古代魔術師の第二の人生(修正版)   作:Amber bird

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第741話

 シャルク伯爵家から突然モンスターが湧き出した。目的は単にモンスターの収集癖の有る、ルエツ殿の悪癖か国家への反逆かは私には分からない。

 だが王都の治安を乱す行為は、王都の守護を司る御主人様への迷惑行為以外のなにものでもない。御主人様より指示も受けているので、速やかに殲滅する。

 幸い元凶と思われる、ルエツ殿と詳しい事情を知っていそうな執事は捕えて王宮警備隊に引き渡した。後は残りのモンスターを倒せば良い。

 御主人様の御手を煩わせる事など出来ない。

「だから殺す、悉(ことごと)く殺す。一匹たりとも見逃さず、速やかに殺す」

 敵はアーマータイガー七匹にマーダーグリズリーが一匹、アーマータイガーは体毛が針金みたいに固く全身甲冑と同じ位の防御力を持つ。

 そしてマーダーグリズリーだが、種の限界を超えた『名有り』かも知れない。通常の個体より二回り程大きいし、体毛も赤茶色をしている。

 どういう訳か分からないが、マーダーグリズリーがアーマータイガーを従えているみたいだ。マーダーグリズリーは動かず、アーマータイガーが半円形に広がった。

「包囲殲滅か?獣の癖に賢しいな」

 半壊した階段を飛び越えて私を取り囲んだが、それで勝てたとか思わないで欲しい。アーマータイガーはレベル30前後、推奨討伐レベルは単体でランクC。

 群れを形成すればランクB、強力なモンスターでは有る。だが物理的な攻撃だけ、素早いが攻撃手段は牙と爪だけでリーチは短い。

 所詮は大きな猫、御主人様もドラゴンを大きなトカゲと言った。同じ感覚だった事を嬉しく思う。ならば負ける訳にはいかぬ、速攻で圧勝する。

「鋼の鎧を断てる私が、針金如き体毛に手こずる訳がない。私を倒したければ、三倍の戦力を用意するのだな。デオドラ男爵直伝、食らえ五月雨!」

 広域制圧用奥義、鋭い斬撃波を複数飛ばす大技。だが未だ私は制御の複雑な二式は使えない、飛ばせる斬撃も一度に十枚。だから連続で打ち込む!

「追撃、五月雨連続攻撃!」

 先ずは正面の三匹に向かい五月雨を打ち込む。有る程度の間隔を持たせたので、条件反射的に跳び去っても攻撃範囲内。正面の奴は首を飛ばし、右側の奴は胴体を真っ二つに切り裂いた。

 致命傷を避けた左側の奴は後ろ脚を斬り飛ばしただけ。追撃で避けた先に居た二匹を巻き込み、五月雨を撃ち込む。二式と違い斬撃波が少ない、威力は有るが命中率が落ちる。

 三度目の五月雨を打ち込み、左側の二匹にも致命傷を負わせる。だが右側の三匹が、正面と左右から跳び掛かって来た。ふん、連携プレーか。獣の癖にやるじゃない。

「だが甘い!」

 正面から跳び掛かって来る奴に向かい走り出し、噛みつこうと開いていた口にロングソードを突き刺す!上顎から脳天に刃が突き抜ける。流石の固い体毛も口の中には生えていない。

 そのままロングソードを放し腰に差していたポイズンダガーを抜く。これは御主人様から頂いた大切なマジックウェポン。ランダムに複数の即効性の毒を相手に与える凶悪な武器。

 左右から跳び掛かって来た奴等が着地し方向転換をして再度跳び掛かかろうとするが、後ろを見せては駄目だぞ。左側の奴の尻にポイズンダガーを突き刺す。

 即効性の錬金毒が回り、アーマータイガーは真っ赤な血を吐き出しながらのたうち回る。その姿に怯えた残り一匹が恐怖で身体が硬直したのか動きを止めた。

「戦いの最中に動揺し身体を硬直させるか……愚かだな」

 後ろ向きで首を捻り此方側を見る体勢で硬直している。尻に刺したポイズンダガーを抜き取り、最後の一匹の尻を同じく刺す。

「おっと!危ない」

 最後の足掻きで後ろ脚で蹴り上げてきたが、避けて更に太股を斬り付ける。二カ所に毒を受けたアーマータイガーは、血の混じった泡を口から溢れ出して暴れ回り絶命した。

 意識の一部を割いて警戒していた、マーダーグリズリーは動かない。余裕か?それとも此方の動きを窺っている?口から涎を垂らして興奮しているが、何故動かない?

 警戒しながらアーマータイガーに刺さったままのロングソードを引き抜き、一振りして付着した血を飛ばす。血糊は切れ味を悪くする。だが未だ動かない、何故だ?

「ああ、ハリシュ様か。馬車に居ろと、お願いしてあった筈だが?」

 玄関扉の枠の陰に身を隠す様にして、此方を窺う伯爵令嬢に意識の一部を割く。両手で壊れた枠を握り、ブルブル震えているが目には力が入っている。

 ああ、そうか。アーマータイガーの動きが悪くなった事と、マーダーグリズリーが動かないのは彼女のギフト『調教』のお陰か?実家の助命の為に、何かしらの手柄が欲しい為の乱入か。

 全く度胸は認めるが、顔面蒼白で今にも倒れそうだな。私だけで助力など無くても倒せたのだが、手伝いをした事実は消えない。それが要らぬお節介でもだ。

「わ、私には愛する弟の為に手柄が必要なのです。ニールさんには悪いと思いますが、馬鹿な事をして廃嫡される愚弟や守銭奴の御父様の為じゃない。いずれアーバレスト伯爵家を継ぐ、レジリッドの為に……私はあの子の為ならば、何でも致しますわ」

 気迫の籠もった目で見られたが、身体は恐怖や緊張で限界なのだろう。玄関枠を掴みながら、ズルズルと座り込んでしまった。壊れた枠で手の平を怪我したみたいだし、深窓の令嬢にしては頑張るな。

 だがこれではスキル『調教』も何時まで維持出来るか分からない。早めに倒して、残りのビーストティマーを聖騎士団員や王宮警備隊員に探させるか。

 ロングソードに魔力を籠める。この一撃で終わりにする為に……聖騎士団員も王宮警備団員も、マーダーグリズリーからは離れているから巻き添えは食わない。

「いくぞ、御主人様の得意技で死ね……偽・刺突三連撃改!」

 ロングソードを水平に構えてマーダーグリズリーに向かい突撃、初撃は脳天。次は喉、最後は心臓を狙い突き刺す。

 最後の一撃の時に、ロングソードに込めていた魔力を解放。体内に刺さっていたロングソードの刀身から魔力が放出され、心臓と周辺の臓器をズタズタに破壊する。

 これが見取り稽古で覚えた刺突三連撃に、風属性魔法を加えて改良した私だけの必殺技。御主人様の技名は使いたいので、改良の改を後ろに付けた。

「余計な事をしてくれたな。まぁ御主人様に口添え位はしよう。さて、屋敷の中を検める。使用人や警備兵は全員庭に集めて監視、屋敷の中を隅々まで探しましょう」

 此方を窺う聖騎士団員と王宮警備隊員に話し掛ける。越権行為かとも思ったが、彼等から特に反発は無いので助かった。

 先の話し合いでも好意的だったのは、私が御主人様の騎士だから。それだけで彼等は私に配慮してくれるので正直助かる。

 これ以上は出しゃばらずに後は大人しくしていよう。敵を倒す事は得意だが、調査や尋問は苦手だから……

「分かりました。しかし凄い武力ですね」

「流石は、リーンハルト様の騎士。惚れ惚れする強さです。ですが、此処から先は私達に任せて頂きましょう」

「近くに居た者が怪しい。使用人も全員調べる必要が有るな!順番に始めるぞ」

 本来の職務なのだろう。聖騎士団員達がキビキビと現場を仕切り調査を始めた。ハリシュ様の手当てもしてくれているので、もう問題は無いだろう。

 ハリシュ様の困った助力ですが……家を維持する事の大変さは身に染みて知っている。私は力が足りずに実家を没落させてしまったから余計に、ハリシュ様の気持ちは分かる。

 だが御主人様に敵対した、アーバレスト伯爵家の現当主と愚かな息子の事など知らぬ。勝手に没落すれば良いのだ。だが、次代には目を掛けても良いかも知れない。

 でもそれは、御主人様に報告し判断を仰ぐ必要が有る。側室予定の私が出しゃばる事ではない。さて、御主人様がいらっしゃる前に出来る事は全て終わらせておきますか……

◇◇◇◇◇◇

 貴族街の騒ぎは陽動。旧コトプス帝国の残党共の仕業だとすれば、彼等の狙いを考えれば次の手は絞られる。最初に傭兵団の団長達が、無防備な領地を略奪せずに王都付近に集まって来るのを不思議に思った。

 そして王都付近の巡回警備に多くの人員を割いた。小競り合いが頻発し更に人手が足りなくなった時に、貴族街でモンスターが暴れるという事件が発生。王宮からも少なくない人員を制圧に向かわせた。

 これで王宮内及び王都に配置されている警備関係者の多くが、王宮から離れた。普通なら外部からの侵入者を防げば王都の中心の王宮は無事だと思うだろう。侵入しても前段階で防げるから。

 だが敵の狙いは王宮に警備関係の人手が少ない時間を作る事、そしてそれは今だ。とはいえ警備側の人手が足りなくなっても、攻める側の人手の確保が難しい。

 王宮内に出入りする際は厳しい審査が有り、緊急時には完全閉鎖をして外部からの不審者を遮断する。今回も絶好の機会だが、攻め入る人員が用意出来ない。

 王宮内の奥深くにいらっしゃる、アウレール王を暗殺する事は難しい。前王の暗殺事件から対策は何重にも施されている。だから疑わしきは最初から中に居る連中だ……

「これはこれは。皆さんお揃いで、どちらに向かわれるのでしょうか?」

 廊下を進む一団の進路を塞ぐ。糞みたいな迷惑な国から来た糞みたいな迷惑な連中が怪しい。使節団を詐称し王宮内に居座る連中、リゼルには捨てた国の連中に接触させたくなくてギフトの使用を避けた。

 どうせ何時もの事だから、どうしようもない隣国のどうしようもない連中の馬鹿な行動だと最初から決め付けて警戒を緩めるとか、僕も愚か者って事だな。油断を誘う為に愚かな事をしていたなら凄いが、素で馬鹿な連中なんだよな。

 ザスキア公爵に指摘され、リゼルから提案を貰わなければ、僕はコイツ等を王宮に放置して貴族街に現れたモンスターをのこのこ倒しに行っていた。話を聞いて、リゼルに謝ったが逆にお役に立てて嬉しいと言われてしまった。

「ごっ、ゴーレムマスター?何故、王宮に居る?確か城外に出た筈では……まさか?」

 属国の使節団が宗主国の重鎮の僕を呼び捨てとか有り得ないし動揺が激しいぞ。もう少し取り繕う態度を取った方が良い、状況証拠では真っ黒だ。まぁギフトで心の中も全てバレているんだけどね。

「そう、正解。お前達を炙り出す為に、影武者に頼んだ。だが確認を怠るのは、其方の不手際ではないのかな?亡国の残党である、リーマ卿?」

 ザスキア公爵の配下で背格好の似ていた、ミケランジェロ殿に僕謹製の鎧兜を着て貰い馬ゴーレムに乗り貴族街に向かって貰った。兜を被りフェイスガードを下ろせば顔は分からない。本人もノリノリだったが、僕はあんなにはしゃがないぞ!

 リアルタイムで此方の動きを把握し、タイミング良く指示を出していた疑いが濃厚だった。つまり僕等の近くに居る裏切り者が、情報を流していた。だからリゼルが不特定多数の心を読んで手掛かりを探した。大変だったろう……

 そしてまさか、リーマ卿本人がバーリンゲン王国の使者に混じって堂々とエムデン王国の王宮に居たと聞いて驚いた。そして何より腹立たしい。地下に潜り暗躍していたにしても大胆な行動力は認めよう。

「いやいや、何をおっしゃるのやら。私達はバーリンゲン王国から遣わされた使節団で御座います。旧コトプス帝国の残党などと、言い掛かりも酷すぎますな。謝罪と賠償を求めますぞ!」

 斜め上の身勝手理論の展開か……うん、本当にバーリンゲン王国の連中みたいだよ。上手く化けたな、普通ならあんな恥知らずな連中の真似など出来ないしたくない。

「属国の使節団が武装して宗主国の王宮を彷徨(うろつ)くとか?戦争を仕掛けているのかと思われても反論出来ないでしょう。此処は使節団の方々が来て良い場所ではない、陽動からの脱出ですか?」

 脱出の言葉を聞いて動揺したのは、捨て駒の連中には秘密だったのだろう。共に最後まで戦うとか、安全な任務だから同行してるとか?まぁ細かい話は後でゆっくり尋問する。

 下級官吏の服装だが、手に武器を持っていては台無しだ。それとも王宮内に不審者が現れたから、自主的に武装したとか言い訳する気だったのかな?

 分からないし知りたくもないが……空間創造からカッカラを取り出し、一回転させて構える。悪いが、お前の怪しいギフト『洗脳』は効かないよ。防御対策は万全だからね。

 モリエスティ侯爵夫人の『神の御言葉』の下位互換の『催眠』か、ネタさえ知っていれば対策は出来る。素直に僕に『催眠』を掛けられない、発動の条件が複雑だから多用出来ない訳だな。

「貴様っ!其処まで読んだのか?だが何故、我等の方に来た?貴様を呼び寄せる二重の罠に引っ掛かるとは、所詮は未だ子供よの。愚かしい、本来の目的は果たせたな」

 知ってる。お前達が王宮内で騒ぎを起こして本命の暗殺部隊から目を逸らせる役目だって事も、リーマ卿だけ脱出の段取りをしている事もな。

 全て、リゼルのギフトにより貴様等の計画は丸裸にされている。ザスキア公爵が全て把握し対策し、僕とサリアリス様を動かした。

 だがバレない様に少数でしか動けなかった。ウチの王宮勤めの連中が同行していた淑女達に骨抜きにされ、知らない内に色々な情報が筒抜けだったから。知られずに動けたのは、僕とサリアリス様の二人だけだった。

 そしてアウレール王の最後の守護者はね、僕よりも席次が上のエムデン王国に所属する全ての魔術師の頂点の魔女。『永久凍土』の二つ名を持つ水と風の魔術師……

「アウレール王の最後の守りはな。エムデン王国宮廷魔術師筆頭、最強の魔術師であるサリアリス様だ。貴様等が何をやっても、無駄なんだよ」

「クソッ、だが未だ終わらんぞ!お前達、コイツさえ倒せば全てが終わる。祖国の復興の最大の障害め、必ず殺す。魔術師に接近戦など出来ない、皆で一斉にかかれっ!」

 そう、お前達は既に終わっている。寄生していた、ウルム王国も完膚無きまでに滅ぶ。リーマ卿、最後の足掻きで下っ端を全員寄越しても無駄だよ。僕はあくまでも露払いに過ぎない。

「リーマ卿、お前は終わりだよ。此処で前大戦からの因縁を断ち切る。今は殺しはしない、全ての情報を吐き出させてからだ。あと室内で土属性魔術師に勝てるとは思わない事だな、僕に勝ちたければ空でも飛ばなければ無理と思え!」

 カッカラを一振りして、刃先を丸めた山嵐を斜めに生やす。腹を狙い一撃で悶絶させ、念の為に麻痺毒も撃ち込む。賊共を一掃し捕獲する、しかし地下に潜伏していたリーマ卿も捕獲出来るとは幸運だ。

 中々尻尾を掴ませない暗躍が得意な奴だったが、これで小賢しい策を弄する奴等は居なくなった。後はウルム王国討伐軍の連中が勝てば終了。

 勝ち筋は出来ている。デオドラ男爵達、狂化……いや強化された連中が纏めて向かったんだ。もうウルム王国に勝ち目なんか砂粒一つ程も無いんだよ。

 


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