古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第697話

 宮廷魔術師第三席の水属性魔術師、慈母の女神ラミュール殿の希望を叶える為の実務者会議だが、彼女の部下二人の協力姿勢が両極端だった。

 宮廷魔術師団員の、パペルニ殿は僕と同じく安全確実路線。無理せず無難に終わらせたい派だが、子飼いの騎士ガトラム殿は、極力彼女の希望を叶えたい派だ。

 危険や労力は二の次、厳つい顔に反比例してベタベタに甘やかしたいんだ。厄介だ、同僚に敵が居る。多分だが何か企めば直ぐに彼女に密告する、我が姫様とか言ってる時点で駄目駄目だな。

「ガトラム殿、彼女の意向に添いたいのは分かる。だが危険を無視するのは護衛としてどうなんだ?自分が居るから大丈夫とかの、精神論では許可出来ないぞ」

「だが姫様の気持ちを考えれば、万難を排して望みを叶えるべきでしょう!多少の危険は、自分と護衛部隊が居れば大丈夫。貧民街でもスラム街でも問題無しです」

「ガトラム殿、それは不用心どころの話ではない!主を危険な場所から遠ざけるのが、我等臣下の務めですぞ」

 パペルニ殿が良い事言った!無謀な視察とか巡回とか、自分の主を危険に曝すのは無能だよ害悪だよ!流石に貧民街やスラム街に、上級貴族を連れ込むのは反対だ。

 幾ら国家の力の象徴たる宮廷魔術師第三席でも、多方面から攻められれば危険だ。常時展開型魔法障壁も、連続した不意打ちには弱い。囲まれて接近されたら厳しいんだ。

 特に貧民街やスラム街には、旧コトプス帝国から連れて来られた解放奴隷が多く住んでいる。彼等はエムデン王国に恨みが有り、特に上級貴族など復讐したいリストの上位だ。

 ガトラム殿の説得は無理っぽい。諦めて代案を提示した方が建設的で時間を無駄にしない。僕が強引に決めれば表面上は従うが、現場で反古にして勝手な行動をする可能性が高い。

 少しだけなら自分が同行すれば大丈夫とか言って、我が姫様に良い所を見せたいと暴走する。結果的に貧民街かスラム街で大騒ぎを起こす、彼等を刺激し偶発的な襲撃の引き金になるんだよ。

 今も不満を隠そうともしない。彼の中では、ラミュール殿が最上位で僕など彼女の願いを邪魔する困った貴族様程度の認識だな。この身分差でふて腐れるのだから、この判断に間違いは無いだろう。

「残念な事に我が国の王都にある貧民街やスラム街には、旧コトプス帝国から連れて来られた解放奴隷達が多く住んでいる。彼等を刺激する事は出来ない、ラミュール殿を危険に曝す愚行だぞ。

自分が居れば全員倒すから大丈夫とかの問題じゃない、暴動を引き起こした責任は鎮圧したから不問じゃないんだ。誰が責任を負うか、ガトラム殿も分かるな?」

「そうですぞ!ラミュール様の経歴に傷を付ける事になる、猪武者の貴様には分かるまい。貴族の面子や誇りの問題だ!」

 面子や誇りは微妙に違う、どちらかと言えば不用意な行動をして信頼を損ねたとか?まぁ評価が下がるのは面子絡みの範疇かな?失った信頼を回復させるのは大変だぞ。

「むむむ、しかし……いや、そうですな。無用な騒ぎを起こせば、姫様の輝かしい経歴に傷が付いてしまう。解放奴隷など手を差し伸べる対象でも無い、捨て置く連中だった」

 いや、その感覚も微妙にアウトだよ!ガトラム殿は何故、そこだけ傲慢な貴族っぽい感覚なんだ?だが、ラミュール殿の立場を悪くするとなれば反発はしないな。

 そこが彼を説得する肝だと思うが、他に陳情を受ける場所となると……モア教の教会は駄目、冒険者ギルドや魔術師ギルドみたいな大手は厳密には無辜(むこ)の民じゃないし陳情は依頼と同じか?

 鍛冶ギルドや商人ギルドとかの陳情ならどうだ?他にも僕の知らない中小のギルドが有るかな?彼等からの望みを事前にリストアップして、それを厳選し陳情して貰う。

「商業区に拠点を構えるギルドから事前に陳情をリストアップして貰いましょう。その中から厳選し、ラミュール殿に相応しい陳情の対象をして貰う。冒険者ギルド本部や魔術師ギルド本部、盗賊ギルド本部みたいな大手は駄目ですね。

それは陳情じゃなく依頼になってしまうから、中小のギルドが良いでしょう。彼女の立場を悪くする貴族絡みや利権絡みも却下、事前選定は慎重に行うべきでしょう。

パペルニ殿とガトラム殿には、商業区に拠点が有る中小のギルドを調べて下さい。その中から幾つかのギルドを選んで陳情のリストアップをして貰う事にしましょう」

 僕もどんな中小のギルドが有るか知らない。ガトラム殿なら姫様の為に必死に探すだろうし、その中から問題の無さそうなギルドを選んで接触すれば良い。

 この提案には、ガトラム殿も気持ち良く賛成したみたいで笑顔で頷いている。自分が探し出した領民の陳情を我が姫様に教える事が出来る、満足なのだろう。

 そわそわしてるし、これから直ぐにでも商業区に突撃しそうだな。暴走しない様に、パペルニ殿に釘を刺して監視させよう。保険は必要だよ。何時の時代も、暴走する部下は問題を引き起こすんだよ。

「では期限は一週間後とします。ラミュール殿の為にも、良く問題の無いギルドを調べて下さい。嗚呼、パペルニ殿は残って下さい。別件で話が有ります」

 そう言うと飛び出す勢いで、ガトラム殿が頭を下げて退室して行った。本当に、ラミュール殿が大好きなのだろう。まぁ彼女は信頼してるから、彼を僕の所に寄越したんだよな?

 配下の層は厚いだろうし彼女の子爵家には歴史が有り、譜代の家臣も多い。つまり有能な者も沢山居る、ガトラム殿は騎士として護衛として武力が一番高いとか?

 残された、パペルニ殿は不安そうな表情だな。相方の態度の悪さを責められるとか思ってるのかな?ガトラム殿はラミュール殿の子飼いの騎士だが、ペパルニ殿は宮廷魔術師団員だから僕の配下でもある。

「さて、今回の任務ですが問題が浮き彫りになりましたね」

「え、その……ガトラムは悪気は無いのですが、少し直情傾向が有りまして」

 ふむ、責任を相手に擦り付けずに擁護する。先程の会話では確執が有りそうな感じだったが、それなりに仲間意識は有りそうだな。

 良い事だが協力して失敗を隠蔽とか、遠慮から暴走を強く止められないとかは勘弁して欲しい。額に浮かんだ汗を忙しなく拭く姿を見れば、苦労人で善人(小心者)か?

「ガトラム殿は、僕に対する配慮より自分の主を優先した。それは良い事で、厚い忠誠心の現れなのだろう。だが態度を表に出すのは……彼の立場は、どのようなものなのかな?」

「はい、ガトラム殿は……」

 パペルニ殿の話によれば、ガトラム殿はラミュール殿の実家の譜代の家臣。魔術師の家系には、自分達を守る護衛部隊が必ず居る。

 レベルの低い、いや宮廷魔術師レベルでも単体では不意打ちや数の暴力に屈する事は少なくない。だから資産の有る魔術師は、自前の護衛部隊を囲う。

 ガトラム殿は四代続いた古参の家系であり当代の当主である、ラミュール殿に心酔している。理由は重傷を負った妹を治療したから。

 まぁ妹殿の怪我の原因も、ラミュール殿の護衛任務の最中に襲撃者に負わされた傷らしいが恩義を感じる理由としては真っ当だな。

 肉親の恩人か……多分だが、ラミュール殿は配下の怪我は率先して自分が治療するのだろう。配下の結束力強化と、本人の性格からだな。

 彼女が最初の頃に僕に隔意が有ったのは、ダメージ無視のゴーレム兵団を操る事が理由の一部だろう。血肉の通わない無機質な人形、それをダメージ無視で戦わせる。

 人間の兵士とゴーレムは別物だが、人の感情に理屈は通用しない。彼女の態度が軟化したのは、僕のエムデン王国に対する忠誠と貢献度だからな。思わず苦笑してしまう。

「な、何か?」

「いえ、失礼しました。ガトラム殿のラミュール殿に対する忠義の理由の微笑ましさに対してかな?だが、ラミュール殿の安全の為にも彼の暴走は止める必要が有ります。

当主を思っての行動が、常に報われて正しいとは限らない。その手綱を操るのは、パペルニ殿の仕事ですよ。彼が調べたギルドに変な事を言い触らしたり、何かを強要したりしない様に良く監視して下さい」

 ラミュール殿は領民と触れ合い陳情を解決する事を望んでいるのに、陳情の内容が自分の配下からの無理難題ですとか笑えない。

 彼女の面子は丸潰れだし、領民に負担を強いた配下の監督責任も発生し僕にも責任の一端が波及する。王都の治安は僕の仕事の範疇だ、他人事じゃ済まされないんだよ。

 その危険性に考えが及んだのだろう、焦り顔から落ち着いた真面目な顔に変わる。僕等魔術師は常に冷静沈着に、状況を把握する事に努めよ。彼は合格かな?

「確かに……変な陳情とかだったら、怒りで無礼討ちとかやりそうで怖い。有り難う御座います。早速、ガトラムに同行し暴走を止めます」

「頼みました。パペルニ殿の宮廷魔術師団員としての任務は暫く免除しますので、苦労を掛けますが頼みます。何か有れば構わず、僕に報告して下さい。僕自らが対応します」

 お任せ下さいと胸を叩き、ガトラム殿と同じ様に飛び出して行ったよ。ラミュール殿の配下って、皆さん同じ様な感じの連中なのか?淑女の配下がか?

 さて第一回目の下話は出来た。大体の流れも見えた、商業区を巡回し用意したギルドに向かい事前に厳選した陳情を聞いて対応して貰う。

 出来レースや仕込みとか言われそうだが、ラミュール殿にバレずに彼女が気持ち良く巡回を終えれば任務は達成。誰も困らずに万々歳だよ……

「リーンハルト様、お疲れ様でした」

 おい、またメイド服を着替えたな。ファッションショーじゃないんだぞ、一体何着僕好みのメイド服を持っているんだ?

「リゼルか、有り難う。彼等の思考も読んでくれたのか?その表情だと問題は無さそうだな」

 新しい紅茶を用意してくれたので、砂糖を三杯入れて掻き回す。疲れた頭脳に糖分摂取は必要、僕も随分と甘党になったものだな。バルバドス師の影響か、置かれた環境に対する身体の欲求か……

 子供っぽいと言われそうだが、実際未だ肉体的には子供だよ。ネクタルが流通すれば中身は大人でも身体は子供みたいな奴も現れるのか?

 いや、ザスキア公爵は外見だけ若返るから身長とかは変わらないって言ってたっけ?背が高い子供顔?最悪だな。ん?子供の頃から飲ませれば、精神は大人で肉体は子供。諜報要員として……は駄目な考えだな反省。

「リーンハルト様?ネクタルとは、あの若返りの秘薬でしょうか?パゥルム女王が、未だ王女時代に血眼になって探していた伝説の秘薬……」

 嗚呼、パゥルム女王なら知ってても不思議じゃないか。王族か上級貴族限定の秘密のオークションに参加して、落札出来なかったのか?

 リゼルの慌て振りを久し振りに見た。やはり淑女には、ネクタルは刺激的なんだな。彼女が慌てるなら、他の淑女なら大騒ぎだよ。

 まぁリゼルは仲間に引き込む価値は有る、ザスキア公爵も反対しないだろう。悪巧みに腹黒淑女の彼女は必須だし、悪いが諦めてくれ同志よ。

「そう言う事だ。悪いが一緒にネクタルを普通に流通し使える土壌を考えて貰う。報酬はネクタル、三本位いっとく?」

「あ、貴方って人は……私を何だと思っているのですか!」

 テーブルの上に置いた三本のネクタルに恐る恐る手を伸ばし、中身の黄金に輝く液体を確認した後、真っ赤になって怒られたが、ネクタルは離さない。

 うん、流石はリゼルだよ。あの厄介で面倒臭いバーリンゲン王国に関わって良かった事は、リゼルとミズーリの引き抜きだけだよ。ラビエル殿の一族もだな、後は思い出したくもないね。

 ちょっと怒らせたけど、手に持つネクタルを見てニコニコと機嫌を直した。効果はバツグンだが反動もデカい劇薬だが、交渉材料としては使える。

「魔法迷宮バンクの最下層の秘密の小部屋に現れる、強力なモンスターを倒すとドロップするアイテムがネクタルだ。定期的に入手は可能だが、世に広めるには劇薬過ぎる。普通にとは言わないが、何とか権力者が使用しても問題無いレベルな状況を作りたい」

「先ずは何から突っ込めば良いのか分かりませんが、小国とは言え王族ですら入手困難なネクタルを定期的に入手可能なのが驚きです。それで、この件を知っているのは?」

「アウレール王には既に報告済み、ザスキア公爵には最初に相談した。三人で対策を練ろうって話になっているけれど難航してる。僕は十年位後に使わせたい人が居るから待てるけど、アウレール王やザスキア公爵は数年しか待てない感じ?」

 いや、ザスキア公爵は既に使用したな。その効果を徐々に周囲の連中に悟らせるつもりだろう。彼女が紡ぐ新しい世界の賛同者達にね。

 僕は婚約者達が二十代中盤の、少し肌の張り艶に問題が出そうになる十年位後に使えれば良いんだ。自分は使わない、若いと威厳とか無いらしいし……

 リゼルも未だ不要だろ?でも何時でも問題無く使用出来る環境は必要だ、それをしないと使うに使えない。バレたらネクタルを求める連中が、群がってくるんだぞ!

「リーンハルト様、何の葛藤も罪悪感も無く、私を悪巧みの仲間に引き込むのですね?この外道は、責任を取って貰います。ええ、ガッツリ責任を取らせますから!」

 いや責任取れって力説されてもさ、隠し事は無しで心を閉じないで欲しいって言ったじゃんか!だから素直に伝えて仲間に加える、これも責任の取り方だろ?

 


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