古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第693話

 魔法迷宮バンクの最下層の、秘密の小部屋を攻略した。盗賊ギルド本部の代表に代々?伝わっている情報が随分と食い違っていた。秘匿された怪しいマジックアイテム、『全能者の王冠』と『ネクタル』を入手。

 前者は転生前の僕が知っていたジョークアイテム、装備者の願いを全て叶える幻覚を見せて堕落させ、社会から孤立して衰弱死と言う呪われた王冠だよ。何故か装着を拒否出来ないらしい、やはり呪われているな。

 後者は少し問題だ、不老不死はガセネタだったが外見だけ若返る事が出来る。ランダムで一年から三年の幅は有るが、見た目は永遠(寿命の尽きぬ限り)の若さを維持出来る。

 女性の若さに対する執着は、ウィンディアの様子を見れば理解した。未だ若い十代の女の子でさえ、未来の自分の老いる姿を心配している。オバル殿は今まさに、お肌の曲がり角だから。

 美しい女性は過去の全盛期を覚えているから、そこから衰えるだけの自分など受け入れられないのだろう。気持ちは分かるよ、それを否定すると全ての淑女から敵視される。

 だから『ネクタル』の扱いには細心の注意が必要で、僕はエムデン王国を巻き込む事にした。『全能者の王冠』の件で、アウレール王に謁見した時に合わせ技で相談する。

 理想は定期的に国家に納品し、その配布先には一切関わらない。『ネクタル』は外交でも使える、他国の王妃や王女達が競って欲しがるだろう。王も王妃に配慮し、それなりの条件を飲むだろうな。

 美容に狂う淑女の宥め方なんて知らないし知りたくもない。この利点と欠点を制御出来るのは、賢王たるアウレール王だけだ。丸投げしても問題は無い、定期的に毎月五本とか渡せば良いかな?

◇◇◇◇◇◇

 少しだけ早めに切り上げて地上に戻る。昨日と同じく聖騎士団員達の出迎えを受けて、そのまま護衛して貰い豪華な応接室に案内された。

 王都三大ギルド本部の代表達も揃っている。貴方達は仕事は大丈夫なんですか?ずっと此処に居たんですか?暇じゃないですよね?

 今日は全員の機嫌が悪くギスギスしている、余裕が無い感じだな。この羊皮紙を見せたら、オールドマン殿とオバル殿は何と言うだろう?

「待たせてしまったみたいですね?」

「いえ、大丈夫です。通常の業務より大切な事です」

「そうだな、此方を優先するべきだ」

「リーンハルト様、ネクタルは入手出来ましたか?」

 オバル殿のみ自分の欲望を優先してきたよ。向かい合わせに座っているが、今にも飛び掛かって来そうな位に身体を前後に振っている。

 斜め後ろに控える、イルメラが権杖を構え直した。オバル殿が飛び掛かって来たら、躊躇無くフルスイングで迎撃だろう。

 ウィンディア、小声で私達のネクタルは渡さないとか言うな。気持ちは分かるが、僕等がネクタルを入手したのはバレたぞ。

 まぁ先に話すべき事が有るので、ネクタルは後回しだ。空間創造から『全能者の王冠』を取り出してテーブルに置くと、皆が黙って凝視する。

 盗賊ギルド本部の言い伝えを信じれば、伝説級の洗脳系マジックアイテムが目の前に有る。自分達に使われたら一大事と思って身構えたな。

 レニコーン殿は知的好奇心、オバル殿は自分に使われなければ良い位の関心度、オールドマン殿は……複雑な表情だな。もしかして、冒険者ギルド本部にも言い伝えが残ってた?

「オバル殿の情報通りに、隠し部屋の宝箱の中に有りました。鑑定しましたが、『全能者の王冠』で間違い無いです」

「これが実在したのか……」

 む?オールドマン殿のみ反応したが、以前から知っていたか昨日知ったか判断出来ない言い回しだな。もしも冒険者ギルド本部の三代前の代表が、何かしらの言い伝えを残していたら?

 自分達の元代表達の仕業と末路を知っていた筈なのだが、昨日は全く知らない素振りだった。まぁ僕も羊皮紙の内容を知ったから、疑い始めた訳だからな。

 あの内容を知らなければ特に疑いの目は向けていないだろう。レニコーン殿がゴクリと唾を飲み込んだのは、知的好奇心故にだよな?

「名前は一致しましたが、性能は全く別物です。これは装備者に望んだ妄想を見せる、妄想の中では自分が神になれる。全てが思い通り……

その代償は現実への興味を無くし妄想の世界に浸り、そして衰弱して死亡。宝箱に一緒に入っていた、羊皮紙に全てが書かれていました」

 そう言って『全能者の王冠』を空間創造に収納し、変わりダームミトラ代表が書き残した羊皮紙をテーブルの真ん中に置く。全員が食い入る様に羊皮紙に書かれた内容を読む。

「何という自分勝手な言い草だ!魔法迷宮の宝を独り占めにして、手に負えないから元に戻すだと!秘匿するとか言いながら、言い伝えとして中途半端に後世に残している。この統一性の無さ、何時かまた手に入れるつもりだったのか?」

 過去にハブられて責任が一切無い、レニコーン殿がキレた。その内容は僕も感じた事と一緒だよ、隠さず国家に献上するのが普通だぞ。

 我が身可愛さに黙秘して元に戻して一切の関わった記録を残さないならば、未だ同情の余地は有ったのに。何を言い伝えで残してる?

 オールドマン殿は苦虫を纏めて噛み潰したみたいだな。ヤバいマジックアイテムを独り占めにして、最終的には元に戻して知らん振りだ。

 まぁ後世に情報を残さなかったのは良かった。過去の代表の失態を責めるにしても、大した事にはならないだろう。

 これが本当に洗脳系マジックアイテムなら国家を揺るがす大罪だが、呪われた妄想系マジックアイテムだからな。出来れば壊して欲しかったが……

 心の何処かで勿体ないとか思ったのか?わざわざ元に戻すのだから、間違った予想では無いな。だから、ダームミトラ代表が言い伝えを残したんだ。

「この『全能者の王冠』はアウレール王に献上します。この羊皮紙も見せますが、悪い様にはしません。何代も前の代表達の仕出かした事ですから、情状酌量の余地は有ります」

 レニコーン殿が二人を睨む、オールドマン殿もオバル殿も流石に反省したのだろう。過去の代表の責任は別として、深く頭を下げてくれた。

 これで厳重に口止めをすれば、『全能者の王冠』については全て終了。王宮の宝物庫に死蔵して貰えれば問題は無い、結構ヤバい曰く付きな品々も有るらしいし……

 一つ増える位なら大丈夫だよな。被害も装備者だけだし、妄想に浸り引き籠もるだけだから無理矢理外して社会に戻せば解除出来る筈だよな?

「ね、ネクタルは?ネクタルは、どうなんですか!」

 どうしても諦め切れないのか、前の代表の失態をサラリと忘れるか横に置いたかした、オバル殿が詰め寄って来た。

 今回はウィンディアが、何も言わずに杖の先端を向けた。問答無用で『暴風』で吹き飛ばすつもりなのか?

 流石に私達のネクタルとか言わないが、リーンハルト君に無礼を働くなら吹き飛ばすとか言わない。君付けも対外的には微妙にアウトだよ、気を付けようね!

「ネクタル、不老不死の妙薬。そんな神の奇跡みたいな薬など有り得ませんよ、確かに同じ名前のポーションはドロップしました。恐るべき宝箱の番人を倒したらですがね」

 ジロリと中途半端な情報を寄越しやがってと睨み付ける。盗賊ギルド本部に見せて貰った地図に、肉塊の事は何も書いていなかった。

 中途半端な情報は、実際に戦う連中からすれば非常に困る。先入観も植え付けられるし、それを信用すれば警戒も下がる。

 確かに秘密の小部屋に入る手段は、教えて貰わなければ絶対に分からなかった。だが知らない方が、こんな苦労はしなかったし、これからもする事にはならなかったぞ!

「仮に肉塊と名付けましたが、物理攻撃無効の馬車と同じ位に巨大な肌色のスライムみたいなモンスターでした。身体の一部を伸ばし鞭の様に攻撃し、レベル60の僕のゴーレムを一撃で破壊する難敵。

高威力の属性攻撃魔法が無いと厳しい、しかもポップせずに天井から落ちての不意打ち。冗談でなく全滅の可能性が有りました、流石はバンクの最下層ですね」

 嫌みの如く言ってみたが、全員が顔面蒼白になった。最悪の場合、誤情報を掴ませて僕等が全滅の可能性が有ったとか笑えない。

 エムデン王国に所属する冒険者連中の中でも実力は上位、貴族的権力は最上位のパーティが全滅する脅威だった訳だ。

 僕のパーティメンバーに何か有れば、冒険者が冒険するのは自己責任とか建て前は通用しない。普通に関係者は厳罰だろうな……

「それは、申し訳有りませんでした。最終的にモンスターを倒したのは、冒険者ギルド本部の連中でしたので情報が入らなかったのでしょう」

「な?全てを秘匿するって話だったのだろう?中途半端に財宝の内容だけ言い伝えを残すからの弊害だ!責任は其方に有る」

 おいおい、責任の擦り付け合いは止めてくれ。過去の問題を今の連中に負わせて責めるつもりは無いし、結果的にはレベルも上がりネクタルも大量に手に入れた。

 ネクタルは別にしても、経験値稼ぎとしてなら肉塊は優秀だ。僕さえもレベルが二つ上がった、短期間なのに普通なら考えられない。

 これは定期的に肉塊狩りをして全員のレベルを50以上にしたい。ネクタルの定期的納品の為に、月に数日間は肉塊狩りをする。

 理由として王家に献上とする。無料で構わない、此処にこれる状況を作り出せればネクタルなんて何本でも提供する。

「この場で言い争いは止めてくれ。結果的には肉塊を倒し、ネクタルは数本入手出来た。だが効果は問題を含んでいる、これはランダムで三年程度若返るが寿命は変わらない」

「若返り!それが神の食物から作り出された、神の妙薬!リーンハルト様、是非とも私に売って下さい。全財産を渡しても構いませんので三本、いえ五本売って下さい!」

「悪いが今は渡せない。ネクタルもアウレール王に献上するし、今後も定期的に献上し配布先は国王に任せる事になるだろうね」

「そんな……国家が優先的に配るなら、私には入手など不可能です。何とかなりませんか?」

 なりません、配布先の選定に一切関与しない為の無償の献上です。だが抜け道は有る、アウレール王との交渉次第だけど実験台としての投与だ。

 国王に献上しても安心して使えるのか?効果は確かなのか?危険は副作用は無いのか?色々と検証しなければ駄目な事が有る。

 未発見のポーションを使用するには、色々と調べる必要が有り高貴な淑女が使うなら余計にだ。だから先ずは平民の、オバル殿から試す。

 問題が無いと対外的に確認させた後で、ザスキア公爵。後はモリエスティ侯爵夫人に希望が有れば、メラニウス様。貴重品の実績作りに最適だろう。

「そうですね。効果を確認する為の人体実験の被験者として、無償で提供しても良い。勿論だが、この件に関しては一切秘匿する事が条件です。五本迄なら与えましょう」

「します!秘匿しますから、是非とも人体実験に使って下さい。定期的でも大量投与でも、何でもしますから是非ともお願いします」

 そう言って深々と頭を下げてくれた。人体実験は口実だが、この女はネクタルが手に入らなければ何でもやるだろう。

 それこそ高レベルの冒険者を雇い詳細を秘密にして、魔法迷宮バンクの最下層に送り出しかねない。口止め込みで渡した方が安心なんだ。

 欲望の強い者は欲望で縛れば裏切らない。定期的に、それこそ十年おきにネクタルを五本渡せば死ぬまで二十代だ。

 裏切りなど考えられないだろうし、生きたネクタルの成果見本として最適。貴族令嬢は見世物になど出来ないから、与える理由にはなる。

「裏切ればネクタルは渡さない。高レベルの冒険者パーティでも入手は難しい、抜け駆けも無理ですからね。大人しく待っていなさい、明日以降連絡します」

「はい!お待ちしておりますので、宜しくお願い致します」

 甘い対応かも知れないが、これで色々と融通もしてくれるだろう。今の不安定な時期に、王都でも有力なギルドの代表を切る訳にはいかない。

 ネクタルの代わりに王都の守りに積極的に参加させる。盗賊職の得意とする部分だし、所属構成員には適正な金貨を渡せば良い。

 ラミュール殿の巡回参加希望の手伝いとして協力させるのも良い。裏切らない協力者って、使い勝手が良いよね!

◇◇◇◇◇◇

 根回しと下話を終えた頃には、すっかりと日が暮れて辺りは真っ暗になった。帰りの馬車の中は少し悪い、貴重なネクタルをオバル殿に渡すのが気に入らないとか?

 今日だけでもネクタルは肉塊を八回倒して百二十八本も入手してるし、そもそも僕は三百本近く持っている。寿命は延びないんだし、十分だと思うんだ。

 拗ね気味で僕の左腕に抱き付いている、ウィンディア。嬉しそうに右腕に抱き付いてスリスリしている、イルメラ。正面に座り指を咥えている、エレさん。

「ウィンディア、不満かい?」

「うん。裏切り者だし信用出来ないし、図々しいよ。嫌な女だと思う、優遇し過ぎじゃないかな?」

「ウィンディア、リーンハルト様には理由が有るのです。あの様な女の事など、放っておきなさい」

 あの、イルメラさん?今日は何時もより腹黒く有りませんか?その見上げる仕草と笑顔は素晴らしくあざといですが、吐いた言葉は辛辣です。

 オバル殿には一見優遇しているみたいに思うだろう。でもネクタルと言う若返りの秘薬を体験出来た平民、そう唯一の平民階級なんだよ。

 公爵本人に、公爵夫人に侯爵夫人達がネクタルと言う未知の妙薬の被験者となり実際に若返る。オバル殿の希望を僕は叶えた。

「オバル殿は贄(にえ)だよ。若返りの妙薬、神の奇跡ネクタルの体験者は限られる。僕は高貴なる協力者の淑女達にも渡す、ザスキア公爵本人にローラン公爵夫人、モリエスティ侯爵夫人。

ネクタルの情報を知りたくても、簡単に会える人達じゃない。ならば誰に殺到するかな?オバル殿だって自分が欲してやまないネクタルの情報は話さないだろうね。僕が口止めしてるから余計にだよ、話せばネクタルは手に入らない。一度若返ったのに二度目は無い、我慢出来ない。だから頑張って言い寄る連中の対処をする、その対価だよ」

 この説明に、イルメラは目を輝かせるが、ウィンディアは呆然とした。イルメラさんが黒くなったと言っていたのに、実は一番黒いのは僕だと分かったからだ。

 そう言う訳で、オバル殿には定期的にネクタルを渡すけれど大変な仕事も押し付けたんだ。若さを求める淑女達の猛攻撃に、何時まで耐えられるか?見物だね。

 


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