古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第740話

 気が付いたら知らない場所、いえ乗って来た馬車の中に寝かされていたわ。私は貴族街でモンスターが現れたから、この呪われたギフト『調教』で支配下に置いて手柄を立てる予定だった。

 でも実際は、リーンハルト様の配下の女騎士、ニールさんが現れあっという間にモンスターを倒してしまったわ。桁違いの強さ、アレがエムデン王国最強の武人に認められた強さ。

 そして呆然として立ち尽くす私を質問責めにして、頬に返り血が付いた状態で笑いかけられて……失神した。お漏らしこそ耐えたが、上と下から色々なモノが溢れ出そうでした。

 起き上がり身嗜みを整える。髪を手櫛で整えてドレスの皺を伸ばして、フッと気付くと女騎士さんと目が合った。どうやら気付くまで近くに居てくれたみたいね。

「む、目覚めましたか?私を見るなり失神するとは失礼ですね?アーバレスト伯爵の御息女、ハリシュ様で間違い有りませんね?」

「はい、私はハリシュです。それで今の状況は?」

 淑女の寝顔を殿方に見られない為にでしょうか?馬車には私と、ニールさんだけが乗っています。窓から外を見れば、応援なのでしょうか?

 聖騎士団の方々も見られます。シャルク伯爵の屋敷を取り囲む様に配置されていて、正門の前で執事らしき方が屋敷への立ち入り捜査を拒んでいるのかしら?

 状況証拠では真っ黒ですが、一応伯爵家ですから無理な捜査は出来ない?でも王宮警備隊なら分かりますが、聖騎士団は任務特性の立場上で拒めないのでは?

「気を失っていたのは五分程でしょうか?今はモンスターが湧き出た、シャルク伯爵の屋敷を捜査したいのですが執事が頑として立ち入り捜査を認めないのです。ですが王宮に居る私の御主人様に伝令を走らせたので、直ぐに指示が来るでしょう」

 御主人様?仕えし主の呼び方としては少し変じゃないかしら?リーンハルト様の趣味?そうです、今思い出しましたが……ニールさんってローラン公爵の縁者で、リーンハルト様が本妻予定のジゼルさんを娶った後で側室に迎えられる方でした。

 今は家付きの騎士ですが、ローラン公爵が後ろ盾となり、リーンハルト様に側室として嫁ぐ。私よりも立場が上になる女性、そして狂戦士に豹変しモンスターの群を一人で殲滅する怖い女性。

 私の思惑は甘過ぎました。小娘が応援に来なくても、有事の際には何とでもなる手段を講じていたのね。続々と応援が現れる、もう百人位居ます。これからもっと集まる、今回の事件も問題無く解決でしょう。

「ハリシュ様は、何故こんな場所に一人で来たのですか?御者から聞いた話だと、訳も言わずに現場に急げとしか言われてないと証言しています」

「そ、それはですね」

 思わずどもってしまう。御者め!それでは私が非常識な女になってしまうではないですか!確かに現場に急げとは言いましたが、他にも証言する事が有るでしょ!

「えっと、そのアレですわ。何かしら、お手伝いが出来るかなって思いまして……仕事の邪魔をしてしまい、申し訳有りませんでした」

 途中から、ニールさんの怒気が強くなって怖くなり、全てを伝えずに謝罪してしまったわ。確かに素人の私では戦う事は出来ず、邪魔にしかならないのは分かります。

 本当ならモンスターを支配下に置いて、騒ぎを収める予定だったのに結果的には何も出来ず何もしていない。最低です、笑えません。最初の意気込みは今は全く有りません。

 ニールさんにも危険だから興味本位で現場に近付くなって言われてしまいました。だから私は『調教』のギフトで協力する予定だったのです。貴女が後少し遅れて来れば、私も活躍出来たのです。

「伝令!リーンハルト様より指示有り。シャルク伯爵家を家宅捜索し、ルエツ殿の身柄を確保。同時にビーストティマーが居る可能性が高いので、見付け次第捕縛または倒す事。リーンハルト様も現場に向かうそうです。以上!」

「おお!許可が降りたぞ。リーンハルト卿も来て下さるが、その前に我等だけで終わらせるぞ」

「当然だ!我等の任務は王都の治安維持。そして選抜された、リーンハルト卿の配下でもある。お手を煩わせる事など出来るか!」

「突入部隊を選抜する。一匹たりとも逃がさないように周囲を固めろ!」

「突撃は聖騎士団と王宮警備兵、包囲網は増援の連中を割り振る。急げよ!」

 何やら急に活気付いて来ましたが、執事が顔面蒼白になった後で屋敷に逃げ込みましたわね。リーンハルト様の指示が出たなら拒否は不可能、急いで証拠隠滅かしら?

 そして男達が嬉々として準備を始めているわ。リーンハルト様が来る前に終わらせたい、それは手柄を立てたいじゃなくて、お手を煩わせたくない気持ちが強そうな感じだわ。

 リーンハルト様が武門の方々と懇意にしているのは知っていましたが、実際には懇意どころか崇拝に近い。リーンハルト様と敵対すると、彼等が全員敵に回るのね。

 それは別の意味で恐ろしい。官吏の方々が、リーンハルト様に反発する理由って……

「ビーストティマーか?オークの異常繁殖を思い出す、嫌な事を思い出した。見付け次第、殲滅します。一匹たりとも逃がさない、殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す全て殺す悉く殺す絶対殺す」

「ひぃ!」

 ニールさんの態度が豹変したわ。下を向いて殺すを連発されたら物凄く怖いです。実際に異様な雰囲気に腰が抜けそう、もう帰りたい。帰って暖かいベッドに潜り込みたい。

 ニールさんの御家族は、確か先のザルツ地方のオーク異常繁殖の討伐隊に加わり亡くなった筈。あの件もビーストティマーが絡んでいた、つまり家族の敵。ニールさんの豹変も理解出来ますが……

 目を閉じてシャルク伯爵の屋敷の方に意識を集中する……居る、未だモンスターが居るわ。屋敷の二階の中心部分から、モンスターの存在を感じる。多分ですが、アーマータイガーとマーダーグリズリーかしら?

 数は六体、七体、いえ合計八体ね。その中に一際大きな存在を感じますが、ギフトの力で支配下に置くには距離が有って無理だわ。それに存在が大きな子は近付いても無理そう。

 他にモンスターは居ない、全て倒されたみたい。目を開けば、ニールさんが間近で私を見詰めていた。正直少しビビりましたわ。

 物凄い疑いの籠もった目で見られますが、もしかしなくてもアーバレスト伯爵家がリーンハルト様にした事を知っている?

「何か異様な雰囲気だったが、何をした?余計な手出しは無用ですよ」

 え?ギフト『調教』の発動に気付いたの?周りに気付かれる何かを発しているなんて知らなかった。あんなに殺す殺すってブツブツ言ってたのに、今は私に猜疑心を向けている。

 誤魔化すのは不味いと本能が告げていますが、ニールさんの家族の仇と近いギフトを持つ事を知られたらどうなるの?下手に疑われたら状況証拠は真っ黒、身の破滅よ。

 でも黙っていても嘘を言っても駄目だと思う。誤魔化しはバレた時に一気に信用を失う。でも私がビーストティマーと同じ力が有って騒動を収めに来たって言っても信じてくれるかしら?

「あの、私はギフトの力でモンスターを操れるのです」

「ほぅ?つまり今回の騒動に関係していると言うのですね?」

「ぴぃ!」

 不味いわ。話し方を間違えてしまったの?ニールさんが何気なくロングソードの柄に手を置いたけれど、問答無用で叩き斬るの?目が据わってます、人斬りの目です!

「ち、違います!私じゃ有りません。ただギフト『調教』により、今回の騒動を収めるのに微力ながら貢献すれば……その、我が家への処分に配慮して貰えるかなって……浅はかな考えで行動しました。申し訳有りませんでしたっ!」

「ふむ、保身による行動ですか?ですが女性が身一つで現場に来る度胸は認めてあげましょう。それで、そのギフト『調教』で今何が出来るのですか?先程何をしたのですか?」

 早口で動機と理由を伝えて最後に謝罪する。保身って確かにそうですが、御父様の為じゃなくて愛する弟の為ですから!

 ニールさんは呆れたみたいに首を左右に振って溜め息を吐きましたが、私の覚悟は一定の評価をしてくれました。

 何もせずに帰れ!じゃなく、何か出来るか?何をしたのか?と聞いてくれたのは役に立つなら協力させてくれるって事。つまり僅かでも協力した実績が作れます。

「屋敷の二階中心部にアーマータイガーとマーダーグリズリーの存在を感じます。八匹だと思いますが、中に一際大きい存在が居ます。私のギフトでも支配下には置けないでしょう」

「そうですか、屋敷の中にモンスターの存在を感じる。事実なら動かぬ証拠になりますが、アーマータイガーにマーダーグリズリーが八匹。その中にボス的存在ですか……ビーストティマーの存在は感じますか?」

「いえ、私のギフトでは人間の存在は感じられません」

 目を閉じ少しだけ考えていましたが、握った拳に力が入っているのが分かりますし深呼吸もしています。つまり怒りか興奮を抑えている?

 ニールさんの力が有れば、残りのモンスターも問題無く倒せるのでしょう。つまり突撃班に混じり敵を殲滅する。精神状態からして、静観は無理でしょうね。

 彼等もリーンハルト様の家臣には配慮するでしょうし、既に力を見せ付けていますから協力してくれれば頼もしい。彼等は素早い解決を望んでいて、手柄の奪い合いはしない。

「そうですか、その情報は助かりました。ハリシュ様は、此処で大人しくしていて下さい。無闇に動いては駄目ですよ」

 有無を言わさぬ雰囲気を纏っています。表情の抜け落ちた顔が凄く怖い、ニールさんの心情は復讐かしら?

「はい、大人しくしております。何処にも行きません」

 拒否は無理、同行も無理、一応手助けはした実績は作れましたが微妙ですわ。でもあの狂戦士に変貌する方に逆らう事など無理なのです。

 ですがほんの僅かながらの協力と、リーンハルト様の側室予定のニールさんとの縁は出来ました。今はそれだけで十分、欲張っては駄目ですわ。

 ニールさんが聖騎士団と王宮警備隊の方々と何か話した後、彼等の先頭に立ち屋敷へと向かって行くのを呆然と見詰める。

「突き抜けた武力と立場が有れば、男尊女卑など関係無いのね。羨ましいわ……」

◇◇◇◇◇◇

 ビーストティマー……その言葉に嫌な事を思い出してしまった。父上と兄上を殺して、あまつさえ肉体の一部を食べたオーク共め!

 奴等もビーストティマーにより操られ、エムデン王国に危害を加えた憎い連中。私の家族を奪い実家を没落させた元凶。でも、御主人様との接点を作れた要因。

 今回も御主人様の仕事である、王都の治安を守る事を妨害する絶対に排除しなくてはならない連中。幸いだが私は強くなった、もう昔の何も出来ない弱々しい女ではない。

「ニール殿。奴等、状況証拠だけでも真っ黒ですね。玄関の扉が開きません、籠城するつもりでしょう」

「籠城?証拠隠滅の為の時間稼ぎでしょうか?離れて下さい、扉を破壊します」

 だが逃げ場の無い籠城など時間稼ぎにもならない。奴等は時間を稼いで証拠の隠滅を行っているのだろう。でも屋敷の中にモンスターが居るのがバレれば言い訳など出来無い。

 正面玄関の前に立つ。なる程、重厚な扉だ。壊すのも開けるのも難儀するが、やらなければ罪を問えない。ハリシュ様のギフトの力を信じれば、屋敷の中にモンスターが居る。

 それを倒せば証拠となりえる。証拠隠滅と言っても、モンスターが居なくなる訳じゃない。問答無用、御主人様からの許可は出ている。ならば全力をもって戦うのみ!

「離れて下さい。玄関扉を吹き飛ばします。いくぞ、斬撃波疾走。砕け散れ!」

 ロングソードを上段に構え、一気に振り下ろす。垂直の衝撃波が目標に向かい飛んで行き、当たると爆発する。デオドラ男爵様の直伝、私の得意技。

「おお!重厚で分厚い扉が粉々だな」

「斬撃系の奥義を使えるとは、流石はリーンハルト様の騎士だ」

 両開きの扉が粉砕され、屋敷の中に吹き飛ぶ。中には何人かの使用人達と警備兵が居る、使用人達は呆然とし警備兵は武器を構えた。

 つまり敵な訳ですね。ハリシュ様は二階にモンスターが居ると言った、二階に登る階段の途中に貴族の少年が居て執事に取り押さえられている。

 どうやら一階に降りるのを止めているみたいだが、貴殿の捕縛の指示が出ているので逆らうなら無力化するだけ。見回す限りでは、ビーストティマーは居ない。

「王都の治安を乱す賊共め!大人しく縛につくならば手荒い真似はしないが、抵抗するなら鎮圧する。手加減など期待するな、だが命だけは助けよう」

「ぶ、無礼なっ!ここは、シャルク伯爵の御屋敷ですぞ。早く兵を引きなさい、ルエツ様からも奴等に立ち去るように命令して下さい」

 ふむ、どうやらあの執事は事情を知っていそうだな。ルエツと呼ばれた少年は事情を知らないみたいで、ただ慌てているだけ。でも御主人様からは、ルエツ殿を捕縛する様に指示されている。

 つまり元凶の一人、手加減など要らぬ。尋問や証言は五体満足じゃなくても構わない。最悪、頭と胴体だけ無事なら大丈夫だろう。

 何より御主人様の指示を無礼とか兵を引けとか、一体何を考えているのか?私の後ろに居た突撃隊の連中も左右に展開し終わった。ならもう良いだろう。

「無礼者は貴殿達だ。警告はした。受け入れぬならば実力行使するのみ……吹き飛べ、剣撃突破!」

「し、室内で突撃系奥義は止めて下さい」

「ニール殿、手加減して下さい。やり過ぎですからっ!」

 全力じゃない、威嚇の意味を込めた攻撃。助走距離が10mも無いから、本来の威力の二割以下。でも階段を吹き飛ばし、執事とルエツ殿を落とす事には成功。

 周囲の警備兵は、展開した突撃隊の連中が牽制して近付けさせない。落ちた二人は軽傷を負い、無抵抗になり簡単に捕縛出来た。これで御主人様の指示の半分は達成。

 残りは、ビーストティマーの排除とモンスターの殲滅のみ。そして階段と近くの二階部分も派手に壊したので、隠れていたモンスターが現れた。

「なる程、アーマータイガーとマーダーグリズリーが合わせて八匹。内一匹がボス、あの二回り程大きいマーダーグリズリーがボスだな」

 器用に瓦礫を避けて飛び込んで来る、アーマータイガー。のっそりと瓦礫を踏み締めて来る、マーダーグリズリー。奴がボス、確かに存在感が違いますね。

 合計八匹、情報通り。そして多数の目撃者の前で、モンスターが屋敷の中から現れた。言い逃れは出来ない、素直に罪を認めれば減刑にはなった。

 馬鹿ね、もう何をしても無罪など有り得ない。アーマータイガーが吠えて威嚇して来るが、デオドラ男爵の血走った目と剥き出しの牙に比べたら……

「屋敷内にモンスターが居る。つまり今回の騒動は人為的な事、ルエツ殿と執事には後でゆっくりと話を聞かせて貰おう。だが今はモンスターの排除を優先する」

「ニール殿、任せても平気ですか?」

「問題無い。貴方達は執事達の捕縛と、ビーストティマーの捜索をお願いします。モンスターは私が殲滅しますから、手出しは無用に願います」

 彼等の仕事にケチを付けるみたいで心苦しいのだが、家族の父上と兄上の仇は見逃せない。モンスター、悉(ことごと)く滅ぶべし!例外は認めない。

 




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