古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第708話

 宮廷魔術師第三席、慈母の女神ラミュール殿の王都巡回だが思った以上に難航しそうだ。彼女から派遣された連中が、なんて言うか微妙なんだよな。慎重型と猪突猛進型、両極端だ。

 仕えし姫様の意向を尊重したいのは分かるのだが、その過程ばかり重視して結果と影響力を考えていない。いや他人任せって言うか崇拝に近い巨大な期待をラミュール殿に向けてるから、我が姫様が何とでもしてくれる程度の認識だ。

 宮廷魔術師第三席であり侯爵待遇の子爵家当主の彼女が望めば、大抵の貴族は言う事を聞くだろう。結果的に平民の陳情を叶えて自分達に負担を強いた事で、多くの貴族連中から不評を買う。

 特に既得権を犯したり費用負担を強いる事をする可能性の有る陳情の解決は避けるべきだ。放置は無理だから、然るべき部署に陳情しろと伝えるしかない。僕の場合は自費で対応している。

 陳情の中にはふざけた内容の物も有る。薬師が効果の無い薬を与えた事に逆ギレしたり、呪(まじな)い師が当たるも八卦当たらぬも八卦だから結果が外れても文句を言うなとか……

 これ、陳情する側に立ったら偉い事になる。仕事の成果を求められたのに責任放棄した、これは庇えない。結果が出るまで責任を持て!特に薬師は病人の命に関わるんだぞ。

 僕が王都で治安維持の手配をしている時に、義父達は新たな攻略目標を探していた。十年以上拘束されていた野獣達を解き放った結果は、僕等の想像を超えるモノだった……

◇◇◇◇◇◇

 第一陣の侵攻を急かす意味も含めて、我等遊撃部隊はバレない様に迂回し彼等の後方に陣を張った。特にバレない様に迂回した意味は無いが、我等の大躍進の後方に居て楽をさせる訳にはいかぬ。

 奴等には相応の出血を強いて、更には裏切り者疑惑の侯爵二家の動向を確認し対処せねばならない。消極的な参戦で、お茶を濁されては駄目だ。ザスキアの女狐は、奴等の裏切りの証拠は既に掴んでいるらしい。

 つまりグンター侯爵とカルステン侯爵に程度の差は有れども未来は無い。完全に裏切る、カルステン侯爵は粛清対象。足を引っ張るだけの、グンター侯爵は状況次第だ。

 我等の陣は少数精鋭故に規模は小さいし、機動力重視で荷馬車隊も用意している全員が騎兵なのだ。勿論だが歩兵としても槍兵としても戦える、心強い奴等よ。

 焚き火を中心に車座に座る。昼間故に日差しが暖かいのだが、昼食の煮炊きに焚き火は必要だ。陣中食は久し振りだからか、妙に美味く感じる。手掴みで食べても、誰も小言を言わないから楽しい。

 身体が資本だからな、良く食べて良く寝て良く戦う。単純だが効率的で分かり易い、我等は頭脳労働は苦手だ。得意なリーンハルトに任せれば良い、適材適所だな。

「ザスキア公爵の情報収集能力には驚かされる。よくもまぁ侯爵二家の秘密を暴いたものだ、諜報を得意とし情報を操り相手を陥(おとしい)れる毒婦だな」

 稀代の毒婦、蜘蛛の様に男を絡め取り貪り食う感じがして止まらない。リーンハルトは良くあんな女と普通に付き合う事が出来るな、感心するしかない。

 俺やデオドラ男爵の殺気を間近で浴びても普通だった、いや逆に薄ら笑いと独り言で俺達を脅しやがった。その気になれば簡単に挽き肉に出来る筈が、身体が恐れた……関わるなとな。

 エムデン王国の歴史の中で唯一の女公爵、魑魅魍魎が溢れる貴族社会でも傑出した化け物。リーンハルトは恐れもせずに姉の様に慕う、その気持ちは全く分からないし分かりたくない。

 折角の昼飯の余韻が悪くなるから止めて欲しい。食後のワインを一気に飲む、一本金貨一枚程度の安物で尖った酸味だ。本来の我等が飲む酒ではないが、戦場では酔いたい連中も多い。

 嗚呼そうだった。酒飲みでは連戦連敗だったな、未成年に飲み比べで負ける中年か。恥曝しめ、何度やっても勝てぬのだが次は負かす!そう思うが中々勝てないんだ。

「確かにな。グンター侯爵は、バニシード公爵に強い怨みを抱いているそうだ。政争絡みと女性絡み、金と女の怨みは単純だが根強い。だからって旧コトプス帝国の残党共の甘言に乗りやがって!

バニシード公爵の領地を荒らし、最終的には奪われた女を奪い返すつもりか?つまり我が国の領土に敵を呼び込むか、敵を装い自ら恋敵の領地を荒らすのか?」

 思わず手に持つカップを握り潰してしまった、木片が周囲に飛び散る。戦場では軽くて丈夫な木製の器が好まれる。本人が最前線に居て、バニシード公爵の領地は国境線付近には無い。だが奴の派閥構成員の領地は近くに有るが、戦略的な価値は無い。略奪して物資の補給は出来るが、それだけだ。

 まさかとは思うが、領内に潜伏している傭兵団を引き入れた一味か?だがな、王都と近郊の領地は我が異常なる義理の息子が毒婦と共に守っているのだ。

 エムデン王国の為ならば、平然と一国の軍隊に単騎で挑み勝つ異常者と奴に心酔する連中が守りを固めているんだ。心配は何も無い、無慈悲に殲滅されるだろう。

 リーンハルトは敵には情け容赦無く無慈悲に行動するんだぜ。だが殺戮の快感に酔わず狂わず、必要だからと殺せる軍人として最も必要な資質と心構えを持っている。

 敵対すれば、俺達にだって必要と思えば躊躇無く……は無いな。奴は仲間には甘く弱い、理由を聞き出し改心を促すだろう。そして自分が責任を負う形で何とかしようとする、違う意味で好ましい馬鹿な男だ。

 いざ戦いになれば戦場で最も輝き活躍するカリスマを持っているのに、義理堅く情け深い。敵と味方との対応に矛盾を抱えても、悪に墜ちぬ不思議な男だな。未だ未成年だが、たまに同世代かと思う時が有る。

「まぁ落ち着け。カルステン侯爵はもっと酷い、完全に裏切り者だぞ。馬鹿な男は悪質なハニートラップに嵌まり、愛妾に唆されて我が国を裏切った。クリストハルト侯爵と同じく財政難を抱え、どうにもならない状況の一発逆転!

その悪化した財政の原因すらハニートラップ要員の愛妾の仕業で、都合の良い嘘で固めてエムデン王国悪しの方向に持っていったらしいな。新天地で愛妾と新たなる栄誉と権力と贅沢を求める?愚か過ぎる男の仕事は第一陣の足を引っ張る事、そして亡命。だが俺達が居て逃がす訳がなかろう」

 完全なる裏切り、だが計画だけで実行はしていない。故に動き出す迄待つか、煽って動かすか?俺達のプロコテス砦の活躍を見て、ビビっているみたいで動きが鈍い。

 今更怖じ気づいて貰っては困る。お前達の処分は最初から決まっている、毒婦ザスキア公爵の掌の上で転がされているんだ。あれは何処まで見通しているか分からぬ、未だ先を見ている。

 歴史有る、いや侯爵七家でも血筋のみの旧家の下位の三家が消えて無くなる事態。あの毒婦め、何か悪巧みをしている。勘でしかないが、必ず何かしらやらかす。

 それが俺達や、リーンハルトを巻き込まなければ良いのだが……まさか、リーンハルトを侯爵に?潰れる侯爵家の淑女を娶り、生まれる子が成人する迄なら後見人として侯爵を名乗れる。

 反発する連中も、奴がこれからも成し得る成果を考えたら黙るしかない。奴は戦場で輝く男だが、錬金術と言う反則技で潅漑事業でも高い成果を出している。

 戦後の国力回復に必要な人材、旧クリストハルト領の奇跡の回復を考えれば……クリストハルト侯爵の娘が非常に辛い立場に居るし、考え始めれば始めるほど……

「どうした、激しく首を振って?虫でも居たか?」

「いや、戦後の事を考えたら有り得ない結果が有り得そうでな。怖くなったんだ、最年少侯爵?馬鹿な、どこまで出世するんだ?だが実績が計り知れないので笑い話では済まされない」

「最年少侯爵?流石に侯爵を名乗るのには血筋が必要、リーンハルトが侯爵家の血を引く淑女を娶れば子供は侯爵を継げる。奴は血筋が悪い、それに侯爵に興味も薄そうだぞ」

 益体もない考えに取り憑かれていた時に伝令がやって来た。信じられないのだが第一陣の中に、ザスキア公爵に買収された者達が居て情報を流して来るのだ。

 今回は、カルステン侯爵とグンター侯爵の配下に紛れた内通者達からの情報。カルステン侯爵は今夜遅く闇に紛れて第一陣から離脱、配下の者達には奇襲攻撃の為にと説明しているが、作戦は秘密裏に行うからと情報を抑えている。

 そして、グンター侯爵も示し合わせた様に同じく秘密裏に作戦の為に別行動をすると配下に説明しているそうだ。左右二手に別れて逃げ出す訳だが……

 カルステン侯爵は亡命の為に、グンター侯爵はバニシード公爵への嫌がらせの為に。深夜にバレない様にと言うが、天幕やらを残して行くのか?

 撤収していればバレるぞ、その辺はどうなんだ?天幕や資機材を放置してもバレる、バレれば公爵達は伝令を出して真意を確認する。幾ら非協力的でも同じ第一陣、勝手に離脱は出来ない。

「どう思う?」

「カルステン侯爵は単純に逃げる為じゃないか?俺達が後ろに控えていては、裏切るタイミングが掴めない。裏切り即殲滅じゃ怖くて近くに居られない。グンター侯爵は陽動か?昼間と違いバレても全軍で追われないからな、後は逃げ出す方向にもよるぞ」

 腕を組んで考える。ザスキア公爵は定期的に指示書を送ってくるから全体の指針や行動に問題は無いが、突発的な事は現場で判断し対応する必要があるんだ。

 カルステン侯爵は逃げても良い、亡命すれば敵として元侯爵として対処出来る。裏切り者は忠誠を示す為にと前線に無理矢理出される筈だから、倒すのも簡単だ。

 問題は、グンター侯爵だな。今は未だ敵じゃない、計画だけで実行していない相手を問答無用で攻撃は出来ない。奴等が逃げ出し何処かで妨害工作を仕掛けて来た時の対処をどうするかだな。

 まぁ馬鹿みたいに俺達に攻撃はしない、負けるのが目に見えているからな。第二陣にも仕掛けない、正規軍に勝てる訳がない。蹴散らされて終わり、馬鹿でも分かる現実だ。

 ならば自分より弱い者を攻めるだろう。それは弱者で守るべき国民、彼等を守らずに先には進めない。見殺しになど出来ないからだ。

 グンター侯爵の様子を窺い、我が国を裏切る行動をしたら即殲滅。だが証拠が要る、つまり最初の悪行は止められない。被害が出て、初めて責任問題が発生するからだ。

「完全に裏切る、カルステン侯爵は逃がしても構わない。どうせ寝返った奴は忠誠心を示せと最前線に押し込まれる、それを叩けば良い。グンター侯爵は何をするか分からない、最悪は領民からの略奪だ。

監視をして最悪の裏切りの証拠を掴んだら、さっさと殲滅する。奴等を生かしておくな、必ず始末しろ。ザスキア公爵からの依頼と言うか指示と言うか厳命だな、それも必ず守れと念を押されたのさ」

 俺達に命令するな!戦い方にも注文を付けて、結果にまで言及しやがる。勿論だが俺達も裏切り者を生かしておくつもりは無いが、元でも侯爵を必ず殺せとは物騒だ。

「ああ、後腐れなく始末しろって奴だな。生きていると不都合らしい、後継者を取り込むのか家ごと潰すのか?俺には毒婦の考えは分からないな、いや分かりたくもない。ドロドロした事は、全て任せておけば良い」

 嫌そうな顔をして手を振るが、我等が首輪を嵌められて外せなかったのは政治力が弱かったからだぞ。失敗の経験は生かさないと、何度も同じ間違いをする。

 もう二度と飼い殺しなどお断りだ!リーンハルトとザスキアが協力すれば、俺達に首輪を嵌める事は不可能だが大きい借りが出来る。

 それが怖い、返せるか?いや無理だろう。出来る位に政治的な力が有れば、首輪を嵌められずに自由に動けていた。

「全くだな。俺達には関係の薄い話だが、厳命されたからには渋々でも守るしかない。どうしようもない毒婦だが、言われた通りにするのが約束だ。悪い事にはならないさ」

 あの女の言う事に逆らっても無意味だ、意味が有るから従っている。変なプライドとか見栄とかは邪魔、女に従えぬとか下らない理由で反発する方が愚か者だろう。

 我等も移動準備だな。グンター侯爵を隠れて追う、見付かっていては奴も行動しないだろう。泳がせておいて、裏切ったら即殲滅。

 これが理想的だな、俺達は戦う事に誇りを持っている。自国民を守る事は貴族の義務であり、前大戦の経験者には絶対に負けられない意味が有る。

「さて、秘密裏に追うぞ」

「ああ、戦場での追撃か。得意な方じゃないが、必要ならやれる。グンター侯爵を泳がして……」

 証拠を掴み、もし本当にエムデン王国を裏切ったならば即殲滅だ。そこに慈悲は無く、俺達は戦鬼と悪鬼として鉄槌を下す事になるだろう。

◇◇◇◇◇◇

 深夜日付が変わる頃、示し合わせたみたいに両侯爵軍が動いた。カルステン侯爵は約六割の貴族連中と半数の兵力を率いて、ウルム王国軍の砦の有るサハラル高原に向かった。

 サハラル高原の砦は大きな岩が散乱する荒れ地の中にある岩造りの頑強な砦群、中規模で五百人も詰め込めば一杯だが各砦が連携して敵を攻める。

 一つを取り囲めば、他の砦から出陣し背後を突く、各々が籠城に適した造りをしている。意味合いとしては敵戦力を引き付ける囮砦で、無視して進めば背後から襲い掛かってくる厄介な砦群だな。

 裏切り者が我等から身を守る為に、逃げ込むには適している。守りが固いから安心なのだろうが、多分逃げ込んでも戦いに駆り出されて酷使されるぞ。

 ウルム王国の連中からすれば、裏切り者でも元でも憎いエムデン王国の上級貴族、親切に守ってやる対象にはならない。故に俺達と敵対する機会は有る、その時に殲滅してやる。

 グンター侯爵の動きの方が問題だ、奴は逃げ出すかと思えば残っている。配下の三割が野営地から抜け出し、エムデン王国側に向かった。馬車も同行しているとなれば……略奪か。

 買収した裏切り者達からの情報に齟齬が有るのは、行き当たりばったりなのか味方も信用出来ずに誤情報を流しているのか?仕方無い、逆戻りだが略奪部隊を追うしかない。

「グンター侯爵め、自分は残り略奪部隊を送り込みやがった。追うしかないが、略奪する迄は様子見なのが辛い、もう敵前逃亡罪でヤるか?」

「短気になるな、だがどうするか?二手に別れて片方は此処で第一陣にプレッシャーを掛ける。片方は追って略奪を始めたら即殲滅、二人共に追うのはダメだな」

「むぅ、略奪部隊を追わねば領民達が被害に合うが戦い自体は小規模だ。残ればウルム王国軍と戦えるチャンスが有るが確率は低い、だから待機だけの場合も有るか……」

 悩ましい、国民を守る為に追わねばならないが二百人程度の連中など直ぐに片付く。だが略奪の証拠を掴む迄は手が出せない、悩ましいぞ。

「俺が行く。遊撃部隊の指揮官は、バーナム伯爵だ。不在とか有り得ない、大人しく待っていてくれ。直ぐに奴等を殲滅し戻って来る、それ程時間も掛からないだろう」

「む、確かに指揮官が不在では困るな。バニシード公爵もバセット公爵も絡んで来る可能性が有るのに、俺が居ないと色々と邪推されるか。分かった、追跡は任せる」

「俺と三十人も居れば大丈夫だから任せてくれ。そして証拠を掴み略奪部隊を倒したら……証拠を突き付けて、グンター侯爵を倒す。これで行くか」

 勝手に暴れられたら楽なのだが、色々と難しい制限が有る。だが第一陣の不祥事をネタに両公爵を煽る事も出来る。暴れたくても最優先は国民を守る事、多少の我慢は仕方無い。

 ふむ、方針が決まれば後は行動するのみだ。未だ暴れて活躍出来る機会は有る、慌てる事は無いな。

 


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