古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願いします。


第703話

 ウェラー嬢との微笑ましくも過激な兄妹のスキンシップを見た、ザスキア公爵の表情が恐ろしい。武術の達人級のプレッシャーを感じる。

 僕に抱き付きながら、ザスキア公爵を見るウェラー嬢の表情は見えないのだが、イーリンやセシリアが睨み付けている事を考えると挑発してる?

 いや無いな、彼女は天真爛漫な少女でありドロドロした愛憎劇とは無縁だよ。ザスキア公爵もイーリン達も大人気なさ過ぎだと思います。ウェラー嬢は、未だ未成年の少女ですよ。

 彼女の両脇の下に手を入れて持ち上げて隣に座らせる。『剛力の腕輪』の効果で少女一人位なら軽々と持ち上げられるが本当に軽い、ちゃんと食べているのかな?

「そんなに怖い顔をしないで下さい。兄妹の純粋なスキンシップで、ウェラー嬢に他意は全く無いですよ」

「いえ、リーンハルト様は騙されています。彼女は既に一人前の女、純粋無垢など有り得ないでしょう」

「そうですわ。その優越感と蔑みの目を見れば分かります、騙されているのです。目を覚まして下さい」

 え?イーリンとセシリアの言葉に横に座る彼女を見るが、無垢な瞳で見詰め返しているだけだ。どこに不純な感じが有る?騙されている?首を傾げられたが、僕にも分からない。

「どこが?イーリンにセシリアも、少し大人気無いぞ。ウェラー嬢に不純な気配など無いのだが……」

「すみませんでした。何故か誤解させる様な事をしてしまったみたいですね」

 ウェラー嬢が謝罪し向かい側の、ザスキア公爵の隣に移動する。そんなに気にしなくても良いのだが、気遣いが出来る良い子なのだな。

 インゴ、見習え。お前よりも年下の少女は未来を見据え国家の為に戦場に向かおうとしている。淫蕩に耽る事ばかり考えずに貴族としての責務を果たせ。

 戦地から離して僕の領地で安全に鍛え直す事が出来るんだ、幸せに思ってくれ。反抗したり逃げ出せば、三度目は無い。次は悲しい末路しか選べないんだぞ。

「ウェラーさんとは別の機会を設けて少し話をしましょう。お互い有意義な話になると思うわ」

「有り難う御座います。ウルム王国との戦争に勝利し落ち着いた頃に、御時間を頂きたいと思います」

 そう言って頭を下げる、ウェラー嬢を見るザスキア公爵の表情が何故か慈愛に満ちた優しい笑顔なのだが……凄く怖くて寒い。

 誰かが言ったし僕も思ったが、笑顔って元々は威嚇だったらしい。友好的だと思えるのに、感じるのに真逆だよ。

 ウェラーさん?何時の間に、ザスキア公爵と渡り合えるだけの胆力を磨いたのかな?君は純粋無垢な少女のままで居て欲しかった。

◇◇◇◇◇◇

 その後は微妙な感じとなり、お茶会を切り上げて練兵場へと移動した。ウェラー嬢が、『山嵐』と『魔力刃』の練習成果を見て欲しいとのお願いが有ったからだ。

 これで、ウェラー嬢に渡した魔導書は四冊。その内の三冊は組み合わせて使う事が出来る。創意工夫が試される模擬戦となろうが、それを是として彼女は僕に挑んだ。

 サリアリス様には先に模擬戦を行うと伝えたのだが、我が専属侍女達は侍女仲間にも知らせたのだろう。練兵場は観客で溢れている、約二ヶ月振りのイベントだからか?

「毎回思いますが、リーンハルト兄様の人気は凄いです」

 練兵場に到着、今回は誰も使っていないのに既に観客席に人が集まっている。確かに、ウェラー嬢が来る時は模擬戦になるのだが……誰か情報を流しているのか?

 来客申請は出しているので、調べる気になれば難しくはない。まぁ侍女連中の横の繋がりだろう、忙しく緊張を強いられる王宮の仕事の合間の息抜きか。

 見世物としても悪くない、ウェラー嬢の実力を知らしめる為にも逆に良いだろう。彼女等は未成年魔術師が、宮廷魔術師を目指せる実力有りと事実を広めてくれるのだから。

「宮廷魔術師団員や後宮警護隊の御姉様方も居るが彼女達の目的は、ウェラー嬢を見に来ている。次期宮廷魔術師の力量を知る為にね」

 リーンハルト兄様か、悪くない呼ばれ方だな。インゴがアレ過ぎて、兄さんとか呼ばれても微妙な感じだったんだ。出来の良い妹、最高だな。

 しかも彼女は能力的に僕の下位互換、土属性と水属性の魔術師。僕の全てを継承出来るスペックを持っている。だから今から楽しみなんだ、歴史に名が残る魔術師になれるだろう。

 落ち着いたらゴーレム関連も仕込めば、エムデン王国の二枚看板として近隣諸国に名を轟かせる事も可能だろう。後五年も有れば、一流の中の一流になれる。育成とは楽しいモノだな。

「今回は趣向を変える。僕はゴーレムナイトを五体用意し直接指揮を執るから、ウェラー嬢は全てを倒すんだ。使用魔法に制限は無いが、僕もゴーレム以外に魔法も使う」

「模擬戦形式ですね?構いませんが、私も私の御人形さん達を使いつつ魔法も使います。出し惜しみ無しの全力で挑みますから!」

 むんって力が入っているのが分かる、全力の模擬戦か……魔術師相手の模擬戦で、こんなにもワクワクするのは初めてだな。マグネグロ殿やグリルビークス殿達との多対一の模擬戦は、特に心は踊らず楽しくも無かった。

 観客席に、サリアリス様が到着したみたいだ。隣にはザスキア公爵と専属侍女全員に、リゼルやウーノ。ラナリアータにカルミィ殿姉妹も一緒に居るが、やはり壺を持ってる。

 カルミィ殿に向かい隣のラナリアータの持つ壺を指差す、すると申し訳なさそうに首を振った。つまり妹殿と壺との関連性は見付けてないんだな。軽く手を振り了承し、今後の調査に期待する。

 あれ?後宮警護隊の配置が変だな、観戦するなら前に来るのだが二ヶ所でコの字の配置で座らず立っている。これは護衛の配置、正面を開けて左右と後方を守る。

 誰か王族が観戦に来る、少なくとも二人で多ければ二組。思い当たる節は色々有る、先日のライティング魔法の御披露目の後で動いたのは……

 リズリット王妃とセラス王女の母娘の対抗馬、アンジェリカ様と娘のヴェーラ王女。マリオン様とその双子の娘、アクロディア王女とクリシュナ王女だな。

 現状後宮の三大派閥の主と娘達、彼女等の可能性が高い。こうも素早く動いてくるとは想像もしてなかったが、ザスキア公爵とサリアリス様は落ち着いている。

 つまり最悪な事態にはならないか、回避する術が有るのか?確かに模擬戦を見られて声を掛けられても、いきなり勧誘にはならない。未成年者本人に直接言わず、実家に話を通す筈だ。

 何故なら、ウェラー嬢はアウレール王の御前で模擬戦を行い期待していると声を掛けられた。つまり宮廷魔術師になる事が、国王の意に添うんだよ。だから断っても不敬ではない。

「ウェラー嬢、王族か側室の方々が観戦に来る。観客席の後宮警護隊二十人が、警備体制に入った。来るのは相当上位の方だと思う」

「前回は、アウレール王とサリアリス様でした。確か警護は近衛騎士団の方々でした。今回は後宮警護隊、確かに後宮の女性……側室か王女様方?何故でしょう、私には接点が有りません」

 ウェラー嬢の予想は正しい。アウレール王は、サリアリス様や近衛騎士団員達を引き連れて来る。だが先行して後宮警護隊が配置されるとなれば、側室とその子供。

 王女様が来る、練兵場にか?場違いも甚だしいが、僕に接点を作ろうとしても後宮に近付かないから向こうから出て来るしかないので動いたか。

 今回は、ウェラー嬢が居る。王女達の側近候補として見定める建て前で、後宮から出て来た。側近候補なら、王女達も直に見たいと言える。

 ウェラー嬢を王女様の側近?いやいやいや、彼女は宮廷魔術師として僕の同僚になりエムデン王国の繁栄を支えるんです。それが、アウレール王の考えでもありますから。

「ウェラー嬢には接点が無くとも、僕との接点作りかな?少し王族の方々から要望が有るのだけれど、事情が有り保留なんだ。それを急かす意味か、他にも何か有るのか?

後宮には三大派閥が有り僕は一応最大派閥の、リズリット王妃派なんだ。多分だが来るのは残りの二大派閥のトップと娘達かな……嗚呼、正解だ。予想通りの方々だよ。後宮から出て来るにしては、随分と急に動いたな」

 観客席に異様な緊張感が漂う。練兵場に国王の寵妃と王女達が現れる、普通なら高貴なる淑女の方々が来る事の無い殺伐とした場所だが今回は大々的に来た。

 あれだけの数の後宮警護隊を動かしたとなれば、レジスラル女官長も了承済みだ。彼女は国王の寵妃には冷たいが、血筋正しき王女達は大切にする。

 うん?レジスラル女官長が少女と共に来て、その少女をマリオン様の所に案内したぞ。美少女だが見覚えは無いが彼女も王女で、マリオン様の関係者か?

「流石は、リーンハルト兄様です!王族の方々からも人気なのですね、凄いです。でも最後に入って来たのは、最近話題の才女。確かアヒム侯爵の秘蔵っ子の……モンテローザ様だと思います。ウルム王国に嫁いだ方々の大多数を無事に帰国させたとか」

 あーうん、そうだね。人気と言うか派閥争いに巻き込まれたと言うか、私達にもライティングの魔法を見せろって言うのか?側室の方々の思惑は何となく分かる、雅(みやび)な世界に生きている方々だ。自分が知らず、ライバルが知っているのは我慢がならない。

 だから、マリオン様もアンジェリカ様も手を組み同じタイミングで動いた。模擬戦後、何らかの言葉を掛けて来るだろう。そして評価は謹んで受けるしかない、逃げ場も無い。

 あれ?モンテローザ嬢とマリオン様の双子の王女様達が仲良く会話している。年も近いし侯爵の子女なら、王女の友人として交流を持っても変じゃない。まさか、彼女がマリオン様をけしかけた?

「リーンハルト兄様、どうしました?」

「いや、予想以上の大物の登場に少し驚いただけだよ」

 曖昧に笑って、ウェラー嬢の頭をポンポンと軽く叩いた後、距離を取る。模擬戦の始まり、今は考えても仕方無く模擬戦に集中する。

 終わった後で対応を考えれば良い、ウェラー嬢は他に意識を向けていて勝てる相手じゃない。宮廷魔術師第二席として、無様な姿は見せられない。

 例えそれが呼んでもいない高貴なる方々や、不思議と本能が警戒を促す侯爵令嬢でもだ。焦る心を落ち着かせて、空間創造からカッカラを取り出して構える。

 今は模擬戦に集中だ、ウェラー嬢掛かって来るんだ!

◇◇◇◇◇◇

 練兵場の中央に向かい合って構える、距離は30m。お互いに必殺の間合いだろうし、今回は全ての魔法を使用可能にした。

 『土石流』の二つ名を持つ、ウェラー嬢の本領発揮の間合いだ。僕は接近戦から超遠距離攻撃も一応は可能だが、やはり視界の届く範囲が得意な距離だな。

 ウェラー嬢が自分の周囲、半径5mの範囲の地面に魔力を浸透させている。接近戦対策だと思う、『奈落』や『蟻地獄』を教えるのも良いな。

「私の御人形さん達、力を貸して!」

「ゴーレム兵団よ、無言兵団よ。その力を僕に示せ!」

 錬金術によるゴーレム召喚に呪文の詠唱は不要なのだが、雰囲気が出るから言っているだけだ。後は自己催眠と言うか魔法発動のプロセスみたいな?気持ちの問題だな。

 僕は三秒でレベル50のゴーレムナイトをウェラー嬢は十秒でレベル30の御人形さんを錬金した。前回よりも格段に力強く、外観も少しデザインが変わった。具体的には僕のゴーレムポーンに酷似している。

 僕のゴーレムナイトの武装はロングソードにタワーシールドと汎用性を重視、ウェラー嬢のゴーレムは両手持ちアックスと攻撃力を重視したのか。

「始めようか、何時でも掛かって来て良いよ」

「行きます!濃霧よ、我が身を隠せ」

 視界を塞ぐ濃霧による真っ白な世界、無味無臭の麻痺毒が混ざっている凶悪な呪文。吸い込めば速攻で効くが、霧が皮膚に付着しても効果が有る。

 ウェラー嬢は僕が大地に伝わる振動で敵を感知出来る事を知っている。だから視界を濃霧で塞ぎ、ゴーレムに飛び乗って移動している。

 そしてゴーレムは放物線状に広がり僕に接近して来る、どれに彼女が乗っているか確率は二割。彼女は軽いから振動の強弱では分からない。

「黒縄(こくじょう)よ!」

 濃霧はお互いの視界を塞ぐ。だから、ウェラー嬢も探索系の魔法で僕の位置を探っている。黒縄を身体に巻き付かせて上空に……

「リーンハルト兄様?」

「考える事は同じか、ならば曲刃乱舞!」

「あ、アイスジャベリン!」

 多分だが史上初となる空中戦だろう、お互い射出魔法を使い攻撃する。僕はウェラー嬢に巻き付く黒縄を狙い、彼女は僕本体を狙った。

 黒縄を操作し右側に避ける、20mと近いので着弾迄に一秒弱だが予測し避けるのは難しくはない。駄目でも常時展開型魔法障壁で防げるので大丈夫。

 逆に彼女は、ゴーレムと黒縄の制御の他に、アイスジャベリンの魔法を使ったので制御に乱れが生じている。曲刃乱舞で自分を支える黒縄も切断された。

「私の御人形さん達、受け止めて!」

「追撃って、おっと、危ない」

 五体のゴーレムの内の一体が、両手を広げて彼女を受け止めようとしている。其方に気を取られたら、濃霧が消えずに視認出来ない場所から黒縄が真っ直ぐ伸びて攻撃してきた。

 やるな。予想外の場所からの攻撃、魔法障壁で受け止めるも僕を支える黒縄と絡んで引きずり込もうとする。だが力負けはせずに逆に引き千切る。

 凄い、前は時間差制御で二つの魔法を操っていた。だが今回は魔法の同時制御を行い、時間差を含めて三つの魔法を操っている。

 魔術師の壁、同時に二種類の魔法を操る術を独学で身に付けたのか。才能なら僕なんかより全然豊富だな、信じられない成長速度だ。

 今もゴーレムに受け止められて黒縄の制御が無くなったから、魔法を山嵐に切り替えて攻撃してくる。最大三十本と未だ少ないが、今後も成長すれば制御本数は増える。

 此方は黒縄の先端に魔力刃を纏わせて山嵐を切り散らかす。端から見れば百本近い鋼鉄の綱が乱舞し互いを牽制し切り裂かれているので、見応えは有るだろう。

 ゴーレム迄の制御は無理らしく、今は自分の前に並べて防御担当にしている。守りが固ければ、安心して魔法制御に集中出来るから。

 何とも楽しみな成長速度、これ程の逸材ならば育て方さえ間違わなければ何れは僕を超える魔術師にもなれるだろう。だが未だ追い付かせない、未だ僕が先に居たいんだ。

 山嵐と黒縄の習得は見事だな、次はゴーレム勝負だ!悪いが得意分野でケリを付けさせては貰うよ。

 




日刊ランキング40位、有難う御座います。

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