古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第684話

 モリエスティ侯爵夫人のサロンに強制召還され、延々と愚痴を聞かされた。彼女は自身がハーフエルフという秘密を抱えているので、秘密を守る為のストレスも凄いのだろう。

 幼い頃に人間とエルフの両方から拒絶され迫害された過去を持つので、他者との関係を強く求めている。他人と接すれば秘密がバレる確率も高いが、孤独を嫌うので葛藤が有るんだな。

 僕なら人間不信になり他人とは距離を置いて田舎に引っ込むとかするだろう。それが僕と彼女の違いであり、理解の枠外でも有る。まぁ彼女は強力な『神の御言葉』と言う洗脳系ギフトが有るから可能だった。

 そんな彼女の愚痴を延々と聞いていたが、ウルム王国に嫁いで開戦前後に残された者達の殆どを連れて帰って来た者が居ると聞いた。困難なんてモノじゃない事を成し遂げたのは……

 アヒム侯爵の末の娘で僕に会いたいと、モリエスティ侯爵夫人に頼んでいるらしい。同世代らしいのだが、モリエスティ侯爵夫人曰わく彼女の知る中では三指に入る傑物らしい。

 因みにだが、ジゼル嬢は十指に入る逸材と言う評価だ。逸材と傑物、この評価の差は何だろう?だが政敵とは言わないが、アヒム侯爵は中立か敵対寄りの関係だと思う。

 侯爵七家筆頭、お互いが距離を取り関係を模索している間柄だからな。その傑物令嬢と会うのには躊躇、いや恐怖を感じている。僕が話を聞いただけで恐怖するとか、自分の事ながら信じられない。

 これって勘って言うか第六感とか虫の知らせとか、そう言った予知や予測の範疇だと思い対策を練る相談相手を想像したが、女性しか居ない事に絶望した。僕の友好関係は歪(いびつ)だ、同性の同世代の友人が居ない。

 まぁ普通に考えても侯爵令嬢に理由も無く簡単に会える事など無い。戦時下だし、舞踏会等の催しも自粛中だから普通にしていれば大丈夫だな。調査する時間は十分に稼げる筈だ、慎重に行こう。

◇◇◇◇◇◇

 今日は休み、ストレスの発散と解消を兼ねて久し振りに魔法迷宮バンクの攻略の為に馬車で向かう。事前に冒険者ギルド本部と聖騎士団には通達し調整済み、急に行けば現場が混乱するから仕方無くだ。

 現在は第九階層を攻略中だが、肩慣らしが終われば第十階層に挑戦する。未だ殆ど探索していない未知の階層だが、今の僕等なら可能だろう。経験値と資金集め、あとドロップアイテムの収集。

 稼げる様にはなったが出費も多い。資金は幾ら有っても足りない位だが、領地から税金で増収する訳にはいかないし自分で商売とかも無理。商才が有る、アシュタルとナナルに任せているが未だ軌道には乗っていない。

 僕の錬金したモノは高値で売れるが、そろそろ既得権を持つ者達の反発が出そうだから控える。だが鍛冶ギルド本部へは、一度調整に出向かないと駄目だろう。

 近衛騎士団に聖騎士団、後宮警護隊に警備兵達にマジックアーマーを売ったり鎧兜に固定化の魔法を掛けたり……ライル団長達に調整は任せたが、そろそろヤバい。

 生産職の連中の仕事を奪う様な形になっている、特に武器や防具関連は既存の鍛冶で製作した物に負ける要素が無い。魔力付加は反則気味な性能アップだから……

「リーンハルト様、聖騎士団員の他に王宮の守備隊の隊員まで交通整理をしています」

 む、街道の両脇に人々が群がり、それを両手を広げて抑えている。勿論だが、平民が騎士に刃向かえば剣を抜く事になる。

 見た目整然として大人しく見ているから、暴動とかは無いと思うから安心だな。誰かが扇動すると、数が数だけに厄介だ。

 旧コトプス帝国が僕やエムデン王国に謀略を何度も仕掛けている事は広めて有るから、簡単に煽られる事はしないと思う。

「リーンハルト君を一目でも見ようって、王都中から人が集まってるみたいだよ。凄いね、でも大人しいって言うか行儀が良いし整然としてる。普通はもっと騒がしくしない?」

 僕を挟んで左右に座る、イルメラとウィンディアが身体を寄せながら話し掛けてくる。そのだな、腕に当たる柔らかい双子山と良い匂いが堪らない。

 因みにだが、エレさんは向かい側に一人で座っている。恨めしそうに見詰めないでくれ、二人もドヤ顔は止めなさい!エレさんが、服の袖を噛んで悔しがっています。

「情報が漏れたと言うか、迷宮内で混乱を避ける為に冒険者ギルド本部と聖騎士団が事前告知してた。それと騒がしくして街の秩序を乱す行動は嫌われるって注意してた」

 もう気楽に魔法迷宮バンクの攻略も出来ない、事前告知は賛否はあれど監視の難しい魔法迷宮内で僕絡みの問題を起こす要素を極力減らしたんだ。

 つまり貸切、僕の為に魔法迷宮バンクは本日一般の冒険者は立ち入り出来ない。入退場を厳しく管理してるから、中で待機も無理と言うか不可能だろう。

 僕等が入った後で、冒険者ギルド本部が手配した連中が後方の巡回警備に当たる。それだけの無理を推しても、僕等に魔法迷宮バンクを攻略して欲しい。

 僕等と冒険者ギルド本部、盗賊ギルド本部に魔術師ギルド本部の思惑が一致した。この王都の三大ギルド本部に加入しない者は、魔法迷宮バンクには入れない。

 つまり所属構成員に立ち入り禁止と厳重に通達しても、僕等に貸切にしても、彼等の利益は有る。それだけ古代迷宮は謎に満ちていて富が埋まっている。

 ドロップアイテムに未知の敵や罠の情報、未踏破部分の地図埋め。多大な時間と犠牲と資金を投入しなければ分からない事を公開する条件で、彼等から完全閉鎖を提案してきた。

「魔法迷宮バンクの貸切、凄い待遇に思えるが双方に利が有り向こうから提案して来たんだ。俗に言うウィンウィンの関係って奴だね」

「魔法迷宮バンク最下層の情報公開、その為の協力。少し向こうの方が有利だと思う」

「確かに出入り禁止だけで情報が貰えるって、狡くないかな?」

「お黙りなさい。リーンハルト様には、ちゃんとした考えが有るのですよ」

 家紋付きの大型高級馬車で向かっているので振動が少なく静かで快適。普通に会話が出来るのだが、イルメラにウィンディア、エレさんは色々と思う事が有るみたいだ。あと、イルメラの僕至上主義は健在だ。

 ウィンディアとエレさんが言う、命懸けで手に入れた情報を立ち入り禁止措置だけで教えて貰える。確かに向こうの条件が有利だと思うし、実際にその通りだろう。

 だが現状で第十階層を攻略している冒険者パーティは居ない、正確には途中で断念したから。彼等の残した情報は既に貰っているが、全体の二割位かな。

 止めた理由は危険と収入の折り合いがつかなくなった事と、余生を遊んで暮らせるだけの富が手に入ったから。魔法迷宮の最下層は、それだけの利益を稼げるが死亡率も跳ね上がり退き際を間違えれば簡単に全滅する。

 冒険者家業は三十代で辞めるか転職するのが普通で、四十代を過ぎてもズルズルと続けると体力の低下に伴い怪我が増えて……最悪の場合は死ぬ。その前に金を貯めるか、貯めた金で新しい仕事を始めるか。

 四十代以上で一線級の力を維持している連中は、まさしく化け物だ。冒険者家業しか働く術を知らず、日銭を稼いで辞めるに辞められない連中も実は意外に多い。

 今更新しい仕事を覚えられない、だが若い時に貯蓄せず散財してたツケを年老いてから払う。世知辛い世の中だよ……

「まぁ僕等は隅々まで攻略しない事は条件にしているよ。効率的に経験値とドロップアイテムを集めたいから、地図を埋める事を優先にしていないし無理に罠も解除しない。

それに人目の無い迷宮内で誰に接触されるかも分からない、会いたく無い連中も多い。その煩わしさを貸切と言う形で解決したんだ。王宮や街中で会う事は不可能だが、迷宮内なら簡単に出来るからね」

 各ギルド本部が通達したのは二日前とギリギリだ。つまり先に魔法迷宮バンクに潜るとかの仕込みは出来ないし、出て来ない連中は捜索隊が行って連れ戻すらしい。

 現状、二日も三日も籠もって攻略する連中は居ない。エレベーターを使用すれば、下層階でも日帰りが可能だから泊まり込みで攻略とか殆ど無い。迷宮内で一泊とか、セイフティーゾーンを確保しなければ無理だ。

 この魔法迷宮バンクは、冒険者達に攻略し易い仕掛けが随所に有る。そもそも魔法迷宮とは何ぞや?その答えを知る者も居ない。最下層に謎を解く秘密が有るのかすら分からない。

「確かに擦り寄って来る有象無象の連中が多くなったって、ジゼル様が嫌そうに言ってたよ」

「有象無象の連中の他に、利を説き受け入れて欲しいと頼んで来る有能な方々も増えて来たって悩まれていました」

「あのギラギラした視線は怖い。私に頼んでも何も出来ないし無理なのに……」

 ふむ、エレさんに言い寄る連中は相手にする必要は無い。問題は有能な方々、モリエスティ侯爵夫人やリゼルから聞いた淑女達の事だな。

 ジゼル嬢からは未だ相談も報告も無いし、実はリゼルから言われて労りの言葉も言えていない。彼女は自分で何とかすると考えて動いている、駄目なら直ぐに切り替えて対策を相談してくれる筈だ。

 だが早めに話し合った方が良いかもしれない。それと、ザスキア公爵にリゼルとユエ殿も女神ルナの御神託を期待してメンバーに加えよう。神の力に頼れるって、妖狼族って実は凄い連中なんだよね。

「そろそろ到着だけど……僕専用って言うか貴賓対応の小屋が拡張されて、ちょっとした豪邸になってるけど何時の間に?」

 攻略前後の手続きの時にしか居ない小屋が、更に大きくなって普通の屋敷みたいになっている。もう聖騎士団や冒険者ギルドの出張所って言い訳が通用しないレベルだぞ。

 国が所有し管理を冒険者ギルド本部に委託している魔法迷宮バンクに、僕が個人使用してるっぽい屋敷が建つ。攻略に期待していますって範疇は超えたな。

 もう魔法迷宮バンクを完全攻略しないと駄目な感じになっている、周囲から固められた期待なのか?複数有る魔法迷宮だが完全攻略された迷宮は無い。

 果たして謎に満ちた存在理由すら分からない魔法迷宮を完全攻略しても良いのだろうか?何か弊害が有るのだろうか?

「各ギルド本部の代表が並んで居ます。王都三大ギルドの代表が和やかに世間話をしているとか、普通に凄いと思います」

「本当だ。余り外に顔を出さない人達の筈なのに……」

 窓越しに見える豪邸の前に、確かに三大ギルド本部の代表が並んで立っているし何か会話をしてるみたいだ。ぱっと見は表情も雰囲気も和やかだけど、彼等の立場で無駄話とかは無いな。

 冒険者ギルド本部代表のオールドマン殿と魔術師ギルド本部代表のレニコーン殿は六十歳を越えているが、盗賊ギルド本部代表のオバル殿は三十代と若い。

 そして一番の曲者で僕との絡みも少ないから、余り恩恵を受けてない。精々がドロップアイテムを競売に出す位だ。後は古代遺跡が有る、フルフの街の解明の時の立ち会いの権利か……

 フルフの街、旧アスカロン砦は過去に転生前の僕が錬金した要塞だが既に全ての内容は把握している。価値有るモノは殆ど無く、魔力球による制御は誰にも教えられない。

「よし、到着した。だが先ずは少し話をしないと駄目っぽい、三大ギルド本部の代表を勢揃いさせて後は頼むじゃ無理だろう」

「心中お察し致します、リーンハルト様」

「出世街道爆進中、国王から絶大な信頼を得ている。その影響力は計り知れない現代の英雄、何としても縁を深めたい。これが王都に広まる噂で常識」

「エレちゃん、リーンハルト君が落ち込むから真実でも言わないの!」

 ウィンディア、配慮有り難う。でもこれも自分の幸せの為だから仕方無いと割り切る、彼等の協力と後ろ盾は必要だからね。上手く付き合っていくさ……

◇◇◇◇◇◇

 馬車を降りると直ぐに彼等が出迎えの挨拶をしてくれ、そのままの流れで応接室に向かう。少し見ない間に拡張され、裕福な平民の家みたいになっている。

 内装も凝ってるけど、改装の予算って誰が出しているんだ?そもそも魔法迷宮バンクの前の広場に、この豪邸を建てて良かったのか?

 良く見れば冒険者ギルドの出張所と聖騎士団の詰め所も一緒だから平気ですって事かな?この事は触れないでおこう、ヤブ蛇は御免だからな。

「ようこそいらっしゃいました、リーンハルト様。冒険者ギルド本部従業員一同、お待ちしておりました」

「パウエルさんも変わりはなさそうですね。今日はお世話になります」

 応接室には、パウエルさんが待ち構えていた。相変わらず厳つい見た目と丁寧な言葉使いのギャップが凄い。彼には一番最初の時から世話になっている。

 そして助手っぽい女性は居なくなり、見目の良い女性が二人控えている。良く見れば、本部の職員だ。出張所の派遣員じゃなく、本部職員が対応するのか?

 気を利かせてくれたのか普通なら身分差で座れず僕の後ろに立って控える、イルメラ達の為に近くに席を用意してくれた。

 同席は無理だから仕方無いのだが、配慮は有り難い。僕は一人でソファーに座り向かい側に三大ギルド本部の代表達が並んで座る。

 中央にオールドマン殿、右側がレニコーン殿で左側がオバル殿。そのまま順位を表している、つまり冒険者ギルド・魔術師ギルド・盗賊ギルドの順番か……

 因みにだが、ウィンディアは魔術師ギルド本部に登録させた。イルメラが冒険者ギルド本部、エレさんは盗賊ギルド本部が後ろ盾となってくれる。

 暫くは近状報告と雑談をする。直ぐに本題に入る事は急かすみたいだし、貴族に対しての気遣いが無いと思われるから。冒険者ギルド本部の職員達が手続きを終えた報告の後、漸く本題に入る。

「リーンハルト様の今回の予定ですが、どの様に考えていますか?」

「先ずは第九階層でボス狩りをして勘を取り戻す予定です。暫くは対人戦闘しかしてなかったので、モンスター討伐に切り替えなければ駄目なので。勘を取り戻してから、第十階層に挑みます」

 バーリンゲン王国の反乱軍相手の戦いは、数が多いだけで個々の強さはゴブリン程度。この感覚のままで、最下層の初めて対峙するモンスターとは戦いたくはない。

 今回の貸切期間は二日間なので、第十階層に挑むのは明日になるだろう。先ずは経験値と資金とドロップアイテムを集める。イルメラ達もレベルアップしたので、その確認も有る。

 この言葉に、オールドマン殿は満足げに頷いた。下層階のドロップアイテムは万年品不足で転売しても良いし、他国の冒険者ギルドの交渉材料としても使える。

 レニコーン殿は王立錬金術研究所の成果だけでも満足なのだろう、特に不満は無さそうだ。だが、オバル殿は微妙だな。下層階のドロップアイテムは、競売には回していない。

 バーリンゲン王国内での情報収集を頼んだが結果はイマイチだったから、本人も余り役立てずに困っているのだろう。魔法迷宮バンクの攻略も、エレさんだけで十分だからな。

「リーンハルト様、提案とお願いが有ります」

 オバル殿の言葉に、他の二人が鋭い視線を向ける。つまり事前相談無く、この場で言った抜け駆け行為と思われたのか?

 提案とお願いか……提案は双方に利が有り、お願いは盗賊ギルド本部の方が有利なのだろう。だが、お願いにも対価は必要だよ。

 さて、この曲者(くせもの)なオバル殿の提案とお願いって何だろうか?他の二人の表情からして、余り歓迎される願いでは無いな。

 無表情だった、オバル殿と視線を合わせると蠱惑的な笑みを浮かべたのだが……イルメラ達からの射殺す視線を感じて固まった。

 うん、エレさんの怯え方からして彼女は提案とお願いの内容を知っていて、イルメラ達に教えたんだな。だから頭を下げて両手を組んで被害が来ない様に祈っているんだ。

 僕に危害や不利な事を押し付け様とした時の、イルメラさんの迫力は半端ないんだ。例え王都の三大ギルドの一角でも、彼女にとっては僕に敵対する奴等として一括りだ。

「まぁ話は聞きますが、受ける受けないは別問題ですよ?」

「は、はい。有り難う御座います」

 オールドマン殿とレニコーン殿は、そっぽを向いて我関せずの態度に変わった。イルメラさんが笑顔で僕の後ろに移動したが、怖くて振り向けません!

 




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