今日は執務室に、ウェラー嬢が遊びに来る。いや遊びはちがうな、魔術師として自己鍛錬の結果を見せに来るが正解だろう。
彼女は、サリアリス様と共に国王に同行してハイゼルン砦に向かう。親馬鹿である、ユリエル殿の暴走を抑える為と……
早い内に比較的安全な場所で、戦争という人間同士の殺戮の場を体験する為にだ。彼女は未だ人殺しの洗礼を受けていない。当然だ、未だ十二歳だぞ。インゴより年下だぞ、泣きたくなる。
宮廷魔術師を目指すならば避けては通れない『敵を殺す』と言う行為。善悪で言えば間違い無く悪、だが色々な建て前を用意して実行する。
僕という悪しき紛い物の前例が有るから、未成年でも大丈夫とか平気で言い出す連中が多い。僕は転生した人生を合わせればギリギリ青年の中年一歩手前。
一般的に殺しの洗礼を済ませた年齢で、両方の人生を合わせれば一万人以上を殺した稀代の殺戮者だよ。前世は悪の象徴として、現世は英雄として扱われてる。
敵を倒す事は同じだが、世論誘導や宮廷内での派閥争い、仕えし国王への対応と貢献度の違いで真逆の評価を得る。諦めず努力した結果が現世では生きている、今度こそは幸せな人生を歩むんだ。
◇◇◇◇◇◇
ウェラー嬢が来ると言う事で僕の執務室には朝から、ザスキア公爵が遊びに来ている。彼女達はお互いを警戒している感じがするんだ。
接点は特に無く敵対する要素も皆無、だが明らかにザスキア公爵はウェラー嬢を牽制し、ウェラー嬢はザスキア公爵を警戒している。
お互いに口には出さず態度も極力隠している、不思議な関係だが仲が悪い訳じゃなく会話は穏やかに成立する。どんな関係なのだろうか?
「リーンハルト様が錬金しているのって、ウェラーさんへの贈り物かしら?」
イーリンに爪の手入れをさせながら上品に聞いて来た、今日の機嫌は悪くない。肌の張り艶が若返った事に、イーリンとセシリアが気付いて少し騒いだ。
やはり美容関連について女性陣の反応は鋭い。既に何人かが非公式に、ザスキア公爵と接触している。彼女はゆっくりと賛同者を増やしている、それはそれは強固な結束によって……
「ええ、魔法迷宮バンクの最下層で見付けた『古代魔術師のローブ』を解析し自分なりに強化しています。自慢出来る逸品になりますよ」
ソファーに横座りをして寛いでいる、ザスキア公爵。爪の手入れを終えて、上品に紅茶を楽しんでいる。その後ろに控える、イーリンとセシリア。僕の隣には、リゼルが控えているので室内の人口密度が高い。
魔法迷宮バンクの最下層、レイスのドロップアイテムの『古代魔術師のローブ』だが見た目が襤褸布で非常に宜しく無い。格好悪いとかの理由でなく、それなりの地位には相応しい格好が有る。
性能重視と割り切る事も出来るし最初は宮廷魔術師全員に装備させようと思ったのだが、ラミュール殿から駄目出しを食らい改良中だ。けして女性用のデザイン重視ではない、そんな軽い理由ではない。
「どんな性能なのかしら?」
む?よくぞ聞いてくれました!このローブは兄弟子としての兄妹愛を大量に投入しました!
「先ずは外見ですが白地に襟元と袖回りは銀糸で刺繍を施しました。見た目だけなら公式な場所に着て行っても大丈夫。肝心な性能ですが麻痺に睡眠、毒に混乱の回避率は50%です。
防御力は布地なので悩みましたが、攻撃を受けると瞬時に硬化しプレートメイル並みの強度になりますが、衝撃を緩和する事が難しいのです。何とか30%の衝撃軽減で今後の課題です。後は自動修復機能と体力と魔力の回復機能を……」
「おい、ちょっと待てや!」
はい?ザスキア公爵から淑女がしてはいけない乱暴な言葉使いが聞こえたけれど、聞き間違いだよね?ザスキア公爵が慌てているし、イーリンとセシリアは驚いた顔で固まっている。
「リーンハルト様、自重を忘れておられますわ」
「うわっ?リゼル、耳元で囁くな。くすぐったいだろう」
リゼルは最近内緒話を覚えたのか、後ろから耳元に小声で色々と囁く様に教えてくれる。だが時と場合を考えてくれないとだな、僕等が凄く仲良しに見える。
ほら、専属侍女達が蔑んだ目を向けて来て正直気分が萎える。浮気、絶対駄目!みたいだけど浮気じゃない、誰に対しての浮気だよ?僕は潔白だ。
リゼルめ、余裕の態度で微笑んでいやがる。専属侍女達よりも私の方が役に立ってます的な優越感か?お前、爵位持ちなんだから少し自重しろよな。
「おほん、リーンハルト様?少し性能が破格過ぎて駄目じゃないかしら?」
真っ赤になって取り乱す、ザスキア公爵の珍しい姿が見れた眼福。だが上級貴族であり、同僚候補の彼女の為に用意するローブに妥協など出来ない。
いや、これでも妥協しているんだ。回避率は100%の完全回避も可能だし、衝撃だって50%は緩和出来る。そもそも魔法障壁や浮遊盾を組み込めば、ローブの強度に頼る必要は無い。
流石に、ザスキア公爵の為に用意した鎧兜では目立ち過ぎる。機動力を重視する、彼女の戦い方にも合わないだろう。それに流石にアレは公爵当主だから所持が可能であり、ウェラー嬢だと未だ厳しいかな。
「宮廷魔術師第三席と次期宮廷魔術師であり同僚には必要な装備です。彼女達は危険な戦場に向かう、必須な装備ですね。ウェラー嬢へは兄弟子としてプレゼントしますが、ラミュール殿へは有償です」
ユリエル殿やアンドレアル殿、リッパー殿やフレイナル殿は『古代魔術師のローブ』で十分です。見た目が嫌なら重ね着をするか自分で改良しなさい。
これで我等栄光のエムデン王国宮廷魔術師達の防御は安心出来るレベルにはなった、必ず結果を出してみせるだろう。フレイナル殿には単発の魔法障壁の護符を渡すから死ぬ気で頑張れ。
フレイナル殿の婚姻相手は、ウルム王国の重鎮の娘になる。占領政策には必須の融和政策だが、向こうも相手を見る。活躍無しの相手じゃ結婚したら舐められて下に見られるぞ。
まぁ適齢期の見目麗しい淑女が居るかは僕には分からない。政略結婚とは結婚する行為自体に意味が有り、残念ながら当人同士の相性は別問題だ。だから僕は否定して、アウレール王が我が儘を認めた。
「ふぅ、今更感が凄いけど一応は注意してね。私やローラン公爵、アウレール王に献上した鎧兜の性能を考えればギリギリ大丈夫なのかしら?世論誘導がね、大変なのよ。常識外のマジックアーマーを量産されるとね」
「お手数をお掛けします」
凄く疲れた風に言われたので素直に頭を下げる。正直色々やらかしている事は理解していたが、ザスキア公爵が噂の火消しをしてくれていたのか。
魔法迷宮バンク最下層のレアドロップアイテムを手に入れて解析し改良した事にしようと思っていたが、少し考えが甘かったみたいだ。異常な魔術師だと思われるからか?
いや、僕が特殊で異常な魔術師なのは知られているので今更だ、流石に古代魔術師には結び付かないが普通じゃないのは共通認識だ。
つまり能力的な事じゃなくて錬金で作り出す品々が問題、特に鎧兜は王都の鍛冶ギルド本部の連中を刺激する。今日の午後は、第一回後宮警護隊武装女官達とドレスアーマー作成の為の調整会議もやるんだよ。
近衛騎士団に聖騎士団、王宮警備隊に後宮警護隊の鎧兜に手を出すなんて、上客を根こそぎ奪うみたいなモノだからな。だが鍛冶ギルド本部との伝手が無いし、僕から訪ねて行くのも微妙なんだよ。
普通に行けば権力の関係で、来てやったんだから今迄の僕の行動を黙認しろよ!位に感じるだろうし、向こうから条件を付ける訳にもいかない。誰か仲介役が居れば良いけど、中々居ないんだ。
「リーンハルト兄様!遊びに来ました」
「先ずはノック、いや案内の聖騎士団員に配慮してやってくれ。固まってるぞ」
前回同様に元気良く扉を開けて入って来る、ウェラー嬢。だが扉をノックする姿勢で固まる聖騎士団員の緊張した顔が前回と全く同じだぞ。君の母親にマナーを覚えさせろと親書を送ったのだがどうした?
案内して先に入室の確認をしようとした聖騎士団が、自分が扉を叩く前に元気良く扉を開けたりしたら固まるだろう。分かる、割と不慮な事への対応って難しいよな。これが戦いなら身体が勝手に動くのが不思議だ。
視線だけ僕に向けたが分かっているから大丈夫、非礼とか言わないです。そのまま退室して下さい、有り難う御座いましたと目礼する。安堵の息を吐き出した後に、頭を下げて帰って行ったよ。
「えっと、ザスキア公爵様。ご無沙汰しております。リーンハルト兄様との御活躍の件、私もワクワクしながら報告書を読ませて頂きました!」
元気良くハキハキとしている。勢い良く頭を下げるのは貴族子女としては微妙に失格、最近髪を延ばし始めたらしく綺麗に編み込んで後ろに流している。
その髪の毛がピョコピョコと動いて愛らしい。今日もシンプルなドレスだが生地は最高級品、ネックレスにブレスレットと装飾品も身に付けて立派な淑女だな。
実の弟がアレ過ぎて妹弟子に兄弟愛が溢れ出てしまう。出来の良い可愛い妹、最高です。ドロドロに甘やかしたいのだが、それは彼女が望まない。故に彼女の希望を叶える行動をするのが、兄であり兄弟子の勤めだ。
だが手に持つロッドが微妙過ぎてアレなのだが、何故それを選んで使っている?先端に髑髏(どくろ)って禍々しくないか?しかも杖の部分も動物の骨っぽいのだが……
「ウェラーさんも久し振りね。元気そうって言うか元気過ぎるかしら?」
「はい、有り難う御座います。ザスキア公爵様!」
嬉しそうに照れているが、今のは誉めてないから!はにかんで見上げられても誉められないから!ザスキア公爵も嫌味が通じずに苦笑いだよ。
天真爛漫、この純粋無垢な少女を戦争という殺伐とした世界に送り出そうとしている。彼女の夢と未来の為には仕方無いのだが……未だ足りなくないか?
ゼクスシリーズを新しく一セット用意するのはどうだろうか?またはエルフの妹を錬金しよう。ウェラー嬢も優れた土属性魔術師、問題は何も無いな。
「ウェラー嬢の初陣の為に、専用のローブを錬金したんだ。取り敢えずサイズを合わせたいから着てくれるかな?」
「わぁ綺麗。この繊細でキラキラ輝く刺繍とか、式典用ですか?」
「普段使いだよ。ちょっとだけ魔力付加したけど、普通の布製よりはマシかな」
遠慮させない様に言葉を選び巧みに着せてみる。む、裾が少し長いかな?自分の想像よりも小柄だったのか。直ぐに調整して、少し羽織ったまま動いて貰う。
うむ、完璧だな。彼女の愛らしさを引き立たせている、ウェラー嬢には白が似合う。ユリエル殿にも報告し自慢しておくか、貴方の愛娘を兄である兄弟子たる僕が着飾らせましたと!
それともハイゼルン砦で再会した時に感動する様に、未だ教えない方が良いかな?悩む、そうだ!デザインの違う着替え用も何着か用意するか。普段使い、つまり戦場でも普通に着る。間違いは無い。
「あの、リーンハルト様。思考が途中からダダ漏れで、言葉に表していますわ」
「あの、リーンハルト兄様?その嬉しいのですが、私の事を実の妹みたいに可愛がってくれていると思っても宜しいのでしょうか?」
リゼルの突っ込みと、ウェラー嬢の恥じらいで自分の失敗に気付く。やはりインゴショックの影響が、妹弟子が普段より可愛いんだ。
だが掛ける言葉を間違えない様にしなければ、ザスキア公爵やイーリンにセシリアが無表情に僕を眺めている。妙に緊張して喉がカラカラだぞ。
この場合は、サリアリス様に師事する者として先に弟子となった僕が妹弟子である、ウェラー嬢を兄妹として可愛がるが正解で最適解だ!
「そうだね。サリアリス様に師事する仲間であり妹弟子だからね、兄妹愛として好ましく思っているよ」
「うーん、嬉しいけど嬉しいんだけど微妙なのです」
あれ?ウェラー嬢からは不評?もしかして妹って年下の子供扱いだから嫌って事なのかな?最適解は間違っていたのか?
◇◇◇◇◇◇
少し暴走してしまったが、何とか麗しい兄妹愛で収まった。僕とウェラー嬢は兄妹弟子であり、婚姻相手とかではない。それを明確にして、ザスキア公爵の追求を誤魔化した。
この後、サリアリス様の執務室に向かうのだが直ぐに行くのも貴族として余裕が無い。少し紅茶でも楽しみながら、雑談する事にする。
ザスキア公爵が最新の淑女事情に絡む話を振ってくれるが、僕もウェラー嬢も最新の流行には疎くてイマイチ話が盛り上がらない。なので段々と魔法談義となり、魔導書の話になった。
ウェラー嬢に渡した魔導書は黒縄(こくじょう)・山嵐・魔力刃の三冊。そして今回用意したのは中距離制圧魔法である『曲刀乱舞』だ。前に渡した三冊の魔法は関連が有り、組合せる事で接近戦では最強の矛(ほこ)となるだろう。
次は単体で扱う中距離制圧用の魔法を覚えて欲しいので、新規の魔導書を用意した。皮表紙には金文字で『曲刀乱舞』と僕の名前だけが書いてある。何時もの通り経歴なども一切ない。
最初に『エムデン王国宮廷魔術師第二席リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイ箸。魔導の深淵を求める者よ、安寧と怠惰を捨てて邁進する事を望む』とだけ記した。
「また新しい魔法ですか?曲刀乱舞、なる程これは……」
一心不乱に魔導書を読んでいる。今の彼女になら直ぐに使いこなせる、この魔法は山嵐や黒縄で制御を学べば難しくはない。伸ばした鋼鉄製の蔦を操作するより、弓状に反った刃を飛ばす方が簡単だ。
問題はどんな形状の刃をどれ位の力を入れて飛ばすと、どう言う軌道を描いて飛ぶか?これは実際に自分でやって感覚を掴むしかない。50mから80m前後の射程を持つし数を撃てる、利用頻度は高い。
黙々と読む彼女を暖かい目で見ていたが、イーリンがボソッと幼女愛好家に目覚めたとか言ったので睨み付ける、僕は幼女愛好家は認めない。恋愛は成人してからで、ウェラー嬢は未だ十二歳だ。
「リーンハルト兄様、大好き!」
「またか?また飛び掛かって抱き付くのか?」
向かい側のソファーに座り黙々と魔導書を読んでいたのだが、読み終わり脇に丁寧に置いてから飛び掛かって来た。前回も同じだったし、グリグリと胸に頭を押し付けるのも地味に痛い。
流石に今回は直ぐにどいてくれたが、セシリアまでもが僕を幼女愛好家の変態と呟きやがった。違う、兄妹愛だ!そこに不純な感情など僅かながらも入っていないから!
今年一年間有難う御座いました。連載開始から丸五年、UAも1300万を超え来年には1400万も夢ではないでしょう。このサイトで一番読まれていると思うと嬉しくなり読者の皆様には感謝しきれません。本当に有難う御座いました、来年も宜しくお願いします。
宣伝ですが、もう一本の連載「榎本心霊調査事務所」の方も来年1月1日より連載を開始します。
正月三が日は連続投稿し次話は7日より毎週月曜日連載とします。