古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第737話

 いよいよだ。ラミュール殿の望みを叶える為に段取りした事を実行する。商業区の大通りを進むと、少し先に妊婦と幼子を抱いた女性達が見えた。

 リラさんを中心に十五人の女性が居て、幼子を抱いているのは二人。あの子達は最近生まれたが、名前を決めるのを待って貰ったんだ。その女性陣を取り囲むのが、彼女達の親族。

 本来ならば父親も一緒にと思ったが、最初の陳情は女性達だけで行った方が良いだろうと言われたのと、旦那は妻と子供の為に働きに出ている事になっている。

 確かに巡回の予定を知らないのに幼子二人の両親が揃っているのは不自然だ。彼女達は妊婦の寄り合いの最中に、僕等の事を聞いて集まって来た。

 そしてか弱い妊婦や幼子を押しのけて陳情をする奴など居たら、周囲が騒いで排除する。だが未だ良からぬ思いを抱く連中は居ないみたいだな。

 ラミュール殿が、リラさん達に気付いた。僕に視線を送って来たので頷く、彼女なりに妊婦や幼子を抱く女性達に話し掛けたいのだろう。掴みはオッケーだ!

「可愛い赤ちゃんですわね。男の子かしら?」

 おい!先行して馬から下りるの?警戒心無くない?警備連中が慌ててるぞ。自分で仕込んだ事なのだが、警備に断りなく普通に馬から下りて幼子を覗き込んで笑ったよ。この御姉様は!

 リラさん達も緊張している。宮廷魔術師第三席の侯爵待遇の最上級貴族の女性が、気安く近付いて来たんだ。ガトラム殿が不敬だと騒ぎ出そうとしたが、ペパルニ殿が急いで止めた。

 さり気なく僕も馬を下りて彼女の後ろに立つ。当然だが警備の連中に手出し無用の指示を出す。リラさん達が地面に膝を付いて頭を下げようとしたのをやんわりと止める。妊婦に無理な体勢をさせるとか馬鹿なの?

「無理な姿勢はお腹の子供に悪影響ですから、そのままで構わない。ラミュール殿も宜しいですよね?」

「当たり前ですわ!授かった大切な命を危険に晒す事など、誰が何と言おうと私が許しません!」

「ラミュール様……」

 上手い!リラさん達が感動で涙を浮かべながら、ラミュール殿を見ている。周囲の連中も彼女を称えているので、満更でもなさそうだ。いや嬉し笑いか照れ笑いを堪えて変な顔をしている。

 ガトラム殿は反対に彼女達を叱責しようとして止められたから安堵の息を吐いた。もし怒鳴っていたら、親愛なる姫様に叱られたのは間違い無いから。

 さり気なく周囲に警備兵を配置し、彼女達の会話の邪魔をさせないようにする。それと一応の警戒、戦時中だし僕やラミュール殿を暗殺しようとする連中が居ないとも限らない。

「それで旦那の両親が言い争って、この子の名前が中々決まらないのです。義父を立てるか姑を立てるか、嫁の立場では……」

 旦那の両親が自分が名付け親になりたくて言い争う事は割と良くある。特に初孫だと、その傾向が強いらしい。嫁さんの立場が弱いのは、何処も一緒なのか。

「ふむ、ラミュール殿が名付け親になってあげてはどうでしょうか?幼子も中々名前が決まらないのは困るでしょうし、名前が無ければモア教の教会で祝福も受けられません。貴女が名付け親ならば、両親も文句を言わず逆に喜ぶでしょう」

「まぁ!私がですか?でも……」

 リラさんを見ると強く頷いた。話の流れは予定通り、母親二人の行動も早かった。

「是非とも、お願いします」

「私の赤ちゃんにも、お願い致します。ラミュール様に名前を授けて貰えたら、この子の一生の自慢になりますわ」

 抱いている子供を捧げるようにして、ラミュール殿に迫っている。その迫力に彼女も押され気味だが、不敬の範疇ではないから大丈夫だ。

 でも少し考えている。早速子供の名前を考えているのか、名付け親になっても良いのか判断がつかないのかな?

 失礼だけれども、確かに子供の名前を付ける事など、未婚の淑女である彼女には縁が無いよな。大抵は両親か祖父母が名付けるから。

「祝福はモア教の教会で受けるのが通例ですが、名付け親ならば治療魔法絡みと違い教会と揉める事も無いでしょう。良い願いだと思いますよ」

 駄目押しする。モア教の権限の範囲を犯さないし、彼女達の希望も叶えられる。ラミュール殿も物凄く嬉しそうだし、駄目押しの必要は無かったかな?

 驚くべき事に、ラミュール殿は平民の赤ちゃんを自ら抱いて額に口づけしてから名前を呼んだ。流石は『慈母の女神』だけあり、子供には優しかった。

 これには母親達が驚いて感動し何度も頭を下げて感謝している。珍事なのは間違い無い、赤ちゃんは男の子であり高貴なる淑女の唇を額に押し当てられたんだ。でもそれって祝福では?

 これには、ペパルニ殿が激昂し、ガトラム殿が後ろから押さえ付ける事態になったが……君達は本当に良いコンビだよね。ペパルニ殿は貴族令嬢が子供にとはいえ、軽々しく唇を許してはならないって未だ騒いでいる。

 気持ちは何となく分かるし理解も出来る。特に深窓の令嬢など、異性に手を握らせるだけでも一大決心が要るらしい。アーシャも慎み深かったから、一般的な貴族の感性なのだろう。

 そして二番目の陳情、当日連絡を貰い急遽差し込んだ陳情だ。六歳位の少女が、子犬を抱いて進み出て来た。警備兵が止めるかの確認で僕を見たのでそのまま通させる。

「きぞくさま、おねがいがあります」

 たどたどしい言葉使いだが、事前に教え込んだ。言葉使いが悪いと不敬だと取られる場合が多い、言い掛かりや横槍を入れられない為にも頑張って教えた。

 ラミュール殿が少女を見たら満面の笑みを浮かべた。確かに見目の良い子だが不安なのか目に涙を溜めている。一人で貴族に話し掛けてお願いをするんだ。凄いプレッシャーだろう。

 そんな不安そうな気持ちを察したのだろう、優しい表情を浮かべた。まるで慈愛の籠もった母親みたいに安心する笑顔だ。少女も少し落ち着いたかな。

「あらあら、可愛い女の子ね。どうしたのかしら?私にお願いが有るの?」

 膝を付いて少女と目線を合わせる。今の彼女は間違い無く慈母の女神だ、身なりこそ清潔にしているが平民の少女の為に自分の膝が汚れるのを厭わない。

 特権意識の高い連中だと普通に追い払うし、手助けするにしても配下に頼むとか酷い時は施し的な意味で金貨を放り投げて終わりだ。

 それでもマシな方で最悪は手打ちにするとか騒ぎ出す。シュタージュ殿を思い出して、胸がムカムカしてきたぞ。落ち着け、僕が興奮してどうする!

「この子が、わるい人にけられて……けがをしちゃったの」

 嗚呼、溜めていた涙が溢れ出し泣き出す少女を子犬ごと優しく抱き締める。だから貴女は少しは御自分の影響力を考えて下さい。慈愛溢れ捲りだし、ガトラム殿とペパルニ殿が並んで男泣きしているし。

 ラミュール殿は本気で平民達の陳情に対処している。最上級貴族の一角なのに、女性や子供にだけだが確かに慈母の女神様だよ。あの女の子が抱いている子犬の怪我は仕込みじゃない。

 応急手当てはしているし命に関わる怪我でもないが、直ぐに治る訳でもない。ラミュール殿は子犬にヒールの魔法を掛けて怪我を治した。人間用のヒールやポーションでも動物に効果は有る。

 だがポーションは高価で動物にまで使わないし、ヒールを使える者ならば動物よりも人の回復を優先する。だが彼女は少女の為に子犬を治療した、卓越した技量の持ち主だし子犬は直ぐに元気になった。

 治してくれた人が分かるのだろうか?ラミュール殿の手をペロペロと舐めて感謝の気持ちを表している?尻尾も元気良く左右に振っている。少女も嬉しそうに御礼を言ったし、この陳情も成功だ。

 ガトラム殿とペパルニ殿が揃って子犬に嫉妬し睨み付けているのは……貴方達は本当に良いコンビですね。子犬に嫉妬するなよ、だが顔を舐めそうだったら僕が止めるつもりだった。流石に顔をペロペロは不味い。

 む?人の輪で囲んでいるが、後ろの方で騒ぎが有ったみたいだ。警戒網に引っ掛かった奴が居る、聞こえて来る声は……ギルテックさんとベルベットさんか?

◇◇◇◇◇◇

 リーンハルト様からの依頼、それは同僚の宮廷魔術師第三席様が商業区に視察に来て領民からの陳情を受けるという珍事の対処だった。私達の所属する盗賊ギルド本部は代表である、オバル様が急に居なくなった。

 完全なる失踪、誰にも知られずに何の前触れもなく忽然と居なくなる。オバル様は、リーンハルト様に対して何らかの失礼を働いたらしく失踪の背景には色々な憶測が飛び交っている。

 でも私は、リーンハルト様がオバル様を何とかしたとか思っていない。それに失踪直前のオバル様は、叱責されたにしては不安もなく悲しみもせず何故か凄く嬉しそうだった。いえ、ニヤニヤして気持ち悪かったわね。

 新しい代表となった、ビーツ様は好きにはなれないタイプ。組織の利益を優先し所属する構成員は駒として扱うような、オバル様とは真逆のタイプ。でも急に代表が居なくなった盗賊ギルド本部を上手く取り纏めているらしい。

 私達、末端の構成員には詳細など教えてくれないから噂話の範囲でしか知らない。今回の件も詳細は教えて貰えずに、一方的に指示された。仲間が調べた不審者の妨害と確保。

 そして妨害するのは端から見れば弱者の老人や女性、そして私達みたいな子供。調査班から連絡を受け、陳情するのを妨害するのは小太りの商人風の男。

「痛い!止めて下さい」

「お姉ちゃん!大丈夫?何をするの、止めて下さい。お姉ちゃんを放して!」

 私がさり気なく進路の前に出て、ベルベットが男の足を引っ掛けて私に突っ込ませる。見事に私を巻き込んで倒れる。むぅ、お尻を触られたし顔がお腹に当たる不快感。

「ちっ、違う。わざとじゃない、転んだだけだ」

「嘘よ!じゃあ何故、お姉ちゃんのお尻を触ってるの?早く離れてよ!」

「未だ子供じゃないか?薄い尻なんて触っても楽しくないぞ、誤解も甚だしい。邪魔するな、私は貴族様に用が有るんだ」

 やはりだ。間違い無く悪意有る陳情者、善良そうな風体だが言葉使いも荒い。何故か私の上からどかないし、お尻に当てられた手も微妙に動かしている。あと薄いって言うな!贅肉が付くよりマシでしょう?

 仕込みと建て前はもう十分だわ。この男を不審者に仕立て上げる作戦は完了、漸く立ち上がったが私を起こそうとはしない。早くリーンハルト様の所に行きたい、焦りを感じるわ。

 工作員としては失格、外見はまぁまぁ取り繕ったみたいだけど仕草や行動が悩み苦しむ陳情者に成り切れてないよ。そろそろ良いかな?仕上げに掛かろう。ベルベットに視線を送ると頷いた。

「あっ!それ私のお財布?」

 男の懐に差し込んだ財布を如何にも盗まれたと言って抜き出す。中身もそれなりに入っているが、年相応に金貨三枚に銀貨と銅貨が数枚。

 私も外見は中堅の商家の娘風、それなりにお金を持っているように見せている。私達姉妹は親の指示で買い物に来た町娘。

 あの男は子供だが小金を持っていて簡単に盗めると判断した小悪党。もう捏造した証拠も用意したし、言い逃れは無理よ!

「何だと?こっ、コレは倒れた時に偶然紛れ込んだんだ。俺は知らないぞ。さてはお前達は……」

 はい、正解。私達も工作員よ、貴方よりも優秀なね。この男は単独犯だった、そして私達は貴方を取り囲む連中全てが仲間なのよ。そして警備の兵士さん達もね。

 貴方は捕まり全てを自白させられるの。リーンハルト様の計画通りに、彼を陥れようとした黒幕の事も洗いざらい話して貰うわよ。

 尋問専門の連中も詰め所で待機している。拷問も辞さない連中を用意したのは、ビーツ様だから諦めてね。結果を出さないといけないって張り切ってたわよ。

「警備兵さん、コイツです。少女を押し倒して身体を触り捲った後で、財布まで盗んだ卑劣な男なんです」

「そうだ!間違い無い、嫌らしく押し倒して尻を揉んでいたぞ。子供に欲情していた変態だ!」

 職人とその妻に偽装した仲間が状況を説明する。痴漢は罪として微妙だが、盗みはれっきとした犯罪だ。この騒ぎに、リーンハルト様も気付いた。そろそろ終わりにしなければ……

「兵士さん、違います。事故、いえコイツ等全員グルで俺を嵌めたんだ!」

「黙れ、盗っ人が!話は詰め所で聞く。抵抗すれば問答無用で斬るぞ。大人しくなれ!」

「き、貴族様。助けて下さい、冤罪……ぐむっ?」

 警備の兵士さんが素早く猿轡を噛ませて黙らせる。リーンハルト様は知っているけど、ラミュール様は知らないから何か言ってこられても困る。

 その彼女も此方を気にしている。不味いわ、興味を持たれ話し掛けられてボロが出ても困るし、あの男が言い訳しても困る。

 周囲に視線を送れば、仲間達が頷いた。凄く邪悪な笑みを浮かべたけど、凄い嫌な予感がするんだけど!

「黙れ、痴漢!幼女愛好家の変態め」

「幼女を押し倒して尻を揉みしだいて誤解?更に財布まで盗むとは呆れた性犯罪者だな!」

「そうだそうだ!人混みだから態とじゃないとか嘘を言っても、俺達は見ていたんだからな。嫌らしく尻を揉むお前を皆が見ていたぞ!」

 私、幼女じゃない少女だもん!それに憧れの、リーンハルト様の前で尻を揉みしだかれたとか言わないで!その場で涙ぐんでしまったけど、それが更に信憑性を高めてしまった。

 性犯罪の被害者、その事を聞いた、ラミュール様が男を凄い目で睨み付けている。もう陳情も無理、貴方は裏の事情も全て吐かされて終わりよ。私の尻を揉んだのだから、当然の罰よ。

 任務は成功、でも私の心に深い深い傷がついた。何故か、ラミュール様が近付いて来てヒールを掛けてくれた。可哀想に、もう大丈夫だからと抱かれて背中を軽く叩いてくれましたが……

 出来れば、リーンハルト様にして欲しかったです。物凄く申し訳なさそうな顔をしてましたが、私汚されてませんから!未だ綺麗な身体ですから!

 


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