古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第701話

 我が弟、インゴの処分を決めた。最初は改心の余地を残したのだが全く反省せず、二回目は厳しい処分に……いや、国王にまで報告が上がったが優しい処分にした。

 王都から一番離れた領地スピノで警備隊の一員として働き鍛錬させる。早馬でスピノの代官には詳細を伝え準備をさせている。

 特に女性に不義理、強制的に性的悪戯を繰り返したのだ。インゴの周囲には若い女性が居ない環境で、厳しい鍛錬をさせる。

 監視も厳しく体調管理は手厚く、成人迄の二年間を修行中の僧侶の如く清貧で規則正しく生活させる。処分としては甘い部類だが、肉親の情が殺す事を躊躇った。

 状況によっては穏便に済ませられた。女性に興味津々ならば、娼館で娼婦を相手にしていれば良かったのだ。妾を作っても良かった。

 だが聖騎士団副団長の息子が、宮廷魔術師第二席の弟が、領民の女性に権力に物を言わせて性的悪戯をした。治安を守る事が仕事の父と兄の面子は丸潰れ。

 政敵から攻撃される絶好のネタを浅慮な行動で繰り返す。二度目だし反省の様子は無い、有耶無耶にしても必ず三度目をやる。

 バーレイ一族の衰退の原因は身内の、未成年の弟の淫行とか笑えない。本来なら父上が人知れず処分し、事故死か病死で貴族院に届けて終わり。

 貴族では良く有る事で一番後腐れが無く安全なのだが、肉親の情が二度目の更生のチャンスを与えてしまった。

 二年後に無事に禊(みそぎ)を終えた、インゴが自分がバーレイ男爵家を継げないと知ったら何を考えるのか?

 身内に危険因子を抱えてしまった。大人しく領地で働いて暮らすか、政敵に唆されて反抗するか。三度目は無い、即殺害されるんだぞ。

 二年間で頭を冷やし周囲を見れるだけの能力を鍛えろ。お前は優しいが優柔不断でもあり自分に甘い、性根を直さないと次は……

 リゼルが別れ際に言った言葉『慣れない両親の愛情に戸惑いながらも受け入れる、リーンハルト様は凄く可愛かったですよ』とは何なのだろう?

◇◇◇◇◇◇

 家族の件は一応の解決、結果は先送りだが完全監視下で厳しく鍛え直せば更生する可能性は高い。駄目なら事故死か病死だ、甘い対応は出来ない。

 しかし、グレース嬢の豹変は凄い。普通は危機感を覚えれば改善しようと努力する、インゴは甘えただけだ。まぁ僕にも責任は有る、だから自分の功績と相殺だ。

 あの後、今夜は泊まっていけと誘われたが久し振りに親子三人で寝ようとか言われたので柔らかく断った。久し振りって、僕はエルナ嬢と同衾した事は……

「有ったのですね?エルナ様は父親の本妻ですよ」

 帰りの馬車に同乗する、リゼルから酷い突っ込みが来た。義母に欲情する馬鹿息子みたいな事を言うな、失礼過ぎるぞ!

 リゼルはすっかり両親と打ち解けやがった。父上やエルナ嬢からすれば、僕に対する親の愛情を再確認させてくれた恩人らしい。グレース嬢はこれからの同僚として先輩として気を許していた。

 ニルギ嬢は元から人見知りだったからか?インゴを一睨みで黙らせたからか?妙に尊敬の籠もった目で見ていたが、距離は置いていたかな。

「実母が暗殺され悲しんでいた時に一回だけだよ。彼女は優し過ぎる、恋敵の息子にも等しく親の愛を注いでくれたんだ。幼い僕は確かに救われたよ」

「その慈母の鑑の彼女からも見捨てられた実の息子ですが、全く反省していませんでした。あの様子だと、スピノの代官は苦労しますわ」

 アレだけやって反省無し?いやいやいや、流石に少しは反省したと思ったのに、全く無しとか頭が痛い。僕や父上の説得は無意味だったのか。

 疲れた、気疲れだな。背もたれに深く身体を預ける。戦場の方が気持ちが楽だったとか、馬鹿な考えが頭を過ぎる。死の危険の方が厳しいだろ?

 いや、楽だった記憶が山の様に思い浮かぶ。これは駄目な思考だよ、バーナム伯爵やデオドラ男爵と一緒の脳筋思考だよ。

「今迄に貯めた金を持っていき、スピノの街で女性を買うとか色々と高速で考えていました。領主の実弟だと言えば、有る程度好き勝手出来る。王都と比べて田舎だが、仕方無いと思ってましたわ」

 娼婦を買う予定を考えるのが一番最初なのか?お前の思考は下半身直結か?いっそ清々しい位の色情だな、憧れも羨ましくもない。

 背もたれに預けた身体が更にズリ下がる。想像の斜め上をカッ飛んでる、インゴの女好きは病気の範疇だな。

 両手で顔を擦る、もう呆れて涙も出ないか。だが知らない街娘と子供を作ってたとかじゃなくて良かった、認知騒動は無いだけでも一安心だよ。

「二ヶ月程度目を離したら、其処まで振り切ったのか。だが代官にはバーレイ一族と名乗る事を許さず、反抗すれば物理的な教育も厭わずにするから。インゴに僕の威光で好き勝手はさせない、もう甘えは許されない」

 未成年の癖に色に狂うなよ。ニルギ嬢には相当な苦痛を与えてしまった、何か謝罪したいが彼女は何を望んでいるのかな?欲しい物を与えるか、いっそ金貨を千枚位渡して好きにさせるとか?

「リゼル、ニルギ嬢は今回の件で何を考えていたかな?」

 自分が苦労させられた相手に甘い対応をしたんだ。僕の事は幻滅して呆れているが、立場上我慢していたのだろう。僕は駄目な兄貴だからな。

 ニルギ嬢とシルギ嬢は仲が良い、一緒に暮らして姉の面倒を見て貰えば少しは気も晴れるかな?結婚したければ、時期を見計らい僕の配下から良い相手を見付けて……

「侯爵待遇の上級貴族のリーンハルト様が、一族とは言え最下級の自分に配慮してくれる事に驚いていましたわ。彼女も貴族子女として教育を受けていますから、リーンハルト様の待遇が如何に破格なのか理解していました。

性欲魔神の旦那と比較し、腹違いでも兄弟が天と地ほども違う事に驚きと悲しみが有りました。あの時、リーンハルト様の世話になっていれば間違い無く幸せだったと……諦めの境地でしたわ」

 リゼル、古傷を抉ってくれるな!当時はだな、お祖父様の事を信用出来なくて拒絶したんだ。その代償が僕との縁を残す為に、インゴの側室になったんだ。

 つまり僕が全ての元凶、悪いのは僕だった。困ったな、どうしよう?嫌な相手の側室になる事を強要したんだ。最悪だな、恨まれても仕方無い。

 鬱(うつ)になる。僕は過去の過ちを他人に強要した。全然失敗を活かしていない、最悪な愚か者だよ何やってるんだ僕は……

「過去の過ち、ですか?」

 しまった、油断した。余計な事を考えてしまった。

「まぁね、僕が色事に消極的な理由でトラウマだな。今は未だ話せない、これ以上は追求しないで欲しい」

「分かりました、何時か教えて下さいませ」

 そう言って心の中に防壁を積み上げる、油断したが転生前に初めて迎えた側室は滅ぼした国の姫だった。彼女は初夜の後で自殺したんだ、僕に恨み辛みを遺書として書き残して……

 そんな辛い思いをニルギ嬢に押し付けていた。貴族子女の貞操を簡単に弟に与えてしまったが、バーレイ男爵本家としては意味が有った。

 長い事反発していた、お祖父様とは和解して長く一緒に住んでいた弟とは確執が生まれて仲違いしてしまった。二度目の人生もままならないモノだな……

「嗚呼、済みません。今夜はリーンハルト様の御屋敷に泊まっていきますので、宜しくお願いします」

「もう慣れた。流されてるけど、正式に政務を手伝って貰っているから今更だよな。建て前も有るし、変な噂にはならないから良いか……」

◇◇◇◇◇◇

 プロコテス砦を破壊した。後の対処は先発の第一陣に任せて俺達は脇道へ逸れる、少数の利を生かしての隠密行動。我等はバニシード公爵やバセット公爵の露払いではない。

 我々が奴等の進路の敵を粉砕して進めば、労せず政敵をウルム王国の奥深くまで無傷で案内してしまう。それは面白くない、相応の苦労と出血を強いる必要が有るのだ。

 グンター侯爵とカルステン侯爵の裏切りは確定、程度の差は有れども奴等が行動し易い様に泳がせる必要が有る。その調整と判断は、ザスキア公爵の手の者から指示が来る。

 野営の天幕に、デオドラ男爵と二人で酒を飲む。戦場で深酒はしないが、適度に緊張感を解す為には有効だ。寝酒としても体温を高くし身体を冷やさない為にもな。

「む、来たみたいだぞ」

「俺達が天幕の中まで無警戒で人を入れるとはな、驚いたぞ」

「我が主よりの指示書で御座います」

 黒ずくめの連絡要員が恭しく指示書を差し出す。存在感が薄い、気配遮断が相当なレベルだろう。隠密特化、いや暗殺も行いそうだぞ。

 何時も気付かぬ内に近くに居る、不気味な連中だ。気付けば天幕の中に居たが、入口の布を捲れば馬鹿でも気付く。

 だが全く気配を感じさせずに目の前で畏まっているとは驚いたぞ。冒険者ギルド本部に所属する『無意識』とは違う怖さだ。

「ふん、我等に指示とはな。ザスキア公爵は既に王都に凱旋したとか、女性初の凱旋帰国だ。さぞかし盛り上がっただろう?」

 デオドラ男爵が珍しく嫌味を言ったな。だが気持ちは分かる。正直羨ましい、凱旋は武人にとって夢だからだ。

「残念ながら国民には秘密で王都に入りました。同行する、リーンハルト卿は国民に絶大な人気が有ります。まともに凱旋帰国すれは混乱は必至、それを避ける為に自粛されました」

 三回目の凱旋故に嫉妬も計り知れないからだな。武人として凱旋は一度は経験したいものだが、リーンハルトは王都の混乱を避ける為に自粛したか。

 本当に己の欲求を満たす事をしないな。アウレール王の忠臣を見習う事は難しい、だが俺は凱旋帰国したい。武人の誉(ほま)れで夢だからだ。

 子供の頃からの憧れ、だが我等では英雄としての凱旋帰国は難しいのが実情だろう。圧倒的な実績とカリスマ、悪評がない清廉潔白な態度。若き魔術師の頂点だからこそ可能な評価。

 戦鬼と悪鬼は英雄にはなれぬ、英雄に倒される存在なのだが……その英雄が義理の息子で味方なのだ。世の中とは不思議なものだと考えながら指示書を読む。

「グンター侯爵とカルステン侯爵が両公爵軍から離れていると……奴等、ついにウルム王国側に寝返る気か?俺達は迂回して第一陣に気付かれず後ろに陣取り圧力を掛ける。裏切り侯爵共は兵力の温存の可能性が高いのか?」

 グンター侯爵とカルステン侯爵は両公爵に恨みが有り、それを晴らす為に色々と画策しているらしいな。馬鹿な、国家が一丸とならねば勝てぬ戦争に私情を挟むのか?

 俺達が二人だけで、プロコテス砦を落としたからな。奴等の面子は丸潰れ、更なる戦果を上げねばならない。焦る二人は無謀な作戦を提案、侯爵共は共倒れを恐れて逃げ離れた。

 それで俺達の動きだが、第一陣を煽るだけでは詰まらぬぞ。指示書では秘密裏に後方に回り次の指示を待てとあるが、何時奴等に姿を見せて煽るかが無い。

「後ろに下がって第一陣を煽るだけか?詰まらぬな」

「はい、我等の仲間達がウルム王国軍の動向を探っております。ウルム王国も正規軍が王都を発ちましたが、接敵するタイミングが難しいのです。バーナム伯爵とデオドラ男爵には、旧コトプス帝国派の別動部隊を叩いて頂きたいのですが……中々に尻尾が掴めません」

 遂に正規軍が出陣したか。王都を発ったとなれば、早くても十日前後。此方が進軍すれば早くなる、騎士団に魔術師も同行してるだろう。

 第一陣には厳しい陣容だが、頑張って戦って貰いたい。戦力を減らし発言権も減らす、奴等に好き勝手はさせない。

 俺とデオドラ男爵なら勝てる、奇襲じゃなく正々堂々と戦って勝てる。楽しくなって来た、思わず力が入り周囲に殺気を撒き散らしてしまった。

「ふむ、リーンハルトから聞いたハイゼルン砦攻略の際に早過ぎたから消えた敵軍の事か。なる程、確かに早く潰したい連中だな。分かった、第一陣の後方に移動し指示を待つ。早く戦わせろ」

「では、第一陣を煽る役目をお願いします。また近日中に報告に参りますので、失礼します」

 霧の様に消えた?ギフトの類か魔法なのか、ザスキア公爵には怖い配下が多いな。直接的な武力ではなく諜報や偵察等の居たら便利な奴等がな。

 旧コトプス帝国派の連中か、俺達が率先して殲滅したい連中だ。早く見付けてくれ、今度は負けないし逃がさない。皆殺しにしてやる、我が友の敵は……

 


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