古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第692話

 魔法迷宮バンクの最下層、第十階層の隠し部屋を発見。既に部屋の中央に宝箱が見えている初めてのパターン。だがその部屋を守るモンスターは、ポップせずに天井から落ちて来た。

 馬車程の大きさの肉塊、肌色で人間をこねくり回して饅頭にしたみたいな形。人の嫌悪感を煽る、スライムとは似て非なる怪物。その肉塊は多少のダメージは直ぐ回復し、多大なダメージを与えると分離する。

 打撃や刺突は効かず斬撃もダメージは入っているが、一定量を超えると千切れて分離。分離した奴も普通に攻撃してくる、多少マシなのは質量は変わらないので小さくなり攻撃力が下がる位か?

「火属性魔術師ならファイアボールを撃ち込んで燃やしたい。僕も油樽を投げ込んで燃やしたい。だが剥き出しの宝箱に被害がいくから出来ない、これも罠か?」

「リーンハルト君、また分離したよ」

 四体から八体、次は十六体か?小さく分離させて各々を叩き潰すのが正解か?切り裂いた断面を注意深く見ているが、核らしき物は無い。

 巧妙に隠しているのか、そもそも核は無くて分離すれば独立して動けるのか?ジリ貧だが、最悪はゴーレムビショップを見捨てて扉を閉めて逃げれば良い。

 ゴーレムビショップをもう六体投入する、三班投入したが既に五体は倒され残りは十三体、不味い分離して十六体に増えた。すかさず更に六体投入するが、部屋の大きさを考えれば……

「これ以上ゴーレムビショップを増やせない。小さくなったが、張り付いての圧壊攻撃だと?」

 斬撃を避けてゴーレムビショップの腕に張り付き、そのまま握り潰した?腕の残骸は吐き出したから、そのまま吸収はしないのか?

 金属だからか?有機物なら吸収するのか?錬金製だし壊れれば魔素に戻るが、魔素なら吸収するのか?分からない?盗賊ギルド本部め、碌な情報を寄越さない。

「あっ?待てアイン、斬撃波疾走は不味いぞ!」

 業を煮やしたのか、アインが大技で肉塊を吹き飛ばした。ハルバートの一振りで衝撃波が肉塊を切り飛ばした?だが更に細かくなっただけで直ぐに行動を開始した。

 不味い、ジリ貧だ。宝箱を諦めれば大技を連発して倒せるが、あの宝箱の中身は『全能者の王冠』と『ネクタル』だろうから壊しかねない。欲に目が眩み行動に制限が入る。

「邪悪なる者に神の慈悲を与えん……浄化!」

 イルメラかっ?

 イルメラの神聖魔法が肉塊達に降り注ぐ。キラキラした光の粒子が部屋の中を浄化するが、肉塊達に変化は無い。つまり悪魔系モンスターじゃない。

「荒ぶる風よ、吹き荒れろ。全てを押し潰せ……暴風!」

 続いて、ウィンディアの魔法『暴風』が肉塊達を部屋の奥の壁に吹き飛ばし、そのまま風圧で押し潰す。一緒に飛ばされたゴーレムビショップの装甲が軋む、凄い威力だ。

 だが効かない、押し潰されて平らになったがウネウネと動いている。つまり物理攻撃も神聖魔法も効かない、因みに宝箱は風を調整し避けているのか無傷だ。

「ウィンディア、そのまま押さえ付けていて僕が魔法を唱えたら止めてくれ!切り札を一枚切る、ドラゴンさえも即死させる猛毒に耐えられるか?ポイズンミスト!」

 秘中の秘、僕が毒特化の水属性魔術師だと言う事が秘密なのは、切り札として毒魔法を扱うからだ!未だ数回しか使っていない、だが威力は妖狼族の神獣ダーブスを満月の夜に倒せる威力を持つ邪悪なる魔法。

 ウィンディアの魔法で一ヶ所に纏めて押さえ込んでくれたので、効率的に満遍なく猛毒を肉塊達に擦り込む。この魔法を使う時の僕は表情も怖いらしく、傍目には邪悪な魔術師だろう。

 毒耐性は無かったみたいで、ブルブルと小刻みに震えた後で……キラキラと魔素に還って行った。だが同時に再生も行っていた、猛毒の威力が再生速度に押し勝っただけだ。高威力で広範囲の属性魔法じゃないと倒せない、火とか雷とか……だが同時に宝箱は諦めねばならない。

「何て極悪なんだよ!宝箱目当てなのに、宝箱を犠牲にしないと勝てないって行動に制限が掛かるし思考も乱れて冷静な判断が出来ない。扉を閉めて中に入っていたら逃げ出せない、悪辣で冒険者を殺しにきていやがる」

「流石は、リーンハルト様です!悪の帝王みたいな笑みにも痺れます」

「そ、そうかな?有り難う。今後は気をつけるよ」

 悪の帝王ってさ、物凄くヤバい連中の親玉みたいに言われた。人間版の魔王みたいな者か?まぁ魔王とか創作上の産物だと思う、モンスターを統べる王の事だが実際に確認された事は無い。

 しかし慣れた頃にモンスターや罠を切り替える。油断や慢心、欲望も考えて思考や判断力を狭めてくる。コレを考えた奴は悪魔だな。もしかして魔王?いや、まさかな。冗談でも質が悪いか……

「リーンハルト様、壁際にポーションが沢山落ちています」

「え?本当だ。分裂した肉塊は一体扱いじゃなくて全て別の個体扱いか?一個二個三個……十六個、全数有るな。隠し小部屋だけに効率は良いのか?」

 警戒して補修を終えたゴーレムビショップに拾わせたが、あの分裂した肉塊と同数有る。つまり分裂させればさせるだけ、纏めて手に入れられる?

 リスクは高い、小さくなっても人間なら即死させるだけの攻撃力が有る。もし三十二体に分離されたら、数に押されてダメージを負っただろう。

 欲望に負けると手に負えなくなり自滅する。十体前後が理想だろうか?一つ手に取って鑑定すれば、やはり僕の知る『ネクタル』だ。不老不死など有り得ない妄想だよ。

 天井の灯りにフラスコに入った金色に輝くサラサラした液体を透かして見る、世の中の女性陣からすれば神の妙薬だろうね。

「リーンハルト様、そのポーションはネクタルでしょうか?妙に神々しいのですが……」

「ああ、鑑定したがネクタルに間違い無い。だが不老不死じゃない、効果は外見をランダムで一年から三年程若返らせる。有る意味では、不老不死より厄介かな」

 飲んだ時点で老化が止まり永遠の命を得る。ならば老人が飲めば永遠の老人、幼児が飲めば永遠の幼児。それはそれで飲むタイミングが難しく、場合によっては意味が無い。

 だが任意で年齢を操作出来るとなれば話は別だ。常に二十代前半を維持とか、常に十代の水も弾く肌を維持とか、女性の夢を実現出来る秘薬を手に入れた訳だが……

 我が信頼するパーティの女性陣が、全員唾を飲み込んだ音を聞いた。目がね、獲物を見付けて襲い掛かる寸前の雰囲気なんだ。これが若さを求める女性心理、甘く見過ぎていたのか?

「ネクタルが十六個、最低でも十六年分。最大で四十八年分の若返りの秘薬だよ!」

「これが有れば常に若々しい姿で、リーンハルト様の寵愛を受けられるのですね」

「今は未だ要らない。でも十五年後には必要、常に二十歳前半の大人の女性を維持」

 これ、正直に世の中に出しちゃ駄目な奴だ。

「えっと、ネクタルは後回しにして宝箱の解除をお願い。多分だけど中に『全能者の王冠』が入っていると思うよ。盗賊ギルド本部の情報だから、信用性は低いけどね」

 全て空間創造に収納する。『嗚呼、私の秘薬が!』とか、ウィンディアの悲鳴は聞こえない。全員で八番目の小部屋に入り扉を閉める、肉塊を倒したからセーフティーゾーンになるか確かめる。

 エレさんが調べたが、鍵は掛かってなく黄金の凝った意匠の王冠と羊皮紙が入っていた。今は樹木の繊維を用いた紙に固定化の魔法を掛けるが主流なのに、羊皮紙とは珍しい。

 黄金の王冠は見知った意匠だったが、一応鑑定した。やはり僕が知る引き籠もりを量産するジョークアイテムだったので一安心だ。洗脳系マジックアイテムじゃない。

「羊皮紙だが書かれている文章はエムデン王国の公用語だな。何々……何だって?何て人騒がせな」

 あまりの内容に羊皮紙を持つ手が震えて破きそうになる。実際破いて丸めて投げ捨てたい、だが証拠として残さなければならないジレンマ。

「リーンハルト様、何が書かれているのですか?」

「ああ、この『全能者の王冠』をわざわざ元に戻した経緯が書かれているんだよ」

 羊皮紙に書かれていた内容だが……オバル殿の四代前の代表である、ダームミトラ代表が当時の冒険者ギルド本部と協力し魔法迷宮バンクの最下層を攻略していた。

 ワープトラップに悩まされて中々進めない中で、有る冒険者が盗賊職とワープトラップではぐれた為に迷路の脱出方法の片手で壁に触りながら移動する事を実施し偶然隠し部屋を発見。

 冒険者ギルド本部は手柄を独り占めにして、『全能者の王冠』と『ネクタル』を手に入れても秘密にしていた。だが暫くして当時の冒険者ギルド本部の代表が引退、次の代表も暫くして引退した。

 彼等は買い上げた『全能者の王冠』を装備し、空想の中の自分に酔いしれて引き籠もり他者との関わりを拒絶し、そして衰弱死していた。何故、呪われたマジックアイテムを使うのか?

 もしかして取り憑かれていて防ぎ様が無いのか、呪いの類(たぐい)か?三人目の代表が全てを盗賊ギルド本部に打ち明けて、この呪われたマジックアイテムの存在が明るみに出た。

 ダームミトラ氏も呪われたマジックアイテムと知りながらも、装備したい誘惑に駆られるが何とか自制し元有ったこの場所に戻した。この『全能者の王冠』は此処で誰の目にも触れず、朽ちるに任せるべきだと……

 要は手に負えないから元の場所に戻して知らん振り、当時の国王にも知らせていない。内々で処理して、冒険者ギルド本部と盗賊ギルド本部が口裏を合わせて秘匿した。

 まぁこの羊皮紙は、盗賊ギルド本部のダームミトラ代表が書いたものだから全てが真実か分からない。言い伝えが残ってる時点で、秘匿した筈が違うじゃないか。

 中途半端に残された言い伝えでは、秘匿する筈のマジックアイテムをわざわざ探そうとする連中が現れる。それも相当粘着質にだよ、中途半端で迷惑を未来の連中に掛けるな!

「そもそも黄金は腐らないし、強固な固定化の魔法も掛かってるから百年単位で保つよ。人騒がせなマジックアイテムが、これ一つなのは確認出来たけどさ」

 なんて迷惑な物を秘匿とか言いながら笊(ざる)な情報統制と、訳の分からない言い伝えで残しやがって!そもそも言い伝えが適当で、オバル殿が暴走して大変だったんだぞ。

 この二つのマジックアイテムは秘匿出来ない、僕が所持してるとか(言い掛かりの)謀反の理由には十分なんだぞ!オバル殿に口止めをしても無駄だ、ネクタルを手に入れる為にならどんな無茶でもするだろう。

 口止めとしてネクタルを渡せば、使用して若返る。結局、ネクタルの存在は秘密にしてもバレるのは時間の問題。だが肉塊を倒せる連中となれば限られる、デオドラ男爵クラスの人外か冒険者ランクB以上の強者。

 ネクタル自体の入手は難しくない、ドロップ率も100%なら肉塊を倒すだけで入手可能。簡単では無いが、僕等以外でも不可能じゃない。だがエルフ族なら可能、魔法特化種族なら肉塊も簡単に倒せるだろう。

 ネクタル、若返りの秘薬を最も簡単に手に入れられるのは、最も必要が無いエルフ族とか嫌味だな。まぁ彼等が手を貸す対価が分からない、現実的には無理だな。

「うん、肉塊を倒せば小部屋はセーフティーゾーンになるみたいだね。暫く留まっても、レイスやゴーストが現れない。ボス部屋と同じなのかな?次は肉塊が再度現れるか、ネクタルの入手が可能か検証する。経験値は多そうだし、エレさんレベルアップしたよね?」

「うん、レベル34になった」

「私もそろそろレベルアップしそうです」

「確かに経験値は多そうだね!レベルアップもしたいし、ネクタルも集めたい。リーンハルト君、頑張って肉塊狩りだよ!」

 ウィンディア、そんなに欲望に漲った顔で張り切るなんて……まぁ確かにレベルアップには最適だ、黒縄(こくじょう)で細切れにしてポイズンミストで毒殺する。

 経験値が得られ、ネクタルも大量入手。交渉材料として確保出来れば美味しいし、多分次に攻略出来る予定が立たないから今集めるしかない。

 自律行動で各部屋でレイスを倒している、ゴーレムビショップ達とドロップアイテムも回収しつつ第九階層に登って直ぐに降りて来よう。午前中四回、午後も四回。

 少し早めに切り上げて、オバル殿達に口止め。先にザスキア公爵に相談してから、アウレール王に謁見を申し込む。この『全能者の王冠』は王宮の宝物庫に死蔵した方が良い。

 盗まれても国家転覆とかにはならず、犯人は妄想に浸り衰弱死だが呪われたマジックアイテムの流出は国家の威信に関係する。危険なマジックアイテムの管理も出来ないのか?ってね。

「攻略方法さえ確立してしまえば、難敵肉塊もボーナスモンスター。ボス狩りならぬ肉塊狩りの始まりだ」

◇◇◇◇◇◇

 結果的に作戦は成功、肉塊対策は先ずゴーレムビショップ六体を部屋に突撃させると奴は天井から落ちてくる。そこへ僕が黒縄(こくじょう)で十六分割にして、ゴーレムビショップが抱えて部屋の奥に移動。

 距離を取ったらポイズンミストで毒殺する。分割しても有る程度の大きさだと、肉塊の内部に毒が浸透する前に回復してしまう。質量を減らす為に十分の一以下にしないと駄目だった。

 なので四回切り刻んで十六分割にする、これが一番効果的だった。犠牲込みの作戦は、ゴーレム使いじゃないと不可能。毎回ネクタルも十六本集まる、他にドロップアイテムは無い。

 肉塊はノーマルもレアもなく、ドロップアイテムはネクタルのみ。宝箱は空だ、毎回中身を確認するが何も入っていない。午前中で四回挑戦したが、全員がレベルアップした。その分、小部屋の宝箱の出現率が悪く中身も同じくダガーばかり。

 昨日と同じ種類しか現れない、僕と宝箱の相性は最悪。多分だが『ブリザードランサー』はもっと良い物を手に入れたのだろう。パーティ六人が第二の人生を送れる程の金貨を稼いだのだから。

 セーフティーゾーンと確認した隠し部屋で、イルメラ達の手作りの昼食を食べてお昼寝タイムだ。集団添い寝は魔香の効果が発揮されるから、個別に順番に膝枕を楽しむ。

「リーンハルト様、準備が出来ました」

「うん、個別で膝枕ね。各自十五分ずつだっけ?厳密に話し合いで順番と時間を決めたんだっけ?」

 毛布を敷いてブーツを脱いだ、イルメラが膝を軽く叩く。そのままフラフラと彼女の柔らかく良い匂いのする膝の上に頭を乗せる。

 極楽だ、過酷な魔法迷宮の最下層の攻略中のご褒美だな。目を閉じれば、イルメラが額に手を添えてくれる。ひんやりと冷たいが気持ち良い。

 手が冷たい人は心が温かいらしい。友愛が教義のモア教の僧侶である、イルメラは聖母みたいに優しくて……睡魔が襲ってくる迄、彼女の膝の柔らかさと匂いを堪能した。

 


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