美に対する女の執念と愚かさを強制的に体験させられた。愚行に走ってまで美貌と若さに捕らわれる、オバル殿は年齢的にアレだ、お肌の曲がり角なので焦ったのか?
まぁ分かり易い理由だったが、逆に言えば付け込まれ易いネタなんだ。だがネクタルを大量に持っている僕は裏切れない、それが分かっただけ良しとしよう。
三本で最大約十年、三十代後半が二十代の肌を手に入れられる。この誘惑に逆らう事が出来るか?今の状況なら無理だ、美容と若さに対する執念が視界を狭めている。
男には理解出来ないが、そう言う感情を馬鹿にすると思わぬしっぺ返しが来る事が有る。そして経験則からだが、大抵が嫌な時期に当たって苦労するんだよ。
盗賊ギルド本部との付き合い方も考えねば駄目みたいだが、異様にはしゃぐオバル殿を見る他の二人の代表にも何かしらの餌を与えねば贔屓と取られるから厄介だ。
ネクタルについては第十階層で手に入れた事にすれば、交渉事が有利になるが余計な問題も同時に抱え込む。公(おおやけ)にはせずに秘密裏に行うか?
どちらにしても外見が若返るだけで寿命は変わらない、不老に近いが不死にはならない。まぁ不老の為には何十本とネクタルを手に入れなければならないから、実際は不可能だな。
『治癒の指輪』とネクタルを使えば相当なアンチエイジング効果を得られる。この事が王族の女性陣に知られた場合、継続的に確保しろとか強制指名依頼が来そうで怖い。まぁ今は考えずに本来の目的である、魔法迷宮バンクの攻略を始めるか。
◇◇◇◇◇◇
久し振りの魔法迷宮バンク、入口を入ってからアイン五姉妹を空間創造の中から召喚する。今日は惜しみなく戦力を投入する。
久々に嗅ぐ湿った黴臭い空気、ひんやりした風が頬に当たるが気持ち良いと思ってしまうのは何故だろうか?
見慣れた筈の石造りの床や壁、天井を見るだけで心がワクワクしてくる。僕は戦闘狂ではないが、探索狂なのかもしれないな。
途中でゴブリンに何度か遭遇するが、アイン達が素早く倒してドロップアイテムを拾って渡してくれる。ハルバートの一振りで数匹のゴブリン達が二分割される、相手にすらならない。
殆ど作業みたいで歩みを止める事も無くエレベーターに到着、そのまま第九階層に降りる。順調だな、皆も落ち着いている。いや、嬉しそうなのは僕と一緒だからと思いたい。
第九階層に降りると、アインとツヴァイが先に出て周囲を警戒し探索。ドライに守られた、エレさんも索敵に参加。初めての筈だが、連携が凄い。
フィアとフンフは僕等の護衛担当で左右に控えている。僕の知らない内に、娘達は進化している。親(制作者)として喜ぶべきだが、少し寂しい。
これが子離れ出来ない親の気持ちだな。自分が体験して初めて、ユリエル殿の親馬鹿な気持ちを理解した。これは確かに感情にダイレクトにクるよ。
アインとツヴァイ、エレさんの索敵により近くにモンスターは居ない。そのままボス部屋に、アイン達に警護されながら向かう。
「ボス部屋です。順調ですね」
「私達、殆ど何もしてないよ」
「楽で良い、のかな?」
「ああ、数ヶ月振りだが特に問題も無さそうだね」
エレベーターからボス部屋迄も問題無く移動出来た。アイン達は初めての迷宮探索の筈だが、イルメラ達との連携も問題無さそうで驚いている。
素早く扉を開けると、先ずはアインとツヴァイ、それとドライが中に入り警戒と確認。その後で僕等が入り、フィアとフンフが後方確認。
フンフが扉を押さえ、アイン達が横並びで戦闘体制を取る。もう僕の指示は要らない位に、普通に行動している。アインが僕を見たので頷くと、フンフが扉を閉めて……娘達だけで、ボス狩りが始まったよ。
◇◇◇◇◇◇
第九階層のボスであるグレートデーモンは六体固定でポップする。アイン達は五体、だが役割分担が出来ているので問題は無さそうだ。
先ずはフンフが扉の開け閉めを担当、アインの指示で扉を閉める。アインとツヴァイ、それとドライが前線に横並びに立って魔素の光を確認。
二体ずつ担当するがポップする距離が離れていると、フィアとフンフがサポートに入る。アイン達が一体でもグレートデーモンを二体同時に倒せれば問題は無い。
そして強敵のグレートデーモンだが、アイン達はハルバートの一振りで確実に倒している。もう作業みたいになっていて、安定感すら有る。多分だが僕等の時よりもペースが速い、サクサク倒している。
次々とドロップする、デモンソードとデモンリングにレアドロップアイテムの治癒の指輪が集まる。十回毎のボーナスアイテム『身代わりのネックレス』もどんどん集まる。
普通に流通させたら値崩れするぞ、既に二十回百二十体を倒している。デモンソードとデモンリングは各二十本以上、治癒の指輪は五個。身代わりのネックレスも二個か……
我が娘達ながら完璧なボス狩りルーチンに感心するが、本来は僕の迷宮探索の勘を取り戻す為だったんだよな。今は見てるだけ、討ち漏らしの警戒はしているが全く問題が無い。
「自律行動型ゴーレムさんって凄いです。リーンハルト様が操っている訳では無いのですよね?」
「ああ、完全自律行動型だからね。アイン達が自ら考えて行動しているんだけど、この進化の速さには自分で錬金したのに驚いているよ」
一回に三分も掛かっていない、一時間で二十回以上のハイペースだが、エレさんがレベルアップしたから、ちゃんと経験値も入っている。
駄目だ、僕が見てるだけって当初の目的と違う。楽だけど、楽をしにきていない。魔法迷宮バンクの攻略に来ているんだぞ、目的を違えるな!
アインに三十回で一旦止める様に指示を出すと素直に聞いてくれた。一時間半で三十回とか、疲れ知らずのゴーレムならではだな。
「リーンハルト君、どうかしたの?」
「アイン達の制御に疲れた?」
いや、エレさん。アイン達は完全自律行動型ゴーレムだから、僕は何もしていないんだ。だから全く疲れていない、暇とか思ってしまったから戒めが必要なんだ。
このまま続けていたら多分夕方迄に休憩を抜いて約六時間として、百二十回七百二十体も倒せるだろう。デモンソードもデモンリングも百を超える、もう幾らになるのか考えるのも怖い。
デモンソードが金貨三千枚、デモンリングが金貨三千五百枚。各百個として金貨六十五万枚。冒険者ギルド本部でも即日は買い取れないだろう。四等分でも一日の稼ぎとしたら笑えない金額だ……
「いや、このままアイン達にやらせていては駄目だと思ってね。危険な魔法迷宮の最下層で、楽で暇だなとか思っちゃ駄目なんだよ。これは僕が久し振りの魔法迷宮の攻略の勘を取り戻す為の戦いなんだ」
「流石は、リーンハルト様です。素晴らしい心意気です!」
あーうん、イルメラさんの輝く笑顔が眩し過ぎて辛いです。そんなに尊敬してます感を全身で表現しないで下さい。照れますので、お願いします。
完全自律行動型ゴーレムだから、僕は何もしていない。偉そうに迷宮探索の勘を取り戻すと言ったのに、何もしていない。
これじゃ駄目なんだよ、黙って経験値とドロップアイテムだけ勝手に貯まっても駄目なんだ。僕が成長しないと駄目なんだよ。
「アイン、交代だ。次から僕にやらせてくれ」
グレートデーモンを全滅させたタイミングで交代を申し入れる。無言で壁際まで下がって場所を空けてくれたが、扉の開閉要員もエレさんに代わってくれた。
アイン達はイルメラ達の護衛に徹してくれるみたいだ。彼女達の代わりにゴーレムビショップを六体錬金する、先ずは同数で対応してみる。
エレさんに合図をして扉を締めて貰う。さて、ポップする光に一体ずつ対応させて動かす。レベル80相当の強さを持ち、盾はなく雷光のみ装備させた。
「攻撃!」
魔素から実体化するタイミングが微妙にバラついているが、微調整しながら操り袈裟懸けに一撃入れる。難敵グレートデーモンも、断末魔の叫びをあげて魔素に還る。
一撃か、弱いとは言わないが既に敵では無いのか?グレートデーモンに歯応えを感じない。いや、久し振りだからだろうか?僕のゴーレム操作技術も上がっているからか?
「エレさん、次お願い」
「攻撃!」
「エレさん、次お願い」
「攻撃!」
「エレさん、次お願い」
「攻撃!」
アレだ、やはり歯応えが無い。僕も迷宮探索からは遠ざかったが、常に戦っていたから思った以上に強くなっているみたいだ。まぁ義父達と殺試合(ころしあい)したり、敵軍団とも戦ったからな。
だけど歯応えを求めてゴーレムビショップのレベルを下げたり、ポーンに変更して弱くするのは無意味だ。そんな舐めた事をして、万が一にも手痛い反撃を受けて怪我とかしたら目も当てられない。
エレさんに手で合図を送り扉を閉めて貰う。やはりポップする場所に素早く配置を変えて、魔素から実体化する瞬間に攻撃を入れれば一撃で倒せる。完全に実体化させて、最初の攻撃を受けてから反撃しても同じだ。
レベルアップの恩恵で今まで強敵だったのが格下に変わってきている。前回はゴーレムナイトだったから余計にか?喜ぶべき事だが、グレートデーモンでは既に僕の相手にならないか……
「昼まで頑張って、昼食を食べて休憩しよう。午後からは第十階層に挑戦するよ」
今日は降りない予定だったが、このままグレートデーモンも狩り続けても得られる物は少ない。僕が魔法迷宮バンクを攻略出来る時間は限られているし、第十階層に降りる事にする。
イルメラも不安そうな顔をしていない。心配性の彼女が問題にしていないなら大丈夫、僕等は第十階層でも活動出来る。エレさんが、ムンッて気合いを入れている。彼女が一番活躍するから、余計に気合いが入るのだろう。
ウィンディアは、そんなエレさんの頬を突っついて遊んでいる。暫く振りに彼女達と行動しているが、相変わらず仲が良い。パーティの相性は抜群だな、心配事は何も無い。
「いよいよ最深部に挑戦か……エレちゃんの活躍に期待大だね!」
「そうですね。未知のゾーンですし、通路にも罠がありますし警戒は必要です」
「うん、頑張る!」
今度はゴーレムビショップに魔力刃を装備してみよう。武装を変更するのは、魔力刃は制御が難しいから攻撃力は上がっても難易度も上がる。鍛錬だし、丁度良いだろう。
◇◇◇◇◇◇
午前中みっちりと三時間以上、第九階層のボスであるグレートデーモンを狩り捲った。アイン達を合わせて八十回で終わりにしたが、ドロップアイテムが偉い事になっている。
デモンソードが三十八本、デモンリングが三十個。治癒の指輪は九個、身代わりのネックレスは八個か。デモンソードとデモンリングを売ったら、金貨二十一万九千枚?
四人で割れば一人金貨約五万五千枚……いや、冒険者ギルド本部だってそんなに買い取れないし売れないだろう。各十本ずつが無難かな?いや、他国のギルドに流すなら二倍は大丈夫か?
そんな事を考えていたら昼食の準備が終わっていた。今日はイルメラ達の手料理が食べれる特別な日なので、テンションが上がる。
「今日のメインは、ケーニヒスベルガークロプセです!私とエレちゃんの合作だよ」
「先ずは前菜からです。ロールモップとツヴィーベルクーヘンです」
「あっ?イルメラさん狡いよ!」
ウィンディアがマジックアイテムの収納袋から、大皿に盛られた肉団子のホワイトソースがけを取り出した。作りたてらしく湯気が立ち上り凄く食欲をそそる匂いがボス部屋に充満する。
だがメイン料理より前菜が先だと、イルメラが僕に抱き付く様に小皿に盛られた二品を差し出して来た。ロールモップとは、白アスパラのピクルスにイワシを巻き付けたマリネ。
ツヴィーベルクーヘンとは、玉ねぎとベーコン入りオニオンパイだ。キッシュみたいに切り分けて盛り付けられている、どちらも初めての料理だな。
「ああ、有り難う。全部美味しそうだね、有り難く頂くよ」
「前菜なら次はスープよ!エレちゃん、アレ出して」
「分かった。これはカートッフェルズッペ、初めて作ったけど自信作」
「む、やりますね。因みに私も前菜二品は初めて挑戦した料理です」
「えっと、初めて合戦?いや、嬉しいよ。本当に食べるのが楽しみだなぁ、ははは」
何か料理勝負の審査員みたいになっていて、僕の前にしか料理が並んでいないけど?皆で楽しく食べる昼食だよね?料理対決じゃないよね?
エレさん作のスープはエムデン王国では一般的なジャガイモのスープだが、良く煮込んで今にも崩れそうな牛のランプ肉が入っている。
前菜にスープ、メイン料理も揃ったし全員で料理を食べようと説得する。僕の為に初めての料理に挑戦してくれた、それだけで感激だ。
国王主催の晩餐会よりも嬉しい、だが四人掛けのテーブルの四方に座る全員が僕の手元に注目している。何から食べるか気になるのか?
「それじゃ食べようか……」
迷宮攻略中にアルコールであるワインは厳禁なので、果汁水を一口飲んで喉を潤す。違う緊張感に喉がカラカラだったんだ。マナー的には前菜からだから、ロールモップから食べ始める。
一口大なのでフォークで刺して一口で食べる。うん、美味い。要はイワシのマリネだが、白アスパラのピクルスに巻くと言う一手間が嬉しい。
満面の笑みのイルメラと少し不機嫌な二人、こんな事で明暗が別れて不仲になるとかは無しだ!だから次はスープを飲む。スプーンで掬って音を立てずに飲む、丁寧にジャガイモを裏ごしたのが分かる。
牛のランプ肉は良く煮込まれて柔らかい、スプーンでも切り分けられる柔らかさだ。そのまま口に入れて噛めば直ぐに無くなってしまう。
「エレさんのカートッフェルズッペも美味しいよ。手間暇掛かっているし、丁寧に調理したのが分かるよ」
「うん、有り難う。ヘラとマーサにも手伝って貰ったんだ」
ほぅ?マップスの二人か、懐かしい名前だが彼女達も頑張っているんだな。そのままスープを飲み前菜を食べる、ロールモップも美味いがツヴィーベルクーヘンも美味い。
「そんなに急いで食べなくても、料理は逃げないですよ」
「いや、久し振りに君達の手料理が食べられて嬉しいんだ。王宮の専属シェフの料理より美味しいよ、多分だけど元々美味しいのに感情の補正が入るから更に美味しく感じるんだ」
「そうよ!私達の愛情と言うスパイスが入っているからね」
いや、僕が君達を愛してるっていう感情の補正なんだけどね。ウィンディアが上手い事言った私みたいなドヤ顔だから、否定せず微笑んでおく。
前菜とスープを食べ終えて、いよいよメイン料理のケーニヒスベルガークロプセに取り掛かる。一口大の肉団子を半分に切り、ホワイトソースを塗って食べる。
うん、美味い。肉汁が口の中に溢れてホワイトソースと混じり合う、ずっしりとしたボリュームも食べ応えが……
「あの、ヴァイスヴルスト(白ソーセージ)とか出しても食べ切れないよ。メイン料理は一品だけで大丈夫だから、それはしまいなさい」
イルメラさんが、いそいそと太くて茹でたての湯気が立ち込める白ソーセージを取り出したので食べれないと牽制する。
ウィンディアもカリーブルスト、ぶつ切りウインナーのカレー粉とケチャップ和えをしまいなさい。ソーセージとウィンナー対決じゃありません!
僕は基本的に少食だし、満腹だと思考が鈍るから腹八分目で抑えてるのは知ってるよね?デオドラ男爵じゃないから、山の様に料理は食べれないから!
「でもデザートは食べて欲しい。このアイアーシュッケは、イルメラさんとウィンディアと三人の合作」
「う、うん。美味しそうだね、頑張るよ」
エレさんが取り出したのは素朴な家庭料理だが僕が好きな玉子ケーキだ。何層にも生地を重ねた、バームクーヘンみたいだが味はチーズケーキに近い庶民のデザート。
だが三人の合作と言うならば、腹が裂けても一切れも残さず食べる、食べてみせる。魔法迷宮のボス部屋で、こんなも愛情豊かで鬼気迫る料理を食べれるとは……
勝ち筋が全く見えない、時間が経てば満腹感が身体全体に巡るから不利だ。これはスピード、食べるスピードが勝利の鍵を握る、間違いない!
「うん、僕は幸せだ。幸せだなぁ」
「「「はい、沢山食べて下さい。お代わりも用意しています!」」」
ははは、我が義父達よりも手強い相手が愛情たっぷりの手料理とはな。嬉しくて涙が溢れてくる……ふふふ、何て贅沢な悩みだろうな。僕は魔法迷宮内で一番の幸せ者だ!ぐふっ、だがもう胃袋は限界が近い。残りの手段は精神力だけだ……