古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第733話

 後宮警護隊とドレスアーマーの仕様について会議を開いた。基本となるデザインと性能については、事前に書面で渡していたので特に問題無く了承を貰えた。

 彼女達も会議の前に検討を重ね特に問題が無く今回の会議に臨んだのだろう。だがライリーヌ殿が予定外の要望を言い、リッツ殿が諫めた。

 その諫め方が問題で、年齢を理由に年甲斐も無くと言われては、ライリーヌ殿も反発するだろう。彼女は三十代前半で、リッツ殿は二十代半ば。

 そして姉妹でもある。年上のライリーヌ殿が側室の娘で、年下のリッツ殿が本妻の娘。家庭の上下関係を職場に持ち込むなよな。

 打合せ外の提案をしたライリーヌ殿よりも、本来なら諫めたリッツ殿の方に正当性が有るのだが……心情的には、ライリーヌ殿寄りかな。リッツ殿は感情的に責め過ぎる。

 チェナーゼ殿が一喝し場を納め、僕が階級章とエンブレムを提案して丸く収まった。次回は今回みたいな事にはならないようにするだろう。だが一件落着とは言えない問題が有る。

 何故なら思案顔の、チェナーゼ殿に話が有ると呼び止められたから……

◇◇◇◇◇◇

 ダンスホールは侍女達が会場の片付けを始めたが、広いので隅を借りて話を聞く事にする。侍女達も気を使って離れた場所から片付け始めた。

 一応個室を避けたのは、僕が後宮警護隊の隊長と二人切りの密談をするのは不味いと思ったから。隊員達の前では話せない内容とか、色々と想像が膨らむから。

 後は少し話がしたいって事だから、そんなに長引かないと言う判断だ。僕の執務室だと公爵四家に直ぐ情報が伝わるから、避けた意味も有る。

 まぁ侍女達も、さり気なく此方を窺ってはいるが……

「その、私達の隊の中の問題に巻き込む形になってしまい済まなかった」

「気にしてませんよ。大した事じゃないし、階級章もエンブレムもそれ程手間は掛かりませんから。そんなに気にしないで下さい」

 チェナーゼ殿が頭を下げて謝罪してくれたが、直ぐに気にしていないと伝えて頭を上げさせる。後宮警護隊の隊長はエリート中のエリート、後宮での警備の責任者でもある。

 気安く頭を下げては駄目だ。侍女達しかいないが、それでも情報が広まれば彼女が僕に借りが有ると伝わる。それは双方にとっても余り良くはない。

 または後宮警護隊の隊長に頭を下げさせたとか、見方を変えれば色々と責めるネタにはなる。大したダメージじゃないが、わざわざ政敵にネタを提供する必要もない。

 彼女達にドレスアーマーを提供する事は僕にとっても大きな意味を持つ。百人分、数が多いので値引きもして一セット金貨二万枚。結構な収入だしメンテナンスでも継続的に収入は発生する。

 それが百人で金貨二百万枚、一財産だぞ。それに両騎士団と後宮警護隊の装備を一手に引き受ける事が、彼等彼女等に強い影響力を持つ事と同義だ。

 あからさまじゃないが、彼等彼女等は僕に対して日常から優遇してくれるだろう。その意味は大きい、軍事部門の中枢に位置しているのだから……

 勿論だが戦争関連では常に最前線で戦うつもりだ。権力と恩恵には義務と対価が有り、それを疎かには出来ない。すれば簡単に彼等彼女等は僕から離れるだろう。

「その、リッツを責めないでくれ。彼女は意中の相手を姉である、ライリーヌに奪われた形になっているんだ」

「は?何ですか、それって例の……」

 チェナーゼ殿の話を纏めると、ライリーヌ殿は後宮警護隊の中で最初に年下の美少年と結婚したそうだ。ザスキア公爵の唱えた『新しい世界』の信奉者にして実践者。

 その相手は十六歳で、最初はリッツ殿が見初めて仲を発展させて漸く実家に遊びに来てくれる迄、仲が進展していたらしい。未だ婚約の話は出ていなかったが、リッツ殿はそれを望んでいた。

 姉妹だから実家は同じ。偶々遊びに来た美少年殿を見てしまった姉は、妹の意中の相手を気に入ってしまった。後は攻めの一手、押して押して押して婚約から結婚へ。

 それは見事な手腕だったそうだ。双方の両親を説得し、相手の美少年殿を籠絡。手を出された即日に婚約、貴族院への根回しも完璧。妹が気付いた時には手遅れだったそうだ。

 完全な略奪愛だな。それを血の繋がった妹からするのか?業が深いな『新しい世界』の信奉者は……

 チェナーゼ殿はライリーヌ殿よりも年下だが隊長になれたのは、単純に武力が高かったから。実務や調整能力は、ライリーヌ殿の方が高いそうだ。

 後宮警護隊の運用には欠かせない才媛、だからこそ引退を先延ばしにされて婚期を逃し本人も諦めていたのだが……ザスキア公爵の教えが彼女に意識改革をもたらした。

 同世代で未婚の男性は問題が有る場合も多く敬遠し、少し年下は若い嫁を貰う方が良いと言われて敬遠される。それより年下の少年を相手に探す事は恥ずかしいと思って諦めていたのが、はっちゃけた訳だ。

 調整能力が高く後宮警護隊でも役職は上位、実は本人も男爵であり爵位に権力に財力も有る。本気で攻めれば、美少年殿も陥落した訳だな。

 意中の相手を姉に奪われた、リッツ殿の心情を慮(おもんばか)ると胸が痛くなる。失恋、略奪、それが実の姉だとか、最悪の現実だったろう。

 残念ながら、リッツ殿の武力は普通。特出した特技は無いが平均的な能力を持つ新人、ベテランのライリーヌ殿と比べるのは酷だろう。

 実家では側室の娘であっても爵位持ちで独立しているし、実家は長男が後継者であり、リッツ殿や彼女の旦那が爵位を継げる事はない。

 実家でも本妻の娘だからと、リッツ殿が優遇される事はない。姉は独立した家の当主であり、美少年殿との子供が後継者。相手の両親も婚姻に反対などしないな。

 これだ、ザスキア公爵の『新しい世界』の信奉者にも格付けが有り、ライリーヌ殿は上位に位置しているんだ。チェナーゼ殿を筆頭にライリーヌ殿達を抱え込んだんだ。

「ザスキア御姉様の唱える『新しい世界』は確かに素晴らしい。だが年の差婚を実践すると、その煽りを食らう者も居る。今回は、リッツだった訳だが……犠牲者が増えれば、ザスキア御姉様にも迷惑が掛かる。それとなく忠告して貰えると助かる」

 嗚呼、チェナーゼ殿はザスキア公爵に心酔している。殆ど信者と言っても良い位に……洗脳?いや新しい宗教みたいな感じだよ。確かに『結束力としては』素晴らしい。

「それが呼び止めた理由ですね?分かりました。ザスキア公爵には、それとなく注意する様に伝えておきましょう」

 僕の言葉を聞いてホッとする、チェナーゼ殿は本当にザスキア公爵に心酔している、危険な位に。彼女を御姉様呼びするなんて、普通の関係じゃない。

 そして確かに年上の有能な御姉様方が、その『新しい世界』を実践すれば若い淑女達が意中の相手を奪われたと隔意を持ち反発するかもしれない。いや、するだろう。色事の恨みは根深い。

 だがザスキア公爵達に反発しても絶対に勝てないんだ。彼女達の唯一の武器である、若さに意味が無いから。ネクタルの定期確保により、彼女達は見た目だけなら若返るんだよ。

 そして反発した者達の中で有能な淑女には、ザスキア公爵がネクタルをネタに仲間に引き込む。永遠の若さの誘惑に、抵抗できる淑女が居るか?いや居ない、居る訳がない。

 美容と若さについては、どんな淑女であっても全く興味が無い訳じゃない。ザスキア公爵は有能な淑女達をどんどん取り込み勢力を伸ばしていくだろう。

 だが反発する芽を摘まない程、愚かでもないし慢心もしない。諜報を司る彼女が反発する者達の情報を見逃す事もない。悪いが詰みだな、どうにもならないだろう。

「そうか、済まないが頼む。ザスキア御姉様も、ニーレンス公爵やローラン公爵の本妻殿と協力するらしいが不安は有る。リッツ達みたいな者でも集まれば、見逃せない脅威となるからな」

「え?メラニウス様達と?」

 ザスキア公爵の勝ちは更に揺るがないぞ。両公爵の本妻に接触したとなれば、ネクタルの事も話したのだろう。つまり公爵三家は表(当主)と裏(本妻)の両方と手を結んだ。

 だがザスキア公爵は公爵五家の三位で固定だろう。男尊女卑が蔓延る貴族社会で臣下の最上位と次席は男性に譲り、自らは不動の三位になるのが理想だからだ。バセット公爵?中立ですね。バニシード公爵?没落一直線ですね。

 表は三位でも裏では一位二位を操る本妻殿とガッチリ連携している。永遠の二十代の本妻を持つ公爵か、他の紳士達から羨望の眼差しで見られるだろう。

 む?そろそろ片付けている侍女達が、会話が聞こえる位に近付いて来たので話を終わりにしよう。彼女達には少し刺激が強い話だから。

 チェナーゼ殿、安心して下さい。ザスキア公爵が心配だから注意して下さいと言う忠告は無意味です。だからチェナーゼ殿がザスキア公爵を心配していると伝えます。

 大丈夫、ザスキア公爵は負けない。負ける要素が無い。何と心強い味方だろうか、本当に得難い味方と巡り会えて良かった。ザスキア公爵、これからも宜しくお願いします。

◇◇◇◇◇◇

 ダンスホールから出ると外に、リッツ殿が待っていた。チェナーゼ殿との相談は十分位だから、そんなに待たせてはいない。

 最初は実家の序列を傘に腹違いの姉に年齢の事で嫌味を言ったのかと思ったが、実情は狙っていた美少年殿を奪われた被害者だった訳だ。

 そう言う観点で見れば可愛そうな人だよな。今も物凄く申し訳なさそうに僕を見ている。罪悪感で胸の辺りがチクチク痛いです。

「その、リーンハルト様。先程はお見苦しい所を晒してしまい、大変申し訳有りませんでした。猛省しております」

 深々と頭を下げられた。今日は淑女から頭を下げられてばかりだな。先程はキツい表情と態度だったが、素は優しい人なのだろう。

 身体の前で揃えた指先が僅かに震えているのは、最悪の場合ドレスアーマーの件が御破算になると責任を感じてしまったのだろうか?

 身分差の有る相手を不快にさせて、後宮警護隊の品位を下げたと思っている。これはフォローが必要だな。このまま放置は確かにヤバいか?前言撤回し、ザスキア公爵にはそれとなく話しておくか……

「気にしてませんから安心して下さい。リッツ殿の事は、チェナーゼ殿からも聞かされました。確かに同情するに値する仕打ちを受けた訳ですから、気持ちが荒むのは仕方ないでしょう」

 この言葉に顔を上げてくれたが、瞳の奥にくすぶる情念は真っ黒だよ。アーシャの側室の時に反発した、バスケス殿やアメン殿も同じ気持ちだったのだろう。

 金と異性は男女共に狂わせる。確かに危険な感情で、普通では間違ってもしない選択や行動を平気でする。人間は感情で生きる、理性で抑えつける事が出来る方が稀か?

 リッツ殿を少し持ち上げて、気持ちを楽にさせるか。美少年殿とも婚約までは行ってないから、寝取りや略奪愛とも違う。狙った獲物を横取りされたが正解か?

「ライリーヌ殿も年齢的に焦りが有ったのでしょう。確かに相手を奪われた感は有りますが、リッツ殿は未だ若く美しいのですから可能性が有ります。今回は年の離れた姉に相手を譲ってやった位の気持ちの余裕を持ちましょう」

「え?リーンハルト様は、私に興味が有るのですか?でも、それは……いえ、嬉しいのですが私もザスキア公爵様と敵対する意志は無いのです。でも、こんなチャンスは……駄目よ、私は未だ若いから死にたくないし……嗚呼、千載一遇のチャンスなのに勿体ない」

 リップサービスの回答の前半はトンチンカンなモノで、後半は勘違いで怖いモノだった。何故、僕がリッツ殿を求めている事になるんだ?

 そして、ザスキア公爵がリッツ殿を嫉妬で害するみたいに思われている。つまり彼女はザスキア公爵を恐れて敵対や報復とかは考えていないのか。

 身体をクネクネと動かし百面相をしていたが、フッと我に返ったのか真っ赤になって涙目で睨まれた。いえ、貴女の妄想力は凄いですよ。突っ込むと余計に面倒臭くなりそうなので、否定せずスルーします。

「有り難う御座います。リーンハルト様に其処まで思われていたのならば、姉の件は相手を譲ってやったと思う事にします。ですが、ザスキア公爵様が恐ろしいので、先程の話は聞かなかった事にさせて下さい。

勿論ですが凄く嬉しく光栄ですが他言無用でお願い致します。私も誰にも言いません、墓場まで持って行きます。リーンハルト様の想いに応えられず大変残念ですが、私も未だ死にたく有りません。それでは失礼致します」

 早口で捲くし立てられて何度も頭を下げてから立ち去っていったけど、何故に僕が振られた感じになってるのかな?違うよね、社交辞令だから!

 でもこれで後宮警護隊のドレスアーマー絡みの見通しは立った。後は階級章とエンブレムのデザインを決めて量産体制に入れば良い。一週間で五人分とおもったが、もう少し増やそう。

 一ヶ月で三十人、これなら三ヶ月半で全員分のドレスアーマーを錬金出来る。後は通常業務との兼ね合いを考えて増やそう。勘だけど何となく急がないと駄目な感じがするんだ。

 


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