古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第728話

 ハリシュ嬢の陳情は義務以外の何物でもなく、愛する同腹の弟殿を後継者に推す為の通過儀礼みたいなモノだった。問題児は本妻の息子で、アーバレスト伯爵も可愛がっている。

 後継者として望まれながら増長し色々な問題を引き起こしたが、父親が揉み消して無かった事にした。だから反省もせずに馬鹿な事を繰り返す。本当に馬鹿だ、王命を汚したんだぞ。

 未成年とはいえ場合によっては極刑も有り得た。流石に今回は派閥の当主である、ニーレンス公爵にも被害が及ぶ愚行。故に拘束し関係者を王宮に呼び寄せ、ニーレンス公爵に先に報告と相談をして判断を仰いだ。

 結果は本人は廃嫡、父親は財務官吏の職を失い私財の半分を国庫に納め更に派閥からの追放。重たい措置だが、処刑や鞭打ち等の肉体的な刑罰迄にはならないと思う。その代わりにって事だろう。

 十分に温情の範囲だが未だ決定ではない。本人に通達する前に王宮内での根回しが必要、ニーレンス公爵と急いで王宮に向かう。外野(政敵)から口を挟まれない内に処理をする。

 まぁ王宮内での根回しは、ニーレンス公爵の得意とする分野だから大丈夫。そして僕への詫びとして、ラビエル子爵を新しい財務官吏として推薦してくれる事になった。僕の派閥構成貴族から、財務官吏が生まれる。

 これは大きな意味が有る。自分の派閥構成貴族が財務系の役職に食い込めたので今後の方針に干渉出来る。勿論一人だから影響は少ないが、情報はリアルタイムで貰える。武闘派の派閥構成貴族が、財務系の役職に就けるなど普通なら有り得ない。相反するものだから……

 ニーレンス公爵は僕との関係の悪化を怖れた。いや、僕との関係は悪化しないが周囲の武闘派、両騎士団との関係悪化を怖れ、目に見える詫びとして財務系のポストを一席渡した。そういう事だろう。

 ラビエル子爵は有能なのは確認している。既に自分の領地の掌握を済ませて改革の準備を進めている。何れは僕の領地の代官達の総括として働いて貰う予定だが、官職を得たとなると時間の余裕が無くなるかな?

 まぁミズーリ嬢や他の子供達も有能だから、何とかなるだろう。彼は武闘派の派閥から財務派の派閥への派遣として、間を繋ぐ役割を担って貰う事になる。

 大変だから手当てを増やそうかな。それに元々は武闘派じゃなく官吏系だから、本人も喜ぶだろう。僕の所属する派閥構成貴族は脳筋ばかりだし、本人も肩身が狭かった筈だし。

 だから丁度良かったかな。ニーレンス公爵に感謝し、両騎士団にも遺恨は無いと説明しておこう。男気溢れる彼等だと、僕に気遣い内緒で行動を起こしそうで怖いから……

◇◇◇◇◇◇

 ニーレンス公爵と王宮に戻った、大した距離じゃないから直ぐに戻れて良かった。だが侍女達の一部は巡回警備の予定を変更して帰って来た事を不思議に思ったのだろう。

 今回の件は早めに処理して先に公表しないと不味いな。余計な憶測や此方の不手際だと騒ぐ連中の口を封じる為にも、無駄な時間は無いだろう。

 既にアーバレスト伯爵とその仲間達も集まっているので、大会議室に押し込めて監視している。彼等と会う前に根回しが必要、逆に彼等には小細工させない為に早々に呼び付けて身柄を拘禁した。

 アーバレスト伯爵は、ハリシュ嬢を差し向けて譲歩を引き出そうとしたが駄目だった。ハリシュ嬢自身が、腹違いの弟殿を疎んでいては交渉に力など入らない。

 結果的に厳罰の結果を父親に伝える事になったが中々の腹黒い系淑女だったので、アーバレスト伯爵が引退し出来の良い弟殿が跡目を継げば復帰も有り得るかな。

 それ迄には十年近く掛かるだろう、馬鹿な報復などせずに大人しく生き延びればだが無理かな……流石は公爵五家筆頭、当日でも国王に謁見が叶うとか凄いと言う言葉しか出ない。

 僕が執務室で略式の報告書を書き上げている間に、全て段取りした。僕みたいに予定の合間に差し込むのではなく、他をキャンセルさせて時間を作らせるとか……

 まぁそのキャンセルした時間は内務系の仕事絡みなので、ニーレンス公爵が何とかするのだろう。先に僕の報告書の内容を確認する時間を待ってから、僕等は謁見室に向かう。

 暫く待っていると、アウレール王がサリアリス様を伴ってやってきた。表情からして機嫌は悪そうだ……あれ?サリアリス様は楽しそうな?

 もしかして、ニーレンス公爵が叱責されるのが楽しみとか?いや偏屈老女と言われているが、そんな悪趣味では無い。なら何故楽しそうなんだろう?

「ニーレンス、派閥の馬鹿を押さえ切れぬとはな。子供だからと甘く許したツケは高くついたぞ」

 開口一番叱責だった、荒々しく椅子に座る。確かに処罰は決めて報告したが、アウレール王的には一言何か言わねば納得しない?いや、最大派閥の当主に釘を刺したのか?

 重用する臣下でも勢力が強まれば、アウレール王とて無視は出来ない。故に適当に散財させたり労力を提供させたりしている。前回のクリストハルト侯爵領の灌漑事業みたいにね。

 今は僕と公爵三家が連携しているので余計に不安要素が大きいのかな?武力(魔法)のみの僕と違い、ニーレンス公爵は多岐にわたり影響力が有るからな。長年公爵五家の頂点に君臨しているのだから……

「申し訳なく思っております。リーンハルト卿とも事前に協議しましたが、報告書の通りに対応させて頂きたいのです」

「王都の守りを任され、勅命を頂いておりながら、貴族街の治安を乱してしまい本当に申し訳なく思います」

 ニーレンス公爵に合わせて謝罪し頭を下げる。僕は関係有りませんは通用しない。一瞬だが、サリアリス様が顔をしかめたのが見えた。

 不出来な弟子で申し訳ないです。反発する芽を早めに潰せず放置したツケが降り被ってきたのです。メディア嬢とジゼル嬢に丸投げした責任は負います。

 派手に動いた僕に反発した連中が仕出かした事に、全くの無関係無責任は無理です。今後に生かす勉強代として謹んで受けます。

「いや、リーンハルト卿には何も責任などは無い。今回の件は我が派閥構成貴族の問題であり、見付け出し捕縛して貰えた事には感謝しかない。二度目だ、最初でキツく処罰すれば防げたのだ」

「いえ、治安維持は僕の責任であり、貴族街の巡回警備の発案者で責任者の僕に非が無いは通用しないでしょう。今後の事も含めて教訓とし生かします」

 僕の謝罪に即座にフォローと言うか責任は無いと言ってくれたが、あの連中の反発相手は僕だから無関係とは言えないんだ。色々やらかしたし、協力関係の派閥だが向こうは完全に敵対していた。

 だがアーバレスト伯爵はツインドラゴンの宝玉を横領した件は言えない。これが発覚すれば、更なる厳罰になる。セラス王女に騙して売りつけたとか最悪だよ。下手をすれば斬首も有り得る不敬……

 ニーレンス公爵と僕を交互に何度も見た後で、深々と溜め息を吐かれた。それこそ肺の中の空気を全て絞り出すみたいに深々と、何故です?呆れられた?

 いや出来レースじゃないです。本当に反省していますが、問題児は問題児だし前回処罰しても懲りずに馬鹿をやったと思うけどね。中央から遠ざけられれば、今は御の字か。後は親の躾の問題ですから。

「アウレール王よ。未成年とは言え馬鹿な事を仕出かしたが、末端の連中じゃしな。監督責任だけしかない二人を責めても仕方あるまい。馬鹿は処分する、それで手打ちじゃよ」

「まぁな。アーバレストと仲間達は、馬鹿息子共々厳罰が必要だな。子供の仕出かした責任は、保護者である親に有る。未成年のくせに戦時下に、徒党を組んで強請り集りなど言語道断だ。貴族街の治安を乱すなど、馬鹿としか判断出来ないな。下手な同情心など入り込む余地は無いし、命が有るだけマシだな」

 ヤレヤレ的に言ったが、やはり馬鹿をしたが未成年を処刑する可能性も有ったのか?だからニーレンス公爵は金銭的な補償を大幅に申告して相殺にしたのか?

 フォローしてくれた、サリアリス様に深々と頭を下げる。流石に馬鹿息子だが処刑してしまっては子煩悩の、アーバレスト伯爵達の行動が予測出来なくなる。無駄に追い詰めるのは下策、代替わりを待つのが良いと思う。

 ハリシュ嬢の言葉を信じれば他に有能な弟殿が居るし、腹黒い淑女の姉がフォローすれば一時的に勢力を減じても巻き返せる筈だ。これで取り敢えずは安心だろうか?

「彼等が脅迫した者達の捜索は進めております。アフターケアも、ニーレンス公爵が問題無く行います。不満と不安は最小限で抑えます」

「勿論です。我が派閥の不始末は、当主の責任として対応します。ですがエムデン王国の英雄殿が自分の名に賭けて保護すると言ってくれたので、彼等に不満は有れども不安は無いでしょう」

 ニーレンス公爵が僕を持ち上げてくれた事に感謝し視線を送り軽く頭を下げる。これで今回の件も何とかなる、後は彼等に引導を渡すだけ。

 それは派閥の当主の仕事であり僕は同席しない方が良い。反発している僕の前で叱責され派閥を追い出されるのは嫌だろう。貴族の面子を甘くみては駄目だから……

 それに逆恨みされても困る。国王に報告済みの結果だから覆る事も無い、逆らうのは国家反逆と同じ。諦めて大人しくして下さい。ニーレンス公爵への配慮が無くなったのなら、次に手を出してくれば遠慮無く潰す。

「同じ未成年でも差が激し過ぎじゃな。後進の教育、疎かには出来ぬ。今後の課題じゃな……それはそれとして、リーンハルトや」

「はい、サリアリス様」

 何だろう?サリアリス様が凄く含みの有る感じの笑顔を浮かべるので不安になる。これは良くない感じなのだが?安心した後にコレは酷くないですか?

 不機嫌だった、アウレール王もニヤニヤとした嫌な笑みを浮かべているけど何かしたかな?真剣に考えるけど、全く思い当たる節がないですよ。

 サリアリス様とアウレール王が視線を合わせた後に、二人してニタリと笑った。なんだ?ニーレンス公爵も不思議な顔をしているし、予想外な事だよな。からかわれるネタって有ったかな?

「リーンハルトや、近衛騎士団から選抜された側室予備軍を本妻殿の下部組織として傘下に加えたらしいの。流石は儂が認めた男よの、予想外だったが良い手だと思うぞ。不足している政務をこなせる淑女達じゃしな」

 え?そんな話だったっけ?僕の婚約者に集団で迷惑をかけるな!じゃなかったかな?思わぬ言葉に表情筋が固まる。凄く変な顔をしてるだろう。

 ニーレンス公爵が吹き出して咳き込んだ後に何かブツブツと言い出したが小声なので聞こえない。聞こえないが、良くない類の単語が聞き取れる。混乱状態?いや、まさかな。

 しかし不味い、不味い話の流れだ。こんな事を勘違いなのに事実として、ザスキア公爵やリゼルに受け取られたら?折檻じゃ済まないぞ!あの二人の事だ、想像以上の対応をしてくる。

 所謂アレだ、キツいお仕置きだよな。

「男共の不甲斐なさは今後の課題として鍛え上げるが、淑女達は粒揃いだ。それを独り占めか……ダーダナス子爵夫人から報告が上がっているぞ。クラリスを頭に据えて統括させるとか、お前の行動には何時も驚かされるぞ」

「まぁ側室話は成人して本妻殿と結婚する迄は保留だが、予行練習として仕切らせて仕事を手伝わせる事は良いだろう。戦後は内政重視となる、お前の負担が減るなら文句は言うまい」

 え?クラリス嬢達と初めて会ったのは今日の話だけど、何で曲解されて国王にまで報告されてるの?ターニャ夫人、何してくれたの?

 ニーレンス公爵?誤解ですから!その近衛騎士団を丸ごと親族として取り込んだな的な誤解は止めて下さい!我が愛娘、メディアも加えろとか混乱し過ぎです!

 アウレール王が公認しちゃったよ。上級貴族の婚姻には貴族院の承諾が必要なのに、国王公認じゃ審議不要って事だよ。やられた、あの腹黒淑女の群れめ。やってくれたな!

「違います!誤解ですから、側室予備軍とか全くの誤解です。僕は……」

「まぁ待て。お前にハーレム願望が有るとか勘違いはしていない。これで他国からの婚姻外交も断れるな。流石に英雄色を好むでも、予約が十人以上居れば話を進めるのは礼を欠くからな。

まぁ上手く御せよ、勘違いさせて痴情の縺れで刺されたとかは笑えないからな。これは女絡みの悪さじゃないぞ。だが煩い周辺諸国を黙らせるには良い理由だな」

 アッハッハ!って笑いながら近付いて来て、肩をバンバンと叩かれたが痛いです。物理的な肩の痛みと精神的ストレスによる胃の痛みがシクシクと……

 もしかしなくても僕に対する女性絡みの対応をしてくれたが、そろそろキツいから断れる理由を用意しろって事なのか?

 側室予備軍とは言えジゼル嬢と結婚する迄は話は保留、結婚して本妻を娶れば落ち着くからな。最悪保留から有耶無耶にして雇用に変更?いや、流石に無理か?

「よいよい、あの娘等ならば邪魔にはなるまい。何人かは側室にして残りは家臣団として組み込めば、少しは楽になるじゃろうよ。他国からの側室よりも安心じゃし、儂も認める連中だぞ」

 もう駄目だ。周辺諸国からの婚姻外交を断る手段としてなら大人しく従うしかない。つまり僕との婚姻外交の要求が、思った以上に厳しいのかも知れない。

 だから曖昧な情報を曲解して、この場で話したのだろう。アウレール王も頑張って断ってくれたが、実は限界だったのだろうか?最初から無理が有る約束だし、反故にしたとかじゃないな。

 無言で頭を下げる。裏事情まで教えてくれたならば、感情的に断るのは愚策だ。ジゼル嬢と結婚後に好きにしろと言ってくれたし、最悪全員家臣団でも良いんだよな?良いんですよね?

 


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