古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第722話

 貴族街と新貴族街を巡回する。同行者は完全武装した王宮警備隊二十騎、見栄えと威嚇効果を求めたのだろう。完全武装して上級貴族の屋敷に向かうのは、普通なら有り得ない。

 今回は僕が同行する事で可能にしたのと、僕が同行するから完全武装になったのか。もしかしなくても僕の護衛も兼ねてたりするのか?国家の力の象徴たる宮廷魔術師なんだけどね。

 各々の立場からすれば僕を蔑ろには出来ない。待遇は最上になるのだろうから、その辺の事情はスルーして何も言わない。過剰だと言っても相手を困らせるだけだし、是正も無理だろうし。

 ライトメイルに魔術師のローブを羽織り真っ黒な馬ゴーレムに騎乗している。左右をアドム殿とワーバッド殿が並び、その後ろに二列で王宮警備隊員が続く。厳しい訓練の賜物だろう、人馬共に動きに乱れ無く綺麗に揃っている。

 完全武装の戦闘集団が隊列を組んで貴族街をゆっくりと巡回するが、王宮に近いこの辺は上級貴族の屋敷が多く専属の警備兵も居るので治安維持的には問題は少ない。

 敵対している、バニシード公爵の屋敷の前を通る時でも正門を守る警備兵は敬礼してくれた。政敵でも不用意な態度を取れば問題になる、良く教育されている。愛想笑いこそしないが不快な表情ではないな。

「ふむ、流石に最上級貴族の屋敷付近は問題は無さそうだな。当主が出陣しているとは言え、屋敷の守りは厳重だな」

 両脇に控える臨時の副官達に言葉を掛ける。兜を装備しているので表情は窺いしれないが、無言で頷いたのは問題無しで間違い無いのだろう。

 特に気になるモノも無い。そもそも最上級貴族の屋敷は広いので敷地を囲む塀や門しか見えず、出入口には警備兵が配置されているので何か悪さをするのは厳しいだろうな。

 公爵や侯爵、領地持ちの伯爵の屋敷群を抜けて領地の無い伯爵や子爵の屋敷群へと移動する。基本的に王宮に近い程、歴史有る上級貴族の屋敷が有る。今日訪ねる予定の近衛騎士団副長達は領地持ちの子爵だ。

 流石に屋敷の規模も小さくなり通りからも屋敷が見える。それなりに広い良く手入れをされた庭には……何故だろう?結構な頻度でお茶会を催していないか?庭に家人が出ている率が高い。

 最初に訪ねるのは近衛騎士団副長のダーダナス殿の屋敷なのだが、庭で結構な人数の淑女達がお茶会をしてる。む、正妻であるターニャさんが僕に気付いたか。

 準備万端待ち構えているみたいなので素通りしたいが、それは不義理だから出来ない。仕方無い、僕が訪ねて玄関先で短い会話をしてお別れにはならない。流れ的にお茶会に参加か?それが目的で待ち構えていた?

「リーンハルトさまっ!」

「おひさしぶりでございます!」

 門を潜り抜けて玄関先に向かえば、ダーダナス殿の七歳になる孫娘二人が庭から走って来て足に抱き付いて頭をこすりつけてくれた。歓迎されているのは嬉しいが、幼女好きだとは思われたくはない。

 幼女二人は、ダーダナス殿の亡くなった息子であるリーンハルト殿と僕を勘違いしているから身分差とか関係無く懐いてくれる。僕の事を叔父だと思っているから普通に甘えてくるんだ。

 ダーダナス殿も孫娘には甘く馬の真似をして背中に乗せる位だ。今でも止めるべきだったのか悩む、厳つい近衛騎士団の副長が孫娘とお馬さんごっこだぞ。

「こらこら、危ないから走って抱き付くのは気を付けるんだぞ。転んだら大変だからね」

「だって、ぜんぜんおウチにかえってこないんだもん!」

「そうです。わたしもリーンハルトさまとあそびたいのです」

 完全に身内だと思っているから平気で甘えてくるのだが、アドム殿とワーバッド殿の表情が変な形で固まったのは……まさか僕が幼女愛好家の変態と勘違いした?

 ターニャさんは、あらあら困ったわ。どうしましょう?位の感覚だが、それ位に信用されて友好度が高いって事だから普通に嬉しい。

 だが副官達の誤解は解かねばならない。もしも僕の事を幼女愛好家の変態と勘違いしていたら……がっつりと説教だ!

 左右の手で幼女達を抱き上げるが、大体20㎏位だろうか?『剛力の腕輪』を装備しているので、軽々と抱き上げる事が出来るので見栄が張れる。

「今は仕事中なので、残念だけど遊べないんだ。御祖父様が帰ってきたら一緒に遊びましょうね」

 不満そうに頬を膨らませているが、流石に不味いと思ったのだろう。各々の母親と思われる淑女達が来て、台風みたいな幼女達を引き取ってくれた。

 つまりダーダナス殿の娘さん達であり、リーンハルト殿が命懸けで守った妹達だろう。恐縮して頭を何度も下げるのを幼女達は不思議そうに見上げている。

 叔父に向かって母親が頭を下げる。自分達は何も悪い事をしていないのに何故?って感じだろうか。それは僕が本当の叔父じゃないからだよ。

「気にしないで下さい。彼女達は僕にとっても妹みたいなモノですし、母親が何故頭を下げるのかって不思議に思ってますよ」

「申し訳有りません。本当に怖いもの知らずで……」

「御父様にも平気で馬になれ!とか言ってしまうので、内心はヒヤヒヤしていますわ」

 うん、栄えある近衛騎士団の副長が孫娘には顎で使われる孫馬鹿なのは知ってます。だが娘さん達も止めさせた方が良いと思っていたみたいなので、正直少し驚いた。

 ターニャさんは、全く動じていない。流石は近衛騎士団の副長に嫁ぐだけあり、肝が据わっている。大抵の事では驚かないのだろう。

 バーナム伯爵やデオドラ男爵の正妻の方々もそうだが、脳筋の旦那を上手く操るだけの事は有る。強かというか妻は強しというか、僕も尻に敷かれているから分かるんだ。

「大切なお仕事の最中でしょうが、少し我が屋敷で休んでいって下さい。配下の方々も御一緒に、さぁさぁどうぞ」

 ターニャさんに強引に屋敷に招かれた。アドム殿もワーバッド殿も頷いてくれたので、小休止と言う事にしよう。僕はあの庭に居た淑女達に歓迎される流れなのだろうな……

◇◇◇◇◇◇

 驚いた。あの近衛騎士団の副長である、ダーダナス卿と家族みたいな関係を築いていたとは!リーンハルト様が近衛騎士団の中堅以上の方々と懇意な事は知っていた。

 だがまさか孫娘達を妹みたいに思っているとは、相当な関係だろう。身分上位者であるリーンハルト様に普通に甘えていたが、特に咎めもしなかった。

 我が娘、カサレリアが知れば自分もと騒ぎ出すだろう。だが父ではリーンハルト様を我が家に招く事など不可能、知られない様に祈るしかない。俺が不甲斐ない訳じゃなく、常識の範疇だぞ。

「流石は領地持ちの子爵家ですな。我等の持て成しまで、この様な立派な応接室に通すとは……出された紅茶も高級品でしょう」

「む、確かに王宮警備隊とは言え我等は貴族的には低い地位だからな。この厚遇も臨時とは言え、リーンハルト様の配下だからだろう」

 通された応接室は我等二十人が入っても余裕が有る広さだ。設(しつら)えも調度品も高級だが派手じゃなく落ち着いている。普段の我等なら通されないレベルの応接室だな。

 これだけの屋敷だ、応接室も幾つかグレードが有るだろう。因みにリーンハルト様は、庭の方に招かれていた。あの淑女達が群れている、お茶会に強制参加だ。

 普段は優しく人当たりも良く誠実なのだが、女性関係では一線を引いて拒絶に近い態度を取る時も有る。リーンハルト様の立場では、側室や妾を娶るのも大変なのだろう。

「なぁ、聞いたか?リーンハルト様絡みの、あの噂話だが……」

「噂話?リーンハルト様絡みだと、愚弟を地方の領地で性根を叩き直すってやつか?」

 信じられない話だが、異母兄弟であるインゴ殿が色事に走り不適切な行動を繰り返したので厳重に罰したとか。馬鹿な弟殿だ、普通にしていれば兄からの恩恵は凄かった筈なのに何故増長した?思わず怒りで手に持つカップの取っ手に力が入る。

 平民に無理矢理手を出そうとした事に、リーンハルト様が激怒したそうだ。騎士見習いとして、我等が守るべき民に対して非道な事をするな!と相当な怒りだったらしい。

 身内に対しても厳しく律するコトが出来ると、平民達の間ではちょっとした美談になっている。だが馬鹿な弟殿は、バーレイ男爵家の相続権を剥奪され地方の警備兵として領民の為に身を粉にして働く事になった。嗚呼、割れなくて良かった。そっとカップをテーブルに戻す、壊して弁償とか勘弁して欲しい。

「身内でも贔屓はしない。流石は王国の守護者殿だが、愚弟殿の責任をリーンハルト様に追求してくる勘違い野郎も居る。全く嫌になる、言い掛かりにしても酷いだろ?」

 表立った政敵だけじゃない、下級官吏共め。仲間内の話だと思っているが、裏切り者は居るんだぞ。その密告を手柄として、敵対から中立に鞍替えする連中が増えた。

 馬鹿な奴等だ、バレてないと仲間内でコソコソ話して憂さ晴らしのつもりだが、飲み屋で盛り上がったのは失敗だ。平民で、リーンハルト様を嫌う者などいない。

 その飲み屋は奴等からのツケを禁じたが、普通に出入り禁止にした所も有るらしい。お前等は居ないと不便だが交換には困らない、それを弁えろ!

「全くだな。仮に愚弟殿本人以外にも責任が有るとすれば、それは両親だろう。リーンハルト様は爵位を賜り自分の家を興して独立したのだから、実家の不祥事の責任を追求するのはやり過ぎだな。騒ぎ出す屑共め、叩き切りたい」

 騎士団見習いとして愚弟殿が王宮の訓練場で鍛錬に励む姿を何度か見たが、全く真剣さが足りてなかった。あれは才能も無く努力も全くしていない。いや才能が無くても努力で一定の力は身に付くのだが……

 大体身体が資本の我等が肥満とか有り得ない。魔術師であるリーンハルト様だって、激しい鍛錬を行いながら食事は腹八分目と決めているらしい。満腹感は思考を鈍らせるからとか、普段から自らを厳しく節制しているのに。

 愚弟殿は肉体を鍛える事が最も必要な聖騎士を目指しながら、怠惰で大食いで色事に走る。未成年ながら最低な部類、強制的に問答無用で鍛錬させないと駄目だったんだ。もう表舞台には戻れない、自分の愚行を恥じろ!

「まぁバーレイ男爵も聖騎士団を辞めて責任を取ると言ったらしいが、ザスキア公爵様が流石に任務を放棄するのは無責任だと諭したらしい。

リーンハルト様では実父に強くは言えないが、彼女ならば問題は無い。色々と黒い噂の有る女傑だが、実際の行動を見れば気遣いが出来るのだろう。案外黒い噂も政敵が流した嘘かもな」

「リーンハルト様が姉と慕う程だからな。エムデン王国唯一の女公爵様だし、立場上色々と有るのだろう。だが信用は置けると思う、噂通りの腹黒ならリーンハルト様が姉と慕う訳が無い。逆にバセット公爵の評価は落ちた、バニシード公爵並みにだ」

 リーンハルト様を利用する事しか考えていないらしい。リーンハルト様も関係を味方から中立に下げた。なにを考えて不利な方向に舵を切った?上級貴族様の勢力争いは複雑で、俺には分からないな。

「姉か……そう言えば、同僚であるユリエル様の愛娘である、ウェラー嬢の事も妹弟子として懇意にしているらしいな。彼女も魔術師として卓越した技量らしいし、血の繋がった異母兄弟は駄目だったが……」

「リーンハルト様は実母である、イェニー様を早くに亡くしている。未だ未成年だし寂しい思いをされているのだろうな。可哀想とか同情は失礼だが、皆が能力や実績にばかり目が行くが本来は……まぁなんだ。部下である我等ではな、でしゃばり過ぎるか」

 姉と慕うザスキア公爵に妹弟子として可愛がるウェラー嬢、リーンハルト様が心を許す存在は……後は信じられないが祖母みたいに慕う、宮廷魔術師筆頭サリアリス様だけか。

 女性ばかりだが、リーンハルト様と同性で同世代の連中と友情を深めるのは難しいだろうな。立場が違い過ぎるから、嫉妬の対象でしかない。

 実際に、リーンハルト様と友好的な同性は両騎士団の父親世代だな。同僚としてエムデン王国を守る者として、確かな信頼関係を築いている。

 まぁその、ウェラー嬢も過去にヤンチャが過ぎて色々と常識が足りないらしい。流石は『土石流』様って言えば良いのか?サリアリス様に弟子入りして、王宮にも顔を出す様になったからな。

 ザスキア公爵様が心配して、色々と教育を施しているらしい。そう考えると、ザスキア公爵様は面倒見の良い姉御肌の人物なのだろう。リーンハルト様が姉と慕う理由が朧気ながら分かったぞ。

「まさか我等を兄の様に思ってくれとも言えないよな。身分違いが甚だしくて、とてもじゃないが言えないぞ」

「身分違いもそうだが尊敬とかが先立って対等の友人関係は厳しいし、何より気後れしてしまう。だからだな、両騎士団の中堅以上ならば、気後れする事も無い。だが未成年で脂の乗り切った世代と対等の関係って凄いよな」

 同僚達の息子達は、リーンハルト様の事を良くは思っていない連中が少なくないらしい。確かに圧倒的に格上で、狙っている淑女達が狙っている相手だから面白くはないだろう。

 愚弟殿もコンプレックスを抱いていて、それを付け込まれて堕落したって噂も有る。実兄が出来過ぎるのも、比較され続けた愚弟としては辛かったのは分かる。

 だが増長し守るべき国民に危害を加える事は別問題で同情の余地など全く無い。やはり我等が兄として頼られる位に頑張るしかないのか?それが正解で最短距離だよな。

「まぁ実際に会話しているとさ、思わず同世代かと錯覚する時が有るんだ。笑い話だけどな」

「それは俺も偶に思う。あの落ち着き様で、何でも無難にこなすからな。頼り甲斐の有る上司なのだが、未だ未成年か……どうなっているんだろう?」

 考えれば考える程、不思議な御方だな。だが良い上司であり尊敬も出来るし何より恩も感じている。出来れば我等王宮警備隊も何か力になりたいのだが、出来る事が中々無い。

 まぁ今は与えられた任務を確実にこなす事、リーンハルト様に不利益を働く連中の調査と圧力を掛ける位か。情報は、ザスキア公爵様の配下に伝えれば良いので楽だ。

 ふむ?そう考えると、ザスキア公爵様はリーンハルト様の事が可愛くて仕方無いのだろう。血の繋がらない姉弟か、悪くはないな。ザスキア公爵様がリーンハルト様の味方ならば、大抵の事は何とかなりそうだし安心だ。

 


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