古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第723話

 今日は私達の旦那様候補である、リーンハルト様と初めて直接お会い出来る機会を設けたわ。私達は近衛騎士団に属する貴族達からの選りすぐり、各家の当主達から厳命されたのは……

 リーンハルト様に気に入られる事、そして側室に迎え入れられる事。ダーダナス叔父様は実子に拘らず親族から見目良く優秀な淑女を探したわ。実際に私は遠縁、長女が嫁いだ親族の娘だから血の繋がりは皆無。

 でも成功すれば、ダーダナス叔父様の養女となり、リーンハルト様に嫁ぐ事になる。他の子達も大体同じ状況で、親族中から探し出された。当主の家の繁栄の為に、最初は仕方無いと思いましたわ。

 貴族として家の存続と繁栄は永遠の命題、断絶や衰退など受け入れられない。私も自分の才能には自信を持っていたけれど、下級貴族の四女では嫁ぎ先など知れています。

 旦那様よりも優秀な嫁の末路なんて大体予想が出来る、大抵はプライドの高い旦那様に疎まれて相手にされなくなる。本妻ならば未だマシですが、側室だと部屋に押し込まれて終わり。

 政略結婚の場合、離縁こそないけれど子供さえ産めば後は篭の鳥として囲われて冷遇されて終わり。そこには私自身の幸せなどは無い、それも貴族子女の運命だと諦めていたわ。貴族子女など政略結婚の駒なのが、今の貴族社会の常識。

 だけれども降って湧いたみたいな立場の急変、私達にもチャンスが巡って来たのよ!最初は飛ぶ鳥を落とす勢いで出世する、リーンハルト様を籠絡すれば良いのか?と単純に考えていたわ。

 自分で言うのもアレですが、容姿もスタイルも人並み以上。ダーダナス叔父様の養女と言う立場なら楽勝だと軽く考えていたのですが、色仕掛けは駄目だと厳命されてしまいました。

 その時に聞かされた、リーンハルト様に対する情報。半年足らずの行動と成果、その言動に伴う責任感。なにこの戦記物と恋愛物の小説を足した主人公?架空の人物じゃないかと、実際に頬を抓り痛みをもって事実だと認識したわ。

 この殿方を籠絡する事は今の私一人では無理、全く情報が足りないし仲間も足りない。優秀な諜報員に連携して動く仲間が欲しいと、ダーダナス叔父様に頼み込んだわ。

 ダーダナス叔父様も私の話を真剣に聞いてくれて、結構な予算と人員を割いてくれたわ。そして近衛騎士団の同僚の方々にも声を掛けて、このテーブルを囲む仲間(ライバル)達と引き合わせてくれたの。

 全員が負けず劣らず優秀な才女、容姿と体型は妖艶・清純・知的・快活・大隆起・大平原・大多数が望む平均的とバラエティーに富んでいます。外見的好みがニッチでも、誰かには引っ掛かるでしょう。

 ああ、幼女枠は居ません。年齢的に幼女で才女などいませんし、彼は幼女愛好家を否定しています。妹枠では側室など望めないので却下されました、候補者の嘆きはアレでしたが薄い希望に縋るのも……

 リーンハルト様の妹枠は、ウェラー嬢で確定。彼女は魔術師であり、ユリエル様の後継者。つまり宮廷魔術師を目指す同僚候補であり、妹弟子でも有ります。

 ユリエル様は親馬鹿で有名ですし、自分の後継者である愛娘を嫁には出さない。最悪、リーンハルト様に嫁いで生まれた子供を後継者にしても時期は今じゃない。だから今回は除外しても大丈夫だわ。

「クラリス……私、遠目でも初めてリーンハルト様を生で見ましたわ。厳つい配下の方々にも負けてない存在感、凄いわね。現代の英雄、大陸最強の魔術師、たった一人で敵国に挑み勝つ。厳つく怖い殿方を想像しましたが、華やかな貴公子?いえ、質実剛健らしいですから華やかと表現しては駄目ですわね」

 ええ、シャルロッテ。私も噂話で聞いた時は、筋肉質の厳つい殿方を思い浮かべたわ。一般的には体力的に惰弱な魔術師のイメージじゃなかった、魔法剣士かなって思ったもの。

 ダーダナス叔父様達との模擬戦の結果や、両騎士団の方々から集めた情報。王宮の練兵場での日常の鍛錬とかを総合して判断しても、今の彼の姿には辿り着かないわよね。

 どう考えても歴戦の勇者、将軍クラスの頑強な肉体のイメージしか湧かない。それが見た目は好みド真ん中、理想的な貴公子ですわ。あれで有能で性格も良く、権力も財力も有るなんて奇跡の存在だわ。貴女は快活だから、脳筋でムキムキの旦那様でも気が合いそうですけどね。

「ええ、遠目でも分かるわ。武闘派と呼ばれる元旦那様候補達と比較しても、いえ比較する迄もなく分かるわ。圧倒的強者の存在感、見た目は優しい殿方なのに中身は完全に別物だわね」

 ステファニー、涎が垂れてますわ。私達の中で見た目が一番清純で身体の凹凸が無い貴女が、一番性欲が強いなんて信じられないわ。経験なんて無いから耳年増でしょうけど。

 昼は淑女、夜は娼婦の様に……脳筋の方々だったら理想的かもしれないけれど、リーンハルト様にとってはどうかしら?唯一の側室、アーシャ様に近い雰囲気ですが中身はエロいですし。

 第一印象は清純ですが、知り合うと徐々にエロさを出してくる。まぁヤーディに比べれば未だ最初は普通、彼女は妖艶だから最初からエロいのよね。

「戦いとお酒と女性で思考が構成されている、脳筋のお馬鹿さん達よりも百万倍もマシでしてよ。魔術師は総じて早熟と聞きますが、成果だけ聞けば脂の乗り切った三十代の殿方のイメージですわ」

 そうね、ヤーディ。貴女のネットリした視線に晒されたら、リーンハルト様はどう思うかしら?噂では奥手で一途っぽいけれど、実は特定の人物には積極的なのよね。

 でも調査によれば妖艶系は最初から回避する傾向が高いと思う。貴女の着ているドレスだけど、幾ら流行とはいえ胸元が開き過ぎていますわよ。少し屈んだだけで中身が見えそうだわ。

 胸の谷間を嫌と言う程に強調しているけれど、リーンハルト様は巨乳系だと思うけど、私の手頃で普通の安心感が有る胸にだって需要は有ると思います。

「未だ未成年、元は新貴族男爵の長子。ですが立ち振る舞いやマナーにダンス、楽器の演奏。全てが伯爵級の後継者並みのレベルで身に付けている、ちょっと信じられないわ」

 レイニース……貴女が疑うのも分かりますが、レジスラル女官長とモリエスティ侯爵夫人が二人がかりでスパルタで特訓したのは調べがついています。本人達から直接聞いた方も居ますから、間違い無いでしょう。

 だから不思議じゃないけれど、確かに天が二物も三物も与え過ぎですわね。天才的な魔術師、レアなギフトを持ち、戦争関連では将軍級の働きをする。芸術にも造詣が深く、あの芸術家肌のロンメール殿下が手放しで評価しているから事実なのでしょう。

 うん、確かに疑わしいし今でも信じられないわ。実は五つ子で各自が得意分野を持っていますって言われた方が納得してしまう。それだけ異常な殿方、私達の旦那様候補は常識外の傑物(なぞであやしい)よね。

「ダーダナス叔父様の孫娘が纏わり付いても嫌な顔すらしないわ。上級貴族特有の驕りが無いのは、半年前は新貴族男爵の長子だったから?」

「急激な出世による立場の変化に追い付いてない?違うわ、リーンハルト様は上級貴族としての振る舞いも可能なのよ。単に偉ぶらないだけ、無意味に偉ぶっても意味が無いと理解しているのね。そう、今の爵位や役職が当然みたいに自然に振る舞えるのよ」

 王家主催の舞踏会に晩餐会、それに花見の会やお茶会に参加しても普通に振る舞える。マナーは学ぶだけじゃ身に付かない、実践が必要なのに大した準備期間も無しに問題無く振る舞う。

 特にダンスは嫌らしく妨害してくる連中を軽くあしらえる程の腕前、まるで教本の通りに振る舞える。未だ新貴族男爵の長子時代には、舞踏会に参加などしていなかったのに何故?

 一時期は上級貴族の隠し子かとも疑ったけれど、『救国の聖女』イェニー様が浮気などしない!ってダーダナス叔父様に叱られてしまったのは良い思い出だわ。

「屋敷に招かれたわ。そろそろ中庭までいらっしゃるし、段取り通りに進めるわ。レイニース、貴女のギフト『真実の目』が頼りよ。嘘を暴きなさい、各自も変なアドリブで予定外の行動や質問は厳禁ですからね!」

「クラリス、分かっているわ。今日は顔見せだけで、突っ込んだ質問は無しでしょ。第一印象は大切だから、ガツガツしないわよ」

「全くだわ。でも私達五人は抜け駆けしてるのだから、何らかの成果は必要じゃないかしら?あとリーダー気取りは止めて下さる?」

「他の方々など大した事はないじゃない。私達は利害が一致したから手を組んだのよ。決められた事はキッチリ守りますわ。だから誰が選ばれても恨みっこは無しでお願いしますわ」

「クラリスもギフト『私的書庫』を活用して必要な情報を適時出して下さる?調査結果は全て記憶しているのでしょ?」

 ぐぬぬ、能力的には横並びだから誰かが突出している訳じゃない。私はダーダナス叔父様に提案した発起人ですが、黙って従う連中じゃないのは理解していましたが……

 今更連携に不安を感じてしまうのは困るわね。でも裏切らず約束事はキッチリと守るから、後は隙を見せずにあしらうしかないのかしら?

 他に集められた十五人の淑女達は優秀では有りますが、大した脅威にはならない。危険なのはこの仲間(ライバル)の四人だけで、皆がそれを理解し牽制してくる。

「そろそろいらっしゃるわよ」

 メイドがリーンハルト様が到着する旨を伝えてくれたので、皆さん一斉に身嗜みの最終チェックを行う。前髪を気にしたり、ドレスの胸元の形を直したり。

 私は手鏡で顔全体を見て化粧の乱れが無いか確認、大丈夫何時も通りに可愛いわ。私は美人じゃなくて可愛い系、それに合わせた態度と言葉使いに切り替える。

 慌ただしい身支度を手早く終えて、全員が澄まし顔で出迎えの準備をする。綺麗な白鳥も水面下では足をジタバタと動かしているのと同じかしら?

「さぁ本番ですわ。皆様、盛大に猫を被りますわよ!今回は顔合わせですから、抜け駆け出し抜きは厳禁でお願いしますわ」

◇◇◇◇◇◇

 いよいよだわ。ターニャ夫人が先導して屋敷から出て来ました。その後ろに、リーンハルト様が続いています。むふぅ、改めて近くで見ても美少年ですわ。年下の旦那様ですか、最高です!

 私とヤーディは一歳年上、シャルロッテとステファニーは同い年、レイニースは一歳年下。年齢も合わせています。余り離れては年下は幼女趣味、年上は年増趣味と思われてしまうから。

 年齢制限で涙を飲んだ方々も多いのです。基本的に才女とは教育期間が長い程、多く生まれる訳ですから。教育期間が短くて才女と言われる方々は、生まれついた天才の部類でしょう。

 歩き方だけでも気品が有るわ。ライトメイルも意匠を凝らした逸品、羽織った魔術師のローブがマントみたいに靡いているわ。近くで見ると更に良く分かる、この覇気というか独特のオーラと言うか……

 ステファニー、涎(よだれ)が垂れてますわ!レイニース、口を開いて固まってますよ!シャルロッテは真っ赤になって下を向いてしまったわね。

 ヤーディ、お色気全開は失敗よ。リーンハルト様が一瞬だけ見て視線を逸らし私に固定したわ。他の淑女達を確認していた私をリーダーと判断したみたいね。

「リーンハルト様、この娘達は近衛騎士団の親族でしてね。偶に他の屋敷に集まって、お茶会を催しているのですわ。今は戦時中で派手な催しは自粛、精々がお茶会として集まり気分転換をしているのですわ」

 ターニャ夫人が取って付けた様な理由を述べましたが、リーンハルト様は苦笑して何も言わないわね。計画的に集まった顔見せって事には気付いたけれど、許容したのかしら?

 嫌みにならない程度の苦笑、年相応の可愛らしさ。なる程、ザスキア公爵の広める『新しい世界』が浸透するのも分かるわ。

 ただ笑っただけなのに雰囲気が変わった、覇気が収まり親しみ易さが滲み出る。この切り替えは反則だわ!最初の緊張が解れたのが分かる……いえ、レイニースとシャルロッテは未だ回復していないわね。

「堅苦しい場では有りませんので、簡単に紹介しますわ。右からクラリスさんにシャルロッテさん、ステファニーさんにヤーディさん、最後がレイニースさんよ」

 ターニャ夫人の気遣いが嬉しいわ。家名を言わないのは微妙に中立や敵対よりの派閥に属している親族も居るからで、もし家名を名乗れば最初から敬遠されてしまうわ。

 リーンハルト様は敵と味方の線引きには拘るから、最初から対象外ですって思われるのはハンデが有り過ぎる。少なくとも今回は、実家を抜きにフラットな評価をしてくれる筈ね。

 流石は領地持ちの子爵夫人。リーンハルト様も少し気持ちが楽になったみたいで、柔和な笑みを浮かべている。荒ぶる戦神、戦場で輝くカリスマ性の持ち主なのに親しみ易い感じがするわね。

「折角の気晴らしのお茶会に無理矢理参加するみたいで申し訳ないですね。僕はリーンハルト・フォン・バーレイ。宮廷魔術師第二席の任に就いています。今日は貴族街の巡回警備の途中で、様子見に寄らせて頂きました」

 丁寧な挨拶、宮廷魔術師第二席の侯爵待遇の上級貴族が私達に対してこんなにも丁寧な対応をしてくれるとは思わなかったわ。偉ぶりもせず驕りも無い、本当に礼儀正しく真面目なのね。

 彼の立場なら子爵以下の子女ならば強引に我が物に出来るのに政略結婚を嫌い、アーシャ様以外の側室は迎えていない。貴族としては非常識、でもアウレール王さえも無理強いは控えた。

 他国からの婚姻外交を全て断ったのは、リーンハルト様に対して女絡みの悪さはしないと約束したから。秘密らしいですが国王と約束し守らせる?有り得ない珍事です。

 さぁこれからが本番ですわ!皆さん気合いを入れて打合せ通りに動いて下さいませ。

 




日刊ランキング二十六位、有難う御座います。

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