古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第698話

 ネクタルの件について、リゼルを巻き込んだ。反省もしていないし後悔もしていない、彼女には隠し事はしない。つまり悪事も悪巧みも一蓮托生、唇歯輔車だな。

 ラミュール殿のお願いについて、実務者会議を開いたが、ガトラム殿の暴走をパペルニ殿が抑える形で纏めてみた。彼等が探してくる中小のギルドか、どんなものが有るのか楽しみだ。

 そして久し振りに実家に顔を出す事にした。父上やエルナ嬢、インゴに引き取られたグレース嬢の様子を見にだ。あとはニルギ嬢の待遇の確認をする。

 我が弟殿は色事に関して並々ならぬ興味が有りお盛んらしい。貴族として後継ぎを産ませる事は悪い事ではなく、子種の薄い僕からすれば見習わねばならない事かも知れない。

 だが貴族としての失敗の殆どが異性絡みなんだよ!領地経営の失敗や汚職よりも、浮気や夜這い等の漁色家の問題児の方が多いって何なんだ?

 兄が出世して、その恩恵にドップリと浸り悦に入る愚弟の評価は正さねばならない。その為に父上も苦労し、僕も聖騎士団の連中に働きかけたのだが……

 鍛錬を怠け、グレース嬢に色目を使っていると懇意にしている聖騎士団員から聞いた時は、目の前が真っ暗になった。インゴよ、お前は僕の説得を聞いていなかったのか?

 僕の親族の問題児は、エムデン王国が対処に動くと伝えただろう。清廉潔白で慈悲深く敵には容赦しないと、エムデン王国は僕の事を他国に広めている。

 国家の力の象徴、裏では暴力の化身として敵対する者には一切の容赦はせずに殲滅する。だが自国民に対しては温厚であり、モア教の敬虔なる信者で通しているんだぞ。

 その敬虔な信者の腹違いの弟が色事に盛んで、不幸が有り引き取った淑女に色目を使い強引に迫るとかだな。インゴ、お前エムデン王国に消される愚行だぞ。エルナ嬢が懐妊してるから、バーレイ男爵家の後継者問題は……

 比較対象の僕がアレ過ぎて悪いとは思っている。だが恩恵も受けているだろう?次期バーレイ男爵家当主は、僕の派閥構成貴族の中核を担うんだぞ。

 つまり相応の権力と財力を約束されている、数少ない優先すべき僕の親族。お祖父様以外だと、バーレイ男爵家当主しかいないんだぞ。一時の快楽に身を委ね怠惰になるな、お前の弟か妹が何を考えるか理解してくれ。

◇◇◇◇◇◇

 王宮から専用馬車に揺られて実家に向かう。既に連絡は行っているので、いきなり帰って来ましたとか脅かさない。

 実家にさえ気軽に帰れない、これが貴族社会の身分差で甘く見ると政敵に付け込まれる。我が弟殿は、この貴族的感覚が緩い。

 未だ十三歳、正式な社交界にも父親同伴で出ているらしいが、僕の影響力でチヤホヤされて喜んでいる。変な約束や言質を取られない様に、エルナ嬢が教育しているが……

 前回散々説明して怒ったのだが、喉元過ぎれば何とやら。懲りてないらしい、もっと厳しく躾ないと自滅するぞ。

「ところで、リゼルさん。何故、僕が実家に帰るのに馬車に同乗してるのかな?君は王宮内に部屋を与えられてたよね?」

 リゼルは僕の直属として、アウレール王から辞令が出ている。彼女のギフトについては、エムデン王国内でも知る者は限られているし今後も広めない。

 だから政務に秀でている者として、僕に不足な部分を補う名目での派遣。だが実際の理由は、王宮の女傑三人衆の直属っぽくて嫌だからと騒いでいた。

 リゼルに最近はミズーリ嬢も政務を手伝ってくれるのだが、二人の元所属はバーリンゲン王国なので批判的な者も一定数は居る。リゼルの場合は、アウレール王の仕込みとして潜入していた事になっている。

 まぁ騒ぐのは、殆どが僕の敵対勢力の連中だけどね。理由なんて何でも良い、批判だけ出来ればそれで良い。だが面と向かっては言わない、陰口だけだ。

「アウレール王から直々に、リーンハルト様の直属の配下として派遣されたのです。同行するのは秘書扱い、それと愚弟殿の意識調査です」

「愚弟って……まぁ確かに意志が弱く流され易く色事に興味津々の困った弟だけどさ。インゴは僕を裏切ったり情報を売ったりは出来ない、そんな度胸は無いんだよ」

 僕の事を恨んでいるのだろうが、逃げるか黙り込む位しか反発しない。逆らって叱られるのが怖いのだが、未だ十三歳の子供なんだよ。

 それが普通だ。十五歳で成人し親の仕事を手伝い、二十歳前後で一人前として認められる。魔術師は総じて早熟だが、インゴは騎士見習い。

 若くて武力が突出している連中は居るが、その他の能力が低く貴族としては一人前と認められない。武力が強いだけなら兵卒と変わらず、彼等は子供でも強い。

 それは置かれた環境が強さしか求められてないからで、騎士は武芸の他にもマナーとか色々覚えなければならない。剣一本じゃ済まされない。

 インゴはその辺の覚悟が薄く、僕の弟だから将来は安泰。努力しなくても楽に暮らせる、だから怠けるの悪循環。エルナ嬢の生んだ弟か妹に家督を譲り、悠々自適な生活も可能だ。

 だがインゴは自分がバーレイ男爵家の次期当主だと周囲に話してるらしい。権力にはな、相応の義務と能力が必要なんだぞ。お前は聖騎士団副団長の父上の後継者だが、鍛錬を積んでいるのか?

「その幼い子供が色事で問題を起こすのです。リーンハルト様は家族には優しいのでしょうが、時と場合によりますわ。アウレール王は、愚弟殿の事も調べてます。我が一番の忠臣の親族に屑は不要、だがリーンハルト様の家族愛の強さに躊躇……いえ、様子見をしています」

 リゼル、君は国王の心を日常的に読んでない?有り難い情報だけど、インゴの処分が待った無し状態じゃん!ヤバい、今日は問答無用で矯正しないと……

 国家運営を担う若手の親族が足を引っ張る。処分を控えてくれているだけで、僕に相当の配慮をしてくれているんだ。親族の中になら偶に居る、だが直系の弟とかは居ない。自分の立場を理解してるから。

 その配慮には甘えられない。最悪は国王の意を酌んだ誰かが僕に恨まれるのを覚悟して悪役を演じても、インゴを始末する。それがエムデン王国にとっても最良だから……

◇◇◇◇◇◇

 バーレイ男爵家、実家に到着した。玄関前に馬車を横付けすると、家族全員が並んで出迎えてくれた。その後ろに控える、ニルギ嬢とグレース嬢だが地味目なドレスを着てしおらしくしていて驚いた。

 前の高飛車で金遣いが荒く派手好きな性格は改善されたみたいだな。インゴ、見習え。彼女は自分の将来を考えて努力している、そんな彼女に強引に迫るな。

 ニルギ嬢は少し疲労の色が見えるのは気のせいかな?姉のシルギ嬢が気を使って良く遊びに来たり、外に連れ出したりしているらしいが……

「只今帰りました。父上、エルナ様。それと、インゴにニルギも変わりはなさそうだな。グレースも元気そうで何よりだ」

 身分差って怖い。両親でさえ、僕に挨拶されたら頭を下げるんだぞ。インゴが頭を下げるタイミングが遅れたが、ニルギ嬢が突っついて促した。

 ニルギ嬢の疲れた感じは、インゴの教育が思わしくないからか?当のインゴは嬉しそうなのだが、純粋に兄に会えた喜びを感じないのは何故だ?

 あと直ぐに僕の後ろに居る、リゼルに視線を送ったが未成年のする視線じゃないぞ。そのネットリした嫌な視線は、好色な男がするやつだぞ。

「お帰り、リーンハルト。今回の活躍も聞いているぞ。お前は俺の誇りだよ」

「お帰りなさい、リーンハルトさん。留守中に、ジゼル様やアーシャ様が様子を見に来てくれましたわ」

「お帰り、兄さん。約束通り、僕の鎧兜を錬金してよ!あと綺麗な女性を連れてるけど、紹介して欲しいな」

 出迎えもそこそこに鎧兜を錬金してくれと強請る、インゴの態度にギョッとした両親が思わず口を押さえる。インゴよ、貴族的マナーはどうした?

 血の繋がった兄弟だが、伯爵の僕と新貴族男爵の次男とでは天と地程も身分が違うんだぞ。父上やエルナ嬢の態度を見ていなかったのか?玄関先だが家の外では取り繕え。

 あと女性を紹介しろとか、お前が催促する事じゃないんだぞ。暫く見ない内に悪化してるが、矯正はどうなってる?後ろから隣に並んだ、リゼルの笑顔が怖い。

「彼女は、リゼル。爵位持ちで僕の政務の補佐をして貰っている。バーリンゲン王国の件では、アウレール王の命に従い潜入捜査をしていた才媛だよ。国王の信頼も厚いから対応には気を付けてくれ。立ち話も無いでしょうし、早く中に入りましょう」

 氷の微笑みを浮かべて、インゴを見詰めているのは……我が弟殿は彼女を視姦とかしてないよな?碌でもない事を考えていたからこその表情だぞ。

 インゴよ、ニルギ嬢の後ろに隠れるな!お前、本当にどうしたんだ?二ヶ月以上会わなかったが、再教育はどうなっている、悪化してないか?

 エルナ嬢が困惑している。身重なのだから無理せずに、早く休ませないと駄目だ。妊婦に過剰なストレスを与えては、お腹の中の子に影響が及ぶ。

「リゼル、今は抑えろ」

「はい、リーンハルト様。ですが、インゴさんと御両親には後で重要なお話が有ります。貴方の進退に関わるとても重要な話です」

「ひゃ?」

 リゼルの一睨みで腰が抜けたのか座り込んでしまった。しかも、ニルギ嬢のスカートの陰に隠れるな。リゼルの迫力に負けずに頑張れ、お前は聖騎士団員を目指しているんだぞ。

 リゼルの表情が硬い。我が弟殿の思考を読んでいる、その結果が硬い表情って事は良くない。腰が引けて後ろに下がるとは、男が逃げてどうする?

 インゴ?お前、そのまま屋敷の中に逃げ込んでどうしたいんだ?僕という存在の為に劣等感から反発し、恩恵を受けて増長した。罪悪感から優遇していたが、対応は間違いだったのか?

「父上、アウレール王に僕の身辺調査の報告が上がっているのです。インゴの評価は最低値、アウレール王は、僕の家族愛の強さに配慮し保留にしてくれていますが……」

「速やかなる改善が急務。本来なら時既に遅いのですが、リーンハルト様の功績により保留にされています。我が主様は優し過ぎるので、代わりに私が言うつもりで同行したのです。もう猶予は無い、荒療治が必要です」

 リゼル、お前……そんな考えで同行してくれたのか。正直嬉しく思うが、何故に我が主様と言った?建前上は、君の主は国王で僕じゃないだろ?

 ほら、父上もエルナ嬢も固まってしまった。アウレール王の忠臣、才媛だって紹介したのにブチ壊しただろ!ニルギ嬢は僕に頭を下げて、インゴを追った。彼女には苦労を掛けている。

 だがグレース嬢は固まったままだ。話に付いて行けなくて、思考が止まった感じかな?目が合うと慌てて真っ赤になったのは、固まった所を見られて恥ずかしいだな。

「我が主様、ですか?」

「そうです。私はリーンハルト様が見出して引き抜き、取り立ててくれたのです。私の忠誠心はエムデン王国に向いていない、我が主様にのみ向けています。その主様の兄弟の不甲斐なさ、我慢強いつもりでしたが……」

「嬉しいが、その先は別室で話そう。父上、エルナ様……今日は突き詰めて話さないと駄目です。荒療治が必要になる、インゴの未来の為にもです」

 執事やメイド達にも聞かれたので、遅くない内に噂として貴族の間に広まる。使用人が裏切り者だとは言わないが、軽い小遣い稼ぎ程度の感覚で情報は流れる。

 それはどの屋敷でも同じで、厳選した筈の我が家でも起こった事だ。メイド長の、サラに吹き込まれた悪意ある話でも分かる。

 その対策と結果も一緒に流してくれれば良い。それで問題と対策と結果がセットで流れてお終い。あとは、インゴの努力次第だ。自分で頑張らせるしかない、生き残る為に。

「あの、リーンハルト様」

「ん?グレースか、何か?」

「色々と我が亡き父に思う所は有ると思いますが、私が姉様に引き取られる事に反対せず有り難う御座いました」

 グレース嬢に呼び止められたので何かと思えば、深々と頭を下げて礼を言われた。彼女は自分の立場を分かっていて、父親を処刑されても僕に恨み言を言わず頭を下げた。

 エルナ嬢からの情報では派手で金遣いも荒かったが、今は大人しくなり身の回りの事も積極的に自分で行っているそうだ。反省と言うか、今迄と同じでは駄目だと理解している。

 頭自体は悪くなく、エルナ嬢が取り仕切る簡単な家の仕事の手伝いもするらしい。勿論だが、我が儘は言わず贅沢などしない。

「済んだ事だし、グレースには関係の無い話だから気にしなくても良い。エルナ様から聞いたけど、引き取られてから色々と頑張っているらしいね。自立したいなら支援するし、相応の家に嫁ぎたいなら紹介しても良い」

「それならば、リーンハルト様の御屋敷で働かせて下さい。アシュタルさんやナナルさんも働いていると聞いていますので、お手伝いがしたいのです」

 む、予想外の希望を言われたが……アシュタルやナナルは商才が有り政務もこなす。彼女達の手伝いをしたいと言うが、そもそも嫌味を言い合う関係だった様な?

「リーンハルト様、お耳を」

「リゼル、何だ?」

 リゼル曰わく本心から反省しているので、願いを叶えてあげて欲しいと小声で教えてくれた。あと、インゴが強引に迫ってくるが立場上弱く断り切れない。

 なので万が一の事にならない内に、この屋敷から出たい。理由の半分位は、自身の貞操の危機を感じて焦っているらしい。

 インゴよ、流石の僕も堪忍袋の緒が切れる寸前だぞ。身寄りなく弱っている淑女に強引に迫っているのか?お前はそんなに偉いのか?取り返しがつかない事をする前に……

 




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