古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第687話

 幸せの手料理攻勢により僕の胃袋は限界を超えた。恐らく初めてだろう胃袋が破裂する程の満腹感に浸っている、イルメラの膝枕を堪能しながらだ。

 流石の僕も今回限りは無理だと思ったが、通常腹八分目を腹十二分目と言う限界突破により完食。デザートまで食べ切った自分を誉めてあげたい。

 休憩として彼女達は全員で添い寝の予定だったらしい、予測でしかないがいそいそと全員が枕を取り出した時点で悟った。

 だがしかし、僕には新たなるモアの神からの魔香効果と言う祝福?が有り、女性三人と添い寝をすると精神的に変化が起こる未解明の現象が……それが非常にマズい。

 アーシャ+イルメラ+ウィンディアだと多幸感と興奮状態になり、イルメラ+ウィンディア+エレさんだと寡黙と冷静沈着になる。

 つまり初めての階層を攻略するのに喋れない。これは最悪だ、会話によるコミュニケーション無しで危険な魔法迷宮を攻略など出来ない。

 苦肉の策として、全員の膝枕で順番に休みたいと頼み込んだ。これには、エレさんが大喜びをして渋る二人を説得した。彼女は僕に膝枕をした事が無いから余計にだった。

 そして満腹による消化の促進の為に長めの休憩を希望したので、全員十五分ずつ合計四十五分の昼寝時間を勝ち取ったんだ。

 何とか胃の内容物を消化し腹八分目まで戻さないと最下層の攻略は難しい、満腹では思考も鈍り皆を守る判断が出来ないし、そもそも身体が重い。

 イルメラのミルクみたいな体臭を胸一杯吸い込むと、何とも穏やかな気持ちになって眠気がだな……

◇◇◇◇◇◇

 イルメラの次がウィンディア、最後にエレさんの順番で膝枕をして貰った。大変失礼な感想だが、エレさんは小柄で肉付きが悪いので感触が少し……

 意外に肉感的なのが、ウィンディアだった。安産型の臀部と合わせても、良い妻になると思います。うん、三人の膝枕を堪能したが満腹感は消えない。

 だが腹一杯だから迷宮探索を中止にするとかにはならない。重たい身体に鞭を打ち、エレベーターを利用し最下層の第十階層に降り立った。第十階層への直通エレベーターは無い、近くに一階層だけ移動出来る専用エレベーターが有るんだ。降り立ったそこは広い空間、大ホールだ。

「む、これが最下層か。どんな造りなのか分からないのだが、石造りの床や壁に継ぎ目が全く無い。錬金なら可能だが、他の階層は普通に継ぎ目が有ったぞ」

 御影石をツルツルに磨いたみたいで、天井の明かりを反射して鏡の様に僕等の姿を写している。エムデン王国の王宮の通路よりも、ある意味豪華で立派だぞ。

 全体的に同一色で白に近いクリーム色だ。人工的で暖かみが無いし、気温も低い。多分10℃前後だが、レイスやゴーストは低温を好むと言うから順当なのか?

 胸一杯空気を鼻から吸い込むが、不快な臭いは無い。いや、この階層は無臭だ。他は黴臭かったり土や岩の臭いがしたりと色々なのだが……清潔感すら有るな。

「天井自体が発光していて、地下なのに昼間の様に明るいです」

 天井全体が発光しているので凄く明るく、遠くまで見通せる。大ホールの部屋の端まで見える、均一に明るいとかランタンや松明とは比べ物にならない。

 これじゃ闇に紛れてとか光の届かない暗闇からの奇襲は無理と、僕等に有利な状況だと思う。地下で視界の確保が野外の天日と同じ位とか有り得ない。

 最下層は他の階層との違いが顕著過ぎて対応に困る。この階層はレイス達、実体を持たない連中が多く現れる。そう、ポップするじゃなくて現れる。

「冒険者ギルド本部で貰った地図だと左側に扉は無し。右側に二ヶ所、正面に三ヶ所。右側は奥迄行ったけど、正面は右側の一ヶ所しか行ってない。しかも途中で止めている」

 エレさんが広げている地図を見る。言われた通り、右側の二ヶ所は突き当たりまで調べている。入り組んだ通路に部屋が五つ、特に何も無く仕掛けも無い。

 正面は均等に三ヶ所に扉が有り、一番右側だけ攻略したらしい。だが途中の部屋で探索は終わっており、その部屋には奥に行く扉が有る。

 ここを探索していたパーティは、最後の部屋でモンスターを倒し宝を手に入れた。それで冒険者を辞める事にしたらしい、宝が高値で売れたからだ。因みに引退したのは僕も見た事のある『ブリザードランサー』って言う高レベルのパーティだ。

 小部屋に入るとモンスターが待ち構えており、倒すと宝箱をドロップする。僕は魔法迷宮でドロップする宝箱との相性が悪く、大抵が最安値のダガーなんだよな。

 故に通路や小部屋でポップするモンスターを倒しても旨味が少ない。ボス部屋みたいに宝箱の中身が決まっている方が、僕はやりやすい……

「敵襲!壁をすり抜けて、レイスが三匹現れたぞ」

「こんな近くに予兆も無しなんて酷い!」

 ゴーレムビショップにデモンソードを装備させて突っ込ませる。六体のゴーレムビショップが、各二体で連携しデモンソードで攻撃。

 実体の無いレイス系に効果が高いデモンソードならば、手応え無く空間を切り裂いた感じなのに確実にダメージを与えている。

 一撃だけでは倒すまではいかないらしく、二撃目を食らうと霧散する様に消えてなくなる。残されたドロップアイテムは?

「ドロップアイテムは無しか」

 僕のレアギフトによるノーマルドロップアイテムのドロップ率は約三割、今回は三体だから無くても不思議じゃない。

 だが最下層を攻略していたパーティからの情報では、宝箱以外からアイテムを入手していない。レイスと、この階層で確認されたゴーストを倒してもアイテムはドロップしなかった。

 『治癒の指輪』みたいに極端にドロップ率が悪いか、全くドロップしないか。調べられるなら調べたい、統計的に確率が出せる迄数を倒せるか分からないが。

 ぐるりと見回す。大ホールの壁から抜け出して襲って来た、今回は壁だったが天井か床から出てくる可能性も捨てきれない。ポップして魔素からの実体化じゃなく、普通に攻めて来る。

 パッと見ただけで細かく調べられなかったが、霧みたいな奴で空中に浮いていた。つまり僕が使える数種類の探査魔法の中で有効なのは、空中の魔素に干渉し位置を知る奴だけだ。

 入口近くにいた為に壁が近く不意打ちされたので、大ホールの中心近くに移動。自分を中心に、アイン達が円陣を組み防御。攻撃はゴーレムビショップに任せる事にする。

「少し此処でレイスとゴーストを倒してみる。奴等は壁をすり抜ける、壁から離れた場所なら事前に察知出来る。床は目視で、天井は探査魔法でカバーする」

「私達も周囲を警戒します。レイスはボロボロのローブを纏い中身は真っ黒で赤い目だけが光るモンスターです」

「でもゴーストは灰色で人型の霧か靄(もや)みたいな奴だよ。発見に時間が掛かるし半透明で見難いから注意して!」

「この広い場所なら、私のギフト『鷹の目』が使える」

 女性陣が三角形の陣形を組んで警戒をしてくれる。僕も探査魔法で二重の警戒網を敷く、暫く待てばレイスが壁から抜け出して近付いて来た。

 壁からしか出て来ないのか?前情報では壁から現れたり、通路の先から近付いて来たりとパターンは同じじゃなかったが……今回は六体、最大数だな。

 六体六組合計三十六体で待機させていた、ゴーレムビショップの一組を向かわせる。問題無く倒す事が出来る、レイスの攻撃方法は掴んで精気を奪う事。吸われ過ぎると衰弱死だが、ゴーレムには効かない。だが稀に攻撃魔法も使うらしい、確認出来たのはファイアボールだけだ。

「六体倒してもアイテムはドロップしないのか。ドロップ率は一割以下か?」

「リーンハルト様、右側から五体。あれはレイスじゃなくて、ゴーストです!」

「正面からもレイスが三体現れました」

「左側からレイスが四体、近付いてくる」

 攻めて来る頻度が高い。前情報では、此処までの遭遇率じゃなかった。僕等がこの場所に居座って移動しないからか?だから集まって来るのか?

 最大六組に対応出来るし、許容を超えてもアイン達が対応するから大丈夫だ。幸いデモンソードさえ有れば、奴等の対処は簡単だ。

 逆に無ければ物理的な攻撃は無効で、魔法でしかダメージを与えられない。第九階層のボスのドロップ率アイテムが、そのまま次の階層の攻略に必要な物って何故だ?

「リーンハルト様、レイスがアイテムをドロップしました」

「イルメラさん?あれ、纏っていたボロボロのローブじゃない?」

「中身が倒されて消えて、着ていたローブが残った?」

 いや、僕も見ていたが確かに身に纏っていたボロい焦げ茶色のローブがハラリと落ちた様に見えた。つまり倒し切れなかっただけか?

 合計十六体倒してドロップアイテムは一つ、ノーマルかレアか分からないが僕で5%前後か?未だ確率を決めるには倒した数が少ない。

 普通なら一定の場所で留まりモンスターを迎え撃つ事は愚策だが、レベル60のダメージ無視のゴーレムビショップを複数体運用出来る。

 普通ならばランクB以上のパーティ十組前後の戦力だから、この作戦でレイスとゴーストを狩るのも戦力的には間違いじゃない。経験値は未知数だが、それなりに有る筈だ。

「ゴーレムビショップよ、そのボロボロのローブを掴んで調べてみろ!」

 掴んで振り回して様子を見るも大丈夫そうだな。用心しながら受け取り鑑定する……『古代魔術師のローブ』だと?確かに防御力がチェインメイル位有る。

 基本的に金属や重たい物を装備出来ない魔術師には垂涎のローブだが、古代魔術師の名前を冠するには少し微妙だな。今の僕なら同程度の魔力付加は可能だ、もっと見栄えも良く出来る。

 いや、各種属性魔法のダメージ30%カットに自動修復機能付きか。これは現状出回っている防具でも有り得ない性能だな。僕も魔力付加は可能だが、自動修復機能はドロップアイテムでは珍しい。

 惜しむらくは魔術師以外には装備出来ない事だが、『古代魔術師のローブ』を戦士や盗賊連中が羽織ってもアレだから良いのか?似合わないし、他にもっと性能の良い防具も有る。

 これはノーマルドロップアイテムか?レアドロップアイテムなのか?この性能で、ノーマルドロップはないな。ならばレアドロップアイテムか。

「リーンハルト様、二十七体目で新しいドロップアイテムですが前とは違います。ゴーストは十一体倒しましたが、未だドロップアイテムは有りません」

 思考の海に沈んでいても戦いは自動で行っていたが、二つ目のドロップアイテムは二十七体目か。やはりドロップ率は3%位か?普通なら0.3%以下なのか?

 三百体倒してドロップするかしないかとか、殆ど入手は不可能か?前に攻略していたパーティがドロップアイテムを入手出来なかったのも分かる。

 新しいドロップアイテムはポーション?試験管に入った薄紫色のサラサラした液体だ。鑑定してみると……『状態回復のポーション』恐怖・混乱・錯乱状態を回復するか。

 精神安定剤?アルコールで代用出来そうだな。そもそも混乱している相手にポーションを飲ませられるかな?コッチの方がノーマルドロップアイテムだな。

「これは精神安定のポーションだね。最下層のドロップアイテムとしては微妙だと思うけど、レイスに触れられると錯乱するらしいから……その対策?」

「その、確かに微妙ですね。でも精神を安定させるのも凄いです。神聖魔法でも中級クラスの魔法なんですよ。それに精神安定のポーションは、私の知る限りでは売ってません」

 ふむ、イルメラも覚えているらしいが精神安定の効果は高い技量が必要なんだな。ショボいと思ったけど、市販品で無いのなら珍しいし未発見アイテムの類だろうか?

 キラキラした目で僕を見詰めてくれるけど、特に偉大な発見でも何でも無いから恥ずかしい。でも久し振りに、イルメラと迷宮を攻略するのも楽しい。

「リーンハルト様!イルメラさんっ!今は呑気にドロップアイテムについて考察とかしないでっ!」

「敵、囲まれてる。ゴーレムが自動で迎撃してるけど、制御者が他の事に意識を向けてるのは少し怖い」

「ごっゴメン。大丈夫、自動制御だから自動迎撃だから!」

「あらあら、リーンハルト様のゴーレムさんに任せておけば大丈夫です」

 しまった!イルメラとドロップアイテムの考察話をしていたら、ウィンディアとエレさんに叱られてしまった。

 しかも結構な数を倒したのか、『古代魔術師のローブ』がもう一つと『状態回復のポーション』が二つ目の前に置かれている。

 見回せば二十体以上のレイスに囲まれている、効率良くゴーレムビショップが対応しているのは第十階層でも十分に通用する。

 一段落したら攻略を開始しよう。だが不用意に、ウィンディアとエレさんを怖がらせてしまった。反省が……

「ウィンディア、無闇にリーンハルト様の腕に抱き付かない!ゴーレムさんの制御の邪魔になります。エレさんもですよ」

「イルメラさんだって、リーンハルト君に絡んでたから相子だよ」

「そう、私達も絡みたい」

 む、警戒を緩めずに修羅場っぽくなるって凄い。いや修羅場じゃないぞ、パーティ内の意見交換だ!

 アイン?やれやれみたいに首を左右に振るな。まるで僕が困ったちゃんみたいじゃないか?そんな事は全く無いぞ、本当だぞ。

 アインにツヴァイ、ドライがサポートしてくれたので安全にレイスやゴーストを狩る事が出来たが矢張りドロップアイテムは少ないな……

◇◇◇◇◇◇

 僅か二時間足らずでレイスを百体以上倒したのだが、ドロップアイテムは『古代魔術師のローブ』が三個と『状態回復のポーション』が五本だった。

 僕のレアギフト込みでレアのドロップ率が3%、ノーマルが5%って事かな?もう少し倒さないと誤差の内だろうか?

 経験値は多いみたいで、僕を除く全員がレベルアップした。資金は稼げないが、経験値は多いのだろう。一端休憩の為に第九階層に戻り、ボス部屋で休憩してから再度第十階層に降りて来た。

 取り敢えず第十階層の情報として、レイスのドロップアイテムをノーマルとレアの両方を確保した。ドロップ率については未だ確定じゃない。

 百体超えだが、精度を高めるならば少なくとも千体は倒して統計を取らないと説得力が無いよな。だが通常なら1%以下なのは確認出来た。

 休憩を終えたら、大ホールの正面の扉の右側から攻略する。ここからは予備知識無しのぶっつけ本番だ、気合いを入れて攻略するしかない!

「大ホール正面の右側から探索を開始する。念の為にゴーレムビショップ六体をパーティに見立てて先行させるよ」

「そうですね。通路にも罠が仕掛けられているそうですし、用心が必要です」

「でも普通なら先行しろとか、囮と同じ扱いだから嫌がるよね?」

「大体盗賊職の連中がやらされる」

 そう、罠を調べるのが最適なのは盗賊職の連中だから先行させられるのも彼等だが、当然罠を見付ける技能も有している。

 だが一番確実に罠を調べるのは実際に引っ掛かってみる事で、ダメージ無視のゴーレムが最適なんだよ。致死性の罠に引っ掛かっても大丈夫。

 どんな罠が有るか分かれば、盗賊職の技能を持っていれば高確率で罠を解除出来る。有る無しを調べる事は結構大変なんだと、エレさんから聞いている。

「距離は20m以上離れるよ。近いと罠の巻き添えを食らう可能性が高いからね」

「毒ガスや毒針、槍襖に落とし穴。近いと危険、特に毒ガスは拡散するから……」

 先頭に立ち先行するゴーレムビショップをジッと見詰める、エレさんが独り言の様に呟いた。彼女も自主鍛錬で、盗賊ギルド本部に通い始め技術を向上させている。

 既に一線級の盗賊職として認められているので、彼女に任せれば安心だろう。攻撃も巧みにクロスボウを操り敵を屠れるし、ギフトを合わせれば広域警戒も可能だ。

「あっ?ゴーレムビショップ達が一瞬で消えた」

「僕も見た。落とし穴じゃない、アレはワープトラップだ。でも通路を歩いているだけで発動って、随分と酷い罠だぞ。普通は宝箱とか扉に仕掛けられた罠の解除に失敗したら発動だろ?」

 大分悪辣だが、特定の床を踏んだら発動か?発動条件が分からなければ、この通路の先には危なくて行けないぞ。一旦戻った方が良いか?前に『デクスター騎士団』のビクターが引っ掛かり、グレートデーモンごと第一階層までワープさせられた。

 ルーテシア嬢もウィンディアも運が良かった、上層階の通路に移転したんだ。下手をすれば壁の中に転移させられて全滅の危険さえ有ったんだ。

 エレさんを見れば、真剣な顔で何かを考えている。僕よりも色々と考えていると思うが、ブツブツと小声で呟く姿は少し怖いですよ。

 


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