古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第717話

 盗賊ギルド本部を訪ねた。オバル殿の後任である新代表ビーツ殿は中々の曲者みたいな感じがした。あれは組織を優先し個人を利用し使い捨ても辞さないタイプだと思う。

 答え合わせはライラック商会に向かう馬車の中でだ。リゼルがギフトを使って読んだ彼の心の中の考え次第だな。対応に自信を持っていた、つまりプランが有る訳だよ。

 そのプランが正当か杜撰かによっては口を出さなければならない。次回の訪問迄に素案を出すと言ったが、此方も事前に内容を把握しフォローする必要が有る。

 要はカンニングだな。回答用紙を貰う前に答えを知って採点し駄目出しをする、ビーツ殿にすれば提案したら直ぐに問題点と対策を言われるのだから困惑するだろうな。

「で?どうだった?」

 向かい側に座る、澄まし顔の美しい腹心に意見を求める。広い馬車に二人切りだが全く心が乱れない、平常心とは素晴らしい。盗賊ギルド本部を出る時は一寸した騒ぎになっていて困った。

 僕が盗賊ギルド本部に来ている事がリアルタイムで広まったらしく、一目見ようと人が集まって来たんだ。少し嬉しく思い、結構困った。僅か一時間足らずで数百人も集まる、ラミュール殿と一緒に騎乗して巡回したら……

 間違い無くもっと大勢集まって来るだろう。自慢じゃないが、僕の集客力?って凄い事を実感した。ザスキア公爵の広めてくれる噂に誘導され民衆達からの好感度が上がっている、感謝し切れない。

「リーンハルト様が平民達に人気なのは、実績と日々の善意の行動ですわ。噂話など添え物に過ぎませんので、ザスキア公爵への感謝は二割程度で宜しいかと思います」

「ああ、善意か。慈善事業の結果だね。僕に集まる陳情には対応しているが、実行者は配下の者達なんだ。イマイチ実感が無くてね、それで結果はどうだった?」

 む?ヤレヤレ的に首を振られて溜め息まで吐かれたが、そんなに酷い対応か?もっと自分で対処して配慮しないと駄目だってか?

「もっと私に配慮して下さい!まぁ結果から言わせて貰いますと……」

「そっち(リゼル)かい!」

 リゼルの話を纏めると、確かに前代表のオバル殿の非常識な行動と処罰されただろう事を考えれば最初は僕の事を相当警戒していた。だが途中から警戒心が薄れた、理由は彼のギフト。

 ビーツ殿のギフトは好感度感知、自分に対する好感度を知る事が出来るらしい。僕からの悪感情が無い事を知り安心したが、逆に依頼に対して成果を出さないと危険だとも理解した。

 ビーツ殿の考えはギフトにより自分に対する悪意が無い事が分かり処罰は無いと安心したが、何かしらの失敗をして排除された前任者の様にはなりたくはない。自分の利用価値が高い事を示すしかないと考えた。

 考えたが妙案など直ぐに浮かぶ訳もなく、取り敢えず大丈夫だと言って引き受けた後で幹部の連中と知恵を絞る。そう言う判断を下したらしく、今頃大慌てで意見交換をしている筈だそうだ。

 因みに彼の性格だが、僕の予想の通りだったみたいだな。組織の拡大や維持の為には所属構成員の犠牲は割り切れる、残された遺族には配慮するが基本的には効率重視みたい。

 エレさんには配慮するが、ギルテックさんやベルベットさん、ティルさんは僕へのご機嫌伺いの為なら差し出しても構わない位の考えらしく、同席させなかったのは自分が叱責される可能性も有ると考えていたから。

 まぁ年下の少女達の前で叱られたら、新代表としての面子は丸潰れだからな……

「自信有り気に見えたけど、これから皆で相談とは……東方の諺(ことわざ)に三人寄れば文殊の知恵って有るけれど、妙案が出れば良いが不安だな。ライラック商会にも頼るか……」

 不安ならば他にも手を尽くせば良い。保険を掛けるのは大事だよ、何か有ってからだとフォローも大変だし時間も無い。事前準備と根回しって大切だよな。

「そうですわ。王都で最大規模の商会ですし、傘下の中小の商会も増えて今は一大勢力ですから。その会長ならば良い案も考えてくれるでしょう」

 全く他人任せだな。僕は錬金や戦争関連ならば自信を持っているが、他の事は全く駄目だな駄目駄目だな。だが信頼する頼れる者達が居る、彼等ならば良い知恵を出してくれるだろう。

 全てを自分で出来るなんて思い上がりなどしない。適材適所、自分の能力を把握する事は大切だ。まぁ貴族って選ばれし高貴なる者は全てにおいて勝っているとか、選民思想が強いんだよな。

 根拠の全く無い自信って凄いが、大抵は臣下達がフォローするから何とかなっちゃうので余計に拗れる。そして失敗しても他人の所為にして自分は悪くないと勘違いをする。

 まぁ極端な例えだが、あながち間違いでも無い。割と居るんだよ、恥ずかしい勘違いしている者達がさ。僕も気を付けないと、周りの人達が離れて行ってしまう。

「そろそろ到着するかな。相変わらず繁盛しているみたいで安心する」

「英雄リーンハルト様の御用商人ともなれば、信用度も高いですからね。商人達にとって信用と評判は大金を積んでも得られない貴重なモノなのです」

 ライラックさんの気遣いで、周囲に分からない様に裏に回されたが僕専用の馬車置き場が新設されていた。僕の性格を良く理解して、目立たない様に配慮してくれるんだ。

 正直嬉しい。僕は元王族だが、アウレール王やセラス王女達みたいにグイグイ前に出て目立つ事は苦手なんだ。今の時代の王族は、自己主張が激しい。王都の広場に巨大なアウレール王の石像を建てたら喜んで貰えるだろうか?

◇◇◇◇◇◇

「ようこそいらっしゃいました。リーンハルト様」

「御無沙汰しております。リーンハルト様の活躍は、遠くコーカサス地方にまで伝わっておりましたわ」

「急な訪問で迷惑を掛ける。リラさんもお久し振りですが、新婚生活は順調みたいですね?」

 ライラックさんと娘のリラさんが出迎えてくれた。コーカサス地方の貴族に嫁いだ時の参列で、ゴーレムを率いて同行した以来だな。懐かしい、未だ一年も経っていない。その間に色々有り過ぎだよ。

 結婚したからか、随分と落ち着いた感じになっている。あれ?少しお腹が膨れていないかな?もしかして妊娠してるのか?不躾な視線を送るわけにもいかないから、直ぐに逸らす。

 気心の知れた相手なので気楽だ。誘われるままにソファーに座ると、リラさんが紅茶を淹れてくれる。その姿を優しく見詰める、ライラックさんの視線はお腹に向いている。

 やはり妊娠してるのだろう。初孫を待ち望む祖父の気持ちか、分かり易いな……リラさん達の近状報告を聞く、直ぐに本題に入るのは味気ないし色々と知りたいから。

 その際に、リゼルの事も説明した。リゼルもリラさんの事を気に入ったみたいで、何かと話題を振っている。彼女も爵位持ちだから、僕と同席中に自ら話題を振っても問題無い。

「リーンハルト様に花嫁行列に同行して頂き、ゴーレムさん達の剣のアーチで旦那様の元に送り出して頂いた事は生涯の自慢なんです」

「まぁ!それは羨ましいですわ。結婚の祝福としては、華やかで珍しいですから。王族の結婚式で執り行われる、騎士の剣のアーチと同じですね」

 女性陣が結婚式ネタで盛り上がっているのを男性陣は紅茶を飲んで黙って聞いているしかない。当事者だし、会話に参加するのも自慢話みたいになりそうで嫌だし。

 リゼルはバーリンゲン王国とウルム王国の政略結婚を引き合いに出して、純粋な結婚が羨ましいと言ったが……パゥルム女王達に物凄い嫌味を含めただろ?

 まぁ酷い仕打ちを受けて捨てた国の事だからな。気持ちは分かる、僕もあの国の連中に対しては同じ気持ちだ。もう関わり合いになりたくも無い、純粋に嫌いだ。

「リゼル様には、決まったお相手は居らっしゃらないのですか?貴族様ですと、華やかな恋愛事情が有りそうですが……」

 ん?なんか変な話題になってないか?リゼルのお相手など、国家の厳格な審査が無いと不可能なのだが事実を教える訳にもいかない。

 困ったな、国の事情で結婚出来ませんとか言えば大問題だし他に理由など無いし……彼女の幸せには十分配慮するつもりだが、流石に伴侶を探すのは今は無理か?

 リゼルは見目は良いから、それとなく接触して来る紳士達は実際には多い。だが純粋な好意じゃなく邪(よこしま)な理由が多く、そしてギフトにより彼女には筒抜けなんだよ。

 そんな、リゼルの結婚相手など……

「順番待ちなのです。私の相手は来年成人を迎えたら本妻を娶るので、その後に側室として嫁ぐ予定ですわ」

 は?おい、リゼル!その条件に当てはまる相手なんて、僕しか居ないだろ!側室に迎える約束なんて、絶対にしてないぞ。ジロリと睨むが、逆に幸せそうに笑いやがった。

 それに国家の事情が絡んでいるので、今は公表は出来ないので内緒です!って片目を閉じて口に人差し指を当てて言ったが、ライラックさんもリラさんも真っ赤な嘘を信じたぞ。

 実際に名前は出さないが、出さないだけで想像など直ぐに出来るだろ!不味い、ライラックさんが驚いた顔をした後で深く頷いたのは何らかの理由(勘違い)に思い当たったからか?

 リラさんも最初は驚いたが、その後で満面の笑みを浮かべて僕とリゼルを交互に見た。僕が睨んだ事は、今は秘密の話をバラしたから恥ずかしいとか思ったみたいだ。

「まぁまぁまぁ!来年成人式を迎える殿方で、直ぐに本妻を娶る方など……私の知る限りでは、一人しか居ないのですが?」

「ほぅ?アウレール王の腹心にして爵位持ちの、リゼル様のお相手となると……なる程、確かに厳しい条件をクリアする方は限られますな。公表するには時期を待たねばならない、分かりました。この件については秘密にしますが、御入り用の品々は私共にお任せ下さい」

 花嫁支度は任せて下さい的になってるが、リゼルじゃなくてジゼル嬢との結婚の支度の品々だぞ!その後に、イルメラとウィンディアとニールを側室に迎えるんだ。

「いや、全くの誤解ですから。勘違いをしないで下さいね?リゼルもおふざけが過ぎるぞ」

「六番目ですし、世間体の関係で秘密なのです。今は此処だけの話にしておいて下さい」

「今じゃない、ずっとだよ!」

 まぁ六人も?私の旦那様は側室は一人も居ないのに!とか驚かないで下さい。最低の浮気者みたいな受け取り方をされると、地味に傷付きますから。

 確かに本妻のジゼル嬢にアーシャを含めた側室四人は一般的な貴族からすれば多いけど、領地持ちの貴族だと財力に比例して側室の人数は多くなるから。

 僕もあと何人かは政略結婚にはなるが、何時かは誰かを迎え入れなければならない。我が儘を通すのは、イルメラとウィンディアだけだろう。悲しいが、貴族として生きるならば受け入れなければ駄目な事なんだ。

 ライラックさんも英雄色を好むとは本当なのですね!って違いますから、僕は漁色家じゃないから色を好まないから。駄目だ、僕だけ慌ててリゼルが落ち着いているから全く信じて貰えない。

「この話は終わりにしましょう。今日寄らせて貰った理由ですが……」

 このままグダグダ言っても無駄だし、後日改めて説明して誤解を解こう。リゼルめ、外堀を埋めているつもりか?ライラックさんは僕の御用商人だから、無茶はしないでくれよな。

 その私は分かってますから!的な笑顔は止めてくれ、誤解が加速するから。

◇◇◇◇◇◇

 ラミュール殿の件を最初から説明した。流石は王都でも遣り手の商人だけあり、問題点の理解も早かった。腕を組んで目を瞑り考え込んでいるが、困った感じはしない。

 幾つか候補があり、工程と問題点を考えているみたいな?リラさんもウンウン唸りながら考えているが、何となくウィンディアを思い出す。悩み方が同じだからかな?

 考えを邪魔しない様に黙って紅茶を飲む、リゼルが気を使って新しい紅茶を注いでくれたが仲が良いですね!って勘違いですから。

「リーンハルト様、私は出産の為に王都の実家に戻って来ました。やはり地方より王都の方が医療体制も充実していますし、何より安全です。私の旦那様も英雄リーンハルト卿、王国の守護者の守る王都の方が安全だからと親族を説得して送り出してくれたのです。私達妊婦には独自のコミュニティーが有り……」

 リラさんの提案を纏めると、やはり地方での出産には不安が有る事と実家と僕が懇意なので色々な思惑を持った連中が擦り寄って来るので対応が厳しい事。

 旦那さんは貴族だが地方の下級貴族だし、リラさんは大商人の娘だが平民階級だ。相手が中級以上の貴族だと、無下な対応は出来ない。親族達でさえ怪しい、だから出産にかこつけて王都に戻した。

 リラさんの事は配慮するとして、ライラック商会の構成員達の奥様方で妊娠している方々とのコミュニティーに参加しているらしい。そこで臨月間近の妊婦さん達が、ラミュール殿に我が子の名付け親になって欲しいと頼むのはどうか?と提案してきた。

「なる程、名付け親か。祝い事だし同性からの願いだから、周囲も文句は言わないだろう。生まれた子供の祝福はモア教で行うのが一般的だが、名付け親は違う。その提案を採用しますので、根回しをお願いします」

「分かりました。代わりにとは恐縮ですが、私の子供の名付け親は、リーンハルト様にお願いしたいのです」

 む?第一子の名付け親は普通は両親か祖父母が名付けるのが妥当だが、上司に頼む場合も有るな。臨月間近になれば、性別は水属性魔法で分かるから早めに考える時間も有るか。

 ライラックさんも期待に満ちた目で見ているし、リラさんの旦那が良ければ問題は無いか。いや、問題は僕のセンスだが時間が有れば対処出来るだろう。

 僕の名付けセンスは、マリエッタに言わせれば婉曲に言っても最低らしいから幾つか候補を出して、イルメラ達に選んで貰えば良い。名前は一生ものだから、変な名前は子供が可哀想だ。

「それは構わないが、旦那さん関連の了承は取ってくれよ。貴族の第一子には特別の思いが有るし、もし男の子なら余計に拘りが有る筈だから」

「それは問題有りません。大丈夫ですので、お願い致します」

 そう言って父娘が合わせて頭を深く下げてくれたが、本当に親族じゃなくて他人の僕で大丈夫なのかな?確か、インゴの時はエルナ嬢の親族から強い要望が有ったと聞いている。

 貴族にとっての名付け親は第二の親みたいなものだから、リラさんの子供も貴族に連なるし後見人として丁度良いかな。そう言う意味でも、僕が名付け親になった方が彼等を守り易い。

「リーンハルト様、邪(よこしま)な思いで近付く連中への対策ですが……私達の商人仲間が集まりリーンハルト様達の巡回ルートを囲みます。人の壁を作り締め出せば、問題は少ないかと思います」

「それは嬉しいが、巡回ルートは結構な距離が有る。全てを網羅するのは無理だろうし、有る程度危険と予想した場所に重点的に集まって貰おうかな」

 流石に全ての巡回ルートは無理だ。コースは絞るし時間も一時間程度にして、一回だけにしても5㎞位にはなるかな?

 途中で仕込みの陳情に対応し時間を使えば距離は短くなる。それでも半分位か?豪商ライラックさんの傘下を含めても、人数はそんなに多くは無い筈だ。

「信用の置ける連中に絞っても三千人は動かせます。その家族も集めれば、一万人は集められます。皆、リーンハルト様のお役に立ちたいのです」

 は?信用出来る人材が三千人?家族を含めれば一万人?そんなに集められるのか?僕の役に立ちたいって、そんな人数に何かした覚えは無いのだが?

 ドヤ顔のライラックさんを間抜けな顔で見詰めてしまい、リゼルとリラさんに笑われてしまったが、下手な貴族よりも召集力が強いぞ。

 無理して集めれば、何処かで問題が発生し破綻する。サクラを集めて周囲を囲ったとか知られたら、致命的にはならないが失態にはなる。だから選抜には……

「リーンハルト様が陳情を処理して助けた者達だけでも百人以上居ますし、私達商人連合もお役に立てるなら喜んで参加します。私達は皆が貴方に恩義を感じているのです。

公明正大、誠実で優しく平民にも配慮してくれる上級貴族など奇跡の存在なのです。王都以外の平民達も同じ、リーンハルト様の為ならば如何なる努力も惜しまない。今回の件は数少ない恩返しの機会、必ずお役に立ってみせましょう!」

「そ、そうなのかな?じゃ全て任せるから、宜しく頼む」

 ソファーから立ち上がり腕を振り上げて力説する迫力に任せると言ってしまったが、僕ってそんなに彼等に恩を売っていたかな?だが、リラさんも頷いてるから間違いではないのかな?

 名付け親以外の陳情も、ライラックさんが仲間達と考えて後で報告しますと力説したので其方も任せる事にした。流石はエムデン王国でも最大規模の商会だけあり、影響力も凄いって事だろう。

 ライラックさんなら任せても大丈夫だろう。ラミュール殿はアウレール王の出陣に同行するから、もう猶予は半月も無い。何とか見通しが立ちそうだ、僕は貴族街と新貴族街の巡回の追加変更分の調整に入るかな。

 


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