古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第734話

 寝室のベッドの中で今日の盛り沢山のイベントを思い浮かべる。クラリス嬢達との定期的なお茶会は普段苦労ばかり掛けている、ジゼル嬢の負担を減らす為にも有効だと思った。

 アーバレスト伯爵と仲間達は自業自得だろう。ツインドラゴンの宝玉を横取りされた恨みが原因だが、最初に横領したのは向こうだ。しかも家宝と偽り、セラス王女に高値で売りつけた。もうそれだけで不敬罪だぞ!

 次も手に入れようとオークションで仲間達とツインドラゴンを高値で競り落としたが、宝玉は僕が先に回収していた。金の恨みを、家で家族に漏らしたのだろう。だから息子が僕に悪戯を仕掛け、それが大事になった。

 本人は廃嫡、実家は王宮内での職を解かれ資産の半分は没収。ニーレンス公爵の派閥からの追放、著しく評価と勢力を落とした。巻き返しは十年前後かかるだろうが、ハリシュ嬢と三男殿が有能らしいので大丈夫かな?

 ニーレンス公爵がお詫びにと財務系の役職の椅子を僕の派閥要員に一席くれたので、ラビエル子爵を押し込んだ。これで武闘派の派閥だが財務系に伝手が出来たので、情報は集まり易くなる。

 ラビエル子爵は元々は官僚系だったから、武闘派の派閥では何かと気苦労も多く馴染めなかったと思うので良かった。アーバレスト伯爵達の件は、結果的にはプラスになったが苦労は多かった。

 後宮警護隊の件は微妙な課題を残した。ザスキア公爵の唱える『新しい世界』に傾倒する淑女達が、年下の若い婿を取ることによって被害者が生まれるリスクを考えていなかったな。

 ライリーヌ殿は、妹であるリッツ殿が狙っていた美少年を横取りした。未だ婚約もしてないから略奪愛とか寝取りではなく横取りだが、色事の恨みは根深いから注意が必要だ。救いなのは両家の親族が納得している事、婚姻は家と家との繋がりだから。

 ザスキア公爵が必要とする御姉様方は有能で地位も権力も財力も有る。だが末端の方々はそうではない、つまり上手く根回し出来ずに本当に強引な略奪愛を実践する者も現れるだろう。その場合は家や派閥と揉める、斡旋か仲介が必要か?

 グンター侯爵も、バニシード公爵に狙っていた淑女を取られた事を根に持ちエムデン王国を裏切ったんだ。馬鹿な行為と一概に切り捨てる事は出来ない。信じられないが地位も権力も有る立場なのに、嫉妬心で祖国を裏切ったんだぞ。

 本人とその仲間達は、バーナム伯爵達に討たれた。古き血筋の侯爵七家の下位三家が没落か取り潰し、それなりに有った領地も全て没収だ。戦後の論功行賞は一悶着有るぞ。バーナム伯爵達は領地を賜る大功だが、武力的抑えの意味で旧ウルム王国領を拝領する可能性が有る。

 勝利に多大に貢献し畏怖を集めた彼等が近くに居るだけで、反乱など直ぐに鎮圧されると思われるだろう。今回は個人的な武勇が凄い、単独ないし少数で軍事拠点を破壊した功績はあらゆる意味で敵対者の心をへし折る。

 だが出来れば賜る領地はエムデン王国領内が良い。新しく組み込む旧ウルム王国領を頂いた者達は領地経営に苦労するだろう。まぁ貰える事は良い事だから、一概には言えないが……

 ああ、まだ有った。バーリンゲン王国の連中が事前打ち合わせなく使節団を名乗り、外交担当の官吏が僕に対応を丸投げしてきたんだ。理由は、ミッテルト王女の親書を秘密裏に託されていたから。

 未婚の王女からの親書など深読みされたら疑われても弁解が難しいから、本当に秘密で僕だけに連絡して対応を伺えば未だ理解も出来たのにわざと公表しやがった。

 それを男女間の事だからと、愚かな官吏が受け取ってしまったから相手を使節団として扱う事になった。突っ返すか受取拒否が本来の外交担当の判断だが、僕に対する嫌がらせの気持ちが大きかったのか?ニーレンス公爵が大鉈を振るって彼等を処罰した。

 それに監視していた傭兵団の不審な動き、何故エムデン王国の首都に集まるんだ?この行動が予定通りなのか?それとも後から指示されたか?監視の目を潜り新しい指令書を渡せるとは思えないのだが……

 だが今は王都の周辺の警戒を厚くして出入りの制限と監視を強化するしか対策が無い。王都周辺は広い、城壁の出入口で不審者の入場を制限して周辺探索に人員を割いた方が良いだろうか?

 王都の中は手薄になるし領民達にも不満が募るが、仮にも少数でも王都が攻められたとなれば国内外に動揺が広まるだろう。リーマ卿の狙いはそれか?だが動揺を誘うなら手薄な領内を荒らした方が効果的だぞ。

「駄目だ、まだ有ったよ」

 ゴロリと寝返りを打つ、天井を見上げれば薄明かりの中でも豪華なシャンデリアが見える。新しく買い換えたっけ?防犯用にサイドテーブルに置いてあるランプの灯りを反射してキラキラと反射して綺麗だな。

 上級貴族ともなれば貯め込むばかりでは駄目らしい。見栄の為の散財、無駄遣いを止められない連中の根底には見栄っ張りな部分も有るのだろう。まぁ仕方無いって言うか、それが貴族って生き物だよな。

 経済を回す為にも積極的に売り買いを推奨するって意味も有ると想うが、やはり無駄遣いは性格的に嫌だ。特に錬金で自分が作れる物をお金を出して買うのが嫌なんだ。自分で錬金した方が出来が良いって自負かな?

「うーん、旦那さまぁ……」

 隣に寝ている、アーシャが左腕に抱き付いてきた。寝ぼけているのか起きているのか分からないが、スリスリと頬を擦り付ける。起きているよね?

 疲れて帰ってきたら、笑顔のジゼル嬢が出迎えてくれた。ターニャ夫人がアウレール王に報告したように、クラリス嬢達もジゼル嬢に報告しに来たらしい。憎らしい位に素早い行動だな。

 所謂アレだ、僕が本妻殿の下部組織として近衛騎士団の選抜淑女達を据えた事の報告だな。笑顔なのに表情が微妙だったのは、本人は余り嬉しくなかったのだろう。

 ジゼル嬢の性格を考えれば、僕に内緒で対処したかったのだろう。それを他の女性を大量に用意して役立ててくれ!は嫌だろう。アウレール王との裏話もして、漸く納得してくれたんだ。

 他国からの婚姻外交が厳しくなっている。アウレール王の側室だけでは間に合わないが、同期の未婚の宮廷魔術師殿は哀れな位に不人気だ。フレイナル殿はウルム王国の重鎮の縁者と結婚、悪いがこれは決定事項だ。

 若く美しい淑女が居れば良いけど、こればかりは立場が優先だから分からない。悩み事が多い。軍事や内政に絡む事も多いし人間関係もか。国家の中枢を担う重責。転生前は戦う事だけを強いられていたが、国政に携わると大変なんだな。

「未だ有る。後は……」

 フローラ殿の件だが、彼女に要らぬ事を吹き込んだ奴等についても公爵三家が動いてくれる。彼女は精神的に病み始めているが、理由は自分で理解していた。気持ちの整理、祖国を裏切り他国に移籍した事を悩んでいる。

 宗主国の命令だから仕方無いと割り切れば済む話だが、今回のゴタゴタで同僚を捕縛し処刑までしてしまった事。一時的とは言え、宮廷魔術師筆頭として扱われた事。

 その時にバーリンゲン王国の闇の部分を色々と見せられたのだろう。国家の裏側など、普通の精神では保たない。人を数値化し大を生かす為に小を切り捨てる、国益優先に個人の感情論の入る隙間は無い。

 元々は心優しい淑女みたいだし、自分の手に血がべっとりと付いてしまい洗っても落ちない。この罪は一生消えないとか贖罪するしかないとか、人として当たり前な事を考え始めたら……彼女は遅くない時期に病み壊れる。

「旦那様?」

「ああ、起こしてしまったかい?」

 横を向けば、薄明かりでも分かる位に不安そうな顔をしたアーシャと目が合う。顔が近い、15㎝も離れていない。彼女の体臭は控え目だが、先程迄の情事の所為で甘い汗の匂いがする。

 両手で抱き締めて髪に顔を押し付けて匂いを嗅ぐ。胸一杯に吸い込めば、先程迄は不安だった気持ちが落ち着くのを感じる。これが愛情の効果か……

 アーシャも細い腕を背中に回して強く抱き締めてくれる。だが身体を密着させると、胸が押し付けられて収まった筈の獣性が鎌首を持ち上げる。落ち着け、猿じゃないんだから簡単に発情するな!

「何か心配事でしょうか?私達に話せない守秘義務が有るのは分かりますが、一人で悩まないで下さいませ」

「うん、不安がらせて御免ね。仕事の悩みが色々と有ってさ。まぁ殆ど解決したんだけど、そこに至る経緯がさ。何とも言い難い、人の欲望の業の深さっていうか……御免、何を言ってるか分からないよね?」

 この言葉に彼女は困った顔をした後で笑った。まるで手の掛かる子供をあやすように背中に回した手をポンポンと軽く叩く。もしかしなくても困ったチャン扱いか?

 だが国家機密とは言わないが、それなりに秘匿しなければならない内容だから曖昧な表現しか出来ない。まさか僕に反抗的な貴族や官吏達の処分とか、バーリンゲン王国の困った連中の事とか。

 同僚の第三席殿の民との触れ合いの手伝いが大変とか、引き抜いた同僚予定の淑女が病み始めて困ってますとか、ザスキア公爵の広める『新しい世界』の問題点とか言えない。言えば優しい彼女が困るだけだから……

「旦那様はお優しい方ですから、全てを抱え込む必要など有りませんわ。私には国の仕事の事は分かりませんが、もう少し気を楽にして下さいませ」

「うん、仕事を家庭に持ち込んで御免ね。魔術師の性(さが)なのか、時間が有ると考え込んでしまうんだ。でも殆ど解決してるから問題は無いし平気なんだよ。もう少し気楽に考えてみるよ」

 そのまま彼女の胸元に顔を押し当てる。豊かな母性が悩みを薄らげてくれる、柔らかく良い匂いがする……僕も貴族の男性に漏れずにマザコン気質が有るのかな?

 甘やかしてくれる女性に弱いのは、外では頼られるからか?まぁ僕の立場で甘やかしてくれるのは、更に上位の立場の者か家族だけだよな。身分下位者への甘えなど、相手が困惑するだけだ。

 背中を撫でてくれる、アーシャの柔らかい手の平の感触を味わいながら意識が遠のいていくのが分かる。もう少し眠れる、また明日から頑張れる。旦那を励ます事は、妻だけの特権と優しさなのだろう。

◇◇◇◇◇◇

 アーシャに元気を貰い悩みを和らげて貰った。気分は回復しヤル気に満ち溢れている、男って単純な生き物だよな。愛しい者からの優しさで簡単に気持ちを持ち直せる。

 嫉妬で狂う者も居れば慈愛で持ち直す者も居る。人の感情とは難しい、だが全てを理解する事は不可能だろうな。それこそ神にでもならない限り……

 王宮の中級以下の官吏達の処分は粛々と執り行われた、不要な者達は纏めてバーリンゲン王国に送り込む。単身赴任、家族は人質だから裏切りなど有り得ない。

 例え新しい妻や側室に傾倒しても祖国を裏切るならば、僕が直接出向いて全てを更地にする。敵対していた貴様等に慈悲など無いから心して祖国の為に、彼の国を改善しろ!

 そう脅した。僕は優しいからと甘くみて反発したりするが、敵対した者は容赦なく殲滅している事を忘れるな。何時から慈悲を貰えると勘違いしていたんだ?って言った時の絶望感は凄かった。

 普通に考えれば当たり前の事なのに、彼等も嫉妬に狂い正常な判断が出来なかったんだ。まぁバーリンゲン王国も現職の官吏達を大量に受け入れられるメリットが有る。

 表向きは理想的な結果だな。散々脅かされた彼等の切り崩しは不可能だが、仕事は正常に回る。汚職、賄賂、怠け、手抜き等を行えば厳罰。もう自分達の幻想は通用しない、諦めろ。

 お前達はエムデン王国に勝てないからと服従したんだ。属国化とはそう言う事で、我が儘など通用しない。自分達の勝手な理屈や(非)常識も知らない。言われた事を黙って粛々とヤレ!

 援助はするし安全にも配慮する。それが嫌なら現政権を倒して奪い、更に僕等を倒して勝ち取ってみろ。それが無理なら諦めろ、過去の経緯とか持ち出すな。もう終わったんだよ。

「さて、もうそろそろ巡回の時間か……ラミュール殿の準備は良いだろうか?」

 バーリンゲン王国の要望する集団お見合いについての意見書を纏めていたら、あの国の馬鹿げた妄想を根拠に行動する連中に腹が立ってきた。こんな事で苛つくとは、僕も未だ未熟だな。

 だが不安要素は多い。バーリンゲン王国の使節団を名乗る連中は未だ王宮に居座っている。早く帰れと言いたいが、同行している集団お見合いの花嫁候補が旦那予定の連中との顔合わせを頻繁に行っているから。

 成功率を上げる為にか、見目の良い淑女が多いのが気になる。散々脅したウチの連中が、彼女達の色香に惑わされなければ良いのだが……今の奥方よりも美人だからと、間違いを起こさないか心配だ。

 本格的なお見合いは未だ先で今は精々顔合わせ程度で済ませているが、既に特定の淑女に執着している者も居る。ソイツ等は危険だから、お見合い候補から外した。確かに冴えない連中には勿体ない程に容姿が整っていて、少し不自然な気もするが……

「後は王都周辺に潜む傭兵団の動向が気になる。遂にちょっかいを掛けて来たが捕まらない、逃げる事に重点を置いているからか?不安を煽っているなら、それなりに効果は出ているか」

 最近良く上がってくる報告書には、傭兵団と思われる連中が商隊や旅人を襲っているとある。今の所は人的被害は無いが、馬や積み荷は奪われている。

 奴等の下っ端は殆ど捕まえたが、団長や副長クラスは殆ど取り逃がしている。つまり傭兵団でも精鋭の連中が徒党を組んで居る、対処が後手後手なのは人員が少ないからか……

 だがこれ以上、王都内部を守る兵士を傭兵団の捜索に割く事は出来ない。盗賊ギルドに捜索依頼を出したが、未だ情報は集まらない。トントンと指で執務机を叩く、駄目だ感情的になってる。

 未だ致命的な失敗じゃないから落ち着け!

「むぅ?メルカッツ殿達を警戒に回すか。カルナック神槍術の道場の汚名返上、名誉回復には持って来いの仕事だ。彼等なら武力も十分だし問題は無いな」

 我が屋敷の守備兵は最低限にして、メルカッツ殿を隊長に百人体制で挑めば有る程度の範囲は網羅出来る。索敵は盗賊ギルド本部に任せれば成功率は上がる。

 僕の屋敷の警護は、妖狼族に手伝わせれば良いか。ユエ殿が滞在するからと、フェルリルとサーフィルに二十人程度を招けば大丈夫だ。人間と確執は有るが、アーシャ達とは打ち解けている。

 今は早めに傭兵団を殲滅し不安要素を少しでも減らすしかない。メルカッツ殿達ならば対人戦は慣れている、問題は少ない。最善手に近いだろう……

「リーンハルト様。ラミュール様の準備が整ったと連絡が有りました。既に正面広場にて待機しているとの事です」

「分かった。今向かうと伝えてくれ!」

 さて、いよいよ宮廷魔術師第三席殿の依頼を達成する時が来たか。ライラックさん達との事前打合せも完璧だし、此方は不安要素は少ない。

 市井の民との触れ合いを満喫して貰い、アウレール王と共に最前線基地となるハイゼルン砦に気持ち良く出発して下さい。

 これで一つ問題が無くなるので、気が楽になり余力も出来る。他の見通しも大体立っているし、アウレール王不在の王都を必ず守ってみせるぞ!

 


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