第72話
『ブレイクフリー』は予定していたメンバーを揃えた事で魔法迷宮探索以外の冒険者ギルドの依頼を請ける事になった。
Dランク二人Eランク二人のパーティメンバーの為に請けれるのはEランク迄、Fランクは薬草採取とゴブリン討伐だけだったが……
Eランクもそんなに変わらない、アタックドッグ討伐や近場の商隊護衛、後は依頼主の指定の物を探してくる事か。
王都のギルド本部にイルメラと二人で出向き依頼掲示板を舐める様に調べたがEランクでは贅沢は言えないな。
「新規加入メンバーのギルドランクを早く上げたい。討伐系の依頼で数を稼ぐしかないか……群れならアタックドッグ、だが素早い相手だから僕等も危険かな?」
「アタックドッグ、要は野犬の群れですが素早い動きと数の多さでEランクでの登竜門扱いのモンスターですね」
群れとの戦いか……オークとかと違い密集隊形で攻めてはこない、多分だが数を生かして包囲網を敷いてくるか?
「問題無いな、エレさんで索敵して戦闘になればゴーレムで円陣を組んで防御。
僕とウィンディアの魔法で殲滅、護りと治癒はイルメラ、エレさんの弓の訓練相手としても丁度良いかな。
何々、依頼達成はパーティ全員に1ポイント、討伐証明部位は牙で10体で1ポイントか……」
「パーティメンバーの役割分担がはっきりしていて良いですね。でもアタックドッグ討伐依頼は複数有りますね、どの依頼にしますか?」
掲示板に貼ってあるアタックドッグ討伐依頼書は三枚、カミオの村周辺、ミオカ村の周辺、それとハルル放牧地帯か……
アタックドッグは人里近くまで来て家畜を襲う、放牧地帯だと範囲が広過ぎて手が回るかな?
「リーンハルト様、カミオ村とミオカ村は距離が近いですし両方依頼を請けてみてはどうでしょうか?此処は治める領主の相続問題で分離した村ですから……」
「相続問題ね、税収を分配した訳か、大変だね」
本当に貴族って大変だよな、わざわざ一つの村を分離してまで相続させるなんてさ。そこに住む人々の事は関係無いってか?
まぁ何が有ったか僕は知らないし他人が口を出せる問題でもないな。
この依頼書は重複可能だな、他にも何組か依頼を請けたパーティが居るみたいだし……
依頼達成条件はアタックドッグを十匹以上討伐すればOK、報酬は依頼達成で金貨三枚、討伐証明部位の買取は一匹銀貨三枚か。
依頼を全て達成して合計金貨六枚の儲け、だがギルドポイント狙いだから金額は問題じゃない。
如何に討伐数を増やしてポイントを稼ぐかだ。
「この二件の依頼にしよう、受付に行こうか……」
「分かりました、既に何枚か依頼書が持ち去られてますから他のパーティとの競争になりそうですね」
特にパーティ数を定めてない依頼は依頼書が複数枚束ねて貼られている。破かれた分を見れば三組位は依頼を請けてそうだな……
「そうだね、共闘はせずにアタックドッグ討伐は早い者勝ちになるのかな?ウチにはエレさんが居るから問題無いね」
彼女のギフト(鷹の目)は野外で効果を発揮する索敵スキルだから獲物を探す事は得意だ、他のパーティに遅れを取る事は無いだろう。
◇◇◇◇◇◇
カミオ村とミオカ村は三年前に領主であるシャルク伯爵により相続の事情により分割された。
共に村人は500人程度、周辺には広大な畑と食用である牛が放牧され比較的裕福な農村だ。
最近になり放牧された牛や村で飼育している鶏や豚がアタックドッグに狙われ始めた。
領主からも私兵が派遣されたらしいが数が多く出没範囲も広くて対応が間に合わない、それで人手の確保の為に冒険者ギルドに依頼が来たらしい。
この二つの村は本当に真ん中を流れる川で分けられて右と左で相続人が違うのだ。
右側がカミオ村、左側がミオカ村で元々はカミオカ村だったそうだ。
シャルク伯爵の次男であるルエツ殿の為にミオカ村を相続させて生活出来る様にした、晩年に出来た息子が可愛くて仕方ないそうだ、実際にルエツ殿は未だ十七歳。
だがカミオ村を含むシャルク伯爵の領地の殆どを相続した後継者であるガイナス殿とは仲が良くなく、シャルク伯爵が体調不良で寝込んでから更に悪化したらしい。
隣接した村が別々に冒険者ギルドに依頼をだしたのは、そんな裏事情が有るそうだ。
これは受付嬢が教えてくれたのだが、殆どの冒険者は両方の依頼を請けているそうです。
まぁアタックドッグを十匹倒せば依頼達成だから、そんな裏事情は関係無いのだろう。
この依頼は未達成でもペナルティは無い、依頼達成ポイントは貰えないが討伐証明部位は買い取って貰えるから問題無いな。
だが王都からは乗合い馬車でも丸々一日掛かる、早朝の便に乗り村に到着するのは夕方。
討伐は夜が多いので宿屋を確保し仮眠したら直ぐに動かなければならない。
初日は移動だけで疲れて休みますでは冒険者はやっていけないよね。
◇◇◇◇◇◇
乗合い馬車はカミオ村行きしかない、村を形成する重要施設の殆どはカミオ村に集中している。
村長は親子で父親がカミオ村を息子がミオカ村を取り仕切っているが、実際はカミオ村の方が主導権を握ってそうだな。
因みにカミオ村にしか宿屋は無くしかも三軒しかないので冒険者ギルドから紹介状を書いて貰った。
この辺は冒険者ギルド側からの依怙贔屓を感じるが半面期待も高いって事でプレッシャーを感じます。
「リーンハルト様、そろそろ到着するみたいです。カミオ村が見えて来ました……」
「ん、アレがカミオ村か……」
固い椅子に座る事八時間以上、漸く馬車から降りる事が出来る……
窓から見たカミオ村は板張りの塀に囲まれて石と木で造った民家が整然と並ぶ綺麗な村だ。
各々の家の煙突からは白い煙が天に登っている、少し早いが夕食の支度かな?
農家の朝は早い、日の出と共に起きて働き日の入りと共に就寝する。
お金の掛かるランプは殆ど使わないし王都みたいに魔法の灯りなど無い。
「漸く着いたわね、腰が痛いわ」
「ほんと、首がコキコキ鳴る……」
ウィンディアとエレさんが首や肩を回して体の凝りを解しているので僕も真似をしてみる……確かに凝りが酷いや。
今の乗合い馬車に乗っていたのは僕等だけだから比較的ゆったりと座っていてコレだ、もっと鍛えないと駄目かな?
実は今回の依頼だが既に赤字になりつつある、何故なら乗合い馬車の運賃が一人片道金貨一枚往復四人で金貨八枚、それに宿泊代を考えると依頼を二つ達成しても金貨十二枚。
四人で利益を出すには討伐数で頑張るしかない。
「王都の冒険者ギルド本部って国中から依頼が集まるからな……本来なら近郊の冒険者ギルド支部の仕事だったかな?」
シャルク伯爵の館の有る街にも冒険者ギルドの支部が有るから、王都から一日掛けて乗合い馬車で来たのは僕等位かな?
黄昏ても仕方ないので今夜の宿を確保する為に紹介状に書かれた宿を探す。
『鋼の大剣亭』と言って元冒険者の営む宿屋で主人はCランクの戦士、奥さんも元冒険者で戦士と言う戦士夫婦だ。
まぁ名前からして戦士系だと思ったけど夫婦共に無傷で引退し第二の人生とは羨ましい。
近くにいた村人に『鋼の大剣亭』の場所を聞いてみたが親切に教えてくれた。
歩きながらカミオ村を観察したが夕方でも活気の有る元気な村みたいだ。
家の前で子供が遊び露天には豊富な品物が並ぶ、シャルク伯爵の治世は良いのだろう。
教えられた道を辿ると木造二階建の綺麗な宿屋に『鋼の大剣亭』の看板が掛かっていた。
◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃい、四人かい?」
スィングドアを潜ると一階は酒屋兼食堂らしく丸テーブルに何組かの先客が居た、商人風が多いか?
声を掛けてくれたのは壮年の男性、鍛えぬかれた肉体をし頬に傷が印象的だ。
柔和な笑顔を向けてくれるが只者じゃないのは分かる。
「はい、四人です。泊まりでお願いします、冒険者ギルドからの紹介状も有ります」
「ほぅ?冒険者ギルドからの紹介状か……おぃ、ティル。久し振りの紹介状持ちだ!手続きしてくれ」
久し振り?主人が店の奥に声を掛けると、肝っ玉母さんみたいな雰囲気の女性が現れた。逞しい美人が第一印象だ……
「いらっしゃい、受付するから此方に来てね」
店の奥にカウンターが有り、その先に二階へと上がる階段が見える。宿泊は二階、食事は一階かな……
ティルさんは記入してくれと宿帳を出してきた、紹介状を渡し必要事項を書いていく。
全員の名前に冒険者ギルドの登録番号にランクとレベル?妙に細かいな……
「へぇ、魔術師二人に僧侶に盗賊……豪華ね、でも前衛が居ないわよ?」
「前衛はゴーレムです、僕は土属性の魔術師ですから……記入はコレで良いですか?」
ティルさんが宿帳を確認し念の為に僕のギルドカードの提示を求められた。
「レベル22の魔術師をリーダーとする冒険者パーティか……
王都ギルドの紹介状には配慮して欲しいって書いてあるわよ。久々の期待の新人なんだってね。
料金は一泊二食付で金貨一枚銀貨二枚、前金です。部屋は二部屋並びを使ってね、男女に別れるのよ。
昼食は一階の食堂でも食べれるし探索するならお弁当も作るわ、一人分銀貨一枚ね」
中級店の価格設定だが王都の冒険者ギルドが推薦するんだ、安い方だろう。
農村の安宿だと素泊まりで銀貨三枚から四枚が相場だし朝晩の食事が付くなら十分だ。だが、この価格設定で商売が成り立つのかな?
「取り敢えず二泊お願いします。えっと、金貨九枚銀貨六枚ですね。
それと今夜から討伐に行きますので夜食を頼めますか?」
「あら、流石にギルドランクは低くても財政は豊かなのね、普通Eランクの依頼でウチには泊まらないわよ。夜食は一人分銀貨一枚よ」
追加で銀貨四枚をテーブルの上に乗せる。
「Eランクの依頼では?冒険者ギルドからの紹介の宿屋、それ以上のランクが泊まる……ああ、そうか!この宿屋は……」
「そうだ、冒険者ギルドから冒険者達に協力する様に委託を受けているんだ。
村単位まで冒険者ギルドの支店は設けられないからな、この辺でCランク以上の依頼を請ける奴はウチを紹介されるんだ」
主人が食事客の対応が終わったのか後ろに立っていた。
「あなた、彼等『ブレイクフリー』は今年一番の期待の新人だそうよ。はい、コレが最近この村を襲ってくるアタックドッグの出現場所と討伐された数よ。
既に百匹以上も狩られてるのに被害は増えてるの。ああ、この地図と詳細は冒険者ギルドの紹介状が無い人には渡してないわ。
今は貴方達の他にも三組のEランク冒険者パーティが来てるわよ。
私は直接会ってないけど五十匹狩ったパーティは既に引き上げたから彼等は平均十五匹位かしら?」
三パーティで約五十匹か、Eランクでも上位の連中が集まってるんだな。
アタックドッグはEランクの登竜門的なモンスターだから普通に狩れるなら安心だ。
しかし高レベルパーティは優遇されると聞いていたが、これが実態か。
確かに助かるが、他の連中には秘密にしないと大変だな。
普通は自らの安心の為に来てくれた連中にも教えると思うのだが、何か考えが有るのだろうか?
「有り難う御座います。少し部屋で休んで夕食を食べたら出掛けます」
二人に礼を言って鍵を受け取り二階へと上がった。
◇◇◇◇◇◇
割り当てられた部屋は三人部屋が二つ、勿論男女に別れますよ。男部屋に集まり今夜の行動予定を考える。
「貰った地図の出現場所はミオカ村側の放牧地帯に集中してる、しかも襲撃は昼間だ。逆に村の家畜を襲うのは夜間だが、此方もミオカ村の方が多いな」
「襲撃回数十八回の内、ミオカ村側が十三回。確かに不自然な気はしますが襲いやすい理由が有るのでは?」
襲いやすい理由か……
確かにそうだ、見張りが居ない、防護柵が低い、地形とかも関係してるかも知れない。
今夜は迎撃に徹して明日明るくなったら調べてみるか……