古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第716話

 リゼルと一緒に馬車で商業区に向かう。盗賊ギルド本部とライラック商会に寄って、ラミュール殿の陳情案件の仕込みをする為にだ。ヤラセではない、困っている市井の民を救いたい彼女に引き合わせるだけだ。

 貴族街と新貴族街の巡回はスタートさせたが、裏切り者二侯爵の為に途中変更を余儀無くさせられるだろう。これも王都を守る者としての責務であり、政争の延長線上の行動だな。

 馬車の窓から見える商業区の様子は平和そのものだ。店には商品が所狭しと並ぶし、野菜や魚も鮮度が良い。買い物をする親子も笑顔だ、治安が良い証拠だな。流石はアウレール王が治める王都だけの事は有る、表面上の問題は無い。

「治安が良く活気が有る街並みですわ。子供達の笑顔を見れば分かります、バーリンゲン王国では王都でも昼間から人攫いが出没するので、子供達は親が厳重に警戒し守らないと外には出せませんから」

 リゼルが吐き捨てる様に言ったが、彼女の言う事ならば信じられないが事実なのだろう。小国とはいえ一国の王都の治安が悪いとか、国として末期だな。

 僕が介入しなくても、放っておけば勝手に自滅したな。タイミング的に放置出来なかったのだが、奴等からすれば幸運だったな。僕等からすれば不幸だが、勝手に滅んで群雄割拠されても困ったし。

 なにより、リゼルやミズーリ達を引き抜けなかったから結果的に良かったのか。馬鹿な隣国との関係には気を使う、最小限の国交と貿易程度にしておくのが最良だが……属国化しちゃったし。

「なにそれ怖い。地方じゃなくて王都でだろ?しかも昼間から人攫いが徘徊してるの?信じられないな、巡回する警備兵は何をやってるんだ?結構居たぞ、役立たずなのか?」

 あの国なら有り得ると思ってしまうが、王都の治安が悪いのは異常事態だぞ。つまり他国の諜報や工作員達が出入り自由とか、有り得ない事態だろう。まぁ大した情報も無さそうだが……

 僕も昼間に王都をゆっくり見た訳じゃないが、嫌な感じの警備兵達が巡回していたぞ。守るべき領民や子供達から恐れられていたが、犯罪者には容赦無く向かうんじゃないか?

 有り得そうなのは犯罪者共に簡単に買収される屑って線だけど、流石に王都の警備兵に買収は無理だろ?彼等はエリートだし、国防に命を懸ける連中だぞ。だが、リゼルの表情は曇ったままだ。

「見目の良い子供達を攫うのは貴族に頼まれた無法者達ですから、彼等は見て見ぬ振りをして対価に金銭を貰います。使用人として召し上げれば万が一の時に責任が発生しますが、違法な手段で攫うなら闇から闇へと隠蔽も簡単です」

「それは……攫った子供達に違法行為をする気が満々って事だよな?あの国の貴族連中って最低だな、どこまでも腐ってやがる。もう関わりたくも無い、いっそ今から滅ぼした方が良かったのか?」

 グーデリアル殿下とロンメール殿下にも知らせておくか。属国の政策にも治安の維持は必須項目、傀儡政権の維持には必要な事だから。王都の警備兵が簡単に買収されるとか、エムデン王国なら有り得ない。

 そう言えば両殿下は何時になったらバーリンゲン王国に向かうのかな?ロンメール殿下は華やかな芸術家肌の方だから、バーリンゲン王国に行ったらストレスが溜まりそうだ。

 同行する、キュラリス様も大変だろう。相手となるのは、パゥルム女王と妹達位だが全員困ったちゃんの曲者だぞ。他に高貴なる淑女に釣り合う方々って居たかな?上級貴族の令嬢達って、僕に打算で摺り寄って来たアレな連中だろ?

 絶対に芸術関連で満足出来る相手は居ない、そしてわざわざバイオリンを弾いて聞かせる相手も居ない。つまり欲求不満になりそうじゃないか?仕事に差し支える程、ストレス溜まらない?

「駄目かも知れない。芸術家肌のロンメール殿下や同じく芸術を愛するキュラリス様には、長期にバーリンゲン王国に行くのはキツいだろう。奴等が芸術関連に造詣が深いとは思えない、何故なら俗物だから」

 モア教の女神像を金色に塗り替えようとした程の連中が、芸術を理解してると思うか?成金って言うか、嫌な意味で豪華絢爛な派手好き?いや、薄っぺらな権力の誇示か自己満足か?

「芸術関連では、リーンハルト様の事を大層認められていましたわ。曰わく自分と感性が近いのか、会話しなくとも曲を奏でるだけでお互い通じ合えるとか……」

 ニタリと笑ったのは、知ってて言ってるな。ロンメール殿下は僕が芸術関連に長けているとか造詣が深いとか勘違いしている。そう盛大に勘違いしている、大事だから二回思った。

 芸術関連なんて上級貴族の嗜み程度にしか知らないし学んでいない、バイオリンの曲を一曲覚えるのに何日掛かっているか知ってる?睡眠時間を削ってるんだぞ!

 全く無駄とは言わないが、芸術関連の優先順位は下から数えた方が早いんだよ!他にもしたい事が沢山有るし仕事も山積みなんだ、今日だって半分仕事じゃないのに苦労するんだ。

 駄目だ。心の中で愚痴っても、リゼルには筒抜けだし分かってて煽っているんだよな。魔法馬鹿な僕が、芸術を愛しているとか違うって普通に分かるじゃん!少しは気を使ってよ。

「止めてくれ!僕には芸術関連で無茶振りしても大丈夫、とかは酷い勘違いなんだ。何時もギリギリで何時か失敗する未来しか思い浮かばない、しかも結構な大舞台でだよ」

「水上のダンスに星屑のドレス、この奇跡のコラボレーションに雅(みやび)に生きる王族の女性陣が反応しない訳がないじゃないですか。しかも今は秘密ですが若返りのネクタルの件も有り、アウレール王が心を痛めていますわ」

 なんだ、その胸に手を当てて目を閉じて国王の気持ちを考えれば私も心が痛いです!的な仕草は?リゼルはアウレール王の事を全く大変ですよね?って欠片も思ってないだろ!

「まぁ、アウレール王が僕の為に王女達を宥め賺しているのは理解したよ。でもアレは、セラス王女の為だけのイベントをロンメール殿下と共に大袈裟にした事が原因だよ。王族の方々ってさ、自己主張が激しくない?」

 私は知りません的に笑ったな?セラス王女もロンメール殿下もアウレール王さえも、グイグイ前に出て来るからさ。間違った評価じゃないと思うんだ、彼等は自己主張が激しい。

 他愛ない話をしていたら第一の目的地である盗賊ギルド本部に到着した。お忍びだと先行で使いを出した筈だが、偉い盛大な出迎えになってるぞ。

 これは対外的に僕と盗賊ギルド本部は蜜月ですとか、懇意にしてくれてます的なアピールなのか?それはそれで、もう少し気を使って欲しいのだが……

◇◇◇◇◇◇

 新しい盗賊ギルド本部の代表殿を中心に上級幹部達が勢揃いしているみたいだな。ギルテックさんにベルベットさん、それにティルさんは隅に並んで控えている。

 新しい代表殿は中年男性で器用さと素早さを必要とする盗賊職としては珍しく小太り、指も太いので器用さは低そうだな。現場を離れて久しい、主にギルド運営の方が得意なのだろう。

 浮かべた笑顔は人好きな感じで悪印象は無いが、幹部達は慣れない笑顔に苦労してる。愛想笑いは意外と難しいんだ。相手に義理だと直ぐ分かるのも問題だ、歓迎されてないとか好意的じゃないとかね。

 ティルさん達は満面の笑みだな、アレはアレで嬉し恥ずかしい。入口の前に馬車を横付けにする、お忍び用の家紋の無い高級馬車から降りる貴族の正体に興味が有ったのか、通行人達も立ち止まり此方を興味深くみている。

 僕が降りた瞬間に、英雄様だ!って騒がないでくれ。周辺が一寸した騒ぎになってしまったし、爵位を持つリゼルの手を取り馬車から降りる手伝いをしたら更に騒がれた。

 新しい側室様ってなんだ?確かにリゼルは美人だが、英雄色を好むみたいな評価は止めてくれ。風評被害が酷い、私にもチャンスが有る的に勘違いしてアピールしてくる富裕層の淑女が湧いて来るんだ。

「ようこそ我が盗賊ギルド本部へ!歓迎致します。私が新代表のビーツと申します、今後共宜しくお願いします」

「リーンハルト・フォン・バーレイ。宮廷魔術師第二席の任に就いています」

 両手を広げて歓迎していますって身体全体でアピールしているのだろうが、大仰な仕草だな。それに追従する様に幹部達が頭を下げてくれたが、タイミングはバラバラ。

 これは愛想笑いを含めても歓迎されてないって相手が受け取る可能性も有るぞ。詳細は伝わっていないのだろうが、前任者が何かをやらかして国家に処分された。

 その処分に僕が絡んでいると思ったか感じ取ったか……まぁ正解なんだけどね。正確にはネクタルを与えて第二の人生を歩ませただが、直接的な引き継ぎ等は一切出来なかったのだろう。

 業務に支障が無い様に計画的に進めた筈だが、ある日突然代表が何も言わずに居なくなる。噂ではエムデン王国に何かしらの不都合を生じさせて、怖くなり逃げ出したとか……

 ザスキア公爵が広めた噂の内容だ。世間的に盗賊ギルド本部を見る目は懐疑的で冷たい、ザスキア公爵が少しだけ私情を挟んだから。オバル殿の事は放置だが、基本的には許してない。

 故に僕との関係は良好ですって、イメージの回復に利用したいのかな。まぁそれ位なら許容しよう、時間も無いし早めに打合せをしてライラック商会にも寄りたいんだ。

◇◇◇◇◇◇

 仰々しく応接室に通される。ベルベットさんやギルテックさん達にも声を掛けたかったが、向かい側に座るのは新しい代表殿だけで後ろに幹部達が並んで立っている。

 どうやら代表殿は、僕が彼女達と友好を深める事には反対みたいだな。本来ならば懐柔策として同席させる事が多いと思うけど、権力の掌握前に不安要素を潰したのか?

 未だ十代の少女達を警戒するとは、もしかしなくても新代表殿は盗賊ギルド本部を掌握しきれて無いのかな。ギルドって実力主義者が多いから、盗賊の技能が高くないと従わないとか?

 組織の運営には必ずしも必要とは思えないのだが、冒険者ギルドも魔術師ギルドも代表は過去に偉業を達成した者が好まれるらしい。ビーツ殿は若い時に、それ程の活躍はしなかったのかな?

 組織の運営が得意だからか、問題の有った者の次に代表になる者が居なかったので嫌々か?詳細は後で、リゼルとエレさんに確認するか。今は新代表殿の就任の経緯はどうでも良い。

 出された紅茶をストレートで飲む。出されたモノに口を付けるのも信用の証だが、僕に毒は効かない毒殺は無理。まぁ今の僕に毒なんて盛ったら、盗賊ギルド本部は明日には全て無くなるけどね。

「さて噂話は聞いていると思いますが、僕とラミュール殿が王都を巡回します。そこで彼女は市井の民の陳情に対処したいと、慈悲深い行いをしたがっています」

 む?大仰に驚いたが、いちいちオーバーアクションで嘘臭いんだよ。これは本当に歓迎されてない?

「はい、ラミュール様の配下の方々も中小のギルドに声を掛けて大々的に募集しておりました。我等大手のギルドには関係無い事だからとも言われておりました」

 ビーツ殿の言葉は聞いた時の驚いた表情とは違い、既に知っていた感じがする。脳裏にガドラム殿とペパルニ殿の笑った顔が思い浮かぶ。あの二人には仕込みのネタ探しだから極力秘密にしろって言った筈だぞ。

 バレたら自分達の仕えし主の気分が悪くなるから、仕込みは絶対にバレない様にしろって何度も言ったぞ。ラミュール殿本人に直接言わなければ大丈夫とか思ったのか?幾ら何でもそれは無い、甘い考えだぞ。

 もしかして思った以上に噂話は広まっているのかも知れない。これは想像以上に困難になる、厄介な陳情を持ち掛けて来る可能性が跳ね上がった。物事は最悪の事態を想定しろって言うが、まさにこれ以上無い最悪だな。

 本当に困っているのか政敵の罠なのか、陳情されてからの見極めは非常に困難だぞ。周囲に他の領民達も居る中で、それは違うと拒否も難しいし……困ったな、どうするか?

「盗賊ギルドとは諜報にも長けた者達も居ると聞きます。現状で上級貴族に懇願してまで叶えたい願いの有る者達を探し出せますか?この巡回の時の陳情には、純粋に困っている者だけじゃない邪な考えの者達も居るでしょう」

 僕の言葉に初めて胡散臭くない表情、素の表情を見せた。つまり愛想笑いをしない困惑した顔だが、依頼の困難さに気付いたみたいだな。僕の頼みは断れないが難易度は高い、受けて失敗する位なら断って少しでもリスクを減らすか?

「探し出す事は可能ですが、全ては無理でしょう。当日には周囲に潜み、陳情しそうな連中を見つけ出して拘束する事も合わせて考えた方が宜しいでしょう」

 おや、雰囲気が変わったぞ。これが本性で謀略系、視線が鋭く冷たくなった。この手のタイプは過去に良く見た、迷わず他人を犠牲に出来るんだ。

 被害を数値として扱う、味方の犠牲を厭わず成功率を上げてくる。盗賊ギルド本部は、有る意味では代表として適正だし勢力は伸ばせると思うが……

 それに見合う犠牲が必要になる。ギブアンドテイクな関係に割り切れば利用価値は高いが、対価は必要以上に取られる。

 あくまでも過去の経験で判断したらだから、全く違う仲間思いかも知れない。これは、リゼルの結果を聞いてから判断だな。

「ラミュール殿の視界に入る前に対処出来ますか?誰かが拘束される姿を見られたならば、助けようとするでしょう。そしてそのまま陳情を聞く流れは避けたい」

 ラミュール殿は基本的に善人であり、事実はどうあれ誰かが拘束される事態に遭遇すれば介入するだろう。陳情する予定ならば、それらしい格好をするから見極めは難しい。

 弱々しく非力な平民の格好をしている可能性が高いし、そんな連中を拘束すれば僕等の方が悪役だぞ。助け出されて御礼ついでに陳情されたら、彼女でも状況的に断れないだろう。

 色々と考え出すと条件が厳しい。だが、ビーツ殿は表情を変えずに頷いた。自信が有るのだろうし、その方法も思い描いているのだろう。先ずはお試しで頼んでみるが、条件と報酬は取り決めておくか。

 盗賊ギルド本部、新代表ビーツ殿は使える人材か違うのか。試金石の依頼になるが、僕的に判断するならば期待大だな。


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