古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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暑いですが体調を崩さぬように御自愛下さい。


第739話

 王都の中心、王宮を取り囲む貴族街に突如として現れたモンスター共。アタックドッグにアーマータイガー、ビッグボアにポイズンラビット。

 自然発生のアニマル系モンスターだが、野生の連中は種族を超えて連携などしない。同種でさえ補食対象、群れで行動するアタックドッグ位が例外だ。

 アーマータイガーやビッグボアは繁殖期に番(つがい)で行動し、子供が産まれたら雄は雌と子供から離れる。ポイズンラビットの生態は余り解明されてないが、その肉は美味らしい。

 そんなモンスター共が、シャルク伯爵の屋敷から溢れ出て来た。彼の屋敷がモンスターに荒らされ住人達に危害を加えた感じはしない。それに屋敷から警備兵が応援にも来ない。

 状況的に犯人は、シャルク伯爵かその関係者、そして今屋敷に居るのは現当主の弟である、ルエツ殿だ。彼は動物の収集癖が有り、最近はモンスターに興味を持っている変わり者だと噂で聞いた。

 だが幾ら貴族の趣味とはいえ、貴族街に構える屋敷にモンスターを運び込むのは大問題だ!あまつさえ逃がすとは、何を考えている?御家取り潰しも有り得る大失態だぞ。

「せぃ!せいせいせいっ、四連突き!くたばれ、モンスターめ!」

 槍による連続突きで致命傷を与える。強い一撃だと槍が深々と刺さり抜けなくなる不安が有るので、浅く手数を増やし急所を狙う。だがそろそろ刃が欠けて切れ味が悪くなってきた。

 槍を手放せば、後はロングソードに予備のショートソード。投擲用のハンドアックスとダガー数本だ。巡回警備の為に、普段より武器を多く用意していて良かった。

 八人だが王宮警備隊の選抜試練を潜り抜けた精鋭、モンスターの百匹位に負けるかよ!俺達の敗北は、リーンハルト様の経歴に泥を塗る失態だ。死んでも負けられねぇ!

「おぃ!馬車が来るぞ。増援か?」

 ワーバットの声に反応し通りの先を見れば、確かに一台の高級馬車が真っ直ぐ向かって来る。

「だが周囲を守る護衛も居ないし不自然だ。まさか戦闘中なのに通せとかか?馬鹿なのか?」

 高級な馬車なのは遠目でも見れば分かる。伯爵級以上だと思うが、家紋は未だ確認出来ない。だが御者がビビッているのは挙動で分かる。

 馬車の中に増援が乗っている?体力の無い魔術師とか?いや、連中は護衛が無ければ戦場に出ない。例外は、リーンハルト様だけだ。そもそも戦いに来る連中が、視界を塞ぐ馬車の中に居るか?

 もしかして腕に自信の有る貴族でも出しゃばって来たとか?余計なお世話だ、警備兵を寄越せ!お前達に何か有れば問題なんだ、大人しく隠れていろ。邪魔なんだよ!

「おい。何だよ、そりゃ?嘘だろ……」

「女だと?しかも若い、死ぬ気か?」

 戦場の20m手前で停まった馬車から出て来たのは、貴族服を着た未だ若い女性だ。戦士にも、魔術師にも見えない。

 武器も持っていない、普通のお洒落な今風のドレスを着ていて、戦場には全く似つかわしく無い。何故出て来たんだよ?

 本人もおっかなびっくりな感じがするが、深窓の令嬢らしく、危ないから屋敷の奥に引っ込んでいろよっ!

◇◇◇◇◇◇

「ハリシュ様、屋敷の近くに賊が……信じられませんが、どうやら近くでモンスターが現れたそうです」

「え?此処は貴族街よ。地方の領地じゃあるまいし、モンスターが入り込む余地など無いわ」

 家族との団欒を応接室で楽しんでいた時に現れた、執事の言葉に何を冗談を言っているの?って一瞬怒りが沸きましたが、馬鹿な冗談を言う者ではない。

 至って真面目で有能な男だわ。親子二代で我が家に仕える信頼出来る家臣、ですが愚弟を跡取りにしたい派閥に組みしていた。まぁ確かに長男で本妻の実子。

 貴族的な常識から判断すれば普通ですが、愚かな事を仕出かしてくれたので勘当か廃嫡。我が愛する弟が後継者筆頭、摺り寄る者への注意は必要よね。

「姉様怖いです。御父様も兄上も不在の時に、モンスターの襲撃だなんて!」

 愛すべき弟が私の胸に飛び込んで来る。才有れど未だ子供だから怖がるのは仕方無いのだけれど……これから当主としての心構えも教えていかないと駄目ね。

 御父様は、プレリッドにのみ後継者教育を施していたけれど結果は増長し失態を犯したわ。しかもリーンハルト様に対しての悪さは二回目、度し難い愚か者。

 結果的に排除出来たけれども対価は大きいわ。没落一歩手前ですけれども、巻き返しは不可能じゃないわ。未だ大丈夫……

「しっかりなさい、レジリッド。貴方は次期当主になるのですから、屋敷の外に居るモンスター程度で慌ててはいけませんよ」

 優しく髪を梳いて諭す。そうすれば、自分の行いに恥じたのか真っ赤になる。本当に可愛いわ、食べちゃいたい位に。

「はい、ハリシュ姉様」

 御父様といけ好かない、愚弟のプレリッドは未だ王宮から帰って来ない。国から馬鹿な弟の処罰を言い渡され、ニーレンス公爵から派閥追放の罰を言われているのだろう。

 世間では子煩悩とか言われているが、沢山居る子供の中で本妻が生んだ馬鹿息子しか溺愛していない。後継者だから?でもその馬鹿息子の所為で、我が家は没落する。

 王都の社交界からも締め出しを食らうだろう。愚かな御父様と愚弟は、今一番勢いの有る英雄様に突っかかり見事に玉砕してくれたわ。リーンハルト様は噂と違い甘くも優しくも無かったわね。

 貴族として当たり前の、政敵には情けなどかけない非情さを持っている。当たり前よね、彼に敵対した者達の末路は没落か死亡。それを御父様は上前を撥ねたとか何とか言って、仲間内で愚痴を零していたわ。

 何でも前はオークションで落札したツインドラゴンの腹の中に宝玉が有ったが、今回無かったのは彼が先に抜き取ったからだとか。前回の宝玉は、セラス王女に高値で売った筈よね?

 でも家宝と偽り高値で売ったのって公になれば嘘がバレて大事になる。実際に、ニーレンス公爵にバレてキツいお叱りを受けた。つまり御父様と愚弟は、リーンハルト様に対して愚かにも八つ当たりをした。

 結果は無惨にも、アーバレスト伯爵家は私財の半分を国庫に献上し役職を失ったわ。リーンハルト様の怖い所は、ニーレンス公爵とは敵対しないように遺恨を残さないように動いた事。

 アウレール王にも話を通した事。国王と派閥当主の公爵と調整し今後の関係に問題を残さない様にした上で、ニーレンス公爵に私達の処罰を決めさせたわ。

 もうどんな工作を弄しても減刑は不可能、未だ社交界にデビューして一年も経っていないのに魑魅魍魎溢れる王宮という魔窟に馴染んでいる。

 普通に考えても、彼は異常な化け物だわ。私達は手を出してはいけない者に手を出し、思いっ切り食い千切られたのよ。見た目も態度も優しいし、平民達にも慈悲を与える現代の英雄様。

 その一面に騙されて甘くみた結果がコレ、笑えないわね。実際に会って話した私には分かる、彼にとって私達は顔に集った羽虫程度の存在でしかない。だから払い除けただけ。

 しかし王都の貴族街にモンスターが現れたのは……王都の治安を守る、リーンハルト様の仕事の管轄内の出来事。上手く立ち回れば、私とレジリッドに配慮してくれる。

 彼は公明正大、不正を憎み正そうとする善人性が有り、モア教も認めたのよ。政敵でも手柄を立てれば無下にはしない。そして私は、私のギフトは『調教』と言う伯爵令嬢には不要の力が有る。

 ビーストティマーにも負けない強制力で、動物やモンスターを支配下に置ける。でも御父様に忌み嫌われ使用を禁止されたので、何処まで出来るかの検証はしていない。

 でもこのチャンスを逃すのは痛いわ。私とレジリッドの為にも、神様が与えてくれたチャンスを生かすしかない。幸い煩い御父様は居ない今ならば、私の判断と指示で家臣を動かせるわ。

「馬車の用意をしなさい。モンスターの現れた現場に向かいます。急がないと鎮圧されてしまう、それでは遅いのよ」

「ハリシュ姉様?まさか、あの力を使われるのですか?危険ですし、御父様からも止められています」

「レジリッド、落ち着いて聞いてね。これは我が家の再起の為のチャンスなの。このチャンスを逃せば、何年も地方の領地で再起を図らないと駄目なのよ。

今なら、リーンハルト様に恩が売れる。でも急がないと、聖騎士団や他の家の警備兵が集まって討伐してしまうの。だから急いで私が現場に行かないと駄目なのよ。

将来貴方の受け継ぐ、アーバレスト伯爵家の為なの。分かるわね?」

 レジリッドの両頬を手で挟み目を合わせて説得する。急がないと、リーンハルト様が構築し貴族街と新貴族街に通達した警備計画には有事の際の対策も決められている。何か有れば周囲の貴族は応援に向かう決まり。

 何か有れば必ず周囲で助け合いをする事を義務付けたわ。これは当然なのだけれど、政敵の危機は放置したい各家の思惑を知って勅命と言う形を取り強制力を持たせた。

 王都の治安を下らない勢力争いで乱すなって事で、それをすれば王命に違反したと罰せられる。だから各家は嫌でも救援に向かうし、私が出る理由にもなる。現在の我が家に居る最上位は私だから……

 私の忌まわしい秘密はバレてしまうけれど、どうせ没落する予定なのだから再起の為には躊躇など出来ない。私と弟の未来の為の布石、将来への投資。御父様の為じゃない、私達の為に!

 これにより私を娶りたい物好きは居なくなるけれど、いけ好かない男に言い寄られるよりは独りの方が良い。御父様も私を側室や妾として押し込む事が出来なくなるから丁度良い。

 警備兵は、レジリッドの為に残しておきたいから御者と私だけで現場に向かうしかないのは少し心細いけど、私とレジリッドの幸せの為に頑張るわ!

◇◇◇◇◇◇

 覚悟を決めたつもりでも、やはり怖い。御者も怯えて急げと言ったのに、普通のスピードしか出さない。逃げ出したり拒否はしない分、マシなのでしょう。

 現場から20m程度離れた場所で馬車が停まったのは、これ以上前には進みたくないって言う御者の思いなのだろう。御者にこの場で待つように指示をして馬車から降りる。

 目の前では王宮警備隊と思われる殿方達が、モンスターを相手に戦っている。素人目には優勢で、誰も怪我をしていないみたい。何人かが私に視線を向けるのは、何故来た?かしら。私は味方よ。

 精神を集中し昔の感覚を思い出す。視界の中のモンスターに集中すれば、もう忘れたかと思った感覚が浮かび上がる。モンスターを操る感覚、それは人形遊びにも似た擬似的な手で動かす。先ずはアタックドッグを大人しくさせ……

「私は、バーレイ伯爵家の騎士ニール!王都の治安維持の為に、配下と共に加勢致します」

 え?単騎で女騎士が凄い勢いで現場に突撃して来たわ。背後にも駆け寄る戦士達が見える。しかもバーレイ伯爵家の騎士?つまり、リーンハルト様の配下。

 何処まで有能で私達の邪魔をするのよっ!現場に一番に駆け付けるなんて、常に準備をして周囲の情報を集めてなければ迅速な行動など出来ないわ。

 私だって弟を説得し、着の身着のままで出て来たのよ。バーレイ伯爵家は、私の屋敷より現場から遠い筈なのにこんなに早く……

「おお!リーンハルト様の家臣団の方々ですね?」

「女騎士ニール殿?デオドラ男爵が認めた強者、普段は淑やかで寡黙なれど戦いになれば狂戦士の如く荒ぶる魔法騎士殿だ!」

「エムデン王国三大武人に認められた唯一の女騎士殿か!理想的な応援だな、もう一踏ん張りだ。モンスター共を殲滅させるぞ」

 え?人外の狂戦士(化け物共)が認めた魔法騎士?男尊女卑をモノともせずに?あの美人な淑女がですか?人は見掛けでは分からないのね。

「違う!私は狂戦士では有りません。御主人様に仕えし慎み深い女騎士なのです!御主人様の守る王都を乱す獣風情がっ!悉(ことごと)く滅べ、斬撃!」

 言葉と行動が伴ってないです。いや、最後は言葉も行動も合ってます。王宮警備隊の方が言っていた通りの狂戦士ですわっ!大人しそうな見た目の美女なのに、行動は蛮族の戦士みたいです。

 馬上で抜刀し振り回したら、斬撃が飛びました。しかも着弾したら爆発する意味不明な攻撃ですわ。そのまま後方に控えていた、アーマータイガーとビッグボアの群に単騎で突っ込みましたよ?

 ウソでしょ?巨大なモンスターが真っ二つに斬られるとか、あの細腕の何処にそんな力が有るのよ?十匹以上居た、アーマータイガーとビッグボアが一分と経たずに全滅?

 残りはアタックドッグだけですが、リーンハルト様の家臣団が増援に来た事で簡単に駆逐されていく。私の活躍の場が全く無い、もしかしなくても私は邪魔をしに来ただけ?

 不味い、不味いわ。これでは只の現場に乱入した非常識な女になってしまうけれど、私のギフトである『調教』を証明するモンスターは全滅してしまったわ。

「ニールさん!何て事をしてくれたのですかっ!」

「ん?何故、戦場に女性が居る?それも一人で?事情を話して貰いましょう。もしかしなくても、今回の件に無関係とは思えない。丁度、聖騎士団の方々も応援に来てくれたし、シャルク伯爵家にも事情を聞きに行かねばならないでしょう」

 私の魂の叫びに流れるような動きで近付いて来た。全く警戒心を抱かせない自然な動きですが、私を見る目は鋭く、疑われているのが分かる。

 全身モンスターの返り血で汚れている、見事な鎧兜なのに勿体ない。青色をベースに金と銀で淵、胸に鷹の紋章が付いている。式典用の鎧兜みたい、でも実用で使っている。

 私が何も言わないのが怖がらせた所為と思ったのか、微笑んでくれましたが頬に返り血が付いていて余計に凄惨な笑みに感じます。

 嗚呼、駄目だわ。目の前が真っ暗になって身体がグラグラ揺れて立っていられませんわ。素人の私が、現場などに来るのは間違いだった。身に染みて理解しましたわ……

 


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