古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

732 / 1000
第726話

 近衛騎士団、ダーダナス殿の屋敷に巡回途中に立ち寄った。そこに待ち構えていた淑女達は、リゼルから報告の有った側室候補の選抜メンバーなのだろう。もしかしてと思っていたが、接触してきたよ。

 有能か?って微妙な感じを受けたのが正直な所だが、ターニャ夫人が同席したので選抜メンバーで間違いは無いと思う。外見も色々なタイプを揃えていたが、色気の強い淑女は正直苦手だな。

 その中でもリーダーらしく参加者全員の様子を窺っていた、クラリス殿に他の選抜メンバーも含めた取り纏めを頼んだ。定期的なお茶会と参加者の決定権を与えたので上手くやるだろう……本当に有能ならね。

 貴族街の巡回を終えて新貴族街に向かう。此方は王都に屋敷を構えてはいるが、年金暮らしの無官無職の連中も多いので独自の私兵や警備兵を持たない者達も居る。

 いや、その方が多い。父上も新貴族男爵で聖騎士団の副団長だが、自分の屋敷に警備兵は居ないし私兵も雇ってない。男手は執事と下男位だから、本来は人手不足の此方の巡回を手厚くしなければ駄目なのだが……

 公爵五家の巡回警備の計画書は、当然の如く上級貴族の屋敷を優先している。新貴族街は良くても一日二回、朝夕の巡回程度だ。だから僕の配下達にランダムで巡回させる、今日もその巡回に同行している。

「リーンハルト様、前方に十人の武装集団。巡回警備と思われますが、予定には無い連中です」

「ふむ、歩兵か。全員が貴族らしい格好をしているが、僕も見覚えが無い連中だな。しかし若い、未だ十代だろうか?」

 アドム殿が素早く駆け寄り報告をしてくれた。確かに前方20m付近に武装集団が居る、全員が金属製の鎧兜を着込んでいるが着慣れていない感が凄い。しかも若い、多分十代後半だろう。

 装備品に統一感が無いのは寄せ集めの連中だと思うが、鎧兜のグレードが一般的な私兵や警備兵のレベルじゃない。つまり貴族の子弟達が自主的に集まった自警団か?

 自警団には貴族や平民を問わずに補助金を出している。それは援助の他に公認で有る事、巡回警備のメンバー表と日程と経路を報告させて此方で把握する為にだ。

 僕等の把握していない武装集団が貴族街を徘徊するなど問題行為なのだが、もしかして彼等は通達を知らないのか?親には通達を厳重に回している、知らない聞いてないは家の問題になるのだが……

「多分貴族の子弟が自主的に集まった自警団擬きだと思うが、自警団を組織する場合は報告の義務と補助金を出すと通達している。彼等は知らないのかもな?僕等を見て挙動不審になった、それは怪しい態度であり尋問の対象だぞ」

 立ち止まり此方を見ながら仲間内で何か会話しているが、動揺している事はバレバレだ。つまり正規の警備兵に見付かると不味いと思っている?

「我等が職務質問を行い、身元と目的を聞き出して来ます。その後で、申請させるか解散させるか判断をお願いします」

 そう言って部下を五人引き連れて、アドム殿が不審な武装集団に向かって行った。歴戦の強者に借り物みたいな鎧兜を着る連中じゃ敵わないだろう。迫力からして全く違う、あれは遊びの延長だな。

 まぁ善意で自主的に巡回警備をしているなら、正式に認定し補助金を出しても良い。だが彼等の親族はどう思うかは分からない。王都に残しているのは家の存続の為の安全対策、つまり予備なんだよ。

 参戦している当主や後継者達に何か有った場合の予備、その彼等が危険な巡回警備をするとなれば反対する可能性が高い。どう見ても荒事が苦手な感じの線の細い未成年、正直巡回警備の成果は微妙。

 逆に身の代金目的で誘拐されたりしそうで怖い。未成年だし親の同意が無いと許可も補助金も無しの方向で対応するか。彼等には嫌われるが、実家としては助かるだろう。皆を守りたい善意は尊重するが、周囲も良く見ろって事だよ。

 む?揉めているのか?いや、噛みついてるぞ。馬鹿な、アドム殿達は正式な王宮警備隊員であり公務の最中の職務質問だぞ。僕が尋問って言ったのをワンランク下げて対応したのだが……

 何処の貴族の馬鹿息子達だ?僕が同行している以上、甘い対応など出来ない。幸いだが良い鎧兜を着ているが伯爵級の高級品じゃない。子爵以下の息子達だと思うが、誰の派閥構成貴族かで問題が変わる。

 駄目だ。武器に手こそ掛けてないが反抗的な態度を崩さない、最初は怯んだのに何故強気になれる?例え公爵の縁者であったとしても許す訳にはいかない。

「そこまでだ!貴公らは誰に許可を得て武装し集団で行動している?返答次第では捕縛も辞さないと思え!」

 騎乗したまま近付いて宣告する。偽証は許さず真実を包み隠さず話すなら良し。抵抗するなら捕縛も辞さないのは本当だ。残りの王宮警備隊員が素早く周囲を取り囲む、もう徒歩では逃げられない。

 彼等の内の誰かが、僕に気付いて名前を言ったが呼び捨てとはな。つまり敵対している貴族の子弟、バニシード公爵の派閥構成貴族の子弟だな。追加で追い込む材料が出来たので良しとしよう。

 だが僕を呼び捨てた事を聞き咎めた警備隊員が抜刀した。身分上位者に対して明確な無礼行為、配下としては黙っていられないか。いや、全員が抜刀して本気の殺気を放っているぞ。

 その殺気に当てられた連中は顔面蒼白、今迄の虚勢など吹き飛んだ。アドム殿達が僕に向ける感情には崇拝に近い尊敬が含まれているから、僕を蔑ろに扱うと暴発するのか!

「貴様等っ!宮廷魔術師第二席、侯爵待遇の英雄リーンハルト様に対して呼び捨てとは何を考えている!」

「明確な不敬罪、我等王宮警備隊の前で犯すとは愚か過ぎる!死して詫びろ」

 おい、ちょっと待て!不敬罪は分かる、だが死して詫びろは行き過ぎだ。未だ理由を聞いてないし、彼等は捕縛し王宮に連行。派閥の当主と実家に連絡、処罰は事実の確認と打合せ後だ!

「ひぃ!僕はアーバレスト伯爵家の直系だぞ。ニーレンス公爵の派閥の重鎮の息子に対して、その態度はなんだ!父上に言い付けるからな」

「そ、そうだ。僕等はニーレンス公爵の派閥の構成貴族の子弟なんだぞ。公爵五家筆頭のだぞ。見逃せば父上には言い付けないから解放しろ……いえ、して下さい」

 は?この馬鹿は何と言った?アーバレスト伯爵の息子とその仲間達だと?しかも親の権力で無罪放免にしろ?馬鹿なのか?いや馬鹿だから、この言い訳か。

 アドム殿が睨み付けたからか、後半は小声になり敬語になったが大問題だ。まさか味方の派閥の構成貴族の息子達が愚かな真似を仕出かすとは……だが粋がって武装して徘徊した程度なら、未だ何とかなる。

 有耶無耶には出来ないけれど、ニーレンス公爵には配慮が必要だ。アーバレスト伯爵とその仲間達は、僕に対して敵意が有り一度チョッカイを掛けて来た。メディア嬢を巻き込んでだ。

 前回は内緒で手に入れた、ツインドラゴンの宝玉を手に入れ損なった逆恨みでだ。アーバレスト伯爵は息子の前で僕に対して不満を言い、息子が仲間達と連んで下らない悪戯を仕掛けて来たんだよ。

 派閥の当主の愛娘である、メディア嬢と僕との仲違いを仕組んだ。大した効果も無く直ぐにバレて、罰として暫くは社交界への参加を止められていた筈だ。暇だから新しい遊び感覚で馬鹿な事をしたのか?

「全員武装解除して王宮に連行。ニーレンス公爵には僕から説明し筋を通すので、誰か先触れで向かってくれ。彼等の実家にも王宮に来る様に通達しろ」

 キツいお仕置き程度で済ませるが、親達には釘を刺さねばならない。僕の言葉に顔面蒼白、数人は座り込んでしまった。その時に懐から小さくて綺麗な袋が幾つか零れ落ちた。

 アドム殿が調べたが金貨が入っていたそうだが、財布なら幾つかに小分けする必要が有るか?全員の懐を調べさせたが、同じ様な小金貨入りの袋を持っていた。

 伯爵家の息子や子爵家の息子が、新貴族街で集団で武装して徘徊する。その懐には小分けされた金貨、まさかコイツ等は?僕の考えと同じ事に、アドム殿とワーバット殿も思い至ったみたいだ。

 彼等にキツめの言葉で尋問するが、目を逸らしたり口を噤んだりしている。つまり最悪の予想が正解なのか……

「周辺の屋敷に聞き込みをするんだ。もし彼等が巡回を名目に金貨を強請っていたならば、僕の名において保護するから証言してくれと伝えてくれ」

 派閥構成貴族の下位の者達の屋敷に集(たか)りに行った可能性が高い。彼等は報復を恐れて口を閉ざすかも知れないが、僕が保護するとなれば別だ。何人かは証言してくれるだろう。

 アーバレスト伯爵とその仲間達は、ニーレンス公爵が派閥から放り出すだろう。彼等を守る理由が有るなら別だが、そんな特別な物は無い。財務系の官僚だが替えは居る、問題は何処まで責任を追求し責めるかだ。

 派閥から追放するとなれば、報復を防ぐ為にも力を削がねばならない。役職を辞させて私財の何割かを国庫に納めさせるのが最良だが、彼等も反発するだろう。そこ迄の厳罰が必要かって問題も有るな。

「ち、違う。奴等は勝手に金貨を渡して来たんだ。僕等からは寄越せなんて言ってない」

「そうです。巡回して貰い有り難う御座いますって、感謝の印だからって。金貨を強請ったりしてません」

「下級貴族の連中など、僕等が守るって言えば喜ぶだけで悪い事じゃない。問題は無い筈だ!僕等は悪くないぞ」

 親と派閥の当主の権力をチラつかせて強請ってないだと?当主不在の新貴族男爵の屋敷に伯爵や子爵の子弟が集団で武装して押し掛けて、強請ってないだと?

「王宮から応援を呼んでくれ。聞き取り調査は素早く、だが口止めは厳重に。幸いだが僕等が捕縛した所を見た者は居ないから、速やかに連行する」

 その場で馬ゴーレムと護送用の馬車を錬金して彼等を押し込む。ニーレンス公爵に早く報告し相談して対策を練らねばならない。時間が無い、急がねば……

◇◇◇◇◇◇

 現場からニーレンス公爵の屋敷迄は三十分も掛からない。幸いか分からないが、今日は出仕する日じゃないから屋敷に居るだろう。公爵クラスになれば、用が有れば呼び付けるので外出は少ない。

 先触れのお陰で挨拶はそこそこに直ぐに屋敷に迎え入れられ、最上級の応接室に案内された。待つ事数分で、ニーレンス公爵だけが現れたのは待ち構えていたのだろう。

 リザレスク様やメディア嬢は話し合いには不参加、身内にも極力秘する必要が有る。後は問題児の親が陳情にも来るから、リザレスク様はその対応か。

「リーンハルト殿、わざわざ済まぬ。先に報告に来てくれて助かる、詳細は聞いたが……何とも馬鹿な事を仕出かした、この時期にだ」

 慌ただしく向かい側に座り、愚痴を吐き出した。部屋付きのメイドが急いで紅茶を用意した後、そのまま退室したのは秘密の話し合いって意味だ。少し話してしまったが……

 勿論だが魔法による防諜対策は確認済みだ。先触れで向かった者から簡単な事情説明はしたのだろう。その慌て振りは、下手をすれば王命である治安維持を妨害した事になるからだ。

 正直な所、上級貴族が下級貴族に無理難題を押し付けるのは良く有る、金貨を強請っても普通なら未だ何とかなった。問題行動ではあるが、内々で処理出来る程度だ。

 だが今回は王命による治安維持を乱し、僕が直接率いる王宮警備隊の任務を妨害した。貴族街と新貴族街の巡回は、僕がアウレール王に相談をして勅命として公爵五家に指示した事だ。

 この計画は王都の警備責任者である僕が主導して動かしている。その任務を妨害し、あまつさえ守るべき者達から搾取した。これが最大の焦点となるだろう。

 アウレール王の勅命を無視した行動、未成年だからと甘い対処は出来ない。しかも僕が同行して現場も見ているし、呼び捨てという不敬まで働いた。

「王命の妨害行動だけでも問題です。しかも公務中の王宮警備隊に噛み付いて反抗的な態度を取っています。彼等はアウレール王の勅命により選抜された者達、任務に命を懸けている。それを権力を傘に見逃せと言った、それは彼等にとっては愚弄以外のなにものでもないのです」

 下級貴族からの強請り集りよりも問題だと言うのには思う所が有るが、現実的な問題点は国王の意に沿わない行動をした事だ。

 戦時下で不安となる残された家族の安否の為の巡回、それを己の欲望の為に利用した。未成年だからと許される事ではないし、許せば許したで問題だ。

 子供の仕出かした事だが保護者として親が責任を取る必要が有る。これを有耶無耶にする事は出来ない、問題は処罰の程度だな。

「ああ、先触れの者達から聞いた。アーバレストの馬鹿息子が、リーンハルト殿の事を愚弄したそうだな。リーンハルト殿が止めなければ、その場で叩き切っていたと彼は言っていたよ」

 あーうん、僕に対する不敬には目を瞑るか問題にしない予定だったんだ。でも先触れの者が、ニーレンス公爵にまで言ってしまったか。

 彼等にとっては許されざる暴挙、我慢出来ない事だったんだな。普通、公爵本人に直接は言わないぞ。後から僕が正式に報告に来るのだから、簡潔な内容と出迎えの対応を急かすだけだ。

 それは自分も身分上位者に私的な感情論をぶつける事になり、不敬と取られても仕方が無い行為。伝令は私情を挟まず正確に伝える事が仕事なのだから……

「その、何て言って良いのやら」

「いらぬ迷惑を掛けた。俺の派閥の連中が、まさかの愚かな行動をしてしまった。これは厳重に対処せざるを得ないな」

 一瞬見つめ合ってから、お互い盛大に溜め息を吐く。立場上、僕は警備責任者として、ニーレンス公爵は派閥の当主として対応するしかないからだ。

 それが仕事で責任とはいえ、配慮し合うお互いが苦労を背負う事になるとは笑えない。本当に笑えない。ニーレンス公爵には被害が最小限なる様に調整するしかない。

 しかし馬鹿な連中が増えた。バーリンゲン王国の事を笑えない、自国の貴族の質を確認し高める必要性をヒシヒシと感じる。先ずは戦争に勝ってからだが……

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。