古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第710話

 ローバーの村を略奪しようとした、グンター侯爵の手勢を倒し降伏した者達を全て拘束した。増援の傭兵団は殲滅したが、本隊の二百人近くが降伏。

 数が多過ぎて監視しきれず領主である、シャンベル子爵に使いを出した。奴はバニシード公爵の派閥構成貴族だから、話の内容によっては揉めるだろう。

 直ぐに戻りたかったが、武装解除したとは言え二百人近い兵士をローバーの村の五十人程度の自警団では抑え切れない。ザスキア公爵の手の者は、早々に捕まえた貴族連中だけを連れて王都に向かった。

 シャンベル子爵も首謀者は既に王都に向かい、残されたのは武装解除した兵士二百人では困るだろう。拘束するだけでも費用が掛かる、グンター侯爵から損害賠償を請求する権利は有るにしても奴から取れるかは別問題だ。

 御家取り潰しは確定、下手をすれば財産は全て国家が没収。シャンベル子爵に金が回ってくるかは分からない。下手をすれば拘束している奴等を好きにして良いで終わりかもな。

 エムデン王国に奴隷制度は無い。こき使うにしても高が知れているが、略奪は未然に防がれ実害は勇敢な若者一人だけだから強制的に労働させればトントンか?

 向かわせた使者と共に、シャンベル子爵の長男が私兵百人を連れて来たのは翌日の午後だった。留守を任されているとは言え、中一日の強行軍で来るとは大した行動力だ。

 俺達と奴は敵対派閥、だが俺達は王命を受けての軍事行動中。下手な嫌がらせや妨害工作は王命の妨害と判断されるし手柄は取られた、相手の心情は面白くないだろう。

 ふむ、手勢を率いている奴が、シャンベル子爵の長男殿か。悪いが普通、武に長けた感じもしない。普通に貴族の子弟、年は二十代後半か?着慣れない鎧兜の所為か、重いのか歩き方がぎこちない。

「デオドラ男爵ですね?今回の件、我が領民を守って頂き感謝します。私はシャンベル子爵の長子、ウェッズ。出陣している父の代理を務めています」

 ほう?丁寧な態度に言葉使いだな。政敵に対しても、表面上は嫌悪感も感じられぬ。シャンベル子爵の息子達の評判は良くも悪くも聞かないが……

 貴族として表情を取り繕う事には長けているのだろう。武人としての能力は無い、身体も鍛えていないし手も綺麗だ。ナイフやフォークよりも重たい物は持った事が無いタイプか?

 魔術師でも無いな。あの独特の雰囲気の魔力を帯びた感じがしない、リーンハルトでも完全に隠蔽は不可能でマジックアイテムを使わねば無理だと言っていた。

 つまり戦士でも魔術師でもない。だが厳つい俺を前に物怖じしないだけの胆力は有る、その辺のボンクラよりはマシだな。領地に残したのは政務に明るいのと、万が一の時の後継者の保護か。

「ウェッズ殿、ローバーの村を襲った連中を引き渡すので後は宜しく頼む。首謀者は拘束し、既に王都に連行した後だ。グンター侯爵の裏切りについて、アウレール王は既に証拠を掴んでいた。今回の捕縛も王命の一部、首謀者の討伐も我等が使命。済まぬが直ぐに最前線に向かわせて貰う」

 少し横柄かとも思うが爵位無しの若造に下手には出れない。特に気分を害した感じもしない、面の皮は厚そうだが悪い奴ではなさそうだ。

 後ろに控える手勢共は色々と感情を表してくれて楽しい、嫌悪に恐怖に蔑みか。配下の感情の制御まではできないか……流石にそれは酷だな。

 子爵家の家臣団ならば、そこそこの地位だし自尊心も高そうだ。だが能力は精々レベル20前後、留守を任せるなら二線級。手練れは全員当主が引き連れて行ったのだろう。

「後の事は自分に任せて、裏切りの首謀者の処罰をお願いします。出来れば結果は、戦後にでも落ち着いてから教えて頂きたい。我が領地の事ですし、有耶無耶にはしたくないのです」

 む、真面目な顔で戦後に結果報告という形で会う機会を求めて来たぞ。俺達は政敵、今は手を取り合いウルム王国と戦うが戦後は……

 ウェッズ殿はバニシード公爵に見切りを付けたのかもしれんな。バニシード公爵が活躍する機会はもう無い、第一陣の侯爵が裏切ったとなれば公爵二人にも僅かながら責任を求められる。

 俺と顔を繋ぎいずれは、リーンハルトとの接点を作りたい。だが断る事は不義理、了承するしかない。二百人もの捕虜の処理を押し付ける対価なら、会う位は仕方無いか。

「了解した、全てが終わったら一連の事の説明をしよう。今は軍機に絡むし公表は控えねばならぬので、心苦しいが教える事は出来ぬ」

「ええ、楽しみにしています。今回の戦争で、貴方とバーナム伯爵は英雄として崇められるでしょう。その活躍も教えて貰えると嬉しいですね」

 そう言って一礼し、背後に控える連中に指示を出し始めた。今の話の流れからすれば、プロコテス砦の情報も知っているみたいだな。

 その結果と今後の成果を踏まえて、結果報告の他に俺の活躍まで教えろか。シャンベル子爵の後継者の出来は悪くはない、だが派閥に引き込むかは別問題だぞ。俺達は武闘派、力が全てだからな。

 まぁ捕虜共は任せても大丈夫そうだ。二百人も居るが、完全武装の兵士百人なら問題無く対処出来るだろう。これで心配無く前線に戻れるが、グンター侯爵はバーナム伯爵が始末を付けているだろう。

◇◇◇◇◇◇

 ローバーの村の顛末をデオドラ男爵の寄越した伝令から聞いた。傭兵団まで使って自国民から略奪を計画していたとは、バニシード公爵憎しと言えども許されざる暴挙だな。

 デオドラ男爵は最初に指揮官クラスを惨殺した事で恐れをなして降伏した、二百人にも及ぶ捕虜を領主代行に引き渡す為に村に留まるそうだ。

 判断に間違いは無い、五百人程度の村に二百人の捕虜を扱える訳がないので最悪逃げられる。領主のシャンベル子爵は第一陣に同行している、確か長男が留守番だった筈だ。

 我等はバニシード公爵とは敵対している。正確には派閥のNo.4の義理の息子が、他の公爵三家と協力して追い込んでいる。今回も活躍の場は無いし、没落一直線だな。

 グンター侯爵の悪行の証拠は揃った、ザスキア公爵に捕らえた実行犯が連行されれば此処で何を騒いでも無駄だ。時間が経てば逃げる、デオドラ男爵を待たずに今倒すしかない。

 現状、グンター侯爵の野営地に動きは無いが、略奪部隊との連絡体制がどうなっているかは分からない。連絡が途切れれば怪しむ、悪事を働いているなら用心深くなるだろう。

「バニシード公爵とバセット公爵に伝令を送れ!自国民から略奪をした、グンター侯爵を督戦部隊としても任命されている我等が倒す。口出し無用だと伝えろ」

 側に控える側近に伝令の手配を指示する。奴等の断罪は俺一人で行ない、配下の連中は取り逃がさない様に周辺を囲ませる。流石に俺一人では取りこぼしも有る、誰も逃がしはしない。

 もしも両公爵が口出しして来たら、同じく裏切り者かと問い詰めれば良い。グンター侯爵は始末しろと、ザスキア公爵から重要なお願いとして指示されているのだ。

 生かしておいては不味いのだろう。侯爵七家の下位三家、クリストハルト侯爵家にグンター侯爵家、カルステン侯爵も没落か。いや、今回の件で二家は取り潰しだろう。

「カルステン侯爵の連中には伝えますか?」

 む?居残り部隊の連中にか?カルステン侯爵が既に居ない事は掴んでいるが、奴等は隠密作戦の為だと言い張っている。派閥当主が敵国に亡命とか、笑えない真実だろう。

 何となくは分かっているのか、奴等は規則正しく待機している。待機命令らしいから、独自で動く事は命令違反だからな。居残り部隊は裏切り者じゃない、囮として捨て置かれたのだろう。

 同僚侯爵の裏切りを知ったらどうなる?どうする?我が身可愛さで逃げ出せば、そのまま裏切り者確定。留まっても裏切り者疑惑は避けられない。

「知らねば同僚が味方に襲われていると誤解しパニックになるか?まぁ良い、奴等にも同時に教えてやれ。但し逃げれば裏切り者の仲間として扱う、大人しくしていろとな」

「了解です。包囲網構築と同時に伝令を走らせますので、準備をお願いします」

 皆まで言わなくても理解している。今回は我が派閥の精鋭中の精鋭と、割と頭が働く指揮官クラスも全員連れて来た。コイツ等の損耗は痛い、だが大丈夫だという自信は持っている。

 グンター侯爵の手勢は数は多いが強さは精々レベル20前後、普通なら及第点だがエムデン王国の武の重鎮と言われた俺達の配下は一味違うぜ。

 多少は頭が張れる連中に、個人の技量を高める事しか眼中にない戦馬鹿ばかりを集めたんだ。包囲殲滅とか大好物な脳筋の集まり、破壊力を思い知れ!

「分かった。俺は直ぐにでも大丈夫だ、待ちどおしくて腕が震える。くははっ、裏切り者共を粛正するぞ!」

「皆が同じ気持ちです。祖国を裏切る不忠者に断罪を下す!これは聖戦なのです。リーンハルト卿が唱えた、我等が宗教を冒涜する奴等に等しく死を与えん!それでは失礼します」

 おい、ちょっと待て!リーンハルトはそんな事は言ってないぞ。奴は自身を頼って来た司祭を守っただけで、聖戦なんたらは国王が考えて戦意高揚と建て前として発表したんだぞ。

 モア教の教皇だか教主だかが何かしら動いていると、ザスキア公爵が気にしていたが当時は笑い飛ばしたんだ。奴は敬虔なる信者だから、モア教だって大事にするだろうってな。

 だが奴は、リーンハルトが言った事の無い内容をさも言ったかの如く信じて疑っていない。聖戦、間違いじゃないが微妙に危険な気がする。

 エムデン王国の事実上の軍事関連の要、両騎士団に後宮警護隊。王宮警備隊に信頼され発言権も持ち、宮廷魔術師の頂点を約束された大陸最強の若き魔術師。

 その奴をモア教が取り込もうとしていないか?今迄は国家の中枢とは距離を置いていた、政治と宗教は無関係だと言っていたのだが……確かに、リーンハルトには妙に絡んで来る。

 エムデン王国は大陸最大最強の国家となる、ウルム王国とコトプス帝国を併呑し、バーリンゲン王国を属国にした大陸最大規模の大国。その軍事部門の頂点であり、自身が一国の戦力と同等の力を持つ男に干渉するとか……

 いや、考える事は毒婦の仕事。俺は言われた事を精査し、やるかやらないかを決めれば良いんだ。宗教絡みなど、理解の枠外だ。だが奴の狂信的で純粋な笑みは……

◇◇◇◇◇◇

 グンター侯爵の野営地の包囲が終わり、伝令が他の野営地に走って行くのを確認する。ゆっくりと歩いて野営地の中で一番大きな天幕に向かう。

 何かしら不審だと思ったのだろう、兵士達が遠巻きに俺を囲む。一応は味方の範疇に居るし、いきなり襲う訳にもいかずに様子見だろうな。

 意図的に周囲を威圧しながら進めば、誰も近寄らず何も言わない。だが流石に天幕の前の護衛には精鋭を配置しているのだろう、漸く進路に立ち塞がる。

「バーナム伯爵、待たれよ。我が主に何か御用でも有るのか?有るならば先に伺いの使者を立てるのが常識であろう」

「先ずは用件を伺いたい。それを主に報告し、会うか会わないか決めて頂く」

 この二人が表向きの本命の護衛、そして天幕の中からも隠し切れない気配と殺気が滲み出ている。中の奴は六人、内三人は魔術師だな。

 正直、中の連中の方が目の前の二人より強い。金に物を言わせて冒険者でも雇ったか?下手をすればウチの精鋭より強いか?だが王都の冒険者ギルド本部は、リーンハルトの味方。政敵に強力な冒険者パーティを派遣すれば、情報は寄越す筈だが?

 天幕の中の気配を探れば、一人だけ相当慌てている感じがする。悪事を働く者特有の、もしかしてバレたのか心理だな。特に奴の場合は、バレたら身の破滅だから余計にだ。哀れな、慌てるなら裏切るな。

「いや、グンター侯爵に確認したい事が有るだけだ。簡単に済むので安心されよ……では、そこを通せ」

「いや、その確認すべき事を教えてくれれば取り次ぐ」

「返事は必ずする。故に一旦自分の野営地に戻ってくれ」

 天幕の中から、更にガタガタと慌てている音が酷いな。グンター侯爵も自分の裏切りがバレたと感じたか?天幕内の奴等の殺気が膨れ上がった。

 ヤル気だな。もう取り繕わず隠す気も無いのだろう、グンター侯爵と思われる男の怒鳴り声が聞こえる。構わず殺せ、早くしろ!とは笑わせる。

「では聞いてくれ。何故、エムデン王国を裏切って自国民から略奪しようとした?証拠は揃っている、言い逃れは不可能と思え!」

「その様な事実は無い!伯爵如きが、侯爵家に言い掛かりを付けるとは!無礼討ちに……」

 コイツ等も裏切りの事を知っている。慌てず即座に言葉を被せながら攻撃体勢に入った。

「ならば裏切り者として死ね!」

 目の前の二人がロングソードの柄に手を掛けたので、素早く真横にロングソードを振り抜く。切断には至らず、そのままくの字に曲がり右側に吹っ飛んで行った。

 利き手を振り切った状態を見計らってか?天幕を突き破り、ファイアボールが三発。それと矢が飛んで来る、御丁寧にファイアボールの陰に隠れての狙撃だ。

 直径30㎝程の球形のファイアボールを突き破り、先に弓矢が急所である剥き出しの顔を正確に狙っている。連携プレーとは味な真似をしやがる。

「だが甘いわ!」

 空いていた左手で正拳突きをして風圧で矢とファイアボールを吹き飛ばす。一瞬炎が弾けて視界を塞ぐ、その隙に天幕から敵が飛び出して来た。

 正面と左右に分かれて一斉に攻撃してきた。全員が槍を装備している、ロングソードと拳で弾くが二撃目三撃目と息つく暇なく連続攻撃。

 後ろに控える魔術師三人は、大技の詠唱に入っている。面白い、久々の手練れ、俺が知らない手加減出来ない程度の連中が未だ居たとは驚いた。

 手数は向こうが多いがスピードは此方が勝っている。突くだけの槍をロングソードで振り払いながら、腰に差した投擲用のナイフを掴みタイミングを見計らい投げる。

 腕を伸ばし前のめりになり槍を突いた体勢では、投げナイフを弾くのにワンテンポ遅れる。そもそも俺が全力で投げたのだ、反応など出来ずに喉に突き刺さり勢い余って貫通する。

 激しく動いた事で身体も暖まったし、そろそろ本気を出すか。魔術師達も詠唱を終えそうだし、前衛を倒したら魔法による総攻撃だろう。リーンハルトと違い、此処まで接近すれば魔術師など容易く倒せる。

「貴様っ!ケンジャルを殺したな」

「落ち着け、ボイド!連携を乱すな」

「襲って来るなら相手に倒される事も有るだろう。一方的に襲う側だと、何時から勘違いしていたんだ?」

 倒した男がケンジャル、残りがボイドか。思い出した、三人組の槍使い、確かウルム王国の冒険者ギルドに所属している奴等が居たな。

 モンスター討伐より商人達を護衛して野盗や賞金首達を倒して稼ぐ、対人戦闘を得意とする三人組の槍使い『ケルベロス』か!

 傭兵崩れ、人を殺す事を好む連中だと聞いたな。合法的に人殺しがしたい狂った連中ならば、戦争は大好物か。

「お前等は生かしておくだけで危険、故に此処で殺す。戦場で俺に出会った不幸を地獄で呪いな、地獄の番犬『ケルベロス』共よ!」

 


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