古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第705話

 ウェラー嬢との模擬戦、観客席が気になるのだが戦い自体は燃える。山嵐に黒縄を未だ万全とは言えないが使いこなしている。初めての空中戦も楽しい、だが模擬戦だと忘れては駄目だ。

 興奮する気持ちを鎮めて落ち着く、山嵐や黒縄の習熟度の確認は十分だ。次は現状のゴーレム制御の確認、そのレベルによりゴーレム運用の課題を決める。

 『奈落』や『蟻地獄』を教えるのも良い、出来の良い妹弟子には何だって教えてあげたくなるものだ。楽しみが広がる、僕はコレを求めていたんだよ。競い合える仲間が欲しかったんだ。

 黒縄と山嵐の競り合いを制して地上に降りる。今度はゴーレム戦闘の確認だが、ウェラー嬢も僕の意図が分かったのだろう。息を整えて此方の様子を窺いながら、ゴーレムの配置を変えた。

 距離にして30m、五体が横並びで向かい合う。ウェラー嬢のゴーレムが武装を槍に変えた、間合いを取るのは有効だ。剣より槍、槍より弓が有利ではある。

 此方も武装をツヴァイヘンダーに変更する。必殺技の刺突三連撃で武器を破壊し、ゴーレム本体も屠る。此処からはゴーレム制御、技量の戦いだ。

「最後はゴーレム勝負だよ、ゴーレムマスターの力を見せてあげよう」

「ゴーレムマスターの本領発揮ですね、それは凄く怖いです。でも私の、お人形さん達も負けてはいません!」

 制御ラインを五本に増やしたのは、他に意識を割けずにゴーレム制御に集中出来るからだ。ん?ふふふ、ゴーレムに自信有りと言いながらか……その企みに乗ってあげるよ。

「突撃!」

「迎え撃ちますわ!」

 ウェラー嬢は最初に自身を中心に半径5mの範囲に魔力を浸透させていたが、正面のみ10mの範囲に魔力を浸透させる。左右と後方の警戒を捨てた、潔いな。

 自身のゴーレムは5m手前に配置して迎撃体制を取らせている。罠を張るとは『土石流』の面目躍如かな?前回の悪戯の時よりも魔力の浸透が速くて濃い。

 凄い速度で成長している。サリアリス様に弟子入りして、理想の環境で学んでいるからだ。だから本気のゴーレム制御を見せてあげよう、僕も理想迄は行ってないが八割は完成してる。

「うそ?ゴーレムが幅跳びなんて出来るの?落とし穴がバレたの?」

 駆け足だって凄い制御が必要なんだ、歩くだけでも大変なバランスを走りながら維持し更に飛び上がる。全身甲冑は武器込みで100㎏以上、それが飛ぶんだから驚くだろ?普通の鎧も全力疾走とか無理な構造だしさ。

 一足飛びで幅5mの落とし穴を使わせる前に飛び越し、そのままの勢いで跳び蹴り。反動を利用し上に飛び上がり、ツヴァイヘンダーを逆手に持ち替えて脳天から突き刺す。

 着地した後、後ろに倒れ込むゴーレムに貫手で胴体部分を貫き通す。過剰攻撃だが、これ位の連続攻撃が可能だと示す為だけのオーバーキルだな。

 手を引き抜くと胴体内の魔素が流れ出し、ゴーレムを構成する鎧部分もキラキラと魔素に変わり消えていく。ヤバッ、ウェラー嬢が涙目だ。自重するのを忘れた訳じゃないんです、あくまで見本ですから。

 五体の、お人形さんなるゴーレムが倒れた事により模擬戦は終了。観客席から拍手が鳴り響く、史上初の空中戦は見応えが有り大好評だったみたいだ。

 取り敢えず、ウェラー嬢の近くに行き一緒に観客席に居る高貴なる方達に頭を下げる。距離が有るし近くに呼ばれる前に退散する、高貴なる淑女達だから即行動し異性に接触などしない。

 まぁ後日正式に呼び出される可能性は高いが、時間が有れば対策も出来る。問題は随分と冷めた目で僕とウェラー嬢を見下ろしていた、モンテローザ嬢だな。

 もしも接触する事が有れば、リゼルを同席させて思惑を探る必要が有る。あの目は初期の頃の男嫌いだった、カーム嬢の目と同じだったんだ。

 つまり異性の僕が嫌いな同性愛者の可能性が高いと思う。ウェラー嬢を見る目や、アクロディア様とクリシュナ様に対する接し方は普通だった。また面倒臭い淑女に絡まれるのか……正直本気で嫌だが、王族を巻き込んでいるなら、配慮は必要か。

「……リーンハルト兄様」

「な、何かな?」

 うっ、涙目で見上げられた。罪悪感が半端無い、心が痛いってこう言う事なのか。思わず胸の部分を押さえてしまう、服をギュッと握り締める。

「私の力不足は認識しました。でも、もう少しだけ優しくお願い致します」

 ヤバい、敬語だよ。妹弟子に敬語使われると距離を感じてしまう。しかも上着の袖を掴んで上目使いで涙が溢れて決壊寸前とか、もうお詫びに何でもしたい気持ちで一杯です。

「うん、やり過ぎた。ごめんなさい」

 幾ら才能が有り努力も欠かさないと言っても、未だ年下の幼気(いたいけ)な少女だった。やり過ぎだった、反省します。ごめんなさい。

◇◇◇◇◇◇

 模擬戦を終えて、サリアリス様の執務室に向かう。総評と妹弟子に対する大人気ない態度の説教だろう、甘んじて受けさせて頂きます。

 ウェラー嬢は機嫌は直ったみたいで、僕の腕を掴んで並んで歩いている。兄弟愛が溢れているのだろう、擦れ違う侍女や女官達の笑顔が妙に優しい。

 今回は大人気なく全力全開三歩手前位の力を出してしまったが、ウェラー嬢の現状のゴーレム制御能力はセイン殿と互角かな。双方伸びしろは有るから楽しみだ。

 少し時間を置いたのでサリアリス様は先に執務室に戻った筈だが、同時に他の方々も自分のテリトリーに先に戻れたんだ。

 油断した。サリアリス様の執務室は王族の方々の生活区に近い、宮廷魔術師筆頭とは最後の守りの要だからだ。マリオン様とモンテローザ嬢を警戒したが、アンジェリカ様が動いたか。

 愛娘の、ヴェーラ王女を抱いたアンジェリカ様が通路の向かい側から歩いて来る。わざわざ後宮に戻ってから、此方側に向かって歩いて来る?不自然だな、僕とウェラー嬢と接触が目的だろう。

「ウェラー嬢、向かいからアンジェリカ様とヴェーラ王女が来る。脇に避けてやり過ごすが、多分言葉を掛けてくる。基本無言で頭を下げるだけだよ、受け答えは僕がするから」

 ウェラー嬢は宮廷魔術師第四席の娘だが、無官無職。対応は僕が行い、返事が必要な場合は中継する。これは出しゃばりじゃない、官位役職持ちが同行者に配慮するんだ。

 身分上位者を飛び越えての会話は貴族的には不可、上を立てる事が基本だから逆に下位者が出しゃばるのは良くない。面倒臭いが、守らねばならない。

 まぁ彼女達の思惑は分かる、モンテローザ嬢が絡んでいるマリオン様と違い、アンジェリカ様は直接僕に絡む段取りをしている筈だ。本人が声など掛けない。

「先に帰ったのに戻って来る。なる程、私達に用が有るのですね」

 10m手前で廊下の壁際に移動し頭を下げて待つ。お供の侍女は四人、側室付きの侍女は王宮に仕える侍女とは別物。仕えし側室至上主義の困った連中だ。

 このまま素通りは有り得ない。直接的に声は掛けて来ないと思う、アウレール王の側室が臣下とは言え異性に軽々しく声など掛けない。そんな迂闊な行動などしない、するなら愚か者だよ。

 最初に先導する侍女が通る、彼女達が声を掛けてくるかと思ったが素通りだ。アンジェリカ様本人は声など掛けないし、後ろに従う侍女が声を掛けるのも変だ。

 つまり接触は無しで、顔見せだけ?心配し過ぎたか。

「そなたが、リーンハルトきょうか?」

 え?ヴェーラ王女が僕に声を掛けたのか?御歳(おんとし)たしか四歳だった筈だが、会話が出来る歳では有る。そして未だ子供だから、王女であっても気楽に声を掛けても問題は少ない。

 王女に声を掛けられて無視や無言は不敬に当たる、ゆっくりと失礼にならない程度に顔を上げる。純真な瞳の王女様と、値踏みする瞳の母親側室殿と目が合う。

 子供をダシにしたのか?側室の立場で自ら我が子を抱いて歩いて移動する、不自然だったな。迂闊だよ、肉体労働は乳母か侍女の役目だろ。

「はい、リーンハルト・ローゼンクロス・スピノ・アクロカント・ティラ・フォン・バーレイです。宮廷魔術師第二席の任に就いております」

 幼児でも王女様だから相応の態度が必要となる。母親に抱かれているので視線は高い、ジロジロ見るのも不敬なので頭を下げる。

 希望としては、そのまま挨拶だけで立ち去って欲しい。四歳児に難しい会話など出来ないだろうし、何かしら言い含められていても言われた通りに出来ないんじゃないかな。

 つまり母親が介入するか、意を汲んだ侍女達が出しゃばるか。さて、どちらだ?立ち去る気配が無いのなら、早く行動に移して欲しいのだが……

「リーンハルトきょうは、じぃじがきらいなの?」

 じぃじ?ああ、祖父の事か。つまり、バセット公爵の事を嫌いかって?嫌いじゃないが好きでもない。中立、この言葉が正解だが……

 四歳児の孫娘に何を言わせるんだよ?確かに幼児には分かり易いかな、祖父が嫌いらしいから仲良くしてって願うだけなら覚えられるだろう。

 困った、幼児を納得させる言い方が分からない。難しく言っても駄目だし、簡単に言うなら何とも思ってません!だが、それは流石に駄目だ。

 僕だって空気は読める、それ位は配慮出来る。さり気なく周囲を見れば期待した目を向ける、アンジェリカ様と侍女達。幼女に期待するなよ……

「バセット公爵の事ですね?嫌いでも無いですし、喧嘩もしてませんよ」

 ヴェーラ王女と目を合わせて、ゆっくりと話す。アンジェリカ様との顔の距離も近いのが気になるが、ヴェーラ王女を抱いているのだから仕方無い。

 幼児との会話など殆ど初めての経験だよ。転生前に配下の子供達と触れ合う機会は有ったが、賢そうなとか健康そうなとか当たり障りの無い会話を親とした位だし。実子は居なかったから、余計に分からない。

 だが、ヴェーラ王女は嬉しそうに笑ってくれた。彼女は祖父と僕の仲が悪いと吹き込まれたが、僕が中立で敵対してないと言う意味で返事をしたから。

「そう、よかった。じゃあね」

「はい、それでは失礼致します」

 満足気にバイバイしてくれたのだが、アンジェリカ様は慌てている。まさか我が子が簡単に質問して、言いくるめられるとは思わなかったのだろう。

 もう少し頑張って言質を取るか、母親が介入するかしたかったが会話を終わらせてしまった。この後で会話を振るのも不自然だし、面子的にも蒸し返すのは無理か?後宮の住人とは見栄と寵愛が全ての人種だからな。

 此方も会話を終えて頭を下げた。もう終わりとの意味だが、これを引き止めるのも貴族的マナーで言えば駄目だ。このまま引き上げてくれば御の字だが、アンジェリカ様の顔を見れば無理かな。

「そうでした!ヴェーラ、リーンハルト卿にお話が有ったでしょう?ほらほら、早く言いなさいな。さぁ早く」

 幼女を急かすのは良くないぞ。ヴェーラ王女も、きょとんとした顔で母親を見ている。彼女は難解なミッションを終えたばかり、新しいミッションなど無理さ。

「ん?かあさま?なにもないよ」

 空気を読まないのは子供の特権、純真無垢な我が子に作戦の失敗を悟ったのだろう。ヴェーラ王女を抱きかかえ直して、僕に一瞥寄越して離れて行く。

 ヴェーラ王女は母親に抱きかかえながら、僕を見て手を振ってくれている。権謀術数に関係無く、純粋にバイバイしてくれているのが微笑ましい。

 バセット公爵も、あの手この手を使い絡んで来る。だが僕は既に公爵三家にガッチリと抱え込まれてるし、お互い良好な関係だから割り込みは無理だよ。

「アンジェリカ様の行動、あからさまに不自然でした。リーンハルト兄様に絡む為に、我が子をけしかけるとか母親として失格ですね」

「まぁそうだね。ヴェーラ王女は純粋だから、思惑が違っても叱らないであげて欲しいかな。関係改善のつもりだろうが、幼女をけしかけるなんて悪感情しか湧かないよ」

「バニシード公爵と共に没落するのが嫌なのでしょう。ですが行動が悪過ぎて、何とも言えません。もっと素直に協力を申し出れば良いのに、小細工ばかりで呆れますね」

「臣下の最上位、公爵五家の三位だったし見栄やプライドが邪魔をするんだよ。僕は元を辿れば母親は平民だし、新貴族男爵の息子だしね。素直にお願いなど出来ない相談かな?まぁ敵対せずに中立が一番だよ」

 ウェラー嬢にまで駄目出しされるとか、バセット公爵の焦りは理解するけど親身になって協力するかは別問題だよ。早く、サリアリス様の所に行こう。

 サリアリス様と共に、ウェラー嬢も出陣するし色々と話し合う事も多い。次の課題も有るし、今日の事も相談か。やれやれ、王都に戻っても暇にはならないものだな。

 


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