古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第721話

 配下の宮廷魔術師団員達の訓練成果を確認したが、現状のレベルならば十分に合格範囲だった。土属性魔術師の強みは錬金術であり、ゴーレムの運用は得意中の得意。

 彼等には各二十体レベル20のゴーレムを操り一部隊として集団運用する事を求め、それに応えてくれた。戦争で活躍する技術は仕込んだから、後は運用だな。

 汎用性を長所とするゴーレム軍団だが、セイン殿達は未だ未熟だ。何とかロングボゥの運用は形にしたが、命中率も連射速度も低い。だが速度と威力は高い、鉄製の鎧でも貫通する。

 性能的には軍隊で初歩の訓練を終えた新兵より多少はマシな程度かな?それでも雑兵より格段に強い。それにゴーレム軍団の強みは個々の強さじゃなくダメージ無視だ。

 セイン殿達は、ニーレンス公爵と共に第三軍として出撃する。最終的には陣替えして最前線に配置される可能性が有る。第一陣は半壊したが、第二陣だけに手柄を独り占めさせない為の措置だな。

 ライル団長率いる第二陣はウルム王国の王都を守る最後の砦となる、ジュラル城塞都市を必ず攻略するだろう。遊撃部隊のバーナム伯爵とデオドラ男爵も加勢すれば、落ちない方が不思議だよ。

 ジュラル城塞都市を抜けば、残りは戦略的に意味が薄いか規模が小さい砦や街しかない。アウレール王は無意味な略奪を許さないから、抵抗しない街や村は無視するだろう。

 完全放置じゃなく監視はするが、中小規模の街や村の警備兵では脅威にならない。多分だが監視は陣替えした第二陣が受け持つ、余計に抵抗は無理で逆らえば殲滅させられる。

 最終決着を付ける為に、アウレール王が直々にウルム王国の王都に攻め込む。献上したマジックアーマーと二つの腕輪が役立つ筈だ。多分だが、ウルム王国の王族達は全員が……

 下手な正義感や同情心など持たない。戦勝後の事を考えれば、亡国の王族など厄介者でしかない。若い未婚の王女達は宥和政策の為に生かされ、エムデン王国の厳選された貴族に嫁ぐかな。

 王子達は厳しい。アウレール王は賢王だから無用な火種と統治後の安定を天秤に掛ければ、取るのは厳しい対処になる。僕も賛成だ、反乱の御輿を生かしてどうするの?

 エムデン王国の貴族に嫁いだ王女達の御子ならば御輿にするにしても出来れば男子で成人した後じゃないと求心力が無いが、十年以上も経てば復興など不可能。だが王子達は違う、直ぐにでも担ぎ上げられる。

 気になるのは、モア教の干渉だけだが……バーリンゲン王国との婚姻外交でヤラかしたから、ウルム王国側の肩は持たないと思う。それにウルム王国には人間至上主義者が多い、王族にも多数居る。

 まぁ僕は留守番組だから大丈夫だろう。最前線に居る国王の意向に逆らう事など出来ない、それに距離的に干渉も無理だよ。それに僕には他に気になる事が山盛りなんだぞ!

◇◇◇◇◇◇

 最近は連日出仕している。貴族街と新貴族街の巡回は好調、公爵五家が協力し各々の派閥貴族の屋敷を巡回し警備している。まぁバニシード公爵とバセット公爵は微妙だ。

 新たに派閥に引き込んだ、裏切り者の侯爵二家に捨てられた貴族達を取り込んだのだが……彼等の屋敷の巡回が、予想通りに宙に浮いた状態だな。戦地に居る当主との遣り取りには時間が掛かる。

 少ない人員を新参者の為に割けるか?残された者達にとって、当主から正式に命令されない限りは保留。だが、その保留は彼等にとって命取りなんだぞ。

 この後、監視している傭兵団が彼等の領地を荒らす。だが直ぐにニーレンス公爵達が用意している戦力が討伐し、救いの手を差し伸べるんだ。折角派閥に引き込んだが、直ぐに移籍だな。

 貴族にとって派閥に属するって事は守って貰える事が前提。確かに裏切り者疑惑からは助けて貰ったが、代わりに相応の出血を強いられた。その上で国に残した家族や領地を守って貰えないのなら……

 敵対勢力に移籍する。バニシード公爵もバセット公爵も落ち目だし、鞍替えするならニーレンス公爵達の派閥だよな。公爵二家は勢力を著しく減らし、侯爵二家は取り潰し。後継者がダメダメなクリストハルト侯爵家も怪しいかな?

「戦後のパワーバランスは崩れる、ニーレンス公爵達の圧勝で終わるか……政敵の没落、当初の予定通りだな」

 執務室から見る窓の外は見事な青空、小鳥達が鳴きながら飛んでいる。戦時中なのに、王都は平和そのものだな。その平和の中でドロドロした政争の仕上げに取り掛かろうとしている救い難い自分とか?笑える。

 今日は貴族街の巡回に付き合わないと駄目らしい、僕が現場に出張るのも抑止力か?近衛騎士団と聖騎士団、それにバーナム伯爵の派閥の屋敷は廻る必要が有る。

 多分だが、幾つかの屋敷には顔を出して近状を聞く必要も有るな。残された家族達を守るのは彼等との約束、違(たが)える事は出来ない。

 僕が立ち寄るだけでも、相応の抑止力になる。守りの厳重な王都の貴族街に賊が入り込むのは至難の業だが、同じ貴族の嫌がらせなら可能であり彼等を牽制するのが僕の役目。

 コレを機に悪さをしようとしても、ザスキア公爵の手の者が目を光らせているし淑女のお茶会という情報交換会も有る。あれは危険だ、誰が誰に会ったとか訪ねたとか手紙を送ったとか企みを連想させるネタを掴んで来る。

 単独で企まないと情報は漏れるし、単独でも誰かに命令したりすれば何となくバレる。要は身内の使用人が金か保身で裏切る、だから完全な秘匿は無理なんだよ。完全に使用人を味方に引き込むのは僕でも無理だろうな。

「そうです。軍事と内政、諜報を得意とする公爵三家と軍事の要に位置する我が主様が連携する限り、エムデン王国は盤石ですわ」

「うん、リゼルも楽しそうだな。山積みの書類を前に何故良い笑顔を浮かべてるんだよ?僕はうんざりしているのだが……」

 中級以上の貴族からの陳情書が纏めて届けられた。漸く侯爵二家の裏切り情報が貴族連中にまで広まったんだよ。当事者達は早馬で情報を得たし、エムデン王国が事情聴取に動いた。

 大事(おおごと)だから情報は秘匿され制限されていたが、もう隠し切れない程に広まってしまった。不安になった留守番連中の縋る先は、王都の守りの要で警備責任者の僕の所か……

 派閥を超えて陳情書が来たが、差出人は留守を守る奥方からが多い。つまりはか弱い淑女達であり、紳士な僕は敵対派閥であっても手を差し伸べる必要が有るってか?僕はそんなに甘くないぞ。

「派閥の当主が不在の時に摺り寄って来る方々の思惑を考えると楽しくなって来ますわ。特にコレとか……旦那が不在の時に奥方だけの思惑で陳情書を出したのか?内容にもよりますが、私は怪しいと思います」

 む?リゼルが凄く嫌そうな顔をしたが、表情の変化が激しいぞ。手元にある陳情書の殆どが、バニシード公爵の派閥構成貴族のだな。あの感じからすれば、碌な内容じゃないみたいだ。

 僕の方は一応は元味方と言うか今は中立の、バセット公爵とラデンブルグ侯爵の派閥構成貴族の陳情書だ。中立だからか、露骨な摺り寄りが書かれた内容でモヤモヤする。

 不安だから巡回時に立ち寄って欲しいのならば未だ分かるのだが、お茶会や音楽会の参加が不安の解消になるのか?ならないだろ。不安で心許ない娘達に会って欲しい?余計に嫌だよ。

「派閥を移籍するチャンスを逃すな!だろうね。事前に夫婦で取り決めをしていると思う。そうじゃなければ既婚の淑女が面識も無い僕に、陳情とは言え手紙を送って屋敷に招くとか不貞と捉えられても変じゃない。しかも内容は不安にかこつけた懇親だよ。

だから陳情書は全て警備を司る関係各所に証拠として公開する、公務に対してだから間違いじゃないし陳情の内容に対処するには関係各所と協議が必要。個人の裁量で対処はしない、それは悪手だな」

 敵対や中立の連中の奥方からの手紙なんて特大の火種だが、逆に警備関連の部署に流せば派閥当主の無能さが広まる。本来、派閥構成貴族の陳情は当主が対処するべき問題だ。

 それを出陣していて不在だからと、敵対している僕に陳情するとは……例え警備責任者だとしても、当主の面子は潰れる。何故なら事前に対処しろと公務として指示しているのに不満が表れたから。

 国王にも話を通した指示を蔑ろにした事になるから、余計に面子は潰れる。陳情書を送って来た連中も、それは理解している筈だ。つまり泥船には乗らず中立になる仕込みか?

 問題は個人宛の手紙を関係各所に公開する事で、バセット公爵とラデンブルグ侯爵との関係が中立から敵対寄りになるかもしれない。だが妥協して手を差し伸べる方が問題だよ。

「馬鹿な連中ですが、その真意を調べる必要は有ります。陳情の聞き取り調査として何人か王宮に呼び出しましょう。その場で私が心を読みます。単純に愚かなのか、移籍の為の布石なのか、リーンハルト様に罠を仕掛けるのか、情に縋り安心したいだけなのか……今は私でも分かりません」

 吐き捨てる様に言ったが、彼女の中では最悪の結果で結論が既に出てる。その裏付け確認の為の呼び出しだろう。でも根拠を得るには最適だし、僕としても有り難い。

 本当に、リゼルの存在は有り難い。曲がりなりにもバーリンゲン王国が周辺諸国のバランサー気取りでいられたのは、彼女のギフトのお蔭だろう。

 だから今は四苦八苦している。一から外交の交渉術を構築していかなければ駄目だし、難易度が桁違いになった。ズルが無くなれば自力でやるしかなく、彼等は御世辞にも有能じゃない。

 パゥルム女王には悪いが苦労して下さい。リゼルを引き抜いた事には同情しますが、僕を巻き込まないで下さいね!

「あーうん、そうだね。リゼルに掛かれば相手の思惑など丸裸だから、最善の対処が可能だよな。ザスキア公爵にも陳情書は見せる事にするよ。こう言う問題は多角的に検討した方が良いからね」

「ちっ!弱腰ですよ」

 え?舌打ちした?しかも弱腰とか叱られたのか?壁際に控えて無言だった、イーリンとセシリアまで頷きやがった。イーリンはザスキア公爵の手の者なのに、何故報告を嫌がる?

 何とも納得がいかないが巡回の時間が近いので机の上に有る手紙や資料を片付ける。情報漏洩の警戒と防止、自分の執務室でも残念ながら安心は出来ない。

 必要なモノは全て空間創造に収納し、筆記用具位しか机の中には入れない。まぁ自分の屋敷で仕事をする場合も有るので、持ち帰る必要は有るんだけどね。重要書類の持ち出しだが、自分の屋敷でも管理が問題無ければ平気。空間創造のレアギフトだし、許可は貰っている。

「リーンハルト様、王宮警備隊の方が迎えに来ました」

 控え室で待機していた、オリビアが報告に来た。別に出迎えは不要なのだが、律儀だと思えば良いのか。

「ん?迎えって……アドム殿とワーバッド殿か。悪いが後を頼む、今日は戻らないから定時に上がってくれ」

 微妙な空気だったので、気分の切り替えには丁度良いタイミングだった。午後は貴族街と新貴族街の巡回で一杯だろう。さて、最初は近衛騎士団の副長三人の屋敷に顔を出すかな。

◇◇◇◇◇◇

 中庭に王宮警備隊の連中が集まっている筈だ。今回は僕が参加するので完全武装の騎馬兵として二十騎が同行する。槍こそ持っていないが、戦争に行く装備になっている。見栄えの問題でもあるのかな。

 彼等はエムデン王国所属の軍馬だが、僕は自前の馬ゴーレムに騎乗する。チリとダリは軍馬より馬車を引かせたい、賢い馬だが軍馬としては育てていないから。それに馬ゴーレムの性能は破格だ。

 無限の体力が有り、魔力さえ有ればトップスピードで何時間でも走り続ける事が出来る。2mの柵も楽々と飛び越えられるので、障害物の多い市街地でも移動に有利だからね。

「ご苦労様、少し待たせたかな?」

「定刻通りです」

「準備は既に整っております」

 騎馬の隣に立ち横一列に整列しているが、流石は軍馬だけあり大人しく従っている。軍馬に鎧を装備しないのは完全武装の連中を乗せるから負担を減らす為だ。

 全員気合いが入っているのは、期間限定だが上司である僕が同行するからだ。部下の昇進に上司の口添えは必須であり、僕は割と公平に評価を下すから。

 後は本来の業務の中でも華々しい部類の仕事だし、自分達の家族や仲間を守る事でもある。やる気にならない方が問題だろう、これは意義の有る任務だよ。

「これから貴族街及び新貴族街を巡回する。今日はDルートを巡回するが、途中で幾つかの屋敷には顔を出す事にする。守りの固いエムデン王国の王都とは言え油断は禁物、少しでも異変に気付いたら報告する事。では出発する!」

「「「はっ!リーンハルト様、我等王宮警備隊の威信にかけてどんな細かな異変も見逃しません!」」」

 おお、気合い十分だな。巡回ルートは当日にランダムで決めているのは、情報の漏洩を防ぐ為だ。各派閥にも通達しているから、簡単に情報は漏れる。

 悪事を働く奴等にも情報が流れる可能性も有るので、巡回ルートは毎回ランダムにしている。気休めだが小さな事からコツコツと、それが集まり成果となる。

 後は僕に接触を企む連中への対策、流石に貴族街に屋敷を構える連中には配慮が必要だから。準備万端で待たれない為の措置の方が、比重が重いかも。

 今日はダーダナス殿にワルター殿、それにビショット殿の屋敷に顔を出して留守を守る奥方達から話を聞く事にする。派閥は違えど敵対はしていないし、信用の置ける相手だから手厚い配慮をしたいんだ。

 


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