古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

730 / 999
第724話

 私達が他家の不安そうな淑女達を唆して多方面から、リーンハルト様が貴族街に巡回に出る様に仕向けた。本来は人手不足で本人も巡回警備に出ると予想していましたが……

 結果は国王から勅命を受けて公爵五家を問答無用で動かしました。各公爵の派閥が各自で巡回するのではなく、リーンハルト様の手元に情報が集約されて調整し無駄を省き隙を無くす徹底振り。

 リーンハルト様も王宮警備隊の選抜部隊を率いて、公爵五家の巡回の穴を塞ぐフォローをしています。政務に対して慣れすら感じる安定感に、正直物凄く驚いています。

 王都の治安維持は自分の仕事だから。常々そう言っていますが、短期間で公爵五家に言う事を聞かせる状況に持ち込む手腕が素晴らしいのです。バニシード公爵など反発し足を引っ張るかと思えば、勅命では何も言えないわね。

 逆に不手際を責められる。国王からの勅命を軽く考えているのか!って言われたら、不敬と無能の烙印をダブルで押されてしまうわ。敵対と中立の公爵達の反論を封殺する悪辣さ。

 未だ未確認情報ですが裏切り者の侯爵達の派閥構成貴族を取り込んだから、バニシード公爵達は巡回警備の手が足りないらしいのよ。取り込んだ貴族達には手厚いケアが必要。

 折角派閥に引き込んでも対応が悪ければ移籍してしまうわ。詳細は不明ですが、裏切り者疑惑を晴らす為に相当な出血を強いたとか。ダーダナス叔父様的には良くない対応だと憤(いきどお)っていましたわね。

 エムデン王国有数の公爵でも、追い詰められたら形振り構わず動くしかなかった。そして追い詰めたのは、リーンハルト様と公爵三家。戦後はリーンハルト様とザスキア公爵、ニーレンス公爵とローラン公爵の天下となるでしょう。

 勝ち組、この勝ち組メンバーの中核たる、リーンハルト様に嫁げるチャンスを逃すわけにはいかないの。しかも丁寧に挨拶をして貰ったのだから、早く返事を返さなくては……

「は、はじめまして、リーンハルト様。私はクラリスと申します」

 恥ずかしい。急いだ事で、どもってしまったけれど……軽く微笑んでくれただけて顔が熱くなる。多分今の私は真っ赤だと思う、しっかりしなさい感情の制御がお粗末よ。

「シャルロッテです。リーンハルト様が題材のオペラを何度も観ました!」

「ステファニーと申します。宜しく御願い致しますわ」

「ヤーディです。噂の英雄様にお会い出来て感動していますわ」

「レイニースと申します。地方出身で噂話でしか、リーンハルト様の事は知りません。なので実際にお会い出来て嬉しいです。他愛ない話だけでも出来ればと、今日は期待に胸を膨らませております」

 レイニース!貴女、抜け駆けとは言えないグレーゾーンですが初っ端から攻めたわね。シャルロッテとヤーディは失敗、あれだけ英雄とか煽てられるのは嫌がっていると教えたのに馬鹿なの?忘れたの?

 リーンハルト様は全ての王命を理想的な形で達成しましたが、それを大袈裟に喜ぶ事は無理難題を押し付けられて達成した喜びと勘違いされるからと自粛した話は有名なのよ。

 アウレール王は適材適所に仕事を割り振るから達成して当たり前。それを大袈裟に喜ぶ事は、国王が適正な仕事を与えられなかったと勘違いされるから嫌がったと教えた筈よ。

 でも特に気分を害した感じも無く私達の向かい側に座ったわ。直ぐにメイドが紅茶を用意するけれど、配膳に配慮する余裕も感じられるわね。メイドもリーンハルト様の横顔をガン見してるけど、それって不敬ですからっ!

「リーンハルト様、この度は私達の為に公爵五家を動かし貴族街と新貴族街の巡回を手配して頂き有り難う御座います。正直に言いますと男手が不在なので、不安だったのです」

 レイニース!抜け駆けは駄目だって約束したでしょ。リーンハルト様が派閥を越えて巡回警備の差配をした事は私達でも驚く結果です。王都の警備責任者だからと言っても、公爵五家を動かす事の大変さは分かります。

 あの陳情は私達が裏から煽ったのですから、バレたら少し困った事になる。巡回という形で、リーンハルト様を王宮から引きずり出す為に仕向けた。でもまさか国王を動かし勅命にするとは考えられなかったわ。

 中立のバセット公爵と敵対のバニシード公爵の文句を封殺する妙手、それを実行する判断力と行動力。自分の役職に自負が有るからこそ、色々と動けるのよね。改めて出来過ぎだと思わされる、この人って何なんでしょう?

「僕は王都の治安維持も仕事ですから、誉められる事では有りません。ですが不安解消の一助になったのでしたら嬉しいですね」

 謙虚な言葉と優しい笑顔、ほんの少し口元を緩めるだけなのに。思考が纏まらない、何度も問答はシミュレーションしたでしょ!何が才媛よ、全く駄目じゃない。

 私って、こんなにも安っぽい女だったかしら?確かに憧れであり理想であり好みド真ん中でもある殿方ですが、この私がポンコツ化する程動揺するなんて……

 顔が熱い、多分真っ赤。見下ろす両手も真っ赤、恥ずかしい。恨めしさを醸し出す為に、涙目になりながら見上げる。この仕草は表情(女の武器)の中でも上位、殿方ならクラッとくる筈……

「はい、とても安心していますわ」

「私もです。不安で食事も喉を通らない日々でしたが、今は安心していますわ」

「本当に、殿方が居ないと言うのは心細くなるものですわ。そんな私達にまで配慮して頂けて、本当に感謝しています」

「でもお忙しい筈ですのに、配下の方々に任せずに自ら巡回に参加して大丈夫なのでしょうか?リーンハルト様が疲労で倒れられたら……くっ?」

 皆さん、私が女の武器を駆使しているのに平然と邪魔したわね!しかも、レイニース?グィグィ攻めますけど隣に座る、ヤーディの爪先蹴りに顔をしかめたわね。貴女は攻め過ぎ、少し自重しなさい!

「む?いえ、別に大した負担になっている訳じゃないですよ。体調管理には注意していますし、週に一日は完全休養日も設けています。心配してくれるのは嬉しいですね」

 二人のテーブルの下の遣り取りに気付いて、僅かながらに顔をしかめた。間違っても涙を浮かべた上目使いに動揺した訳じゃないわ。この流れは不味い、私達が表面上だけ取り繕った仲だと気付かれてしまうわ。

 女の諍いは殿方にとっては嫌なモノで、リーンハルト様の大切な女性達との関係が上手くいかないと思われ選考から外されてしまうわ。大切な女性に近付けるには不適切な態度を取るから除外するでしょう。

 全く全然段取り通りじゃないわよ!入念にシミュレーションしたのに、出たとこ勝負じゃない。私達は才女でしょ?才媛でしょ?何このお粗末さは!皆を横目で睨み付ける、頷いたけど本当に分かってる?

 会話の切れ目と言うか僅かな沈黙が流れた……これは会話を切り上げて、お茶会の終わりの切欠になりそう。不味い、未だ何も成果を出していないじゃない。女の嫌な部分を見せただけじゃない!

 ターニャ夫人もリーンハルト様に見えない場所で困った顔をして首を振りました、これは折角会う機会を得たのに成果無しと判断されたのでしょう。期待に添えない無能振り、ダーダナス叔父様に会わせる顔がないです。

 リーンハルト様は巡回警備中、つまり任務の途中なので引き留める事は出来ないし非常識な行為。焦ります、どうしましょう?どうするの?しっかりしなさい、私!

 リーンハルト様が紅茶を飲み干した。これはお茶会はお終いって意味、切り良く飲み終わったので失礼します!って事だわ。

 メイドがお代わりを用意しようとしましたが、やんわりと断りました。もうこの話は終了、私達は顔見せ程度の成果しか上げる事が出来なかったわ。

 いえ、好感度に関しては全く駄目。次に会う約束も取り付けられず、向こうから声を掛けてくれる程親密にもなれなかった……想定の中でも最悪な部類だわ。

「あの、リーンハルト様。私、その……相談が有りますので少しだけ、お時間を頂けないでしょうか?」

 は?ステファニー?相談ってなに?私達、聞いてないわよ!アドリブ?抜け駆け?どっちなのよ!無い胸を強調する為に左右から腕で押しながら祈る様にする。

 ですが、リーンハルト様は胸の谷間に視線すら向けないわ。元々無いのですから、寄せて上げても虚像でしかないの巨乳にはなれないの。

 清純な見た目の武器を放棄して無い胸を無理矢理有る様に見せ掛ける、無様だわ。それ(寄せて上げる)は平均前後の脂肪が無ければ無駄なの。

 全く脂肪が無い大平原の貴女では、その行動自体が笑い話。逆に胸元スカスカなドレスの隙間が強調されて、お臍まで覗けますからっ!

「相談ですか?少しで済むのなら話は聞きますが、任務の最中故に申し訳無いが長居は出来ませんよ」

 リーンハルト様が微妙に煮え切らない態度と、内容によっては早々に帰るって意味にも取れる言葉を言いました。色仕掛け位に思われたかしら?色は無く恥ずかしい行動だけでしたが……でも私達は好感度的に±0じゃない?

 ダーダナス叔父様の親族だから気に掛ける程度の存在、ターニャ夫人に紹介されたから相手をする程度の存在。全員がポンコツ化してしまったけれど、ステファニーは何を言い出すの?

 その相談の内容は危険、詰まらない内容なら好感度がマイナスに振り切れる。貴女だけの問題じゃなくなるのに、その神妙な態度で祈る様に手を組んで……ええ?何で光るのよ?

「魔素の光?でも、ステファニー殿からは魔力を感じない。何故、魔術師でもないのに魔素を操れるんだ?」

 あら?最初に驚いた顔は年相応の可愛らしさが有りましたが、直ぐに魔術師というか研究者の顔になりましたわ。真剣な眼差し、年下とは思えない大人びた表情。

 他の方々のゴクリと息を飲む音が聞こえる。ズルい、こんなにも私達の感情を波打たせるなんて!年下の可愛さから年上の研究者の顔、彼の本性はどっちなの?見た目子供、中身は大人?

 自分の手をジッと見詰められる、ステファニーが太股をモジモジと摺り合わせ始めたけれど落ち着きなさい。それでは只の痴女ですわ!貴女は先程から、行動が痴女ですわ!

「わ、私……この意味不明の力が使えます。ただ何かを集めて留まらせるだけの、この中途半端なギフト。これは何なのでしょうか?誰にも相談出来なくて、異常なのか不安になって……その……」

 魔素?大地に溢れる万能の力の素、魔術師は特に土属性魔術師は魔素を集めて錬金すると聞いたわ。リーンハルト様は高名な土属性魔術師で、錬金術に関しては大陸一の使い手。

 その彼が驚いて真剣に考えている。恐々と、ステファニーの手に集まる光に指を伸ばして先端に触れたわ。そしてそのまま手を引けば、光の塊は引っ張られたわね。

 つまり、ステファニーの集めた魔素の制御を奪う事が出来るのかしら?光る魔素の塊をじっと見詰めて何かを考えているのかしら?真剣な表情もそそりますわ。お姉さん、興奮してます。私もステファニーの事を痴女とか言えないかも。

「この魔力石に集めた魔素を込められますか?」

 何も無い所から、暗褐色の小石を取り出した。あれがレアギフトの空間創造、収納力は倉庫一棟位有るらしいです。使い勝手の良い優れたギフト、羨ましいですわ。

「魔素を込める?この光を石にですか?多分出来ると思います……あら?石自体が光り輝き出しましたわ。赤からオレンジ、そして緑色に輝いて綺麗ですわね」

 暗褐色の小石が段々と色を変えました。綺麗、宝石とは違うけれど自ら淡く光り輝く姿には惹かれますわね。リーンハルト様は何度も同じ事を繰り返させて、十回目で終わりにしました。

 テーブルの上にはエメラルドと同じ様に緑色に輝く魔力石が並んでいます。寸分変わらぬ輝き、全く同じだと思いますが……リーンハルト様は一つ一つ手に取り丁寧に調べています。

 そして自らも暗褐色の魔力石を両手で包み込んで……指の隙間から光が漏れて、暫くして開いた掌には同じく緑色に輝く魔力石が有ります。つまり、ステファニーと同じ事をしたのかしら?

「ステファニー殿、疲労感は有りますか?」

「ステファニーと呼び捨てて下さいませ。殿とか固い呼び方は、悲しくなりますから。是非とも呼び捨てで、お願いします。疲労感は有りません、全然大丈夫ですわ」

 何故でしょう?少し嫌そうな感じが……ああ、大して仲の良くない女性を呼び捨てなど嫌なのね。でも私達にも秘密にしていた、ギフトのお陰で場を繋ぎました。

 この謎のギフトは、リーンハルト様的には何か思う所が有りそうですわね。他にも幾つか、ステファニーに質問をしています。殿付けで……ザマァですわ!

 でも真剣な表情で質問し何かを考えて、また質問を繰り返していますが何か意味が有るのでしょうか?それ程、重要な事とは思えませんが?それとも魔術師的には重要なのかしら?

 ステファニーがギフトの事を私達に言わなかったのは、役立たずの内容だから恥ずかしくて言わなかったのかも?ならば裏切り行為とは判断出来ないわね。

「ステファニー殿、この件は家族の方々も知っていますか?」

「はい。確か十歳の時に発現し教えましたが……両親は何か光る物を集める程度、灯りとして使えるかな?位の認識だと思います」

 知らなければそんなモノか?って呟いて、また考え始めてしまいました。空気的存在と化した私達、ステファニーだけが得意気なのがムカつきます!

「僕達魔術師は、魔素に自分の魔力を干渉させて色々な事象を起こします。魔力石に魔力を込める事は、魔力の有る魔術師なら誰でも出来ます。しかし魔力の無い者が行う事は不可能なのです」

「はぁ?」

 ステファニー、相談に回答してくれるのに気の抜けた返事をするのは失礼ですわ!リーンハルト様の説明を纏めますと……

 先ず魔力石に魔力を込められるのは魔力を持つ魔術師だけ。ステファニーは、この常識を覆しました。魔力が無くても魔素を操り魔力石に魔力を込められる。

 リーンハルト様ですら魔力石に魔力を込めれば疲労するのに、ステファニーは全く疲れない。魔素を魔力に変換し込めるから自分は全く疲労しない。

 魔素を魔力に変換出来るから、他から力を得るから、幾らでも魔力石に魔力を込められるのね。でもこれって、色々とマズくないかしら?ステファニーは魔術師の代用が可能とか?

「ではこれから予想される未来の話をしましょう。此処に居る全員が関係する話ですし、多分に問題を含む。他言無用でお願いします」

 真剣な表情が事の重大さを否が応でも認識させる。ステファニー、貴女の提案は私達を巻き込む大事になりましたわ。少しは反省なさい、その真剣な顔の殿方素敵!的な馬鹿面は止めて下さる?

 




本日でGW特集は終了です。次回は5/9から通常投稿に戻ります。日刊ランキング二十七位、有難う御座います。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。