古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第715話

 グンター侯爵とカルステン侯爵の裏切りが確定し、グンター侯爵はバーナム伯爵によって討たれた。彼と共に裏切った連中は全員捕縛され、シャンベル子爵家の者達により王都に連行中だ。

 シャンベル子爵はバニシード公爵の派閥構成貴族であり、彼の領地を襲った連中をバーナム伯爵が倒し降伏した者達を引き渡した。その数二百人、王都で厳しい取り調べを受けてから処刑だな。

 グンター侯爵は私怨により、バニシード公爵の領地を襲うという愚行に走った。旧コトプス帝国の残党、リーマ卿の企みにまんまと騙された。だが弁解の余地は無く、同情する理由も無い。

 貴族街の屋敷にも立ち入り親族達にも厳しい取り調べが行われる。今回は数が多いので親族は無関係ならば無罪とするが、家族には責任が追求される。

 カルステン侯爵の関係者は完全に裏切る予定だった為か、家族は殆ど逃げ出している。グンター侯爵の関係者はバレない予定だった為か、多くの家族が残っていた。

 聖騎士団と王宮警備隊だけじゃなく、常備軍も動かす大捕り物だった。主導権は聖騎士団に有り、僕は担当じゃないので詳細は報告書の内容しか分からない。

 まぁ相当数の人数が携わり痛手を受けた。地味に嫌な謀略だ、味方から裏切り者が出て捕縛し処罰しなければならない。関係者は嫌な気持ちになっただろうし、相応の費用も人手も割かれた。

 罪が確定した連中の私財は没収したので、それなりに財政は助かった。領地と爵位も取り上げたので、今回の戦争で活躍した者達にはエムデン王国領内の領地が与えられる可能性も有る。

 敗戦国の領地を与えられると最初は占領政策に苦労するんだよな。反発する地元の名士や力有る豪商や豪農を宥め賺して領地経営を円滑化する。言うは簡単だが、実際にやるのは大変だ。

 アウレール王は自分が乗り込んで優良な領地は王家の直轄領化し、他は細かくして大勢に与える考えだ。一人で見切れる領地なら、それ程苦労もしないだろう。バーリンゲン王国の領民よりはマシ、あの国は全てが駄目だからな。

◇◇◇◇◇◇

 慈母の女神、ラミュール殿の視察に関する三回目の報告会を行ったのだが問題が多過ぎて、正直頭を抱えたい状況だ。彼女の配下の、ガトラム殿とペパルニ殿がもって来た候補だが……

 前回は店舗を構えない露天商ギルド、サウナや公衆浴場を統括するギルド、薬師や呪(まじな)い師のギルド、手紙や荷物を代行して送り届ける配達ギルド。この四つだったが、全て問題有りで却下した。

 今回は問題と対策まで検討させたが、微妙だ。もう少し何とかならないのか?直立不動で前に立つ、ガトラム殿とペパルニ殿を見る。前者は自信満々で後者は恐縮しているのは、お互いの自信の大きさを表しているのだろう。

「一応報告書は全て読みましたが……コレをラミュール殿に解決させると言うのですね?」

「はい、我が姫ならば全く問題は無いでしょう」

「問題解決の難易度に重きを置いた為に、確かにイマイチな感じはします」

 難易度ね、つまり素早く簡単にって事だけどさ。これは無いんじゃないかな?ラミュール殿の反応も微妙だと思うぞ。机の上に置かれた報告書を人差し指で軽くトントンと叩く。

 候補は絞って三つ、ギルドは宝飾細工ギルドに被服ギルド。装飾品ギルドと女性の興味を引く、装飾品にドレスに小物類と着飾る事が前提のギルドだな。

 僕はライラック商会としか取引をしていないので、彼等と直接触れ合う事はなかった。ライラック商会が纏めて扱い全てをコーディネートするから、個々の専門職を訪ねる必要が無かったんだよ。

 依頼内容も数種類のデザインが有り何に決めようか悩んでいるってか?つまりアレだ、ラミュール殿が複数有るデザインの候補から一つを選ぶって流れだな。

 ヤラセ感が満載で、何処から突っ込んだら良いか悩むレベルだよ。これって普通にサンプルを用意したから好きなモノを選んで下さい!となんら変わらない。

 そもそも何故、デザイン選定に悩んでいるかが分からない。誰かの為に一番似合うモノを選びたいとかなら、一応は悩んでいると言う状況の辻褄は合うけどさ。

 ラミュール殿の個人的な嗜好で選んで終わりってさ、何処に陳情する意味が有るの?未だ売れるデザインを知りたいとか、スランプで良いデザインを出せないから助けて!とかの方がマシだぞ。

 それだってデザイナーとして他人任せはどうなの?って感じだよな。コレって間違い無くヤラセか仕込みだろ?ペパルニ殿を睨んだら視線を逸らして下を向いた、つまり暴走した相方を止められなかったな。

「コレは、ラミュール殿の希望には該当しないんじゃないかな?領民と触れ合い問題を解決する、でもデザインが決まらないのを他人に決めてもらうデザイナーってなに?」

「我が姫の美的センスは完璧です!」

 違う、ソコじゃない!

「決めたデザインのモノは買い取るので、店やデザイナーに損害は極力無い方向で調整しました」

 ソレも違う!

 それじゃ普通に好きなデザインを選んで発注しました!だな。いくらなんでも、ラミュール殿だって仕込みだと分かるぞ。バレたら逆上して、自分で探すと言い出しかねない。

 つまり暴走する、ラミュール殿を宥め賺して落ち着かせるには手間が掛かるし依頼は失敗するし、何の解決にもなってない。却下、却下だ!失敗する、ラミュール殿が不機嫌になるだけだよ。

 駄目だな、彼等に任せたら彼女の御機嫌が急降下するだけだよ。自分で探すとか言い出して街中を徘徊されたら余計に厄介だし、止められるかも分からないし。

 窓の外を見ながら、その時の苦労の様子を想像してしまう。怒り出す彼女の剣幕にオロオロしてしまう自分の姿は、英雄視されているけど幻滅するには十分だな。

 英雄に固執はしないが、大量殺人者としての側面を隠してくれる称号であり無くす事は多少なりとも痛手にはなる。だから意地を張っても評価を落とす訳にはいかないか……

 窓の外で空中を自由に飛ぶ鳥を見て思う。自由に見える鳥達も生きる為には籠に捕らわれた鳥達の何倍も厳しい生活環境に晒される、今生は自由に生きたい僕にも厳しい努力が必要なんだよ。

「あからさま過ぎるヤラセは、彼女の希望を裏切るだけです。もっとですね、領民に触れ合いつつも陳情を解決する流れが……」

 ガトラム殿が不満そうに、ペパルニ殿はオロオロしている。口出ししてダメ出しもするなら、僕も何かしら提案しろとか思ってるな。恨めしそうに見詰めるな、全く困った連中だよ。

 仕方無い、僕が仕込むしかないな。ヤラセじゃなく、本当に困っている領民に(意図的に選抜して)手を差し伸べる手助けをするか……

 伊達にモア教の教祖対策として、市井の民の陳情を解決している訳じゃない。今回は、その陳情の中から最適なモノを選んで解決して貰うか。僕への陳情を押し付けるみたいで、悪いとは思うけどね。

◇◇◇◇◇◇

 執務室を出て行った二人と入れ違いに入って来た、リゼルの笑顔が綺麗で怖い。つまりガトラム殿とペパルニ殿の思考を読んだ訳だな。あの笑顔は敵対や裏切りじゃない、無能に向ける笑顔だよ。

 つまり今回の報告書の内容は彼等なりに本気だった訳か、これでか?貴族に仕える武人と浮き世離れした連中の多い魔術師コンビでは、平民絡みの事は限界か?

 リゼルが自分の執務机に向かう。そのタイミングで此方を窺っていた、オリビアが二人分の紅茶の用意をしてくれる。今日は、ハンナとロッテの年上コンビも居るが出て来ないな。

「あの二人、無い知恵を振り絞って仕えし主の出入りの商人の伝手を頼ったみたいですね。しかし頼み方が、手間の掛からない簡単な依頼で治療系は無しでは……その商人も苦肉の策だったのでしょう。因みにマテリアル商会の傘下の商人です」

「商人に無茶振りかい?そんな雑然とした条件と頼み方じゃ、相手の商人も苦労しただろうね。マテリアル商会か、ラミュール殿クラスなら取引先は大商会だから不思議じゃない。そうか、マテリアル商会か……」

 実弟のインゴと妹弟子のウェラー嬢に絡んで来た王都では最大規模の商会だったが、今はライラック商会に抜かされている。だが依然として影響力は衰えてはいない。

 そのマテリアル商会が傘下の商人とはいえ絡んで来たか。いや、手伝いを断るから関係無いかな?ガトラム殿もペパルニ殿も、僕が用意するのに反対はしなかった。

 まぁ丸投げされた感は有るが、後々の事を考えれば自分で手配した方が安心だな。最初から僕が手を出すのは駄目だが、案を出し尽くさせて最終的に駄目出しをしたならば、自分がやるしかない。

「リーンハルト様の苦労を知らないで、第三席様は気楽ですわ。市井の民との触れ合いの事を他の方々にも嬉々として話してしまわれました」

「ん?口止めはしなかったのが悪かったのか。つまり僕と二人で巡視するのが広まった訳か、違う意味でも警戒が必要になったな。変な噂が広まるのは困るが、具体的な対策は難しいか」

 リゼルの嫌そうな顔は同性に向ける中でも上位なのだが、致命的な敵対行動をしていない相手に向ける顔じゃなくない?確かに、ラミュール殿は迂闊だった。

 市街地の巡回は危険が伴うのに、しかも陳情を受けたいって厄介事も込みになっている。僕の仕込み以外にも仕掛けて来る可能性も有る、陳情をコントロールする予定が崩れるな。

 巡回の予定日やコースを秘密にしても実際に行動すればバレるから直ぐに対応される。元々ゆっくり回るのが巡回だから、駆け足で回る訳にもいかない。

「仕方無い。盗賊ギルド本部の力を借りるか……『無意識』に依頼するには勿体ないし、貸しも有るから動いてくれるだろう」

「手厚い対応ですわ。端から見れば、どう思われるか?リーンハルト様は年上キラーとして実績が有りますから、私は心配です」

 両手を腰に当てて頬を膨らませる態度が心配?それに年上キラー?初めて聞いた。ザスキア公爵やベルメル殿、他にもザスキア公爵の広める『新しい世界(年下好き)』の御姉様方の事を言っているらしいが……

 ラミュール殿も入信しているが、対象は僕と真逆の儚くて従順だから全然大丈夫。僕は対象外だから平気だよ。ただ上級貴族が陳情を受ける事を前提で巡回する事実は広まってしまった。

 平民の陳情を装い良くない願いを叶えさせようと企む奴等が、湧いて出て来る未来しか思い浮かばないのは困ったぞ。ラミュール殿もうっかりさんみたいだし、本腰を入れて対応しないと駄目みたいだな。

◇◇◇◇◇◇

 盗賊ギルド本部とライラック商会に向かう、何故かリゼルが同行している。余りのナチュラルさに、馬車に乗り込むまで気が付かなかった。リゼルは配下不足の解消の為に託された才媛なのは周知の事実。

 国王が出席する会議にも参加出来る、この事実だけでも周囲から一目も二目も置かれている。良い意味でも悪い意味でもだ、つまり最近は彼女にチョッカイをかけてくる奴等が多い。

 そんな自称貴公子達を片っ端から一刀両断にする彼女に業を煮やした馬鹿を粛正した。最初から襲う気満々の愚か者は、全ての計画が事前にバレていた。後は消化試合、僕が現場を取り押さえて終了。

 リゼルは相手を罠に嵌めたが、同時に僕も罠に嵌めた。人気の無い部屋に強引に連れ込まれ、助けを求めたら僕が居て相手を取り押さえた。その際に嘘泣きをしながら僕に抱き付いた、空気を読んで軽く抱き締めたのが駄目だった。

 リゼルは僕の次期側室の有力候補と思われている、理由は淑女との触れ合いを極力しない僕が大切に扱っているから。その噂話は、ザスキア公爵が配下としての好意にして打ち消したが二人は盛大な嫌味の応酬をしたんだ。

 ザスキア公爵とも対等に渡り合える女傑、お互いに排除に動かないのは僕に必要な者達だと理解しているから。事実、僕は二人が居なければ駄目な自覚が有り依存していて、彼女達も理解している。

「どうしました?お腹を押さえて前屈みになるなんて。教会に寄りますか?」

「心を読んで、どうしました?もないだろう。リゼルが僕の側室候補だと広まって噂話がだな、方々から問い合わせが来ていて大変なんだぞ」

 主に近衛騎士団の奥方からの問い合わせが多い。季節の便りを装いながら、婉曲に尋ねて来るんだよ。うちの娘も御一緒にってなんだ?

 リゼルは近衛騎士団の方々の選抜淑女達との、お茶会(事実確認会)も済ませたそうだ。だが話し合いで彼女に勝つのは難しい、才媛達でも勝てなかった。

 もう本当にどうなっているのか僕も分からない、ザスキア公爵やモリエスティ侯爵夫人も色々と暗躍してるんだよ。当事者が事実を把握してないなんて、おかしいよ……

「噂話が現実味を帯びている、私の知らない親族を名乗る者達が訪ねて来るんですよ。その彼等をリーンハルト様は厳しく罰しましたから、それも噂話に燃料を投下した事になってますわ」

「確かに身寄りの居ない爵位持ちなんて格好の的だよ。詐欺だな、政略結婚を繰り返す貴族だと薄い血の繋がり迄は分からないからね。だがギフトの為に国家に家族を殺された君に対して、生き別れの家族ですは許せないから厳しく罰した」

 あの時の涙を見ていて偽の家族だ親族だとか戯れ言をほざく連中には殺意が湧いた。リゼルは家族の為にバーリンゲン王国に尽くして裏切られたんだ、その気持ちを逆撫でする連中に情けは要らない。

 まぁ確かに特別扱いだよな。端から見れば不安にもなるが、僕は本妻の他に側室は既に三人迄は決まっている。もう無理、本妻に側室四人でお腹一杯限界です!

 誰だよ、領地持ちの伯爵は二桁当たり前の常識とか有り得ない誤報だよ。リゼルの側室話は無い、誤解・誤報・勘違い・有り得ないんだよ!

「まぁその辺の事は、ジゼル様と話を詰めますから安心して下さい。リーンハルト様の弱点は嫁に頭が上がらない、本妻の尻に敷かれている、ですから」

 なにそれ怖い。全くデマでない純然たる事実だし、実際に広まっているんだよな。つまりジゼル嬢の気苦労が半端無い訳で、何かしら労らないと駄目な状況なんです。

 


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