古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第706話

 ウェラー嬢との模擬戦を終えて、サリアリス様の執務室を訪ねる途中。偶然を装った、アンジェリカ様とヴェーラ王女に遭遇した。

 アンジェリカ様は、バセット公爵の娘。ヴェーラ王女は孫娘、その四歳児に僕の懐柔工作とかさせるなよ。幼女には無理が有り、母親も頑張らせたけど無駄だった。

 ヴェーラ王女は普通に良い子だった。未だ四歳だが尊大な態度も無かった、そのままで育って欲しいが祖父と母親が微妙だ。僕との関係も中立を望むが、今後どうなるか……

 今は実績を重ねて立場を固めるしかないのが歯痒いと言うか、味方同士での権力争い派閥争い。戦時中なのに、有る意味では呑気だよな。

 まぁ亡国の危機って状況じゃないし、逆に戦勝気分だから余計にか?その隙を突いて来るのが、旧コトプス帝国のリーマ卿で既に仕込みを済ませている。

 国内に雇った傭兵団を暴れさせる為に潜ませている。奴等の潜伏場所は概ね調べてあるが、初撃は受け身にならざるを得ない。対策はしているが、相応の被害は覚悟しなければならないのが辛い。

 その傭兵団対策も優先順位が有り、僕と友好的な貴族達の領地が最優先。その後で中立、最後が敵対的な連中だ。全てを同時には出来ない、時間も人手も足りないから。

 モア教の教皇様の動きも怪しいし、極力国民の被害は抑えたいのだが……難しく厳しいだろう。

◇◇◇◇◇◇

 アンジェリカ様達と別れた後は、特に他の方々からの接触は無かった。マリオン様やモンテローザ嬢にも会わず、サリアリス様の執務室に到着。

 台詞を分けて話す専属侍女達に歓迎されて応接室に通された。サリアリス様は用事が有り、不在だった。どうも王族の方々の動きを牽制しに動いてくれているらしい。

 壁際に並ぶ侍女達が僕等を微笑ましく見ているし、やたらと焼き菓子や果物を勧めてくる。ウェラー嬢は嬉しそうに食べているので、僕の分も差し出す。

「バセット公爵の動き、焦り以外にも有るのでしょうか?」

 口元に焼き菓子のカスが付いているよ。指で差して教えると、恥ずかしそうに舐めて取った。舐める時は口元を隠しなさい、可愛いがあざといよ。

「ん?いや、焦りだけだろう。敵対する事は無いが関係が中立に下げられたんだ、今後の不利益を考えたら慌てるだろう。ウルム王国との戦争に勝てば、上位公爵三家が絶対の権力を握る。バセット公爵は三位から四位に転落し、中枢から外されれば面白くないだろうね」

 ウェラー嬢も貴族間の柵(しがらみ)について色々と考える様になってきた。本来は両親が教えるべき事だが、王宮の出入りを可能にしたのは僕だからな。

 ユリエル殿が宮廷魔術師団員にすらしていなかった事を考えれば、彼の考えでは未だ教える必要が無かった、早過ぎたのだろう。だから僕が教える必要が有る。

 バセット公爵にしても格下と思っていた相手が急激に出世したから、面子やプライドの関係で待遇を改善出来ないのだろう。最初の頃は配下みたいな扱いをしていたし……

 だが現状は僕は公爵三家にガチガチに固められたし、良い関係を結んでいる。今となっては、バセット公爵の入り込む余地は無い。僕よりも、ニーレンス公爵達を説得しないと無理だよ。

「リーンハルト兄様が関係を中立に下げた相手ですし、私も距離を置きます。最近ですが、バセット公爵の縁者の子弟達のアプローチが多くて困ってます。

御母様は人脈作りだから無下にはしないでと言いますが……私は嫌いです、子供っぽいか下心が満載かのどちらかです」

 本当に嫌そうに吐き捨てて、バリバリと焼き菓子を食べ始めた。その様子は嫌な事を思い出したから早く忘れたいか?

 しかし子供っぽいは、我等魔術師は総じて早熟だから同世代の連中だと精神年齢の低さに嫌になるのだろう。下心満載は排除対象だ、幼女愛好家は悉く滅べ!

 ウェラー嬢の母親殿には少し現状を教えておく必要が有る。バセット公爵と縁を深める事が良いのか悪いのか?今は縁を深める魅力を感じないと思うぞ。

「ウェラー嬢にも手を伸ばしてるの?ユリエル殿との約束も有るから、しつこい連中は教えてくれれば対処するよ」

「いえ私の家の家臣達が直ぐに、リーンハルト兄様に報告し的確に対処している筈です。彼等は英雄様に直々に頼まれたからと、御母様や私の言う事を聞かなくて……」

 ん?そんな話だったかな?ユリエル殿も公認で、彼女の周囲の情報を素早く間違い無く誰にも妨害されずに届けるじゃなかったかな?

 あくまでも家長は、ユリエル殿だから本妻殿や保護対象者のウェラー嬢が恥ずかしいとか遠慮とかで、連絡しない事を防ぐ目的だった筈だぞ。

 もしかしたら本妻殿の機嫌が悪くなっているかも知れない。その理由は自分の言う事を聞かない家臣達への不満とかだったら?不味いな、親書にて釈明しておこう。

「いや僕の命令じゃなくて、ユリエル殿の厳命だよ。子煩悩が炸裂し、ウェラー嬢に近付く奴等は全て僕に報告し厳正な対処を頼め的な?」

「それなら理解はしますが納得は出来ません。私にだって、プライベートな付き合いは……有るかしら?あれ、あれれ?私って同世代の友人が居ないです。

同世代の同性の方々から、お茶会に誘われる事は多少は有ります。でも彼女達が友人と言えるかと思うと違うのです。私って……」

 両手で頭を抱えて悩み始めたが、僕も同じ悩みを抱えている。解決の兆しも手筈も整わない、全く何をすれば良いかも分からない。

「その悩みは僕もだよ。飲み会に誘ってくれるのは父親世代のみで、同世代の同性は……フレイナル殿やセインは同僚だし、他は居ない。僕等って友好関係が狭いよね」

 飲み友達は全て三十代以降の両騎士団員達で、爵位も役職も持っている父親世代。未成年の友人?いないし紹介すらされない。

 年上の友人達も奥方と娘達しか紹介してくれない。息子達は全く接点すら与えてくれない、それは嫉妬の対象だからだろう。

 娘達も顔合わせ程度だから名乗って終わりが多い。僕が政略結婚を嫌ったからだが、最近は厳選された娘達からのアプローチが有り、ジゼル嬢が困っている。

「未成年で爵位と領地と役職持ち。同世代は未だ親の庇護下に有る、そんな子供を友人と呼べるのか?ですね。私は未成年で無官無職ですが、それでも同世代は子供扱いです。

同性は殿方の品定めの話題だけで、異性は遊び関連の話題だけです。魔法談義は出来ないですし……彼等彼女等と友好を深める意味を見いだせない、それは悪い事なのでしょうか?」

 リアル淑女の会話事情、幼くとも将来嫁ぐ候補の情報集めに余念が無いな。十代前半でも、下手をすれば婚約者が居ても変じゃない。

 実家の為により良い相手を探す努力は認めるが、照準を合わせられた身としては勘弁して欲しい。胃にダイレクトにダメージが来るんだ。

 ウェラー嬢は子爵令嬢、ユリエル殿が宮廷魔術師ならば伯爵家迄なら嫁げる。お茶会の相手も同じクラスの淑女だろう。

「いや、全く悪くないよ。僕等は同世代でも抜きん出た存在で、彼等彼女等からすれば嫉妬の対象でしかない。素直に友人からとかは……諦めるみたいだが無理か?無理だな」

「ふふふ、同じ悩みを共有出来るって良いですね。一人で悩んでも解決策など見付からないですし、相談しても改善は難しいと確認しただけでしたが……心は軽くなりました」

 お互い同性の同世代の友人作りが難しい事を認識しただけだが、確かに同じ悩みを抱えている事を共有すると心が軽くなった気がする。

 同類相哀れむ、傷の舐め合い、問題の棚上げ等色々と思い浮かぶ。だが一番しっくりくるのは……何だろう?

 僕はウェラー嬢に兄弟愛か師弟愛を感じている?いや一番感じているのは友愛か?僕は彼女を同世代の異性の友人と思ってる?

 いやいやいや、いくらなんでもそれは無いよな?

◇◇◇◇◇◇

 結局、サリアリス様は執務室に戻って来られず僕も仕事の予定時間が近付いていたので会えずに解散となった。ウェラー嬢を送り出し、自分の執務室に戻る。

 リゼルが自分の執務机で仕事をしていて、オリビア以外の専属侍女達は居ない。イーリンとセシリアは、ザスキア公爵の所にいて先任の二人は午後から実家に戻るので半休だ。

 机の上には、各公爵家の貴族街の巡回コースの時間と順路と配員計画表が届けられている。それを一枚の地図に落とし込んで、全体の計画に移し替える。

「ふむ、比較的上級貴族の屋敷は手厚い巡回となり下級貴族の屋敷は一日二回、昼と夜だけか。巡回の薄い場所に、聖騎士団と王宮警備隊を割り振るかな」

 上級貴族の屋敷には自前の警備兵が必ず居るから、出来れば下級貴族の屋敷を重点的に巡回して欲しい。だが立場上無理なんだろう、派閥の上の方々を蔑ろに出来ない的な?

 バセット公爵とバニシード公爵の分担だが、人数と巡回の回数が少ない。第一陣として、派閥構成貴族達から兵力を根こそぎ奪ったらしいし……

 自分の守るべき派閥構成貴族に配慮しないで、どうするつもりなのだろう?不満の声は分かるが、それとこれは別問題だよ。派閥の長は、構成貴族達を守るべきなんだ。

 巡回計画表を一つに纏めたから分かる不備不足、各公爵家に僕が任された聖騎士団と王宮警備隊の巡回計画を知らせる親書を書く。貰った計画表は纏めて、アウレール王に見せるとも書いておく。

 家紋付きの計画表の本書を送って来たんだ。補助するからと計画を変更されない為の保険と、誰が何時何処を巡回すると知らせておけば派閥違いのトラブルも減る。

 この計画表が万が一、敵側に流れても予備の巡回がランダムで行われる事も親書に記載しておく。末端の下級貴族達にも回すから、敵側に情報が流れる確率は高いだろう。

「出来た。各公爵家に親書を送り、此方の本計画書は決済に回す。聖騎士団と王宮警備隊には、此方の全体計画表を渡す。管理には十分配慮させて、隊長以外は当日に巡回ルートを教える。それでも調べる気になれば、情報は流れるか……」

「慣れてますわね。部分的に必要な情報しか教えず、配下の方々にも巡回ルートは当日に教える。過剰な情報統制ではないでしょうか?」

「噂好きな貴族と、その仲間達にとっては情報の秘匿が必要と言っても無駄さ。此処だけの話とか、金銭を対価にすれば情報を流す奴は居るよ。

前線で戦う貴族の寝返りや情報漏洩の為に、誘拐とか行われそうで怖いんだよ。王都の治安が乱れたら、その責任の一端は僕だからね」

 脅迫材料に家族の命は有効的だ。愛する妻や子供達、肉親の情は時に身の破滅と分かっていながら脅迫者に屈する場合も有る。

 戦力で圧倒的に劣り、バーリンゲン王国の巻き込み計画も頓挫したからな。足りない戦力を謀略で補うのは、古来よりの手段だ。

 手垢の付いたありふれた手段だが有効的だからこそ、多くの者達が手を出す。でも対策も古来から考え抜いている、つまり守りを固める事。単純だが効果的だな。

 また情報を分散して教える事により、漏れた情報元の特定が比較的簡単に出来る。五分の一に絞れるだけでも楽だし、自分の派閥からしか漏れないから他の公爵家に責任を転嫁出来ない。

 その分、全てを知る僕は疑われるかもしれないが計画の失敗は自分の失点だから自作自演でもやらないよ。僕を貶める罠だと言えるが、本当に僕の管理する資料や書類から情報が流れたら責任問題だな。

 空間創造に収納すれば問題は少ないが、バセット公爵から書類を盗む様に指示され断っている、ハンナの件も有るから油断は出来ない。

「リゼル、王宮から外に出る時は気を付けてくれ。護衛として、ゼクス五姉妹の誰かを付けるから、予定を教えてくれ。油断はするな、君はバーリンゲン王国攻略の影の立役者として一部で有名になっているからね」

「他人の思惑は読めても、直接的な行動に訴えられたら非力な女である私は逆らえないでしょう。つまり、リーンハルト様の御屋敷でお世話になり、移動は一緒ですね?」

 いや、違うだろ?君にはエムデン王国から影の護衛が常に張り付いているんだけど、もしかして知らなかったりする?僕より厳重だよ、それだけ君は貴重だから。

 僕と行動を共にするのは、他の危険を呼び寄せる。僕の事を殺したい程に憎い相手が、僕には勝てないから腹いせに君を害する危険性が高い。

 だから、そんなドヤ顔で僕と一緒に行動するとか言わないでくれ。僕の屋敷に来るのは全然構わないのだが、要らぬ火種を撒くのは止めてくれ!

「分かったか?」

「いえ、同意しかねます。私は貴方が見出して引き抜いた女ですから、要らぬ火種とか分かりません」

 いやさ、ニヤリと笑った時点で理解してるだろ?同意しろよ、確かに引き抜いたけど毎日一緒とかいう条件はなかったぞ!

 


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