒム侯爵については中立か敵対寄りだと思って、身辺調査は厳重に行った。そんな異常な令嬢が居るとは報告書には無かったし、貴族間の決闘も噂になってない。

 僕みたいに突然転生により化けた異常者じゃないなら幼少期から色々やらかしている筈で、情報を隠し辛いんだ。その情報が全く無い、怪しまない方が不自然だぞ。

 つまり全く情報が無いって事が、話の信憑性を低くしている。モリエスティ侯爵夫人が認める三指に入る傑物の才媛?未成年で?僕は未成年でも反則してるんだぞ!

「いかがわしい店の女給じゃないの!簡単にチェンジとか言わない、貴方は少し夜遊びが過ぎるんじゃないかしら?」

「僕の夜遊びは健全です!いや、遊びじゃなくて付き合いですし健全な高級店で酒と食事を楽しむだけです。いかがわしい店になど、モアの神に誓って行ってませんって!」

 酷い誤解を受けた!確かに娼館紛いの店への誘いは有るが全て断っているし、王都でも名の知れた高級店にしか行ってない。誤解にしても酷過ぎる。

「まぁ噂を知らないのは仕方無いかもしれないわ。彼女はウルム王国に海外留学していて、今回の騒動の時に自分だけじゃなく向こうに嫁いだ女性達の殆どを引き連れて帰って来たの。この困難さが、分かるかしら?」

「殆どですか?そんな事が出来る訳が……」

 ウルム王国には結構な数の淑女が、政略結婚として嫁いでいる。彼女達は向こうの家に捕らわれている、悪い言い方をすれば人質だ。

 王家に連なる高貴な家に嫁いだ方々も居る。当然だが、エムデン王国内にもウルム王国から嫁いで来た淑女達は居る。

 開戦前後に帰された淑女達は、全体の半数にも満たない。本来の彼女達は人質の側面を持つ、特に不利なウルム王国側が彼女達を手放す事は考えられない。

 既に帰された淑女達も見方が違えば意味も違う、ウルム王国側から帰された淑女達は旦那に愛されていた。不利な戦争でも人質にしない為、周囲から敵国の人間だと迫害されない為に離縁して送り帰したんだ。

 エムデン王国側から帰された淑女達は敗戦国となる連中が自分に擦り寄って来ない様に離縁して送り帰したのが殆どだろう。あのローラン公爵でさえ同じ事をした。

 そして双方に残る帰されなかった淑女達は、利用価値が有ると良くて軟禁され悪ければ逃げ出さない様に監禁だ。愛し合って離れたくないとかは、少数だが居るのか?

 そんな柵(しがらみ)や事情に雁字搦めにされて残された淑女達の殆どを連れて帰るなんて事が出来るのか?無茶苦茶だ、ウルム王国軍を一人で壊滅させろって方が簡単だぞ。

 バーリンゲン王国の場合は属国化したから、殆どの淑女達が問題無く帰ってこれた。パゥルム女王達に粛清された連中に嫁いだ者も、丁重にエムデン王国に送り帰されたんだ。

 もしウルム王国に残っている淑女達が居たら未来は厳しかった、敗戦濃厚になった時に周囲の連中がどうするか?善意なんて期待出来ない、最悪の行動をする可能性が濃厚だった。

 僅かに残された淑女達の末路は、悲惨しかないかも知れないな。

「どうしたの、そんなに考え込んで?まぁ彼女達が帰国したのは貴方が二度目の平定を終えて、バーリンゲン王国から帰る前だったから話題性としては少し古いのかしら?」

「いえ、余りの成果に驚いています。しかし、アヒム侯爵との関係は微妙ですからね。その彼女との側室話とかは不成立でしょう」

 正直得体の知れない相手に恐怖しか湧かない。これが最初の頃に僕を恐れた、ジゼル嬢の気持ちか。確かに未知への恐怖、これは馬鹿に出来ない。

 気付けば背中には汗が伝い喉はカラカラ、本能的な恐怖など最近は味わってない。義父達との本気の模擬戦や、敵軍を前にした時より恐怖を感じている。

 モリエスティ侯爵夫人に気付かれない様に、ワインをゆっくりと飲んで落ち着こうとするが上手くいかない。腹の底が冷えて感じるのに、アルコールで血が巡る気がしない。

 でも変だな?話だけで此処まで怯えるなんて僕らしくない。何か引っ掛かるのか、予感とか第六感とかの類か?普通に考えておかしい、変だよ。

「彼女に会いたくなったかしら?」

「いえ、全く。逆に話を聞いただけなのに、こんなにも感情が乱れる自分が不思議なんですよ」

「そう?冷静沈着で感情の起伏が少ない貴方にしては珍しいわね。でも先方は会いたがっているし、直ぐに段取りは出来るわよ」

 会いたがっている?いやいやいや、どうみても考えても危険要素しか無いから無理だって!モリエスティ侯爵夫人のニヤニヤは、僕に苦手な人が居るって分かったから楽しいってか?

 だが準備も情報も無しで会うのは危険だ。少なくとも、ザスキア公爵に相談し調べて貰ってから、ジゼル嬢にも相談と報告。最悪会う場合は、リゼルに同席して貰いギフトで思惑を調べて貰って……

「何を頭を抱えるのよ?そんなに大問題な訳が無いでしょう。大袈裟過ぎるわよ、大丈夫だから安心しなさいな」

 いえ、対処が全て女性に頼っている事に気が付いて情けなくなっただけなんです。そんなに優しく肩を叩かないで下さい、余計に落ち込みます。

 僕には相談出来る同性が居ない、全て女性だ。飲み友達は沢山居るが、彼等も僕と親族関係を結びたいって企んでいるから相談は無理。

 いっそのこと、アウレール王に?駄目だ駄目だ!国王に女性問題を相談する臣下なんて居ない、何を考えているんだ?

 ハンマーガイズのカイゼリンさんや兄弟戦士くらいしか居ないが、立場的に厳しい。笑えない、全く笑えない。

「僕の友好関係って歪(いびつ)だ、これじゃ多情の浮気者と変わらない」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。髪の毛を掻き毟るのは止めなさい、禿げるわよ!何を錯乱してるの、落ち着きなさいって!」

 あはは、同性の同世代の友達なんて僕には作れないよ。なんだよ、何なんだよこの敗北感はっ!

 


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