古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第727話

 アーバレスト伯爵の息子達が徒党を組んで、新貴族街の下級貴族達から金貨を巻き上げていた。名目は巡回警備の謝礼として、だが貴族街の巡回警備は王命として僕が主導している。

 聖騎士団と王宮警備隊から選抜した隊員達の他に、公爵五家にも勅命を出して貰い協力させた経緯が有る。自警団は申請が必要と厳命していたが、彼等は勝手に徒党を組んだ。

 改めて考えると、アーバレスト伯爵の息子は父親とニーレンス公爵の面子に泥を塗り捲ったな。粋がって武装して巡回するだけなら、若気の至りと正義感からで何とかなった。

 だが立場の弱い下級貴族達から金貨を集(たか)ったとなれば別問題。アーバレスト伯爵とその仲間達は金に汚かったが、息子達も同じだとは呆れる。親に似たって事だが……

「どうしますか?」

 僕には警備責任者として彼等の処罰を決める権限は有るが、ニーレンス公爵の判断を優先する。この様子では、余りに軽い処罰はない。ある程度、周囲を納得させられれば良い。

 派閥の問題は、それこそニーレンス公爵の考えで行って貰い、僕は口を挟まない。アーバレスト伯爵とその仲間達は、派閥から追い出されるだろう。だが移籍先は厳しい、バセット公爵が有力か?

 または無所属で暫く様子を見るか?だが公爵五家筆頭殿に目を付けられていては、相当な制限が掛かる。社交界からも遠ざかる、必然的に衰退するな。苦々しい顔を見て思う、身内の馬鹿はダメージが胃にクるんだよ。

「どうもこうも有るまい。アーバレスト伯爵とその仲間達は、俺の派閥から叩き出す。財務官吏の職も辞させるし、私財の半分を国庫に納めさせる。俺も金貨百万枚を納める、それで手打ちにして欲しいのだ」

 想像以上の覚悟に驚く。自らも金貨百万枚を国庫に納めると言った、公爵家の財力は半端ないのは知っている。それでも金貨百万枚は巨額であり、相応のダメージだろう。

 そして僕に向かって手打ちにして欲しいと言って軽く頭を下げたのは、侮辱した事の詫びと武官達への釈明だな。僕がニーレンス公爵から正式に詫びを貰ったので隔意は無い、そう言わないと彼等から反発されると思ったな。

「親の責任として、アーバレスト伯爵達への対応は過剰な位でしょう。僕への不敬も不問にしますが、当事者達はどうしますか?親達の判断に任せるには、少々悪戯が過ぎたでしょう」

「むぅ?」

 暗に息子達が馬鹿をやったのは、親が甘いか教育が行き届いてないかのどちらかでは?そう意見してみたが、未成年だし処罰も微妙なんだよな。

 親が詫びれば事は収まるが、当事者への追求はしない。それは家の問題で周囲から口を挟むのは控える行為、だが甘やかし過ぎる親が処罰をするか?

 前回も僕と、メディア嬢の仲違いをジゼル嬢を巻き込んで企み失敗した前科持ちなのだが、その処罰は暫く社交界への出入り禁止だけで軽く済まされていた。

 今思えば甘過ぎる、謹慎程度じゃ本人達も反省などしない。喉元過ぎれば熱さもってヤツだな……彼等にとっては親に叱られた程度、周囲への影響など考えも及ばないのだろう。

 ユリエル殿とは違うベクトルの親馬鹿の可能性が高く、下手をすれば口頭で叱って終わりも有り得そうで怖い。それが未来を担う若手となれば、苦々しく思う。

 エムデン王国の危機とは外敵じゃなくて人材の質の低下じゃないだろうか?国力が豊かでも、それを扱う者達が愚か者だと何れ衰退する。

「そうだな、勘当が妥当だが後継者も混じっている。廃嫡させるのが順当だが、アーバレストは子煩悩だし反発するだろう。だが王命を蔑ろにしたのだ、未成年でも相応の処罰をせねば周囲は納得するまいな」

 あーうん、予想以上に怒ってる。握り締めた拳がプルプルしてるのは、前回の件で注意したのに全く反省してないからだな。二度目ともなれば、怒りも二倍だろうか?

 派閥の当主として、言う事を聞かないのは舐められていると思ったみたいだ。これは個人的感情も入るから厳しくなる、哀れな者達に同情だけはしてやるよ……

「それが追放する連中でも、元派閥の当主の責任をとか言い出す馬鹿も居ますからね。僕からも報告書を纏めて上申しておきます」

「済まぬな、迷惑を掛ける。思えば前回の時に、メディアの言う通りに強く処罰する様にするべきだった。未成年だからと甘やかしてしまったのは、自分の責任でも有る。良い経験になった、次で活かす事にする」

 そうですね!とも言えないが、これで一応の解決だ。後は、ニーレンス公爵が全て上手くやるだろう。公爵五家筆頭殿の本気は、アーバレスト伯爵程度では拒否出来ない。下手をすれば敵視されて御家断絶一家離散だから……

 僕が援護射撃じゃないが、報告書として纏めて上申すれば完璧だな。アウレール王には直接報告すれば尚良い、国庫も潤うし、程度の低い貴族も早めに排除出来る。

 これで終わりと思ったが、そうは簡単には終わらなかった。アーバレスト伯爵の次女の、ハリシュ嬢が嘆願に来た。しかも僕が居る事も知っていて面会を申し込んで来た。

 身分上位者の屋敷に先触れ無しで訪問し来客に会わせろとは凄く礼を欠いた行動だが、派閥から放り出されると予測して次女を送り込んだのなら……それなりに評価はしてあげますよ。

◇◇◇◇◇◇

 ニーレンス公爵は僕が会う必要は無いと言ってくれたが、屋敷の前で陣取っているから接触回避は無理だ。警備兵に無理矢理引き離して貰う事も可能だが、僕の評価が下がる。

 身分上位者である、ニーレンス公爵の手を煩わせたとか言い掛かりにしても全く非が無い訳じゃないから余計に困る。しかも相手は伯爵令嬢だ、無下には扱えない。

 ハリシュ嬢の評価は時勢を読み親に相談する程度には分別が有り賢いと聞いていたが、アーバレスト伯爵が使者として向かわせる程度には頼られているみたいだな。

 今回は僕と、ニーレンス公爵の居る応接室に呼ぶという体裁にする。公爵本人や侯爵待遇の僕が、伯爵令嬢の為に応接室に向かうとかは身分差的に駄目なんだ。

「ニーレンス公爵様、リーンハルト伯爵様。非常識な私の願いを聞き入れて頂き、誠に有り難う御座います」

 執事が入室の許可を求めて、ニーレンス公爵が応じた。控え目な態度で入って来た、ハリシュ嬢は噂通りの美人だな。トロイヤ殿が口説いていたのも納得はするが理解は出来ない。この令嬢はビーストティマーか、それに類する能力が有るらしいが……

 詫びの後に深々と頭を下げて動かない。ニーレンス公爵が言葉を掛けなければ、頭を上げないだろう。だが幾ら詫びても対処は変わらない、もう処罰は決定してしまった。

 ニーレンス公爵の派閥から放逐、財務官吏の職も解かれ財産の半分は没収。そして息子も廃嫡が決まっているので、覆すのは殆ど不可能だ。まぁ資産家だし無駄使いしなければ暮らしていけるだろう。

「少々、礼がなってないな。ハリシュよ、俺は今回の件で面子を潰された。この愚行の罰は、アーバレスト伯爵家に受けて貰うぞ」

「それは……はい、私の弟も反省しております。何卒、別格の御配慮をお願い致します」

 ニーレンス公爵が突き放したが食らい付いてきた。でも王宮に拘束された弟殿が反省しているかなど分からない、全く反省してない可能性の方が高い。

 取り返しのつかない事をしてしまったが、未だ何とかなると思っていそうだ。なまじ親に金と権力が有ると、自分の能力以上に自尊心が肥大化する。

 我が愛すべき愚弟、インゴの件で学んだ。アーバレスト伯爵の息子も同じだと思うし、なってしまった原因は本人よりも家族に有る。貴族としての心得を教育出来なかったんだ。

「無理だな。俺も派閥の当主の責任として、金貨百万枚を国庫に納める。お前達は財務官吏の職を解いて私財の半分を国庫に納めて貰う。当事者は廃嫡、これは決定事項だ!」

 ドン!と握り拳で机を叩いた。その音に驚いたのだろう、下げていた頭を上げたが表情は驚愕だな。公爵五家筆頭を怒らせた事の大きさを今更ながら気付いたのだろう。

 縋る様に僕を見たが、基本的に僕の事が嫌いで色々やってくれたのに何故助けてくれって思えるんだ?一番被害を受けたのは、ニーレンス公爵だが僕も相応に迷惑を掛けられている。

 誠実で慈悲深く優しいとか噂を信じてる?その相手が気に入らないと色々と工作してくれたんだ、助力など期待する方が図々しいぞ。無理、諦めてくれ。

 でも何か白々しいと言うか芝居がかっていると言うか、こう言われたらこうしようとか無理しているみたいな。短い時間で想定問答でもしたのか?

「リーンハルト様からも、ニーレンス公爵様に何とか執り成しをお願い出来ませんでしょうか?何でも致します、ですから……」

 んー媚びる訳でもなく縋ると言いながらも言葉の内容の割に真剣さが伝わらない。仮にも弟殿の進退が決まるのだが、既に無理と理解して諦めている?

 両目に涙は溜めているし悲しんではいる?だが、セシリアが一人前の淑女は最大の武器である涙を自在に操れる。いや操れてこそ、一人前の淑女だと言ってたな。

 実際に彼女は両目や左右のどちらでも指定の方で涙を流した。コツは思い出し泣きらしく、悲しい思い出や想像のシチュエーションを用意しておくとか……

「無理です。他の派閥の問題で、当主の決定に異を唱える事など出来る筈が無い。アーバレスト伯爵家は僕に対して色々と仕掛けてくれたのだが、それでも助力しろと?敵対したとして対処しないだけ感謝して欲しいですね」

 感情に訴える相手のペースに乗せられず話を遮り一方的に要求を突き付ける。それが最近学んだ事なので実践してみたが、効果は有ったみたいだ。

 驚いた顔で僕を見たが……もしかして噂だと優しいから何かしても謝れば何とかなる的に考えていたのか?いたら馬鹿だ、そんな甘ちゃんが魑魅魍魎溢れる王宮で生き延びられるか?

 なる程な、僕は弟殿達に舐められていた訳だ。敵兵を五千人以上殺しているのに、味方だから同郷だから何をしても許して貰えると考えたなら……未来は無い、衰退し消えて無くなるだろう。

「弟は未だ子供なのです。それを寄って集って断罪するなど酷過ぎますわ……うっ、うう……」

 下を向いて小刻みに震えている。膝の上に揃えて置いた手に涙が零れる。感情に訴えられると、理解はしているが嫌なモノだな。

 僕とニーレンス公爵は、未だ若い未婚の淑女を泣かせてしまった訳だが下手に同情心を起こして手を差し伸べる訳にはいかない。

 横目で見た、ニーレンス公爵の瞳は冷たい。彼にとっては、この程度の陳情など心を動かす程でも無いのだろう。または怒りが同情心に勝っているとか?それは無いな、同情で判断を誤る者は人の上には立てない。

「貴族とは例え未成年であっても守らねばならぬ事が有り、それを教えるのが家族の義務です。彼等は弱き者達から搾取した、許されざる事です。

でも一番の罪は王命に逆らった事、公爵五家に治安維持を勅命を発して施行させた事を妨害した。ニーレンス公爵の温情に感謝しなさい、僕ならそんなに甘い対応はしないよ」

 その言葉に、ニーレンス公爵が驚いて僕をマジマジと見詰めて来たが何か変ですか?ハリシュ嬢も口を開けたまま固まったが、そんなに変だったか?

 僕は敵対した相手に向ける慈悲など欠片も無く、元宮廷魔術師第二席のマグネグロ殿を惨殺し敵兵を五千人以上殺しているんだぞ。何を誤解している?

 ハリシュ嬢が漸く硬直が解けて活動を再開したが、妙にサバサバした表情に変わった。む、女性の二面性を見せられているのか?この淑女も噂通りじゃない?やはり何かを演じていたのか?

「ふふふ、生意気な弟は廃嫡。アーバレスト伯爵家を継ぐのは、私の可愛い弟の方。私はやれるだけの事はしましたわ。怖い殿方二人に情に訴えて縋ったのに跳ね除けられたのですから……」

 ああ、女性って強かだよな。ハリシュ嬢も一人前の淑女で腹黒い系か……アーバレスト伯爵家も彼女が弟殿を支えれば何とかなりそうだ。有能な婿を取り次期当主を支える、可能性としては高いか。

「ニーレンス公爵、アーバレスト伯爵には息子は何人居るのですか?」

 あの問題を起こした方の弟殿は最初から姉に見放されていたんだ。それなら微妙な違和感も納得だ、陳情は義務程度で成功など望んでいなかった。

 やれる事はしたから、アーバレスト伯爵に無理でしたと報告するのだろうが責任は問われない。中々に強かな女性だ、他に愛情を注ぐ弟殿が居た訳だ。

 父親と姉がそれぞれ違う弟を可愛がる。問題はもう一人の方が有能か無能かだが、ハリシュ嬢の感じだと出来は良さそうだな。問題児は有能であっても、何度も問題を起こしたら駄目だ。

「問題を起こしたのが長男のプレリッド、出来が良いと噂の三男がレジリッド。ハリシュと同腹、側室の子だ。次男は妾の子だから、相続順が低い」

「プレリッド殿は本妻との息子で長男、レジリッド殿とハリシュ嬢は同腹の姉弟。なる程、分かり易いですね」

 腹違いの弟より同腹の弟の方が可愛いのも理解出来る。本妻と側室の子供達の葛藤は、何処の家でも同じだな。僕も我が子には同等の愛を注ぐように気を付けねば駄目だ。

「プレリッドは後継者として、他の兄弟姉妹に対して我が儘放題に行動していました。御父様も甘やかし過ぎてしまい、目の届かない所では手の付けられない問題ばかり……御父様も我が家の衰退を引き起こした責任を取らせるとなれば、厳しい対処をするしかない。プレリッドは廃嫡、清々しましたわ」

 ああ、嘘泣きだったな。だが僕やニーレンス公爵に敵意は無さそうだから、代が変われば問題も少なくなるだろう。まぁ中央から追放される連中だし、油断さえしなければ大丈夫だな。

「肉親の問題児はね、確かに大変だ。僕も腹違いの弟を処罰したから分かる。アーバレスト伯爵は王宮に呼び付けているから、廃嫡の件は念押ししておくよ」

「有り難う御座います。今回の件で、我がアーバレスト伯爵家は中央から遠ざかります。ですが領地で善政を敷いて再起の機会を待ちますわ。では、ニーレンス公爵様、リーンハルト伯爵様。もうお会いする事も無いと思いますが、有り難う御座いました」

 そう言って深々と頭を下げて退室して行った。アーバレスト伯爵家は次代の者には期待が出来そうだし、現当主に注意を払っておけば無用に敵対しなくて良さそうだな。

 


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